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第四話 月の王

 轟音と衝撃は店内まで響き渡った。

 あまりにも大きく、それが響きわったった瞬間は誰もが一瞬身を強ばらせ、店の中の時が止まったようだった。

 しかし、それからすぐに店の中は大騒ぎのパニックだった。テーブルの下に駆け込む者、食器からなにからひっくり返すもの、走り回ってすっ転ぶ者。店の中はメチャクチャになった。

 なにが起きたのかは分からなかった。

 ただ大きい音だった。それも何かが激突する音でも無く、なにかが砕ける音でも無く、爆発する音でも無く、およそ聞いたことのない音だった。

 異様な音だったのだ。

 それは店の中の一般人はもちろん、騎士団であるシリルとエリザにとっても同じ事だった。

「一体なにが.....」

 エリザは突然の事態に臨戦態勢に入っていた。なんらかの危機が迫っていると判断したのだ。懐から取り出すのは聖典の写し。聖典教に伝わる法術を使うためのエリザの武器だ。

 良くないことが起きている。エリザはそう感じていた。

 しかし、エリザの険しい表情はすぐに崩れた。目の前のシリルを見て。

 シリルは楽しそうにニンマリ笑っていた。

「なにがおかしいんです」

「ははっ、こいつはドでかい厄介事の匂いがするぜ」

 そう言うなりシリルはすぐさま駆け出す。人混みをかき分け、入り口を飛び出し、表通りに出る。

 そして、胸元を飾っていたペンダントを外しそれを放り投げるとそれは一瞬でシリルの愛剣に姿を変え地面に突き刺さった。

 そして、シリルは目の前の光景を見た。

 そこに居たのは3つの影だった。

 夜の街角、幸いにも通りを行く人は居なかったようだ。

 煌々と照る半月の明かりを浴び、道には片膝を突いたさきほどの有角人種の青年と一緒に居た少女。

 そして、その2人を見下ろすようにして空中に立っているのは大きな4つの獣の尾を持つ人型の何かだった。

「なんじゃ、邪魔が入るのか。騎士団とやらが来るには早すぎるはずじゃが」

 その怪物は行った。怪物としか言えなかった。

 辺りには息を吸うだけで感じ取れるほど濃厚な魔力で満ちていた。

 そして、シリルにはこの魔力が目の前の存在から漏れ出したものだと分かった。

 噂に聞く妖精峡はこんな感じなのだろうか。およそ人界の魔力量ではない。

 そして、こんな状況を作れるのは龍種に並ぶ上位の魔物だけだ。

 つまり目の前のこの人型の何かは人型なだけで、上位の魔物と同じ存在ということだった。

「へぇ、こりゃまたすげぇのが居るな」

 シリルは言った。

「ちょっと、どうなってるんですかこのマナの量は」

 すぐに店の中から追いついてきたエリザは言った。そして、目を剥いて怪物を見た。

「なんなんですかこれは」

 エリザもシリルも、こんな見ただけで異常だと分かる存在を前にしたのは初めてだった。

「っ!!! 大丈夫ですか!?」

 エリザが言ったのは地面に膝を付く先ほどの青年。見れば脇腹が黒く滲んでいる。額からも血が流れ尋常ではない状態だった。傍らの少女が怯えた顔でエリザを見た。目深に被ったキャスケットから覗いた目が夜闇に揺れていた。綺麗な金色だった。

 駆け寄るエリザ、しかし、

「おい、誰が動いて良いと言うた」

 その目の前、エリザの鼻先を何かがかすめた。そして、また大きな音と衝撃。エリザは吹っ飛んでシリルの足下まで転がる。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないですよ! 見て分かるでしょう!」

「良し、大丈夫そうだな」

 言いながら起き上がるエリザを見てシリルは大丈夫と判断した。それだけ大声で叫べれば大事ないということだ。

 そして、シリルは今し方大きな音が鳴ったところを見る。そこは景色が歪んでいた。向こうの店がガラスの水鉢の向こう側のようにぐにゃりと歪んでいたのだ。

「空間が歪んでやがる」

「時空間干渉系の魔術ですか。でも、魔術の気配はないですが」

「どうもそんな感じじゃないな」

 2人は言葉を交わす。目の前の異常な存在の正体の鍵が少しでも掴めないかと。

 しかし、その正体はすぐに本人が明かした。

「頭が高いぞ人間。余は月の王なるぞ」

 腰に手を当て、目の前の怪物は宣言した。

「ツキノオウ?」

 思わずシリルは眉をひそめた。エリザもだ。

「余こそが天に照る月を納めし君主。あれこそが余の故郷。あれへ還ることこそが余の目的。人間程度が気安く関わってよい者ではないのだ」

「......何を言っているのか全然分からないですね」

「なるほど、色々ぶっ飛んでやがるな」

 言っていることが意味不明過ぎてシリルは意思疎通を図ることを早々に断念した。

 空の月は確かに地球と同じ天体だということは知っているがそこに魔物が住んでいるなぞ理解の外だった。そして、理解する必要もない。

 シリルにとって目の前の存在はただ上等な敵であり、必要なのは倒すのに必要な情報のみだ。

 そして、その視線はつきのおうとやらから外れ、青年のと少女の方へ移った。

「おい、助けは必要か伊達男」

 そして、今まで動かなかった青年がようやく動く。力はない。傷が深いのだろう。しかし、それでもゆっくり顔をシリルとエリザに向けた。口元はわずかに笑っていた。

「ああ、頼めるか。働いてもらうには1日早いが」

 その声はまったく弱々しいものだった。

「なるほど、こいつがお前の抱えてる面倒事の正体か」

 シリルは地面に刺さっているロングソードを引き抜いた。刀身が月明かりを受けて鈍く煌めいた。

「やるんですね。相当な相手のようですけど」

 エリザも懐から聖典の写書を取り出す。

 エリザの言うとおり。相手の正体も実力も分からない。確かなのは今まで戦ったこともないほどの化け物だということだけだった。

 シリルはロングソードを構えた。

「面白そうだから良いんだよ。こんなヤツこの先何回も出会えねぇ、それに」

 シリルは言ったと同時に横に飛び退く。エリザも同時だった。

 そして、今2人が居た場所に大きな衝撃と音が響き渡った。

「もう逃がしてくれそうにないしな」

 シリルとエリザは月を背に宙に立つ怪物を睨んだ。

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