◯出席番号25番
アタシは小学生の時から、カズヤくんが好き。
今まで出会った男の子の中で一番かっこいい。運動神経も良くて頭も良くて、他の男子よりクールなところも好き。
せっかく今年は同じクラスになれたんだから、もっともっとアピールしたい! でも、あんまり女子と話すタイプじゃないんだよね。まあ、そこがいいんだけど。
どういう子がタイプかわからないから、とりあえず雑誌とかで勉強してオシャレには気を遣っているつもりだ。見た目って大事だもんね。
モリオとか大塚くんと仲がいいみたいだけど、流石にその中に無理やり入り込むのはちょっと図々しいと思っている。
他の女子の目もあるから、そういうのは気をつけないと。
来年も同じクラスになれる保証なんてないから、今年の内に仲良くなりたいなぁ。
「ナツコー! 今日ダンス部休みなんでしょ? 一緒に帰ろうよ」
「もちろん! 女テニも休みなんだねー。ちょっと待ってて。今行くー」
学級委員のユイに誘われたら断るわけがない。
小学校からの友達というのもあるけれど、ユイはクラスのまとめ役だから仲良くしていて損はない。
先生達からの評判もいいしね。
「あ、見て。あのふたりまた一緒だ。あの子、面倒見いいよね」
「ん? 誰?」
「ほら、あそこのふたり」
下校途中、ユイが指した方を見ると同じクラスの女子ふたりがいた。
ひとりはよく知っている。田端さんだ。小学校が同じで、その時も同じクラスになることが何度かあった。
眼鏡をかけている背の低い子で、なんかオドオドしてるというか暗いというか、アタシと仲良くなれるタイプではない。一度も自分から話しかけようとか思ったこともない子だ。
もうひとりはよく知らない。彼女も同じクラスだけど話したことがない。なんか話しかけるなオーラが出ている気がする。
クラスみんな気を遣っているような子だ。
「田端さんさ、最近ちょっと明るくなった気がしない?」
「え、そう?」
正直どうでもいい。そんなことよりもっと楽しいことが話したい。それなのにユイは、そんなアタシに気づかずに続ける。
「あの子が休み時間に勉強教えたりしているみたいだよ。流石だよね」
「へー」
「お陰で田端さん、最近は保健室に行くことも無くなったって先生が言ってた。わたし、あの子のこと、ホント、尊敬してる!」
「え、うそっ!」
意外だった。
ユイはいつも自信たっぷりで、自分の思うままに行動するタイプだからアタシもついていこうって思っていたのに……。
あんな子のこと尊敬とか、信じらんない。
前を歩くふたりが別れるのが見えると、自然とアタシたちの会話も他の話題へとシフトしていく。
アタシも自然とあの子のことは忘れていった。
それから暫く経ったある日のホームルーム。今日は校内の合唱コンクールの曲決めと係決めの日だ。
六年生までピアノを習っていたアタシはもちろん伴奏者を狙っている。
なんといっても、カズヤくんへの最大のアピールチャンスだからね。
そういえば、ユイはどうだろう? 彼女もピアノを習っていて、小学生の頃はよく交代で伴奏してたんだよね。
先週の音楽の授業で、先生がセレクトしたいくつかの合唱曲の冒頭を聴いた。
それぞれに一点から十点までの評価を紙に書いて提出してある。
「えーっと、曲は事前にアンケートで書いてもらったやつを大塚君に集計してもらったら、この曲が一番票が多かったんだけど、みんな、これでいいかな?」
ユイが挙げた曲は、アタシの希望とは違った。でも伴奏さえできればいいから、どんなのでも構わない。
できれば目立ちつつ簡単なやつがいいな。
「それじゃあ、曲は決定ね。あとは指揮者と伴奏者とそれぞれのパートリーダーだけど、やりたい人いる?」
みんな周りを見て顔を窺っている。誰も手を挙げようとしない。
よし、ここだ!
「えー、誰かいないの?」
「はい! アタシ伴奏やりたい!」
「ナツコ! わー、ありがと! えっと他は?」
やった! ユイは伴奏やらないんだ。よかったー!
