第三話 聖典教と聖典教騎士団
聖典教。1800年前に出土した遺物『ナザダの聖典』、およびその聖句に記された『天輝』と呼ばれる唯一神を信仰する宗教である。世界規模で信仰されており、信者でなくとも名前だけは知っているという人間が世の大半を締める。
八芒星のペンデュラムがシンボルであり、熱心な信者は衣服の紋様やアクセサリーとしてそれを常に身につけている。
総本山はアルジャーノン共和国にあり、毎年多くの信者が礼拝に訪れている。
ここ、コルネフォロス王国では国教であり国民のほぼ全てが聖典教を信仰している。
どんなに小さなものでも街には必ず1つは教会があり、アルデバランほどの大都市になれば巨大な大聖堂が存在している。
日曜日の礼拝はコルネフォロスの人々の恒例行事であり、年間の祝日も聖典教にちなんだものばかりだ。
まさしく、コルネフォロス王国の人々の生活は聖典教を礎にしていると言ってもいいだろう。
「なるほど、そういうものだったのか聖典教というのは。メジャーなものだとは理解したつもりだったがそれほどのものだったとはね」
そんな風なエリザの説明を聞き、男は納得したように言った。
「簡単に言うとこんな感じですね。細かい話をすればいくらでも出来てしまうほど深い宗教ですが」
「いや、簡単に知れればそれで良いとも。それで、その聖典教の教会直属の武装組織があんた方が所属する『聖典教騎士団』な訳だな」
「そうです。聖典教本部がそれを国教と定めた国に与える武力、それが『聖典教騎士団』です」
「軍隊というわけではないんだよね」
「はい。我々がやっているのは軍隊というよりは警察なんかに近いです」
「いや、なんでもかんでもやらされるから警察というより便利屋、もっと言ったら街の用心棒みたいなところかな。そう言うとあんまりまともな仕事じゃないかもな」
シリルがむしゃむしゃと生ハムを噛みながら言った。
騎士団の仕事は魔物や、教義に反する邪教徒や、信者に仇なすもの達の取り締まりだ。
しかし、それは騎士団の定めとして聖訓に記されている建前であって、実際は拡大解釈や論理のすり替えでなんでもかんでもやらされているのが現実だった。
さきほどまでキメラと戦っていたシリルとエリザだが、一週間前には迷子のネコの捜索をやらされていた。さらに一週間前には第四師団の半分の人員を裂いて、老朽化した橋の修繕工事を土建業者に混じってやっていた。
とにかく、街の人間は困ったことがあれば騎士団に頼めば良いと思っているのだ。
便利屋であり用心棒、それが『聖典教騎士団』の実情である。
「みんな給料が良いからやってる仕事だ。そして安くなったらみんなすぐ辞める仕事だ」
「なるほど、色々世知辛いようだな」
有角族の青年は苦笑した。エリザ的には笑い事ではないのだが。
労働環境に関しては日夜上に抗議しているところである。
「なるほど、聖典教という宗教と騎士団に関しては大体は分かったかな。僕が仕事を頼もうと思ったら、やはり騎士団の駐在所に行けば良いのかな?」
「ええ、受付に言えば対応してくれるはずです。そんなに難しい手続きもないので初めてでも大丈夫だと思いますよ」
「なるほどなるほど。ありがとう、非常に助かったよ」
青年はふむふむと顎に指を当てて言った。今の話を頭の中で整理でもしているのだろう。
「それにしてもなんだってわざわざこんな都会まで来て仕事を依頼するんだ? 田舎にだって騎士団ぐらいいるだろ。お前の住んでる街になくても隣町とかさ」
確かにシリルの言葉はもっともだ。なぜ、聖典教のことさえまともに伝わっていない田舎からわざわざこんな大都会まで出てくるのか。それも、その用事とは騎士団への仕事の依頼と来ている。
どこの田舎かは分からないが、アルデバランから一番近い田舎でも街3つは向こうにある。ならばこの2人組は少なくとも街3つ分は遠くから来たのだ。その間の街を飛ばす意味がシリルには良く分からないわけだ。
いや、シリルは言葉には出さないが、この2人を不審に思ったのだ。
「いやなに、僕らはここに引っ越そうと思っててね。だから、ついでにここの騎士団に仕事を頼もうと思ったわけさ」
「ふぅん、引っ越しか。随分思い切ったな」
田舎から都会への引っ越しは確かに別段珍しいものでもない。出稼ぎで出てくるなんていうのは日常茶飯事だ。
しかし、シリルにはなにかうまくかわされたような気がした。それはシリルの勘だったが。
「いや、ありがとう。有意義な時間だったよ」
そう言うと青年は立ち上がる。
「もう行くんですか?」
「ああ、食事も終わったし、欲しい情報も手に入ったからね」
「この地区の騎士団の駐在所に仕事持ってくなら早けりゃ明日からオレたちに回されるかもな。その時はよろしく頼むぜ」
「ああ、こちらこそ。さぁ、行こうアーシャ」
青年が呼びかけると、青年の向こうの席でうついていた少女も席から立った。立ってもうつむいたままなのであまり顔は見えない。
内気そうな少女だとエリザは思った。
重そうな革の旅行鞄を片手に青年たちは席を離れる。
シリルとエリザも一時食事の席を共にした2人組を見送った。
その時だった。
突如、店の表から轟音と衝撃が響き渡った。