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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

片想い

作者: nanoka*

「私ね、ゆきちゃんのことが好きだよ」


帰り道、彼女が私に言った。


「え?」


何かの聞き間違いか、もしくは言葉を間違えたのか、確かめるように彼女のほうを見ると、彼女はそんな私に少し困ったような表情を返した。


「えっと」

「うん」

「それは、そういうやつ、ですか」

「うん。告白」

「そっかあ…」


うまく言葉が出てこない。自分が言われているということを頭が理解してくれない。


少しだけ雪が降った歩道は、じゃりじゃりと砂が混ざる音がする。冬靴にするのを忘れたから転ばないように、足元を見ながら歩かなくてはいけない。正しく都合が良くて、ずるいなと思いながらも下を向いて歩いた。



私と彼女は読書友達だった。


いつもの一緒にお昼食べたり遊んだりするグループはそれぞれ違うけれど、何かのタイミングで同じ班になったりすると割と話が弾む。そしてたまたま読書が好きだった。仲良し、とはまた違うカテゴリにいるような、一対一の趣味友達。それが彼女だった。


1年生の時に図書室でよく顔を合わせていて、2年で同じクラスになった。


私は彼女のことを、お人形のような女の子だと思っていた。元々茶色っぽいくせっ毛をふわふわとさせて、美人という感じではないのだけれど、とても雰囲気があった。素朴だけど品のある、名作劇場に出てくる育ちの良い女の子、みたいな。だから彼女と図書室で出会った時はあまりにもしっくりきてちょっと感動してしまったほどだ。


それに校則の厳しい女子校でも、彼女のふわふわの茶色い髪は教師に注意されることはなかった。もちろん、彼女は染めてなどいなかったのだけれど、それを誰も疑わないような説得力みたいなものがあったのだ。


私は彼女のことがうらやましかった。

毎朝、跳ねる前髪をヘアアイロンでなんとかして、校則にひっかからないギリギリの範囲でいろいろごまかして整えていく。そんな私には、ナチュラルボーンのお人形のような彼女がとてもまぶしく見えたのだ。

垢抜けようと必死になっている自分と、素朴で飾り気がない彼女を勝手に比較して、素のままで可愛らしい彼女のほうがまわりや世界に愛されているように思えた。


だから、彼女が私を好きだということがあまりにもよくわからなかったのだ。


---


駅までもう少し。それが思考タイムリミットだ。


「ええとね」

「うん」

「私は趣味仲間として、好き、だな」


なんとなく、ごめんなさいを言うのも違う気がして、せいいっぱいの好意で彼女の目を見た。


「そっかあ。そうだよね」

彼女は少しさみしそうに笑ってチェックのマフラーに口元を隠した。

「うん」

うん。さっきから何度か聞いた彼女の相槌が、自分の口からこぼれた。それは、から返事のようなものではなく、踏みしめていく確認のスタンプだ。これで、いいんだ。そう自分を固めるような。


「すぐに気持ちを変えるのはできないかもしれないけど」

「うん」

「少しずつ、戻せるはずだから」


彼女の深呼吸が、冬の空に白く溶けた。


「私とこれからも読書仲間でいてください」

「うん!」


目を合わせたら堪えらなくて、私たちは2人でひとしきり泣いた。

こんなこと言ってごめん、応えられなくてごめん。言ったら壊れてしまう気がしてお互いに言葉にはしなかった。


---


漫画や小説での女子校でそういう、女の子同士のことが描かれているのはよくあるけれど、実際はあの人とあの人距離が近いからそうなのかな?とか噂話程度しかなく、堂々と付き合っている人たちを知らなかった。少なくともうちの学校では。

だから、あの日のことは、ああ、本当にあるんだなあと、どこか別の世界の出来事のようにぼんやりと感じていた。


あの日からも、彼女はいつも通りだった。


正確に言えば、あの日、あの瞬間の彼女だけが特別で、その前も後も、彼女は何も変わっていなかった。いつも通りだった。


私たちはいつも通り、別の友達とはしゃいで、図書室や何かのタイミングで話す機会があれば最近読んだ本の話をする。村上春樹の本を順番に読んでみよう!ってやってみたけれど、ノルウェイの森の話はなんとなくお互いに避けた。変化といえばそういう、暗黙の了解が増えたくらいだった。


3年になってクラスも別になり、受験生になってからは図書室への用事も本から勉強に変わり、元々、本以外の話題が多いわけでもない私たちは自然と、会うこともなくなった。


卒業式に、いろんな人と写真を撮る中で彼女とも写真を撮った。それだけだった。


---


大学生になってしばらくしてから、彼女が家を出てルームシェアをしている、というのを人づてに聞いた。

いい場所に住んでいるお嬢様が家を出た、一人暮らしはまだ大変だから誰かと一緒なら許可が出たんじゃない、と友人たちは言っていたけれど、私はなんだか胸の奥のほうで鈍い痛みを感じた。


ルームシェアなんて表現をしているけれど、きっと大切な誰かに出会えて、気持ちが通じ合えたんだろう。


よかったね、と思いたかったのに、じわり、と熱いものが込み上げた。


あの子に、大切な人ができたのだ。


その事実が私をじわじわと侵食していった。

私よりも好きな人ができたのだ。


わかっている。わかっているんだ。

あの子の私への気持ちは一時のもので、それも淡い勘違いだったかもしれない。わかっている。それでも特別でいたかった。思い込んで夢を見ていたかった。


でも、私は、手をとらなかったくせに、彼女の好きな人でいたかったんだ。


あの、あの時のお人形のような女の子にずっと愛されていたかったんだ。


思い出の中の、私を好きな彼女に。

今の私が最悪の片想いをする。

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