◯出席番号29番
学校って苦手だ。
去年は何とかなったけど、今年のクラスは馴染めそうにない。こういう賑やかなところは、ウチに向かない。
「昨日のドラマ観た?」
「今度の日曜日、どっか行こうよ!」
「ヤバっ、また宿題忘れた! カズヤー! へループ!」
「二組の子から聞いたんだけど……」
どの会話の中にもウチは入られない。そもそもみんなの中に存在していない。
……ああ、また保健室行こうかな。でも保健の先生、良い顔しないんだよね。「ここは具合が悪い人が来る場所よ」って……。心が痛い人はどこに行けばいいの?
学校に居場所なんてどこにもない。
でも彼女は違う。
お淑やかで、物語に出てくる「清楚なお嬢さま」のような彼女。いつも下を向いていて暗いウチより、ずっと輝いている。
この間朝礼の後に保健室へ行こうとしたら、「大丈夫? 一緒に行こうか?」って話しかけてくれた。何も言ってないのに、よく保健室に行こうとしていたなんてわかったね。
それに休み時間に様子を見に来てくれて、「数学のプリントの提出、まだでしょ?」って、ウチの鞄からプリントを取っていってもいいかの確認をしてくれた。
どうして、ここまでしてくれるんだろう? こんなに気の利いて優しい子、小学校でもいなかったなぁ。
彼女に話しかけられてから、少しだけ頑張れた。保健室へ行くのも減った気がする。
それに塾の難しい問題を訊いた時も、彼女は丁寧に教えてくれた。嫌な顔もしないで。勇気を出してよかった。塾の先生に質問するのも苦手なウチにとって、本当にありがたかった。しかも、先生より教え方が上手い。
どこかクラスから浮いている彼女だけど、何でか本当にわからない。こんなにいい子なのに。
「……あの……一緒に帰ってもいい?」
「……いいよ」
ある日の放課後、思い切って誘ってみた。
嬉しい。誰かと一緒に帰るなんていつ以来だろう? 足取りがいつもより軽い。
「ウチね、初めはあのクラスが苦手だったの。でも、今はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ大丈夫そうって思えたんだ」
「……そうなんだ。よかったね」
「うん。……ウチに話しかけてくれて、ありがと」
「……そっか」
彼女はそう言って微笑むと、「私、こっちだから。……田端さん、また明日」と軽く手を振って道を曲がっていった。
「うん、また明日」
どうやら、通学路はほとんどかぶっていないらしい。一緒に帰ることができた時間は少しだけだった。
それでもこのほんの少しの距離が、ウチにとってはキラキラして見えた。
「ここはね、こうやってまず図にしてみるの。そうしたらほら、どこを求めるのかがよくわかるでしょ」
「あ、本当だ。問題文が長くてよくわかんなかったけど、なるほど、こういうことだったんだ。この図もすごくわかりやすいね」
休み時間、今日も彼女に塾の宿題を見てもらった。
「単純な計算問題より、こういうのってやり甲斐があって面白いよね」
「……そうかな」
彼女は成績も良い。ウチのクラスは学級委員の渋谷さんや、人気者の上野君が授業を引っ張っている。お調子者の品川君も、答えは合っていないがよく発言して盛り上げてくれる。
だからか、彼女が授業で目立つことはない。
「これ、いい問題集だね」
「そうかな? じゃあ、よかったらウチと同じ塾に来る?」
「……え? ……あー、でも今の所気に入ってるから……」
「そうなんだ。……じゃあウチもそこに行こうかな」
「うーん、先生はいいんだけどね。ちょっと……いや、かなりうるさいよ。先週からだけどモリオ君とかいるし。もちろんカノジョも」
「あ、そ、そっか。……品川君が」
ああいう男子と一緒なんてたぶん無理だ。それに品川君のカノジョって、あのダンス部の子だよね。ウチと性格的に合わなさそう。
「よく、一緒のところでやっていけるね?」
「特に関わることないから平気だよ。人数が増えたから、そろそろクラス分けするかもしれないって、先生も言っていたし」
「……塾のクラス分けかぁ」
それならもしウチが彼女と同じ塾に行ったとしても、同じクラスになるのは難しそうだ。むしろ苦手な人と同じクラスになる確率の方が高い。
「じゃあ、しょうがないね。同じ塾に行けたらよかったのになぁ」
「……そうだね」
まあでも、こうして一対一で勉強を教えてもらえるこの時間があるだけマシだ。今はこの時間を楽しもう。
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