0.歴史の幕開け
その日、長きに渡る一つの大戦が、終わりを迎えた。
戦場であった遥か大地の下空から、流れる大きな光線がその証であり、誰もがこの瞬間を待ち望んでいたのは確かだった。それでも勝利の咆哮ひとつないのは、きっと、代償たるその犠牲があまりにも多かったからだろう。
弧を描き、夜空を駆けるその光は、やがて二手に分かれた。地の底で行く末を見届ける二つの赤い瞳は、ただ息を潜めて動かない。
一つ呼吸をすれば、口から白い息が漏れた。極寒の凍てつくような寒さだが、少年は気にも留める様子もないようだ。鼻を赤くして、空から目を離そうとしない。
しかしほどなくして、それらは一瞬の強い光を放ち、瞬きの間に跡形もなく霧散した。なんだかあっけないなと少し期待外れだったようにも思う。ようやく大きく息を吸い込んだところで、自分は短い時間、呼吸を忘れていたのかと理解する。暗闇の広がる空に、まだあの光の温度を覚えていた。
背後から雪を踏みつける重い足音を聞きつけ、信頼足る部下の接近を悟る。
「ご報告申し上げます。初代、そして二代目様の消滅が確認されました。閻魔大王より、現時刻をもって、若様が三代目八凍家当主として、これからの任に励むようにと」
大方想像はついていたが、改めてそう言われても実感はなかった。これも全て、あの男の予想通りなのだろうかと、嫌味な薄ら笑いが脳裏を過ぎる。
感情に共鳴するかのように、空の模様は徐々に曇りはじめ、そして吹雪始める。
風に煽られ、隊服を覆うその羽織が揺れる。透き通るような半透明の素材が靡くたびに、少年にとってはそれが鬱陶しいようで、眉を寄せていた。
「そうか」
抑揚のない返事に、背後の部下はやはり心配が隠しきれていない様子だった。
踵を返し、次にかける言葉を絞り出そうと唸る彼女の真横を通り過ぎる。
目にかかるほどの長い前髪を揺らしながら、その奥にある鋭い赤眼光の決意は固く、進む足が止まることはない。
「行こう。任務を遂行する」
置いていかれそうな様子に彼女は、「待ってくださいい」と情けない声をあげながら、その小さな背中を追いかける。
この世界で、また新たな歴史がひとつ、幕を開けた瞬間だった。