◯出席番号3番 ②
今日、担任から例の課題が返された。
一枚の紙をひとり分ずつ切り離し、それぞれの名前が書いてあるものを合わせてホチキスで留めてある。
三十五人分を留めることはできなかったからだろうか、全部で三部に分かれている。
これを全員分作ったのか……。先生も頑張ったなと思う。
帰宅後一枚一枚読んでみれば、どれも似たようなことばかり。
『頼れる存在』
『スポーツ万能』
『成績優秀』
『学校一の人気者』
『イケメン』
他の奴らが聞いたら嫌味に感じるかもしれないが、どれも言われ慣れていることだった。
これをどう、受験に活かせばいいのやら。
読み進めていくと、ある一枚の紙に目が留まる。
『クールに見られがちだけど、本当は熱くなりやすい人。楽器を大事にしたり、何だかんだ周りの人間を放って置けない優しさもある』
何だよ……これ。
その達筆で、誰が書いたかなんてすぐにわかった。
あんなに素っ気ない態度をとっておきながら、俺のことも理解している。
楽器のことは……たぶん、あれのことだな。
クラスで流行りの室内野球。俺はそれに参加していない。
ノリが悪いと言われても仕方がないが、音楽に厳しい母親の影響か、リコーダーを使った遊びというのに抵抗がある。だからいろいろ言い訳しながらの不参加だったのだが、そこを見抜いてのことだろう。
『人を放って置けない』……か。それは主にお前に対してのことだろ。優しさだけじゃないんだけどな。
その他意に気づいているはずなのに、これはあえてか?
この間の上履きの件は、次の日には返ってきていたようだからひとまずは安心したけど、同じことが起きないように俺が目を光らせなくちゃな。
せっかく先生がまとめてくれたものだが、他のクラスメイトが書いたものと彼女のものを分ける。
そしてその特別な一枚だけを、俺は宝物ボックスにしまった。
宝物ボックス……と言っても、それは他人から見ればゴミに見えるようなものの集まり。
この中にあるものは、たとえ彼女であっても見せるわけにはいかない。というか、見たら絶対に引く。
でも、俺にとっては間違いなく宝物だ。
その中から、何枚もあるラッピング袋を取り出す。花柄や水玉、可愛いキャラクター等様々なタイプの袋だ。
幼稚園の時に同じ組の子からもらったバレンタインチョコでお腹を壊したことのある俺は、それ以来誰からも食べ物を受け取らないようにしてきた。
でも、毎年彼女が「いつもお世話になっているから」と、小学生の時から母親に手作りのチョコを渡していて、俺はそれだけは「お腹が空いた」とか適当なことを言ってはもらって食べていた。
それを、何か見透かした目でニヤニヤ見てくる祖母と母親。そんな視線を無視しながら俺は毎年味わって食べた。
これはそのラッピングである。
他にも、
『怪我をした時に彼女がくれた絆創膏を剥がしたもの』
『彼女からもらった旅行のお土産の包装紙』
『お手本として書いてくれた書き初め』
『貸したCDの返却時に添えてあったお礼のメッセージカード』等。
どれも、家族にも見つからないようにこっそりとっておいた大切なもの。
改めて見ると、自分でもちょっと気持ち悪いかもなんて思わなくもないが、とても捨てられそうにない。
暫くこの宝物ボックスを見て彼女との思い出に浸っていると、チャイムを鳴らす音が聞こえてきた。
「はーい」と祖母の声がする。
そうか……。もうそんな時間か。
今日は彼女のレッスン日。いつものように開始時間の十分前に、彼女はやって来た。
レッスン中、この時だけは防音室の性能の高さが憎く感じる。もう少しくらい音が漏れて欲しいものだ。
この間まで彼女の音を聴くことがなかったが、母親曰く、かなりの腕前だそうだ。
受講生はみんなレベルが高く、その中の最年少でありながら、あの厳しいで有名な講師が褒めるくらいだ。それはそれは上手いのだろう。
発表会には恥ずかしくて行ったことがない。一度くらい聴きに行けばよかった。
そんな彼女に合唱コンの伴奏を任せた。
結果、よかったと思う。クラスのみんなも助かったと言っていた。
でもできるなら、彼女のピアノは俺だけが聴きたかった。弾けること自体、俺だけが知っていたかった。
やがてレッスンが終わったのか、一階から声が聞こえた。
時計を見ると、いつもより時間がオーバーしている。今日はかなり気合の入ったレッスンだったのだろうか。
なるべく自然を装って一階へ降りると、母が彼女に謝っていた。
「ごめんねー。ついヒートアップしちゃって……。気づいたらもうこんな時間! お母さんにも電話しとくね」
「あはは。大丈夫ですよ。こちらこそ、今日もありがとうございました」
「そう?」
そこに祖母が加わる。
「この子ったら、いつもごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、これ、よかったら持っていって」
祖母が渡したのは煮物が入った容器だった。それもかなりの量だ。
いつも「つい、作りすぎちゃってー」が口癖だが、人に持たせる量としてこれは多過ぎないか?
