◯調査報告
都内にある、とある小さな寂れたビルの三階……。
ここはボクが仕事部屋として借りた、お気に入りの場所だ。
スーパーで買ったインスタントコーヒーに自分でお湯を入れ、一息つく。貰ったブランド物のカップを愛用しているため、気分だけは喫茶店のお高いコーヒーを飲んでいるようだ。
実家で飲むコーヒーは高級だったが、居心地が悪いせいか全く美味しくなかった。
そういえば、年の離れた妹からたまには帰るようにと連絡があったけど、元気にしてるかなぁ。
もう一度カップに口近づけた時、ふと、仕事の書類に混じったプリントが目に入る。それは、今の仕事の合間にボクが書きたものだ。
「はぁー」
それを手に取ると、自然と溜め息が出る。
せっかく調べ上げたものの、これは日の目を見ることがない。そもそも誰かに頼まれたものでもない。
そう、これはボクの自己満足のため。
そしてボクは手に取ったそれを、心の中で読み上げていった。
ある中学校のある年の生徒の内、六人が世間を賑わせた。しかも、六人共二年生の時に同じクラスだったという共通点がある。
これはなかなか珍しいことではないか? 普通、学校でひとりくらい有名人が出たって不思議じゃない。
でも六人も……しかも同い年で同じクラス。きっとそこには、秘密があるに違いない!
そこで、彼らについてボクが調べたことをまとめてみようと思う。
◯出席番号27番 渋谷ユイ
小学生の時からずっと学級委員で、いつもクラスの中心的人物だった渋谷。責任感も強く、周りを仕切ることに生き甲斐を感じる性格だった。
大学時代はアメリカへの留学を経験し、その時知り合ったあるボランティア団体との出会いにより、世界の貧困問題や紛争、女性の差別問題等に強い関心を得た。
帰国後はそれらの課題を解決することを目標とし、留学先の大学で仲良くなった世界中の仲間と頻繁にやり取りをした。
その後再び海外へと渡り、今ではアフリカ等で活躍する日本人ボランティアとして、世界中から称賛されるようになった。
そんな渋谷は、イギリスの有名ジャーナリストと共に受けた取材の中でこんなことを語っていた。
「わたしは彼みたいな発信力はまだないので、正直羨ましいですね。だって、もっと世界中に知って欲しいことが山のようにあるんですから。同じ現場で仕事をしたことが何度かありますけど、その……取材力? とにかく目の前のことに必死で猪突猛進な姿勢は尊敬します。ただ、ちょっと心配でもありますね。え? 他に尊敬している人ですか? ……いますよ。中学生の時に。その子、わたしが見えないところまで本当によく気がつく子で……。当時、頼られることに生き甲斐があった自分が、唯一頼りにしていた人なんです。彼女ならどうするかなって考えていると、わたしも少しだけ周りが見えてくるような気がして……。だから、今の仕事にも活かされていると思います」
現在もアフリカを中心に人道支援を行っており、渋谷は近いうちにノーベル平和賞を取るだろうと噂されている。
◯出席番号10番 品川モリオ
とにかくお調子者だったモリオ。
勉強も部活もなかなか真剣になれなかった彼であるが、二十歳の時に歌の才能を有名音楽プロデューサーに見抜かれ、その後メジャーデビューを果たした。
独特の歌声は若者を中心に人気となり、現在海外ツアーもこなす超売れっ子となった。
そんな彼の元カノを名乗る者が、SNSでこんなことを書き込んでいる。
『彼の歌は中学生の時から凄かった! 隣でいつも聴いていたもん。あの頃は超ラブラブで、今も忘れらないわ。いつでもヨリを戻す準備はOKよ!』
そしてモリオ自身はあるライブ中の曲紹介で、こんな発言をした。
「次はオレの大好きなアーティストのカバーだぜ。実はさ、昔この曲が好きな奴がいて、そいつに『歌が上手い』って言われて歌手になるっていう夢ができたんだよね。え? それってカノジョかって? あー、違う違う。カノジョはカラオケに行っても、ずっとスマホいじってたから。それに、高校生になって『歌手になりたいから、軽音部に入る』って話したら『バンドマンかぁ……』って言って、その後振られたし。だから、今のオレがあるのは元カノじゃなくて他のクラスメイトだよ。ま、こんな話は置いといて、クラシックをクールにアレンジしたお気に入りの曲を聴いてくれよな!」
音楽の道で成功しセレブの仲間入りを果たしたモリオを振ったカノジョは、とても後悔したに違いない。
だが、ふたりがヨリを戻すことはなさそうだ。
◯出席番号29番 田端アオイ
小学生の時に虐めに遭い、学校に通いはできたもののずっと内気で暗い性格だった田端。
高校入学と共にコンタクトデビューしてからは、校則ギリギリのオシャレをするようになり、徐々に明るい性格へと変わった。
大学生になると、動画配信者としてメイク動画をアップし続けたが登録者数は伸びなかった。
しかし、それまでの派手な見た目から黒髪の落ち着いた雰囲気にイメチェンした途端、視聴者が増え一気に有名人となった。
田端は自身の動画の中で、その時のことをこう振り返った。
