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氷獄の一蓮花‐承‐  作者: 浅倉由依
第一章『始まりの場所』
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8.心残り

「……ねぇ」


「はい?」


 先に沈黙を破ったのは、レンだ。


「その、セイくん自身について、聞いてみてもいいかな?」


 ほんの少しの、歩み寄り。

 セイは目を見開いて、次に視線を下げる。長い睫毛が揺れていた。


「……どうぞ」


 拒絶はされないことに、まずは安心する。


「セイくんがいた故郷って、どんなところ? この近く?」


 歩幅を合わせながら、二人は拠点に戻るために足を進めていく。

 兎太郎から聞いた話では、彼らも出会ったのがこの森の中らしい。こんな小さな子供が一人、こんな場所の中を彷徨っていたなんて。きっと親御さんも心配しているのではないか、それともなにか、戻れない事情でもあるのだろうか。自分の故郷について考えるにつれ、ふと、気になったのだ。


「……なんで急にそんなこと」


「あ、でも別にいいたくないことならっ――」


 慌てて逃げの選択肢もあることを伝える前に、セイは答えた。


「俺の故郷は、もう、ありませんよ。ずいぶん前に、全部焼けたみたいですから」


「……え」


 質問のセレクトを大幅に間違えたようだ。レンの背中を、冷ややかな汗が伝う。


「な、なんか、ごめん。そんなつもりでいったんじゃ……」


「分かってますよ。でも俺は、故郷に全然いい思い出がないので、別に何とも思ってません。それに」


 セイは一度深呼吸をして、言葉を続けた。


「それに、きっかけはたぶん、俺なので」


「……どういうこと?」


 セイは立ち止まる。とても複雑な表情をしている。その先を言うか言わないかの境目なのだろう。そして考えた末、セイは言葉を濁す。


「なんでもないです」


「……そっ、か」


「でも、嫌なことばかりでもなかったですね」


 空を眺め、まるで何かを思い出すかのように一度、瞼を閉じる。その黒髪が風に靡かされていると、再びレンの目を見据えて言った。


「家族には、恵まれました。優しい母と、強い父。俺は一人っ子でしたけど、寂しくはなかったですね。記憶の中の母さんはいつも笑顔で、楽しそうにしているんです。父さんは寡黙であまり話さない人でしたけど、俺を大切に想って育ててくれていた。でも、最後に喧嘩別れしちゃって。それが、少し……」


 心残り、なん…です、と、なんとも歯切れの悪い様子で言った。その声は葉の騒めきにかき消されてしまいそうなほど、か細いものだった。けれど本人は、なぜか驚いた顔をしている。


「……じゃあ、いつか、ちゃんと。謝れるといいね」


 ふと、口から洩れてしまった。セイくんには聞こえてしまっただろうか。横目で、確認する。先ほどに負けず劣らずの、目を丸くした表情でこちらを見ていた。

 そこで、失言だっただろうかと、後悔をする。少年は故郷は焼かれてもうないのだという。であれば、それは死別を意味するものであったかもしれない。


「ご、ごめん」


「……いえ、別に。でも確かに、そうですよね」


 声のトーンから、そこまで落ち込んでいるわけでもなさそうだ。


「ありがとうございます。なんとなく、自分のするべきことがわかったかもしれないです」


 セイは自分の中で、なにやら区切りがついたらしい。こんな自分でも、彼の役に立てたのは嬉しかった。


「もし、この先、謝れる機会があったら……そうします」


 レンは嬉しくなって、大きく頷いた。


「あ、じゃあさ。もし仲直りできたら、今度紹介してよ。セイくんのご両親とか気になる」


「言うと思いました」


 互いに笑いあう声。いつもは仏頂面ばかり見ているせいで、目の前の年相応の姿をみるだけで自然と笑みがこぼれた。


「あ、なんなら三人でここを出て、旅をしながら故郷をさがすのも――」


 ちくりと、頬が痛んだ。


「どうしたんですか? ――ぁ」


 すぐ背後にある枝葉が大きく跳ね、それから上下に揺れている。頬を撫でれば、ぴりっとした感覚が脳に伝わり、この指先には赤い血がついていた。おそらく葉が頬をかすめて、きりつけてしまったのだろう。けれどこれくらいのこと、なんてことはない。


「あ、大丈夫大丈夫、ちょっと掠っただけで――」


 心配をかけまいとセイに言う。すると、その目の前の少年は、なぜだか恐怖を感じている表情になっており、空気が、重く、変わる。


「あ、お、俺……」


 そのちいさな喉が上下して、体は震えている。一体どうしたのか。


「セイくん?」


 頭上から、カラスの甲高い声が響き渡る。驚いて、見上げる。木の枝にとまってこちらをじっと見つめる一羽の瞳と、他何羽かは上空でゆったりと飛び回っている。まるでこちらを監視しているかのような、嫌な感じだ。たらりと、頬を嫌な汗が伝った。

 すぐ横で、何かが動いた気配。セイだ。まるで音もなく駆け出す。


「ど、どうしたの? ねぇ!」


 少年のただならぬ様子に、レンも慌ててその背中を追いかけるのだった。


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