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氷獄の一蓮花‐承‐  作者: 浅倉由依
第一章『始まりの場所』
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3.目は口ほどに

 ぱちぱちと鳴り響く焚火の心地よい音を聞きながら、レンは焦げ目がついた焼き魚を口いっぱいに頬張る。セイのおかげで大収穫のため、早々に洞窟へと帰宅し、常よりもやや早い昼食となっている。正確な時間は分からないが、あまり困るようなことはない。

 さらに二口進め、少し小さな骨が気になったものの、レンはほとんど癖になっているようで、それらを一気に嚥下する。兎太郎が魚を焼きはじめる頃、得意げに振りかけていた塩がよく効いている。入れ過ぎではないかと心配していたが、ちょうどいいくらいだ。なるほど、料理の基準は入れすぎなのか、とひとり納得の表情を浮かべた。


「まだまだあるからね」


はいあおうほはいあふ(ありがとうございます)


「何言ってるかさっぱりですね」


 目の前に揃えられた料理は、やはり種類は少ないものの、単体としての量は多すぎるくらいだ。しかしそれら全てはレンの前にあるもので、セイや兎太郎が手を伸ばすことはない。兎太郎は小さな三つ葉を幸せそうに食べてはいるが、セイは相変わらずだ。洞窟の外の景色を、ただじっと見つめて動かない。代り映えのしない、どちらかというとつまらない、とうに見慣れてしまったこの景色に、一体なにを思うのだろうか。

 魚の腸に噛り付きながらそう考えていると、気配に気付いたのかセイがゆっくりと振り返る。


「なんなんですか。うるさいです」


「……なにもいってないれふ」


「あなたは目がお喋りなので、分かりますよ」


 そう言って、こちらに背を向けてしまう。目は口ほどにものをいうらしいけれど、自覚はない。そんなに自分は分かりやすいのかと考えていれば、セイの小さな背中が震えていく。お花でも摘みに行きたいのだろうか?

 そんなくだらない思考を紡いでいる中でも、視線は少年から離せずにいた。時折、こういうことがある。見かければ視界の端で追ってしまうような、なにか引っ掛かる意識の存在があることを。

 そんな間があり、しばらく沈黙は続いていたが、ついにはセイが再びこちらを向いて声を荒げ始める。


「だから、煩いんですってば。……はぁ、もういいです。俺行きます」


 そういって立ち上がり、引き留める間もなく彼はこの洞窟を飛び出してしまう。

 今日は驚かされることばかりだ。新しい発見の追加項目に書き記すとすれば、かの少年には背中にも目がある、ということだろう。

 ところで、セイはこのようによく一人でどこかへと足を運ぶことが多い。その目的や理由は聞かされていないので知る由もないが、問うたところで答えてはくれないのだろう。セイは頑なに、自分については語ろうとしないからだ。

 一人と一匹がその小さな背中を見届けた後、今まで静かに葉を食していた兎太郎は思い出したかのように次を問いかける。


「そういえば、君が見た夢についてだが、あれからなにか大きな進展はあったかい?」


 ああ、と今朝の出来事を思い出す。今でも瞼の裏で強く注意を引いている、おそらくは記憶の断片と考えられるもの。普段は夢一つ見ないからこそ、最初は困惑した。ただ、心のどこか小さな痛みが、その情景を確かに知っていると、強く警報を鳴らしていた。やや朧気ではあるが、夢の中でみた彼女の存在は、きっと自分にとって大切ななにかであると、確信してさえいたのだ。根拠はない。けれど、そう思わなければやっていられない。ずっとここで、世話になるわけにもいかないのだから。

だからこそ日が昇っているうちは、目印である大木を探し回っていたわけだ。洞窟の外はもう様々な木々が立ち並んでいて、それなりに簡単に見つかると思っていたのだ。なんと浅はかだっただろうか。

 そして、兎との掛け合いはそれがきっかけにすぎなかった。

 しかし酷いもので、セイがその夢についての話を聞いたときには「いまじなりー、ってやつですか?」などと首を傾げていた。そんな難しい言葉をいったいどこから仕入れているのか、少し気になるところではあるが、彼女を否定されたことが、悔しかった一番の理由かもしれない。


「……実は、特に何も、なんですよね」


 やや視線を落としながら、レンは申し訳なさそうに肩を落として兎太郎へ返答する。


「……けれど、良かったじゃあないか。夢は記憶の整理ともいう。君の言うことも、強ち間違ってはいないのかもしれないね」


「だといいんですけど」


 予め汲んでいた水を湯呑に注ぎ、喉の渇きを潤した。


「でも、その人が誰なのか、全く分からないんですよね。すっごく美人だったのは分かるんですけど」


 いくつか言葉を聞いていたはずなのだが、靄がかかったように思い出せない。そう簡単に、物事はうまく進まないらしい。


「言ったろう、ゆっくりひとつずつ思い出していけばいいのさ」


 何やら網籠の中身をまさぐりなら、兎太郎はそんなことをいう。有難い話ではあるが、本当に申し訳なく思う気持ちも事実であるからこそ、レンはあまり迷惑はかけられないなと思うのだ。


「まあしっかり働いてはもらうけどね」


 そういって網籠をこちらへ寄せてくる。中身を覗いてみれば、底に草や花のしなびた存在がいくつかあるだけで、ほぼ空っぽに近いだろう。


「あちゃ。もうなくなったんですか」


 それはレンが普段から食事として摂っているものだ。どこにでもありそうな山菜、そして野花、と種類は様々であり、兎太郎に教えてもらわなければ全て雑草と区別していたことだろう。働かざる者食うべからず。初日に兎太郎に言われたことだ。つまりは自分で食べるものは自分で採ってきなさいという家訓らしい。最初は種類を覚えるのに大層苦労したが、なんだかんだ世話焼きの甲斐あってか、ひとりで選別できるほどには成長している。苦手な部分(特に動く生き物)に関してはそれなりに二人が世話を焼いてくれているので、正直助かっている。三食草だけでは空腹を紛らわすことなど出来るはずもなく、でなければ今頃自分は発狂していたことだろう。こんな環境下でも、三食美味しくいただけるのは彼らのおかげであるから、まったく頭があがらないどころか、地面にめり込んでしまう始末である。


「じゃあ、いってきますね」


 網籠を背負い、レンはそういって再び太陽の下へと駆け出す。肌寒い洞窟内とは違い、陽の光は暖かく彼を迎え入れてくれていた。生憎時間は腐るほどある。こうしてやることがあるほうが、むしろ有難いと思うのだ。


 道中あわよくば、ついでにお肉、見つけられるかな、とかなんとか、ひとつも考えなかったわけではない。


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