◯出席番号16番 ②
この間、写生会で描いた絵が表彰された。
校舎をバックに生徒が登校しているという、何でもない絵だ。
こういうのって美術部が選ばれるものだと思っていたから、僕はかなり驚いた。人生初の表彰状を手に入れた。
やっぱり額縁に入れた方がいいのだろうか? 色は何色にしよう? そんなことを考えてしまうくらいに浮かれていた。
元々キャラクターを描くのが得意だった。
でもあの日を境に漫画の細かい線の書き方なんかまでよく観察するようになり、前まで気にしていなかった背景にも目が行くようになった。
おかげで字体のバリエーションも増えたし、表現力が増したと思う。
きっとそれが今回の絵にも現れているのだろう。
今までの漫画っぽい絵は、美術の先生の好みではなかったようだから。
ちなみに、絵の中の人物は架空の人にした。でも、実はひとりだけモデルがいるのは内緒の話だ。
あの時彼女と話したのは、僕にとって大きな転換点だった。
そんな彼女だが、席替えをしてからは話すチャンスが減ってしまい、滅多に声をかけることができずにいた。
たまに他のクラスメイトがいない時に挨拶をするくらいだ。
もちろんそれは僕からで、向こうから話しかけられたことはない。
誰かに見られるのはどこか恥ずかしい。
中二の男子なんて、みんなこんなもんだろ?
モリオみたいにこの歳でカノジョ持ちの奴や、カズヤのように女子からキャーキャー言われるイケメンは特殊なんだ。
「次誰?」
「オレ」
「モリオかー。よし、野球部だからハンデな。この弱々ボールが相手だ!」
「へっ。そんくらい余裕だよ」
「カノジョなしの全男子の恨みを受けてみやがれ!」
そう言って大塚が投げたボール(ティッシュ製)は、モリオに届く前に音もなく落ちる。
「……」
「……悪い」
何とも言えない空気の中、ボールを拾う大塚。
「やっぱりこっちでいくわ」
「うん、頼んだ。オレもあんまり飛ばさないから安心して」
「おう」
僕はそんなふたりの様子を緊張しながら見守る。
ここは二年一組の教室。最近男子の中で室内野球がブームになっている。
ルールはシンプル。
ボールは、先生が印刷ミスしたと言ってゴミ箱に捨てたプリントを3枚使って作成したもの。バットはアルトリコーダー(ケース付き)。
ピッチャーは前から三番目の机の位置からボールを投げて、バッターは教卓の前から打つ。
後ろの黒板に当たれば一点となる。三回の空振り、もしくは黒板以外に飛んでいったら即次の選手の番だ。
チームの全員一周したら攻守を入れ替える。
塁やスリーアウトチェンジ、ヒット等のルールを入れると時間もかかるし面白くなかったので、これだけ簡潔になった。
現在、クラスのほとんどの男子が参加している。
ゲーム中、女子達は廊下に出るか教室の端に寄って観戦してくれる。いくら何でも端に飛ばすような奴はいないだろうからね。
ちなみにカズヤは参加しない。それはこちらとしてもありがたい。
もし彼がバッターボックス(教卓の前)に立ったら、それだけで他のクラスからも野次馬が来て黄色い歓声を浴びるだろうから。そんなことになったら他の男子のやる気は減る一方だ。
参加しない代わりに、教室の廊下側の前の席のカズヤは先生が来そうになった時に教えてくれる係をしている。
そういうのがコイツのいいところだ。勝てる気がしない。
僕の運動神経はそこそこだ。だかここで点を入れて少しでも女子にアピールしたい。
まあこれは、他のみんなも思っていることだろう。
「よっしゃー」
モリオの打ったボールはふわっと弧を描いて飛んでいき、見事黒板に当たる。力を抜いてもあれだけの飛距離とコントロールができるのを目の当たりにすると、あんな奴でも野球部なんだと改めて思い知らされる。
よし、僕の番だ。
「お、次はトウマか。手加減しようか?」
「いい」
「わかった。よし、いくぞ」
全く、なめられたものだ。今に見てろよ!
僕は大塚の投げたボールをよく見て、思いっきりバットを振った。
「えい!……あっ」
ボールはモリオと同じように弧を描く。が、真っ直ぐではなく大きく右に逸れてしまう。
そしてーー。
「……」
しんと静まる教室。
なんと運悪く、窓際の一番後ろの席で本を読んでいた彼女の頭の上に落ちてしまったのだ。
しまった!
僕は慌てて謝り行く。
「わー、ごめん。大丈夫だった?」
「……うん」
そして床に落ちたボールを拾って渡してくれた。
「痛くなかったから平気」
「そう? ホントごめんね」
すると、ヒソヒソと話し声が聞こえる。
「よりにもよって」
「ヤバいんじゃない?」
「怒らせた?」
そんな声など僕は無視して大塚にボールを手渡した。
何を言っているんだ? このくらいで怒るような子じゃないと思うぞ。あの子はな、優しいんだ。
「いやー、いいボールだったよ」
「普通の球だぞ」
「……よし、次々」
この場の空気を変えるように手を叩きながらそう言って、僕は味方陣営に戻った。
まだまだ彼女のクラスでの存在は浮いている。
僕もあの日のことがなかったら、みんなと同じようになるべく避けていたかもしれない。
でも、なんか可哀想じゃないか? だってあの子、いい子じゃん。普通の……というか可愛い女の子じゃん。どこが他の女子と違うんだよ。むしろクラスの中心人物になってもおかしくないんじゃないか?
合唱コンの時だってかっこよかったし。カズヤともあの時並んで話しているのがお似合いで……。あれ? 何か悲しくなってきた。
「どうした?」
「え?」
何となく落ち込んでいると、カズヤが話しかけてきた。
「下向いてるから。具合悪い?」
「いや、何でもなーー」
すると僕は唐突に彼に尋ねてみたくなった。
僕は近づくと小声で訊いた。
「なあ、カズヤ」
「ん?」
「あの子と親しいの?」
「誰?」
僕の視線を追って、カズヤが彼女を見る。
「……」
え? 何で黙る? 何でそんな顔赤く……。え? 嘘でしょ?
「え……待て! 違うから!」
僕のパニックに気づいて、カズヤも慌てる。
「いや、本当に。……アイツは俺のこと何とも思ってないから!」
普段のクールなカズヤとは大違いだ。新鮮だな。
っていうか、向こうは思ってないって、お前はそうなのか!?
「マジ? いつから? 何で……って、それはまぁ……わかるっていうか……」
「はぁ?」
今まで小声で話していたのに、いきなりカズヤが音量を上げた。
そのせいでみんなの視線が集まってしまう。
「あー、何でもない」
「うんうん! 気にしないで続けて」
みんな不思議そうにしていたが、試合が盛り上がっていたのかまた教卓の方に視線を注ぐ。
僕はカズヤの頭を軽く殴った。
「バカ!」
「……ごめん」
「……そっか。そうなんだ」
「……」
そしてお互い目を合わせづらくなって、僕らも試合に目をやる。
あ、そろそろ交代だな。今負けてんじゃん。僕のせいかな?
そんなことを思いつつも自然と目線が彼女の方へと移動してしまう。
……あれ、何て書こうかな?
『親切で優しい。字もピアノも上手くて天才。みんな彼女に助けられていると思うし、もっとクラスに溶け込んでくれたら嬉しい。笑顔もいいと思う』




