◯出席番号16番
僕と同じ班の彼女は、どこか人を寄せつけないオーラがある。
同じクラスになってしばらく経つが、まともに話したことはない。
僕は彼女と違って「ザ・平均」な男子中学生だ。これといって特徴がない。あれ? 自分で言っていて悲しくなってくる。
給食の時間は机を向き合わせるので自然と食べる姿がよく見えるのだが、同じ中二とは思えないくらい所作が綺麗だ。食べながらおしゃべりなんてしない。まあ、元々普段から無口に近いけど。
ふと彼女の牛乳を見ると、ストローにそれが入っていた袋を結びつけている。何のために? と思ったが、すぐにピンときた。そういえば掃除の時、ストローの袋が教室の床に落ちているのをよく見る。お盆に置いておいても、片付けの時とかふとした瞬間に舞ってどこかに行っちゃうんだよね。それに地味に掃除も大変。箒で隅に寄せようとしても、思うように運ばれてくれない。結局手で取る方が効率的だ。
だから彼女は袋がどこかへ行ってしまわぬように、ああして結んでいるんだろうな。なるほど、僕も真似してみようかな。
さっさと食べ終わってしまった僕はおかわりをしに行く。彼女はまだ半分も食べ終わっていない。
随分とゆっくりなんだなぁ。ま、人それぞれだよね。
他の班員とおしゃべりしながら、僕は口の中にご飯をかき込んでいく。
おかわりも食べ終えて自分の食器を片し終え机の向きを変えようと席に戻った僕は、何となく彼女の片付いてきた皿を見る。とても綺麗だ。僕より……というより他の誰よりも。
こんな風に食べてくれたら、給食室のおばちゃん達も嬉しいだろうな。洗いやすそうだもん。
ここまで彼女のことを見過ぎでいたのか、ふいに目が合ってしまった。何となく気まずい。向こうそう思ったのか、すぐに目を逸らされた。
怪し過ぎたかな? 今度から気をつけよう。
ある日、職場体験で学んだことを班でまとめることになった。
僕らの班は近所のスーパーに行ったのだが、ほとんど男女別れて作業をしていたので、彼女と関わることはなかった。
それにしてもこれ程サイズのある紙にまとめるとか、正直怠い。大き過ぎないか? こんなに書くことあったかな?
僕のしたことって、倉庫の片づけくらいだし……。
あの時は店員のじいさんに絡まれて大変だった。
それに比べて女子はいいよな。店内で商品の整理とセルフレジの補助だろ? お客さんと接している分、書くこともたくさんありそうだ。
とりあえず六人で誰が何を書くか役割分担をして、適当な紙に書いたものを貼りつけることにした。
ひとつのものにみんなで一斉に書くのは無理があるからね。
僕は早速書いたものをハサミで切り取り、その紙を貼ろうとする。
「おい、トウマ! お前それまだ下書きじゃん。ちゃんと完成してから貼れよな」
班員のひとりに止められた僕の頭に「?」が浮かぶ。
「え? 完成したから……なんだけど」
「嘘だろ!? お前、いくら何でもそれは……下手過ぎだって」
「っ!?」
なんだと!? これでも丁寧に書いたつもりだぞ。確かに僕は字が綺麗ではないと思う。でもそこまでか?
不満に思った僕はそいつの書いているのを見る。
「お前だってこんなもの……だろ……う」
「いや、まだマシだよ!」
「うっ! ……確かに」
あれ? そんなに下手だったか。
でもそういえばこの前のテストで先生に「お前の採点は大変だったよ。もう少し丁寧に書けないか?」と言われた気がする。そうか……。僕はかなり字が下手なようだ。
こんな僕らのやり取りを、向かいの女子達が哀れんだ目で見ている。その中にはもちろん彼女の姿もある。
「……このままじゃ、ちょっとね。ここまでとは言わないけど、もう少しどうにかならない?」
そう言って、ある女子が彼女が書いている紙を指した。
うそだろ!? 綺麗な字……というか、達筆って言っていいレベルじゃないか? 国語の先生より上手いと思うぞ!
「え? 何それ! ちょっ、よく見して!」
戸惑う彼女から書きかけのそれを奪った。
近くで見るとより上手いのがわかる。どうしたらこんなのが書けるのだろう?