「誰もいないなら、わたし指揮者やりたいんだけど、いい?」
「いいよー。学級委員に任せる」
ユイは指揮者か。……うん、いいかも。あんまり仲良くない子だとやり辛いもんね。
でもなんで伴奏じゃなかったんだろう? ユイならやりそうだったのに。……ま、いいか。
そんなことを考えている間に、他の係も決まっていた。
よし! 帰ったら早速練習しよっと。
本番まで残り二週間ーー。
今日から音楽室を借りての放課後のクラス練習が始まった……のだがーー。
「……ごめん」
途中で伴奏が止まり、ほぼアカペラ状態のみんなは、曲を終えるとなんとも言えない表情だった。
アタシは謝ることしかできない。
「だ、大丈夫だよ。気にしないで、ナツコ。まだ二週間もあるんだから」
「……」
ユイがそう言ってくれるが、アタシにはわかる。この曲はアタシには難し過ぎる。
ユイが伴奏をやりたがらなかった理由がわかった。
「……今から曲変える?」
近寄ってきたユイが小声で話しかけてきた。
本音はそうして欲しい。でも、そんなのアタシのプライドが許さない。カズヤくんだって見ているんだから。
「大丈夫、頑張るから」
「……そう?」
心配そうなユイの提案はありがたかったけど、断ったからには本気で頑張ろうと思う。
結局この日は各パートに分かれての練習となった。
そして本番まで残り一週間ーー。
「ナツコ……」
「……」
先週よりはマシにはなったが、とても人前で披露できるレベルではない。
ちゃんと練習はしたつもりだった。でも……それにしても難し過ぎる。何でこんな曲になったの?
音楽室の中にも悪い空気が流れている。
「あのさ……」
「え?」
そんなアタシの前に、カズヤくんやってきた。
「曲……変える? 俺達はそれでも全然いいけど」
「でもみんなここまで練習してきたでしょ。今更……。それに、あと一週間で新しい曲なんてとても……」
「じゃあ、代わりに弾ける人に頼んでもいい? 神田さんが頑張ってるは知ってるから……ホント、申し訳ないけど」
「……代わりって?」
カズヤくんは知らないのかな? そんな簡単にできる曲じゃないんだよ。ユイにだって無理だと思う。
「いい?」
「あ、うん」
それでも訊いてくれる彼につい、そう返事してしまう。
「ありがと」
そして彼が向かったのはーーあの子だった。
「そういうことだから、頼んだ」
「……」
「クラスのためだから」
「……わかった」
彼女はこちらをチラッと申し訳なさそうに見てからそう言った。
「今日は流石に無理だよ」
「わかってる。どんくらい必要?」
「三日は欲しい」
「わかった。んじゃ、そういうことでみんなよろしく。今日もパート練習しようぜ」
カズヤくんがそう声がけをしてクラスをまとめると、みんな素直に分かれて練習を始めた。
あーあ。みんなに迷惑かけちゃったな。特にあの子に……。でも大丈夫かな?
アタシの心配は全く必要なかった。
彼女はびっくりするくらい上手だったのだ。
三日で歌に合わせられるようにしてきたのも驚きだが、本番もなんの問題もなく……というよりむしろ他のクラスより出来栄えで目立っていた。
まず出だしから雰囲気を作り、間奏部分では誰が聴いても難しいとわかるピアノのソロを軽々と弾き、全校生徒を魅了したのだ。
最後も綺麗な余韻を響かせて伴奏を終えると、指揮者のユイの手が降りた瞬間、この日一番の拍手が鳴った。もちろん学年優勝した。
最初はただただ申し訳ないと思った。
でもあんなに簡単に弾くあの子を見ていたら、だんだん体の奥底から黒い感情が出てきた。
終わった後も指揮者のユイを立てて、さも「自分はただの伴奏ですから」とでも言わんばかりの態度で、記念写真でも端の方で静かにしているのが癪に触る。
そもそもなんでカズヤくんは彼女がピアノを弾けることを知っていたの? 小学校も違うし、去年も別のクラスだよね? 話しているところも見たことがない。なのに何で?
後からどんどん出てくる疑問が、やがてアタシの中でひとつの感情を生んだ。
あの子が気に食わない……。