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第二話 酒場と2人の来訪者

 店内には様々な匂いが満ちていた。香辛料の匂いや、ホワイトソースの匂い、肉の焼ける匂いに酒の匂い。鼻に入っただけで食欲がそそられるような良い匂いだ。

 ここはアルビレオ地区の外れにあるパブだった。

 もう日は随分沈み、窓の外はほとんど夜と言ってもいいような暗さだった。

 夕食を食べるもの。仲間と一緒に酒を飲むもの。店内は老若男女悲喜こもごもでごった返していた。

 その店内の隅の方の席でシリルとエリザは食事をとっていた。

 シリルの前には大きなミートボールが山盛りになったスパゲティと安い肉のステーキとカボチャスープが並んでいた。

 エリザはポリッジとチキンの足、そして紅茶だった。

 静かに食事を取るエリザと、次から次へと食べ物を口に放り込み、モシャモシャと口を動かすシリルは対照的だった。

「それっぽっちで足りるのかよ」

 シリルはステーキを食べながら言う。

「こんなものでしょう。あなたが食べ過ぎなんです」

「日中動いてばっかなんだからこれぐらい食べねぇと保たねえよ」

「私はこれで保ちますけどね」

「なんでかね。体の造りから違うのか。食費が浮くのは羨ましいな」

 あんまり羨ましくもなさそうに適当に言いながらシリルはスパゲティを巻き取って口に運ぶ。

「そんなに食べても全然太らないあなたも羨ましいですけど」

「動きゃ痩せるさ」

「そうですね。まったくその通りです。そういえば師団長が言ってましたけど、近々」

「止めろ止めろ。真面目過ぎるんだよお前は。もう勤務時間外なんだから仕事の話はよしてくれ」

 エリザの言葉を制したシリル。ひどく嫌そうな表情だった。

「ですが、最近落ち着いて打ち合わせをする時間もありませんでしたし」

「いやいや、明日でも良いだろ。今は止めてくれ。せっかくミートボールが旨いんだからさ。大体そんなつもりでお前を飯に誘ったんじゃないや」

「じゃあ、どんなつもりだったんですか?」

 エリザは本当に分からないといった様子だった。エリザは仕事の虫なのである。シリル

から見ればワーカホリックだった。

「なんでも良いだろ。とにかく飯を食え。満腹になって満足したら気分良く寝るんだよ」

「なんか釈然としませんね」

 そう言いながらエリザはポリッジを口に運んだ。

 もう何回もここで食事をしている2人だが飽きない味なのは間違いなかった。

 なんだか良く分からない雰囲気になっていたが、とにかく2人の目の前の食事は徐々に減っていくのだった。

「あんたら騎士団員なのか?」

 そんな風に食事をする2人に唐突にそんな言葉がかけられた。

 言葉自体はそんなに不思議なものでもない。2人の首から下げられたネックレス、そのペンデュラムは聖典教に属する騎士団の団員であることを証明するものだ。全世界共通の騎士団員の証、それを見れば興味本位でこんな言葉をかけるものも珍しくはない。

 なので、これといった警戒感もなく2人はその声の主を見た。

 男だった。ただし、その頭には2つの角が生えていた。瞳孔は鋭く、口元からは牙が見えていた。

「ああ、分かるさ。その目は。珍しいんだろこれが」

 男は角を指さす。

 角が生えている以外はありふれた普通の青年だった。

「す、すみません。この街ではあまり有角人種の方は見ないもので」

 エリザは言葉を失ったことを慌てて取り繕った。

 有角人種、角のある亜人と呼ばれる種族のひとつだった。アルデバランは大都市なので亜人自体は珍しくはないが有角人種は滅多に見ない。いや、そもそも世界規模でも有角人種は珍しい。そうそうお目にかかる種族ではない。なのでエリザは一瞬固まったわけである。

「気にするな、珍しい反応じゃないからな。そっちの女なんかまるで気にしてないじゃないか。口の中がステーキで一杯になってる」

 指さされたシリルはまさしく青年の言うとおりでもごもごに食物で口の中を満たしていた。そして、角の生えた青年を見てもなんの感情もないらしい。なんの用だと言わんばかりに若干不機嫌な様子だった。

 シリルはようやく口の中のものを飲みこむと言う。

「なんだ、なんの用だ? こっちは食事中だ」

「ああ、見れば分かる。いやなに、これから騎士団にひとつ仕事を頼もうと思っててね。そういうわけでちょっと気になったから話しかけただけさ」

「ほぉん」

 シリルは視線を動かす。男の席、2人がけのテーブルで男の前には少女が座っていた。深々とキャスケット帽を被り、シリルと視線を合わせようとしない。

 シリルにはこの2人が訳ありであることがなんとなく分かった。

「ドンパチやる以来なら喜んでやるさ。俺はシリル。こいつはエリザ。気が向いたら俺たちの名前で依頼してくれ」

「ちょっとシリル.....」

「最近骨のない任務ばっかでちょっと萎えてたとこだ」

 シリルはニヤニヤと笑っていた。下卑た笑いである。そもそも、騎士団の仕事に指名制などないのでかなりデタラメを言っておりそこがエリザをやきもきさせていた。

 そんな2人を見て青年はニタリと笑う。

「頼もしいな。俺の依頼は是非頼みたいね。ついでなんだが、この街と騎士団のことを詳しく教えてもらえないか。田舎育ちで良く知らないんだ」

「ああ、良いぜ。エリザ、教えてやってくれ」

「私ですか?」

「お前の方が詳しいだろ。優等生なんだから」

「言い方になんかトゲがありますね。まぁ、良いですけど。なにを知りたいんですか?」

「そうだな。とりあえず、聖典教ってなんなんだ? 良く知らないんだ」

「あ、ああ」

 エリザは目を丸くする。聖典教は世界の一大宗教だ。知らない人間なんてエリザは初めてだった。あるいは他国に出ればそういうこともあるのかもしれないがこのコルネフォロス王国では初めてだった。

 しかし、田舎から来たとなればそういうこともあるだろう。

 あまり固まっては失礼だと思い、エリザは質問に応えていった。

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