「あのさ、僕に字の書き方教えてくんない?」
「え?」
体ごと乗り出して彼女に迫ると、凄く怯えた顔をされた。
「お、おい! 何言ってんだよ」
すかさず隣の班員から力づくて体を戻されたが、僕は諦めない。
「いや、みんなよく考えて。僕の字が上手くなったら、この班の出来もよくなるってことだぞ? このまま下手な字のまま提出してもいいのなら、僕は構わないけどね。言っとくけどこれが僕の精一杯の字だからな」
先程貼ろうとしていた紙をみんなに見せると、全員何も言えなくなる。
「えっと……教えてあげられる?」
「あ、でも嫌ならいいからね。わたし達、アレで諦めるし……」
女子ふたりが申し訳なさそうに彼女に言う。
「……ううん。……大丈夫。私ができることなら、いいよ」
「ホント!? じゃー、よろしく!」
僕はガッツポーズをして喜んだ。これで先生に注意されることもなくなるだろう。
とりあえず班員のみんなが仕上げている間、手の空いた僕は隙間に絵を描く。字は苦手だけど絵は得意なんだよね。
スーパーだから肉や魚は必須だろ。あとは卵と牛乳かな? あ、せっかくだからキャラクターっぽくしよう。
そんな感じで絵を描き進めていると、他のみんなも自分の分を描き終えて貼りつけていった。ほとんど完成してきたところで授業終了のチャイムが鳴る。残りは空いている時間にやるように、と先生が言った。
放課後、僕は彼女から「字を書くポイント」と書かれた紙を渡された。
「一応思いつくことをさっき書いてみたんだけど、どうかな? 書けそう?」
『書き始めはしっかり置いてから』とか『横線は斜め上へ、一番下の線は少しだけカーブさせて』とか『漢字より平仮名は小さめに』等、いくつものポイントが書かれている。
それぞれ隣に具体例も書いてあるので、とてもわかりやすい。
「すげー、これ。なんか上手く書けそう」
全て読み終えると、それらを意識しながら早速書いてみる。すると、すぐに効果が出た。
「え、待って。これなんかいい感じじゃない? 時間はかかるけど、いつもの字と大違いなんだけど」
「うん、いいと思う。……そうだね、あとここの『倉』の字だけど、『口』のところをもっとこうやって……ほら、台形にしてみるともっとかっこよくなるよ」
そう言いながら、彼女は僕に近づいて空いているスペースに書いてくれた。
「うまっ!」
すぐに真似しながら書いてみる。
彼女のと比べると劣るが、僕史上最高の出来だ。こんな感じで、たまにアドバイスをもらいながら僕は書き進めていく。そして……。
「できたー!!」
渾身の作を掲げて、僕は声をあげた。側で彼女も小さく拍手をしてくれる。
出来上がったものを貼りながら僕はお礼を言った。
「マジで、ホントありがとう!!」
「ううん。役に立てたみたいでよかった」
一緒に片づけながら外を見ると、陽が落ちかけている。
「今日、部活とか大丈夫だった? もしかして僕のせいでサボったりなんてーー」
「大丈夫だよ。今日、元々休みだったから」
「ならよかった。……って、あれ? そもそも何部だっけ?」
「私? 書道部だよ」
「どおりで上手いわけだ!」
詳しく聞いてみたら、小学生の頃まで書道教室に通っていたらしい。中学生になってからは部活で書道を続けていて、賞もいくつかもらったことがあるそうだ。
思い返してみれば、書道コンクールかなんかで表彰されている生徒がいたような……。あのたまにある部活の表彰とか、自分に関係なさ過ぎてちゃんと見てなかったんだよな。
そんな子に僕は習っていたのか。うん、すごくツイている。
「いいなぁー。字が上手いとか一生役に立つじゃん! 履歴書とかよくわかんないけど有利になりそう」
「そうかな? ……でも、私は目黒君が羨ましいよ」
「え? 僕?」
「うん。だって絵が凄く上手だもん。んー、ただ上手いっていうのじゃなくてね、目黒君のはキャラクターが生き生きしてて、楽しそう!」
「!?」
こんなに褒めてもらえたのは初めてだ。何だこれ? めちゃめちゃ嬉しい。
「そ、そう? 漫画が好きでさ、いろんなキャラを小さい時から真似して描いてたんだよね。それでかな?」
「あー、漫画か。……なるほど。……あ、それならキャラの技名とかをかっよく真似して描いたらどうかな? そしたらもっと字も上手くなると思うよ」
「技名かー。……うん、それいいかも! やってみるよ!」
なんだよ。結構普通に話してくれるじゃん。
今まで凄く遠い存在に感じていたけど、そんなことなかった。他の女子と同じ……いや、それは違うかな。ま、とにかく今日は彼女のことを少し知ることができてよかった。
「もう暗くなりかけてるし、よかったら送ろうか?」
「大丈夫。それよりこれ、早く先生に出しに行かなくちゃ」
「あ、そうだね。じゃ、僕が出しに行くよ」
「お願いしてもいい?」
「もちろん! っていうか、そもそも僕のせいで遅くまで残ることになっちゃってごめん! それじゃ行ってくるから、もっと暗くなる前に先に帰ってね」
「うん、ありがと」
「へへっ。こっちこそホントありがと! じゃ!」
照れた顔を隠すように、僕は完成した提出物を持って教室を後にする。
廊下に他の生徒が見えなかったから、ちょっとスキップを交えながら……。