「自分が嫌いだったんです。でもある時、目の前に女神のような救世主が現れて……。その子を真似して髪を伸ばしたら、なんだか彼女に近づけた気がしたんです。それから自分のことも好きになって、オシャレも楽しむようになって。ただ、だんだん自分がわからなくなりました。だから、彼女を真似てみました。……そうなんです。この格好、モデルがいるんです。おかげで、こうしていろんな人から認められました。やっぱり彼女は私の憧れです! あ、そうだ! 視聴者のみんなには嘘つきたくないから言いますね。私……カレシができました! その人、憧れの子とずっとお似合いだなぁって思っていた男の子に似てるんですよ。もう、運命ですね。もしプロポーズされたら、みんなにちゃんと報告するので、静かに見守っていただけると嬉しいです」
心から幸せそうな田端に、視聴者から温かいメッセージがたくさん寄せられた。
自己肯定感も高くなった彼女の更なる幸せの報告は、それほど時間はかからないだろうと誰もが思った。
◯出席番号16番 目黒トウマ
特に勉強やスポーツができるわけでもなく、顔までも平均的だったトウマ。
だが、彼には絵の才能があった。
専門学校時代からその才能を活かした事業で成功し、芸術の道に本格的に進むこととなる。
更に海外の大きなコンクールに出した絵が賞を取り、世界にも認められるようになった。
今では熱心なコレクターも多い、売れっ子アーティストである。
その時の受賞スピーチで、こんなことを語っていた。
「まさか本当に賞が取れるなんて思いませんでした。ここまで来れたのはたくさんの人の応援や協力があったからなので、感謝しかないです。特に……僕の絵を初めて褒めてくれた子に。さっきからみなさん、この絵のモデルが誰かって訊いてくるんですけど……その子なんです。僕の初恋の子です。わーっ、なんか恥ずかしいなー! えっと、今の聞かなかったことにできます?」
受賞したトウマの絵は現在彼のアトリエに飾られており、作品のアイディアに悩んだりした時にはこの絵を見て活力を得ているという。
◯出席番号25番 神田ナツコ
幼い頃からオシャレに気をつかう美意識の高い神田は、プライドも高かった。渋谷のようなカースト上位に近づき自分を強く見せようとする性格で、実に自己中心的な人物だった。
そんな彼女は大学で知り合ったサークルの先輩とデキ婚し、十代で母となった。
しかし中身はまだ未成熟で、大学で見栄を張れなくなってからは動画配信に明け暮れた。
ブランドの洋服や化粧品や装飾品を自慢してはすぐに売りに出し、また別の物を買って紹介した。初めこそ人気は出ていた。だが視聴者は次第に飽きてしまい、自然と離れていった。
次に神田はママ友に対して、自分を大きく見せようとした。
頻繁に高いランチに行き、そこで家族の自慢をする。ネタのために家族を無理やり巻き込んで旅行をしたりと、とにかく必死だった。
そんな彼女に夫は愛想を尽かし、不倫に走ることとなる。神田がそのことに気づき、夫を尾行して相手の家へ乗り込むと、夫と相手の女性を見た瞬間、キッチンにあった包丁でふたりを刺した。
大怪我を負ったものの、どちらも幸い命に別状はなかった。
神田は取り調べにて、刺した時のことをこう供述した。
「家に行った時は、刺そうだなんて思っていませんでした。ただ夫に戻ってきて欲しかっただけで……。夫のことはちゃんと愛していました。彼に……ずっと好きだった人に似ていて、大学で出会った時は運命だと思いましたから。でも、あの不倫相手がまさか……。ええ、彼女は中学の同級生で……。……いえ、知りませんでした! あんな見た目になっていたなんて、こっちが驚きましたよ。なんで……よりによって大っ嫌いなアイツに化けるのかしら。……そうですよ、全てアイツが悪いんです!」
この事件に対して、世間の関心は高かった。
不倫相手も、付き合っている男が妻帯者だとは知らなかったという。
また、神田よりも相手の方が配信者としてファンが多くいたこともあり、その女にはたくさんの同情が寄せられた。同時に刺した方へのバッシングは相当なものであった。
連日ニュースでも取り上げられて、落ち着くまでかなりの時間を要した。
◯出席番号3番 上野カズヤ
何もかもが完璧で、人気者のカズヤ。
数多くのモテエピソードが存在する彼は、中学の時にハンドボール部に所属し、現在プロチームでエースとして活躍中である。
日本代表にも選ばれ、そのルックスからテレビや雑誌やイベントに引っ張りだこだ。協会から普及のためにそれらに出るように指示され、彼は嫌々ながらもメディアに露出し続けている。
あるバレンタインフェアのイベントに出演していたカズヤは、司会から話を振られこう返した。
「プロになったのは夢というか、ただがむしゃらにやっていたら今ここにいるって感じで。でも、チームのみんなもサポーターの人達もよくしてくれて、結果よかったのかなって。……バレンタインですか? えーっと、正直苦手っていうか……もらわないようにしています。でも、良い思い出がないわけじゃなくて……。俺宛じゃなかったけど、毎年楽しみにしていたチョコはありました。今でも、その人のだけは欲しいなって思っています。ちゃんと『好きだ』って伝えていたらとか、あの時手を離さなければとか……後悔ばかりですよ。だから、会場にいるみなさんは俺みたいにならないように、伝えられる時に伝えてほしいですね」
カズヤの言葉に、「恋人がいない」という事実だけが女性ファンの中で広まり、より一層彼の争奪戦は激しいものとなった。




