第三章 右腕と魔女
こそこそと三章。
褐色肌いいよね、健康的で。
あと機械とかも大好きです、欠損も。
昼食を終えた私は、店を後にし街の中心街へ脚を向けている。
石畳の舗装道路をブーツの底が叩く小気味良い音が耳に響く。
その音はブーツの底に鋼板を仕込んでいるので他の人のたてるそれより少々硬質で高い。
自由都市はほぼ全域が良く言えば情緒の有る、悪く言えば古くさい石煉瓦造りの建物で締められている。僅かにだがコンクリートの建物もあるがそれは市役所等の公共施設で頑強性の問題でそうなっているだけだ。
人々はこの街を交易と石の街と呼ぶ。自由都市の名も元々は交易の中心で関所を設けず関税が無く貿易を行えるところからついたのだ。今でも大きな為替取引所や造幣局等も備える交易の中心地として栄えている。
目的地は中心街の市役所の隣に位置するギルド“緋の灯火”本部。
そこにレポートやら何やら必要な物を提出に行くのだ。ポーチに巨鬼の耳やら臍の緒入れて街をうろつくのは少し気が引けるがまぁしかたあるまい。
あ、もし官憲に職務質問された場合どうすればいいんだろうか、切り取った耳やら乾燥しきってない臍の緒とか持ってたら絶対捕まるだろうなぁ…今日は狩人証書を持って来ていたかな?
街の中心街に行くにはバスや魔術融合炉で稼働する汽車等の交通設備もあるが、私はどうもどちらも好きにはなれない。一つの狭い空間に何人もの見ず知らずの他人と居るなんてのは私には耐えられそうにないからだ。
ルルイエは中心街からすこし東にある、大体徒歩十五分と少しといったところだろう。 私はある路地の前で足を止めた、何の変哲もない薄暗いだけの通路だが、この路地は少し特別だった。
この通路は中心街の北側に続いている。
そこは元々の中心街にして自由都市の原型が位置する場所、旧中心街だ。
この街は旧中心街から外へと建物や城壁を広げながら出来ていったもので、大昔のある年、街の北側に大きな地下水脈が発見され、それ以上北に開拓すると地盤沈下を起こす恐れがあったので北への開拓を止めたのだ。
中心街は全ての交通システムの要となる要所で、街の中心に有る方が何かと都合がいい。だから当時の中心街は新たに南側に作り直され、抜け殻となった旧中心街だけが今も残っている。
それだけなら何て事のないありふれた都市計画で衰退した一区画でしかないのだが、それだけの事ならば旧中心街は物理利的、魔術的な意味において“隔離”されることは無かっただろう。
中心街が移動した後、しばらくは何事もなかったのだが、ある日事件が起きたのだ。
ある小さな魔術師ギルドがうっかり作成途中のキメラ(合成獣)を逃がしてしまい複数の死者をだしてしまったのだ。
キメラはあっと言う間に繁殖し収拾のつかないことになってしまう。
そして旧中心街は高い城壁、分厚い鉄城門で完全に封鎖されてしまった。
それ以来旧中心街は妖しげな魔術師や犯罪者のねぐらと化し寄りつく人は皆無となったが…よくない事は一度起きると何度も起きるものだ。。
どこぞの阿呆が何を血迷ったか“クトゥルフの外なる神”を召還してしまったのだ。召還されたのは伝聞だが“トゥルースチャ”、死と腐敗を好む踊り子の神。
完全な召還こそ成功しなかったが腐敗の症気が旧中心街から溢れ出し、数え切れない死者を出したのはほんの二百年前の話だ。
多重の結界と浄化魔術陣が張り巡らされてはいるのだが、いまだ完全な浄化は済んでいない。
普通なら立ち入る事のない所だが私には少々“特別な”用事があった。そこでしか出来ないことだ。
路地をしばらく進むと、高い城壁とルーン文字の刻まれた鉄城門が見えてきた。
門の隣には小さな今にも崩れそうな監視小屋があった。
監視小屋、とは名ばかりの物で実際は猫の子一人いないただの掘っ立て小屋にすぎない粗末なものだ。
鉄城門はいわゆる正門であり、有事の際にしかあけられる事はない。普段は監視小屋の中にある城壁内をくり貫いて作られたトンネルを通って旧中心街へ入る事になっている。 監視小屋はひどく寂れ、カビの臭いと酷い量の埃に満たされていた。雨風を防げてなおかつ居座っても誰の迷惑にもならず文句も言われない場所だが無宿者が住んでいた形跡はない。
