◯調査報告 ②
自分で書いた報告書を読み終え、ボクは目を瞑る。
調査は続いていたけど、この先は書けなかった。
ボクはその時のことを思い出す。
六人に共通するのは、ひとりの人物が大きく関わっているということだった。
海外にいる渋谷やモリオも含め、ボクは彼等に直接彼女との思い出を尋ねて回った。
それはある者にとっては甘酸っぱいもので、ある者にとっては思い出したくもないことで……。
だからボクは報告書の続きが書けなかった。
せめて、今の彼女のことだけでも調べようとしたがその足取りは掴めず、どこで何をしているかは不明だった。
その彼女の名はーー
◯出席番号35番 山手マコト
何度実家を訪れても、彼女の家族から情報は得られなかった。
困り果てたボクはある時居酒屋で、かつて彼等の学年主任だった男を偶然発見した。
「あぁ、あの子かぁ。本当に申し訳ないけど、これといった印象がなぁ。問題を起こすような子じゃなかったしな。あ、ピアノは上手かったな。そういえば、成績も優秀だった。全く手のかからない子だったよ」
「そうですか。彼女が何を思っていたかなんて、流石の先生でもわかんないですよね」
「そうだなぁ。……いや、待てよ。確か……」
何かを思い出した様子の新橋先生。
ボクは急かさず静かに待った。
「そうだ! サプライズでもらった色紙に書いてあったんだ」
「何がです?」
「彼女が書いたメッセージにね、こう書かれてたんだ。嬉しかったから写真に撮ってあるよ。何で忘れてたんだろ? わたしももう歳だね」
「そんな。先生はまだ若いですよ」
ボクはスマホを受け取ると、そのメッセージが写った写真を見た。
『先生は常に生徒を大事にしてくださりました。その愛情はしっかり伝わっています。先生が育てた若い先生方も、きっとその想いを受け継いでいくことでしょう。もし肩の古傷が痛みましたら、その度にヤンチャな生徒の顔を思い出してください。学校を離れても寂しくないはずです。先生の新たな人生を、心より応援しています』
細かくて綺麗な字で、そこにはそう書かれていた。
「昔は時代のせいもあるけど、竹刀を振り回したりなんかして……あの頃は生徒を叱ってばっかりだった。でも、それは大事に思うからで。なかなか伝わらなかったけど、こうして教え子から言われるのは嬉しかったね。当時の自分も肯定されたみたいで」
「確かに、それは嬉しいですね」
「ね。それにしても……肩の傷のことなんて言った覚えはないんだけどなぁ」
「傷って?」
「まだ若かった頃に暴れる生徒を止めようとしてね、その時に。それから竹刀を持つのを辞めたんだ」
「何ででしょうね。どこで知ったんだろ?」
「本当だね。わたしが知らないとこでも、よく見ていたのかもね」
「そうなんですかね」
その後新橋先生と別れたボクは、再び彼女の実家へと行ってみることにした。
すると、家の前にひとりの男性が丁度玄関から出てきたところだった。
「こんばんは、お兄さん」
ボクが声をかけると、彼女の兄は呆れた表情でこちらに向かって来た。
「また来たんだ」
「こういう地道なことをするのが仕事なもんで」
「妹は暫く帰ってこないよ。俺に訊かれても、あの子は極々普通の子で……。期待に添えるようなことは何も」
「うーん、そうですか。じゃあ、せめて今どこら辺にいるかだけでもーー」
「教えていい許可をもらってないから、俺からは言えないって。何度言わせるな」
「そうですよねー」
仕方がない。
迷惑をかけたいわけじゃないから、ここは引き下がろう。
「何度もすみませんでした。もう帰ります。でも、もし会ったら伝えてください。『おかげで今の仕事で頑張れている』って」
「あぁ、わかったよ」
「では、さようなら」
そのまま振り返ることなく、ボクは事務所へと戻っていった。
あれから何年経ったのだろう。
彼女だけでなく、他のみんなもどうしているだろうか?
また同窓会で会えたらいいなぁ。
ボクは時計を見ると、クライアントに電話をかけた。
あちらから言われた都合のつく時間に、いつの間にかなっていたらしい。どおりで、飲みかけのコーヒーがすっかり冷えてしまっているわけだ。
「もしもし。あ、そうです、あのことで。そろそろ直接ボクが行って話を聞くべきかなって。ずっとオンラインでの打ち合わせでしたもんね。……え、事務所にですか? まぁ、こちらはいいですけど。いつですか? その日なら問題ありません。場所はわかりますか? ええ、そうです。そこの三階の……。入り口に看板があるんで、すぐわかるかと。あ、そうです、『大塚探偵事務所』って。では、お待ちしてますね」
電話を終えたボクは、手帳に予定を書き込んだ。
そう。
いつか彼女に薦められた本が、今のボクを作った。
物語の探偵のようには上手くいっていないけど、こうして依頼も少しずつ増えている。
ボクはさっきまで手にしていた報告書を引き出しの奥にしまい、今ある仕事の調べ物を始めるのであった。