「え、こんなにですか! 美味しそうですけど……」
「遠慮しないで。これ、カズも好きなやつなの」
「ばあちゃんの煮物、食べたことあるでしょ? まだたくさんあるから、持っていって。……あ、丁度いいところに」
そして俺のことを見つけると、母は無理やり引っ張ってくる。
「遅くなっちゃったから、この子に送らせるわ。ついでに荷物持ちで使って!」
「そうね、そうしましょう」
「……」
俺の意見などふたりは聞く気もなく、俺達を玄関に追いやる。
「……私、ひとりでも平気ですよ?」
「何言ってるの! 女の子がこんな暗い中、危ないじゃない。用心棒でも何でもいいから、息子を使ってやって」
「……それじゃあ、はい」
母親の圧に負け、俺達はふたりで家を出ることとなった。
「……」
「……」
家へ送り届ける途中、俺達の間には暫く沈黙が続いた。
心なしか彼女の歩くスピードも速く感じる。早くこの気まずい状況から抜け出そうとしているのではないかと、マイナスに考えてしまう。
何か……何か、話題はないものか……。
そこで俺は、今日渡されたあの紙を思い出した。
「……なぁ?」
「……」
「今日さ、先生から渡されたろ。あれ、何て書いてあった? 俺は特に気になるのはなかったけど」
嘘だ。彼女のだけは違う。本当の俺を見てくれる彼女の言葉は、俺にとって特別だ。
「……私も。特にないよ」
「……そっか」
彼女のことをみんな何て書いたんだろう?
目黒は? アイツは彼女をことを……たぶん。
今まで、ライバルが現れるなんて思わなかった。でもいたって不思議じゃない。
いつか彼女の魅力に気づく人物が目の前に現れるのは、予想できたことだ。
そんなことを考え、ふと彼女の横顔を視界に入れた。その顔は何か考えているようだった。そんな様子も綺麗だと思った。
所々に立つ街頭に照らされた彼女の顔を、気づかれないように盗み見た。
やがて河川敷へとやって来た。まっすぐ伸びる道を十分程進めば、もうすぐ彼女の家に着く。
煮物の容器が入った風呂敷を持つ右手にギュッと力を込めてから、俺は彼女に体を向けた。
「何、考えてる?」
「え?」
「何か言いたいことあるなら、ここで叫ぼうぜ」
「……急にどうしたの?」
「ここさ、部活で何度か走ったことあるんだけど、走った後に叫ぶとすっげースッキリするんだ。だから……うん、まずは走ろう!」
「え!」
そう言って俺は彼女のピアノバッグを左手で奪って、目の前の道を全速力で走った。
それを驚いて見ていた彼女も、すぐに追ってくる。
百メートル程走って、軽く息を整えてから彼女に目をやる。遅れてやって来た彼女も、到着すると「ハァッ、ハァッ」と呼吸を整えている。
俺は彼女が落ち着いたのを確認すると、体を川の方へと向けた。
全ての息を吐き出しそのままできる限りの空気を取り込むと、口を大きく開けた。
「わぁーーーー!」
「っ!」
突然叫び出した俺にビクッとして、驚きの表情を浮かべる彼女。
「言ったろ、『叫ぼうぜ』って。ほら、やってみろって」
「え……」
「スッキリするから、ほら」
「……」
数秒俯いて何かを考えてから、彼女は顔を上げて川の方を真っ直ぐ見た。
そしてーー。