流石に隔壁の向こうに地獄が待っている場所には住み着きたがらなかったようだ、ここよりボロ屋の軒下の方が数倍は住みやすいだろう。
監視小屋の中には今に崩れて壊れてしまいそうな朽ちた机と、脚が一本欠けた丸椅子が奇跡的なバランスで立っていた。机の上には変色し、色あせて黄緑になったクリップボードが放置されている、おそらく元は深い緑色だったのだろう。
クリップボードにはこれまた変色した古い官用紙で作られた書類が数枚挟まれていた。 その紙は宣誓書と題され、名前と日付が書く欄が開けられており、その後に私は此処に自らの意志で立ち入り、何が起ころうと自由都市に保障を求める事を行わないことを誓います。と記されている。
言うなれば宣誓書というよりも入館者名簿のようなものだ。ここは危険極まり無い場所だが原則立ち入りは禁じられてはいない。
この宣誓書にサインさえすれば誰であろうと入ることは容易なのだ。
立ち入りを禁じればエルフにしろヒトにしろ何故か入りたくなるもので、そして時折行動力のある馬鹿が現れて本当に馬鹿をしたりする。
無断で侵入した学生四人が内蔵が全て抜き取られた変死体となって発見されその遺族と保障問題で一時期大騒ぎになったそうだ、これは百九十年ばかし前の事件で中央図書館に行けばバックナンバーの新聞で確認出来るだろう。因みに学生は肝試しの為に入ったらしい、肝を試して肝を本当に“抜かれては”様がない。
それ以来宣誓書に納得した者は正規の立ち入り希望者として、宣誓書に納得せずそのまま侵入した者は不法侵入者として扱うようになり行動力のある馬鹿は激減した。
まあ大概の者は浄化魔術が施された隔壁でさえ防ぎきれず隙間から漏れ出る沼気に怖じ気づいて踵を返すものだが。
不親切な事に筆記用具は置いていなかった、仕方ないので多目的ポーチから万年筆を取り出して記入した。
そろそろインクが切れかけているな等と考えつつ宣誓書を丁寧に折りたたんで懐にしまう、これがあると死体が見つかっても身元やらなにやらが分かるので便利だそうだ。
隔壁には特に鍵は掛かっておらず、ただ押すだけで開いた。
ただ長きに渡って誰もこの隔壁を開いていないらしく、錆び付いた隔壁は下手をすると壊れるのではないかと思うほどの軋みをあげる。経年劣化を防ぐ魔術がかなり前に効力を失ってしまったようだ。
なんとか隔壁を開きトンネルに入る、中は全くの暗闇で何も見えず、なおかつ埃とカビ臭さは監視小屋よりもずっとひどい。
一応安っぽい白熱灯がある程度の感覚を開けて天井からぶら下がっているがどうせ壊れているか寿命で役に立たないだろう。
隔壁を閉める前にポーチからフラッシュライトを取り出しておく。
まったく、普段私が使う入り口も此処までは酷くないぞ。
軋みをあげる隔壁を壊さないように出来るだけ優しく閉じると、世界が闇に包まれた。 ウッドエルフ種ならこういう所でも問題なく見える程目が発達しているらしいがヒトの血が濃い私にそんな力は備わっていない、フラッシュライトをつけ細く伸びる頼りない明かりを頼りに歩を進める。
「これは酷いな」
独り言は壁に反響し幾度もトンネルに響き渡る。その声に驚いたのかどこかでネズミが鳴く声が聞こえた。
城壁の分厚さは十五メートル、ばからしくなる分厚さだがそれくらい無いと沼気を抑えきれない。それほど“外なる神”の力は強大なのだろう。
旧中心街側の隔壁もやはり酷く錆び付いていた。もはや隔壁と言うよりも錆の塊と形容する方がよいだろう。
とにかくかなり時間がかかったがかろうじで開く事ができた、正直腕の感覚がない。
腕を振ってみるとはがれ落ちて手袋に付着していた錆がぽろぽろと落ちた。
旧中心街は作りは新中心街付近の古風な魔導技術によって作られた町並みの並ぶ区画と何ら変わらない作りをしている。
だが他とは決定的に違う、何もかもが違って見える。
昼間で快晴だというのに日の光はどこか色あせ光量が減衰し、空気は僅かに黒く染まり重く肺にたまる気がする。
美しい造りの建造物群も別に汚れていたり血に染まっているわけでもないのにおぞましく思えてしかたがない。
まるでその全てが悪魔の住まう家のようで気味が悪い…
