第一話 教区長のお叱り
「なぜ、ここまで被害を拡大させたのです。奇跡的に死者は出なかったものの、負傷者多数。バルチウス通りはメチャクチャです。修復には半年では足りませんし、どれだけのお金が注がれるのかも分かりません」
「はい」
教区長のイザベラにくどくどと言われ、エリザはうつむいていた。
先の任務で街がめちゃくちゃに壊れたためイザベラは大層お冠なのだ。
「そこのところ分かっているのですか、シリル・デイヴィス」
「ええ、俺か!?」
突如振られてシリルは面食らった。ここまで適当に聞き流していたからである。
「とにかく、あなたがたの蛮行は目に余ります。この半年で街に損害を加えた依頼が32件。大体月に5件のペースであなたがたはこのアルデバランの街を破壊しているのです」
「でも、今回ほどのは3回だぜ。あとはちょっと壁壊したとか、馬車壊したとかそんなんだ」
「損壊は損壊です。まったく周囲へ被害を出さずに任務をこなす騎士団員も居るのです。少しでも見習おうとは思わないのですか」
「気にしてたら被害がでかくなる。今回だってむしろあの程度で良く済んだって言ってっもらいたいね。あの魔獣、ランク8のキメラだったんだろ? 俺たちがあそこで止めてなきゃどうなってたことか」
「ああ言えばこう言って! つまり少しは反省しろと言いたいんですよ!」
「へいへい。次からは気をつけますよ」
シリルはイザベラにどれだけ言われてもどこ吹く風だった。まったく意に介していない。不遜さは一流だった。
それを見てエリザは眉間を押さえながら溜め息を吐くのだった。
ここは聖典教直属騎士団アルデバラン支部の第四師団の駐在所、その事務所だった。
イザベラは教区長。第四師団が担当するアルビレオ地区の教会の司教であり、そして同時に騎士団の監督役でもあった。
要するにこの地区の教会関連の組織のまとめ役であり、一番偉い人だった。
今シリルとエリザは先の魔獣の討伐任務の事後処理、もといお説教を食らっている最中だった。
「絶対反省する気が無いじゃないですか。こういった問答も最早何回目なのか。あなたは自分の態度を変える気があるのですか、いやないでしょう。誰が見ても分かる」
「すいません教区長」
エリザはすっと右手を挙げる。
「私から良く言っておきます。どうか、その辺にしてもらえないでしょうか」
「ヘンリット。あなたが付いていながらどうしてあなたたちのコンビはこう、こうなってしまうのですか」
「私の監督不足です」
「まったく、今回もあなたに免じてここまでとします。よくよく言っておくのですよ」
「はい、分かっています」
「では行ってよし」
そう言うとイザベラはくるりと踵を返し、自分の席に戻るとまた事務仕事に戻った。教区長ともなると相当な仕事量になるらしい。
「終わった終わった」
すると途端にシリルは上機嫌に鼻歌を歌う。もちろん、イザベラには聞こえない音量だが。
エリザは呆れてまた溜め息だ。
だが、2人はたっぷり30分ほど続いたお小言をようやく終えられたので事務所にもう用はない。
いつもの事ながら息の詰まる場所だった。
「ジャンクヤードがまた叱られてるよ」
どこかからひそめた嘲り声が聞こえた。
いつもの事だった。
2人は事務所のやけに細かい装飾の掘られたドアを開けて外に出る。外は夕方、仕事はもう終わりだった。
あとはエリザは騎士団の寄宿舎に戻り、シリルは借りているボロアパートに戻ることになる。
「機嫌悪かったな教区長。家でなんかあったのかね」
「私達への対応はいつもあんなものでしょうに。あなたのそういう気楽さにはいつも呆れます」
「楽天的なんだよ。たった一度の人生だ、少しでも楽しい時間が多い方が良い」
「私はもう少し深くものを考えて欲しいです。バディとして」
エリザはむすっとした調子で言った。
「お前も怒ってるな」
「それはもう。あなた、今回の任務でも全然言うこと聞きませんでしたからね。でも、言いたいことは全部教区長が言ったので私はなにも言いません」
エリザはそれ以上言うことはなかった。シリルはぼりぼり赤色の髪を掻く。
「悪かったとは思ってるさ。まぁ、一応俺なりの最善をやってるつもりなんだけど、言うこと聞かなさすぎと言われれば返す言葉はないからな」
シリルは今回の任務を思い返し、さすがに自分の反省点がないわけではないことを理解した。エリザに謝る程度にはいろいろやったのだから。
「だからまぁ、飯奢るぜ。付き合えよ」
「......お酒は飲みませんよ」
「俺も飲まねぇよ今日は。さすがに疲れた」
なんだかんだといつものように任務をこなし、2人の1日はようやく終わった。
生死をかけた戦いをして、上司にこってりとしぼられた2人は自分を労うために街に出るのだった。