◯出席番号27番
「起立! 礼! 着席!」
今日も決まった!
散りかけの桜がよく見える二年一組の教室に、わたしの声がよく響く。
学級委員として、この号令係はわたしの大事な仕事だ。もうひとりの学級委員、大塚君にはとても任せられない。
どんなに休み時間に騒いでいる男子達も、おしゃべりに夢中な女子達も、わたしの号令で授業への頭の切り替えができているはずだ。五時間目の眠気が襲う授業だって、わたしの声で一気に眠気が覚める。
テニス部で日焼けした肌と女子にしては背の高いわたし。
女子力は皆無だし、誰かに守られるタイプではない。むしろ率先して助ける側が向いている。
だから小学生の時だって、去年だって、そして今年も学級委員になった。
誰にも理解されなくていい。責任のある役割をこなして、みんなから頼りにされることがわたしの生き甲斐だ。
ある日の朝礼の後、わたしはみんなから数学の課題のプリントを集めていた。数学科の先生から授業時間を削りたくないからと、朝のうちに職員室へ持ってくるように頼まれたのだ。
これくらいの雑用は全く苦にならない。逆に大歓迎だ。
「モリオ! あとアンタだけよ」
「え、ちょっと待って! あと五分!」
クラスで一番のお調子者であるモリオは、いつもこうだ。
完璧に仕事を全うしたいわたしの天敵である。
「カズヤ、頼む! 見して!」
「やだよ。てか何回目だよ」
「だってさー、昨日もカノジョと遅くまで電話しててさー、で、寝落ちしたら朝なわけ。しょうがないよな」
わたしとカズヤ君はジト目で彼を見る。
なんでこんなだらしない奴に可愛いカノジョがいるのか、本当に謎だ。わたしなんて「恋愛」の「れ」の字もないのに。まあ、女子からの黄色い声援はよく聞くけどね。
「もう二分経ったわよ」
「鬼ー!!」
なんとかモリオからプリントをもらい、職員室へ急いで向かう。急いではいるが、決して走らない。そういうルールはちゃんと守る性格だ。
「失礼します」
数学科の先生に提出すると、いつものように感謝される。
「おー、学級委員。いつも一組は優秀だな」
ふふん。
心の中でドヤ顔をしたわたしは、現実のわたしの表情が崩れる前に教室へと戻る。
やっぱりこのポジションはやりがいがあるなぁ。大塚君みたいに嫌がる人もいるけど、わたしはこの仕事が好きだ。
次の日の数学の授業の後、先生があの子に声をかけていた。
「昨日はありがとな」
「……いえ」
なんだろう?
あの大人しい彼女が話しかけられているのは、何となく気になる。モリオみたいな問題児が呼び止められるのはよく見るから気にならないけどね。
「一組はいつも全員分揃ってるだろ? でも危うく田端が未提出になるところだった。わざわざ保健室まで行ってくれたんだって? あいつも良い友達がいて良かったよ」
田端さん……? あっ!
わたしは昨日のことを思い出した。
うちのクラスの田端さんは朝礼の後、具合が悪くなって保健室に行っていたのだ。
それに気づいたのは二時間目の時。体育の時に人数が合わず不思議に思っていたらあの子が教えてくれたのだ。その時まさか彼女から話しかけてくるとは思わず驚いた。
田端さんも大人しい子だから、まさか一時間目には既にいなかったなんて、全く気がつかなかった。
一限の先生は知ってるのかな? そもそも隣の席の男子とか同じ班の誰かとか、何でみんな教えてくれなかったの?
そして、いつもモリオだけに注意していたから、あの時数え忘れたんだ。それであの子が代わりに保健室まで行ってプリントのことを教えてあげたのか。
本当ならわたしが気づくべきのことなのに……。
「ほらお前ら席つけー」
はっ!
いつの間にか次の授業の時間になっていた。担当のシルバーヘアの先生が周りを見渡す。次の授業は学年主任の新橋先生だ。
ダメダメ! ここは切り替えて、自分の仕事をしないと。
「起立! 礼! 着席!」
先生は「うんうん」と頷きながら嬉しそうな顔をした。
「このクラスはいつも号令が元気でいいな」
いつもなら嬉しい言葉だが、今は素直に喜べない。
「おっ! 今日の黒板は綺麗だな。書き甲斐がある」
「あっ、やべ! 今日の日直オレじゃん。誰か知らないけどサンキュ!」
モリオが授業中にも関わらず、クラスを見回しながら大声で言った。だが、それに応える者はいない。
今日の日直はモリオひとりだけだったはず。だって隣が休みだから……。じゃあ誰が?
すると廊下側の席から声がする。
「そんなのアイツに決まってるじゃん」
「えっ?」
誰のこと? と訊きたかったが、今は授業中。グッと我慢する。
もしかして……と思い当たる人物はいる。よし、この授業が終わったら確かめよう。
……やっぱり。
授業後、モリオはもう日直のことなど忘れ、休み時間になると同時に教室を飛び出した。どうやら、次の授業で使う教科書を忘れたようだ。カノジョの元へ借りにでも行ったのだろう。戻ってくるのは授業の始まるギリギリだと思う。
そして黒板に向かったのは……。
「ありがと」
「え?」
わたしは綺麗なロングの黒髪のクラスメイトに、後ろから話しかける。
「日直でもないのに、こんなに綺麗にしてくれて」
「……大したことないよ。私は渋谷さんみたいに注意とかできないから……。こんなの大したことない」
本当に何でもないというように、彼女は答える。
「そんなことない。本当ならわたしがやるべきことだもん。学級委員なんだから」
もうひとつの黒板消しを持って、わたしは一緒に文字を消していく。
「学級委員とか関係あるのかな? そもそも渋谷さんは十分仕事してるでしょ」
「昨日の田端さんのこともそうだけど、わたしって実は周りがちゃんと見えてないみたいなんだよね。だから……ほんとにありがとう!」
そう言って、消し終えた黒板を見る。
彼女の消したところだけ、まるで新品のように綺麗だ。
ちゃんとやったつもりなんだけどな。
「え? どうやったの?」
「ふふっ。あのね、コツがあるんだよ」
彼女はそう言って、可愛い笑顔をこちらに向ける。
笑っているのを初めて見たかもしれない。いつも無表情のイメージしかなかったから、不意に見せた表情に心臓がドキッとする。わたし以外に見たことある子はいないんじゃないかな。
普通に話せるし、普通に笑えるんだ。こんなの当たり前のことだけど、この子はどこかそういう「当たり前」とかけ離れていると勝手に思っていた。
「こうやって綺麗にすると、何だかスッキリするよね」
「大したことない」とか言っていたのに、仕事を終えた彼女は清々しい表情をしていた。
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