実際そんな事は無く私の思いこみと妄想に過ぎないのだが、あまり長居はしたくはない。 たしかここには盗賊ギルドやら認可の降りていない魔術師ギルドがそこらに点在している、わたしは狩人ギルド所属なので関係はないがその筋の知り合いもいるので場所だけは知っていた。
だが用があるのはそこではない。
入り組んだ町並みをブーツの音も高らかに歩く、靴底の鋼板が立てる音がいやに耳に障る。
十分ほど歩いて目的としている場所に到着した。
その“店”はひっそりとした地下店舗で、入り口へ続く階段は酷く暗くそこだけ清浄な空気が溜まっている。
それは主が“結界”を張っているせいで、その結界は自由都市中から集まった指折りの魔術師が死力を絞り尽くして張った幾重もの結界でさえ封じきれなかった沼気を完全に遮断していた。
階段に一歩脚を踏み入れると今までの淀んだ空気ではなく澄んだ空気が肺を満たす、それだけで凄く気分がいい。生き返ったような気分とはまさにこの事を言うのだろう。
階段を下りきり獅子の顔を象ったドアノッカーに手を伸ばそうとした時、扉が勝手に音もなく開いた。入って来いいう意味だろう。
広い部屋があった。
その部屋はベルベットの絨毯が敷かれ、薄紅の壁紙に覆われた紅い部屋だった。
天井にかかる華美な装飾の施されたシャンデリアは淡い紫の鬼火を数多くたたえ不気味に揺れながら部屋を照らしている。
その部屋の最奥、そこにはカエデ材から作られた私とは一生縁がなさそうな豪華な作業机が鎮座し、この店の主が両肘をついてこちらを微笑みを向けていた。
「いらっしゃい、そろそろ来る頃だと思っていたわ。整備でしょう?」
店の主、褐色のなめらかな肌をした“ダークエルフ種”の女性、ヴィクトリア。
豪奢な滝のように流れ落ちる金髪を伸ばし、その身に纏うのは黒く艶やかなカクテルドレス。
細くたわめられた猫のような瞳はアメジストの輝きを宿している。
「ええ、少し酷使したから間接に違和感がね」
私は作業机に歩み寄りジャケットを脱ぎ捨て革の手袋を剥ぐように脱ぐ、その下から現れるのは白い肌…ではなく黒金の装甲板。
私の右腕は“生身”ではない、自前の腕は七年前に“この世界で最も大切なもの”と一緒に無くしてしまった。
衝撃を逃すように丸みを帯びた装甲とてらてらと粘性の光を放つ関節部、鋼ですら穿つ事を可能とする鋭利な指先を持った偽手。
動かす度に僅かに軋みを上げ気味の悪いそれを彼女は手に取り様々な角度から観察していく。
特に関節部を念入りに眺め、時折確かめるように装甲の隙間に指を差し込み奥を探っていく。
「そうねぇ、関節部の肉が壊死しかかってるのと装甲版の劣化が酷いわね。一体どういう使い方すれば私の力作をここまで破壊できるのかしら」
頬に手を添え呆れたように呟くヴィクトリア、その瞳には呆れの色が淡く浮かんでいた。 「装甲を形成して関節部を新造。組み立てから微調整を含めたらどれだけ時間がかかる事やら………この“呪詛偽手”がどれだけ組み上げるのに時間が掛かるかわかってるの?」
“呪詛偽手”私が得た新しい腕。
遙か昔の失われた魔導技術の産物にして、魔獣の血と肉で作られた禁じられ忌み嫌われた技術。
魔獣の魔術に感応しやすい性質をもった神経を体に直接繋ぐ事で、まるで己が体のように偽手を扱え、動くまでのタイムラグが一切存在しない今で言う夢の技術。
だがそれが完全に歴史から末梢され存在そのものが禁忌とされたのにはそれなりの理由がある。
遺跡の付近に生息する邪悪な魔力を宿した“魔獣”の血肉を使い、人と半ば一体化させるという特性から魔獣を忌み嫌う魔術師達からは強い反感を買い。
そして他の魔力と強く反発することからその技術が使えないエルフが、魔力を持たず偽手と感応できるヒトにエルフと戦える程の力を与える事を懸念したせいでこの技術は完全に世から消された。
消されたといっても人の口に戸は立てられないわけで、彼女はこの技術をどうやってかは分からないが体得し私に施術してくれている。
呪詛偽手が禁じられたのは他にも理由がある。
持ち主と強く結びつくが故に、徐々に浸食していき体を蝕み、やがては乖離することができなくなる。
そして、痛みや苦痛は倍になり他の感覚はやがて薄れて消えてしまう。
この技術はその名の通り呪いなのだ。
「悪かったわね、色々と酷使しなきゃならない場面が多かったのよ」
