1.夢の狭間
今、自分は確かに夢を見ている。そう感じていた。
目の前にある見事な大木は、かなりの長い年月を生きていることが分かるほど、逞しいものだ。自分の胴体よりいくつも太く厚い幹にはしめ縄がなされ、その木の下――桜の花びらが舞い散るその木の根元には、女の子が一人佇んでいる。セーラー服と風に靡く長い黒髪、その佇まいは後ろ姿でしか確認できないものの、育ちの良さがうかがえた。
彼女はしばらくその場所で俯いていたが、少しして何かに気付いたようにはっとする。次に細くしなやかな指先で幹に触れると、自分の中で何かが蠢く感覚があった。
——そっか。約束したのに……。
彼女の口から紡がれたものだ。少し震えている。小さな嗚咽から、泣いているのだと理解した。
——うそつき。
その言葉を耳にした途端、自分の平衡感覚は大きく狂い始めた。視界がゆっくりと闇に覆われていく。僅かな意識の中、耳がとらえるのはこの景色に似合わない水の音。体の自由も効かず、まるで自分が本当に、水に囚われてしまっているかのような錯覚に陥る。
そうだ、自分はあの子になにかを伝えなければならなかった気がする。直感的に、そう思った。思っただけで、実際になにを伝えればいいのか具体的なところは分からない。それでも、この口は意識に反して何かを伝えているようだった。耳鳴りがして、正確な言葉は何一つ聞き取れやしないが。
瞬きの間、彼女は振り返った。その瞳は吸い込まれそうなほどに、美しい緋色をしていた。
目の前の人物はその瞳から、大粒の涙を流している。やはり泣いていたようだ。けれどすぐに笑顔を浮かべながら、こちらに一言二言告げる。耳鳴りに遮られてしまったものの、口の動きからなんとなく予測はできた。
風に煽られ、目の前の彼女が見せる表情はどこか寂しそうな面影を纏っていた。
それを最後に、この意識はぷつんと途切れる。
世界が、闇に溶けていくようだった。