「酷使するくらいならそんな“内蔵武器”仕込まないで頑強な構造にすればいいのに」 ヴィクトリアはそう言ってワークデスクから一組の手袋を取り出した。
黒くつやつや光るそれは一見サテン生地で作られたただの手袋に見える、特筆すべき天はしいて言えば恐ろしく高級そうに見える程度の事だろうか。
するりと細いしなやかな手が手袋に包まれる、まるで一枚の新しい皮膚のようにそれは彼女の手にフィットしていた。
「じゃあ“外す”から」
両の掌に幾何学模様を組み合わせたような複雑な模様、魔法陣が展開された。紫の淡い光を放つ陣はゆっくりと回転し力の発露を促すかのようにうなりを上げる。
私は目を強く閉じて来たるべき苦痛に備えて歯を食い縛る、こればかりは本当に何度経験しても慣れることは無い。
「麻酔は無しね、下手に打つと神経と義手にズレが生じて二度と使い物にならなくなるから」
気軽に言ってくれるものだ…
何か濡れた物が潰されたような不快な音が部屋に響いた。
激痛、閉じていた瞼の裏が激しく発光し点滅する。いけない、意識を持っていかれる… 「ああああああああああ!!!」
大気を引き裂くような叫び声…これは私の声か?知らずの内に口が目一杯開き肺腑からひねり出した苦悶の声が溢れだしている。
それもそうか、片腕をもぎ取られて声一つ上げず平静としていられる人間等この世には居まい。
私の偽腕はヴィクトリアによって取り外されていた。外れた腕からは絶え間なく黒い擬似血液が湯気を立てて溢れだし、外の環境に耐えきれず床につく前には蒸発して消えていく。
彼女が展開した魔法陣は関節の接合を緩め神経を乖離させるための物。私には魔法の知識なんて欠片もないからよく分からないが以前そういうものだと教えてくれた。
「大丈夫…じゃなさそうね、せめてお茶でも飲めば良かったかしら」
お茶、おそらくダークエルフ種が好んで飲むベラドンナやらジキタリスを煎じた薬湯の事。軽い麻酔や幻覚作用がある…確かに飲んでおけば少しはマシだったかもしれない。もっとも味が最悪なので私は嫌いだが。
痛みのあまり意味の無い事ばかりが頭を埋めていく、お茶の作用なんぞ思い出してなんになるというのやら。
私の意識は覚めやらぬ苦痛に苛まれ、必死に堪えたが深い無意識の底へと埋没していった…
目の前に倒れ伏す艶めかしい肢体を前に私はため息をついた。彼女、アイナの脳は苦痛で精神がおかしくなる前に自己防衛本能で意識を切ったのだろう。ブレーカーを落とすように。
まぁ毎度の事でもあるし私でも麻酔も無しに片腕を切り離されたら気絶するだろうから仕方が無いが、毎回気絶されたら少し困る。
「ジャック」
「お呼びでご主人」
打てば響くと言った具合に店の奥から返事がきた、ビロードのカーテンで遮られた工房から小さい陰がするりと音もなく這うようにやってくる。
陰の正体は私の従者、ジャック。
愛嬌ある犬の頭部が人間の子供位の体に乗っかっている。彼は“コボルト”と言う種族の男で今年で六七になる。
もともと中央大陸東部に多く生息していた彼らは人間と深いつながりを持っていた。
小さい体躯だが力は大の大人が持ち上げる事の出来ないような物でも運べ、すこぶる俊敏、なおかつ何故か奉仕の精神に溢れほんの僅かな報酬…パンくずとミルクだけで彼らは己をなげうって働く。
ヒトの従者として働く者が多かったが最近はエルフに仕える者も増えた、彼もそんなコボルトの一人だ。
「お客を一人処置室に運んでちょうだい、勿論丁重にね」
「承知いたしましたご主人、何かお飲み物は?」
「熱いお茶をよろしく、ベラドンナを濃く少しブランデーを垂らしてちょうだい。いまから神経使うから適当に継ぎ足しておいてね」 「仰せのままに」
慇懃に一礼するとジャックはアイナを壊れ物でも扱うかのように優しく担ぎ上げ音もなく再び奥に引っ込んでいった。
私にはもったい無い程よくできた従者だ、パン一切れと牛乳では安すぎるが彼らはそれ以上の対価を求めようとはしない、むしろそれ以外を与えようとすると憤慨したように怒る。それは彼らにたいして酷い侮辱にあたるそうだ。
「さって…カトブレパスの装甲は余ってたかしらね」
一人呟いて店の奥の倉へ向かう、これは少し骨が折れそうだ…
感想(ry
作品内容ご存じの通り作者は変態です。