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プロローグ

 景色は煙っていた。街から昇る煤煙が景色を霞ませているのだ。空は晴れているのに黄色く、遠くを見渡すことは出来なかった。大きなエルデ川の河口の先には海が広がっているというのにそれはまったく見えない。

 急激に進みすぎた工業化の影響がこんな景色を造ってしまった。

 年寄り達が嘆くのも無理はない。

 あまりに煤煙がひどい日は外に出るだけでむせるほどなのだから。

「おいおい、どうなってる。見失っちまったぞ。おい、エリザ! ヤツは今どの辺に居る」

 その街の塔のひとつ。工場のひとつに立てられた大きなやぐらの屋根に人が立っていた。

 人は少女だった。少女は動きやすい一般的な男装だった。そして、少女の肩には少女の身の丈ほどもあるロングソードがかけられていた。

「あなたが勝手に吹っ飛んでいっただけでしょう。今はそこから二区画ほど離れたところの.......」

 少女の耳元から響いていた声が轟音でかき消される。少女の右手、建物が乱立し、入り組んだ路地裏の方からだった。その建物のひとつ、表通りのブティックが音を立てて崩れていく。そして、通りに何かが出たのが見えた。それは大きな怪物だった。ライオンの顔、猿の体、4本の手と鳥の足。それが咆吼している。

「出やがった!! 情報がおせぇんだよ!」

「ああもう! あなたの勝手に付き合わされるのはうんざりですよ!」

 少女はその身ひとつで塔から飛んだ。

 そして、そのまま立ち並ぶ3階建ての建築の屋根に着地し、その上を疾走した。

「次は逃がさねぇぞ。散々好き放題やりやがって」

 少女は広場の上まで来るとそのまま屋根から飛び、そして広場で暴れている怪物に襲いかかった。

 ロングソードを振りかざし、怪物の首に振り下ろす。

「ちぃ!!」

 舌打ちと共に甲高い音。

 少女はそのまま跳ね飛ばされ、ゴロゴロ転がって広場の端で止まる。

 広場は凄惨な有様だった。怪物に襲われた人々がうめき声を上げてうずくまっている。

幸いまだ死者はないように見えたが、負傷者だらけ。そして建物もぶち壊れまくっている。先日建ったばかりのこの街の市長の像も胴体から真っ二つに折れ、見るも無惨に砕け散っていた。

「早いとこやっちまわねぇとまずいか。やれやれ、自由に変異出来るキメラなんざ面倒くせぇもの造りやがって、あのマッドサイエンティスト」

 そして、少女が睨むその視線の先にあるのは怪物。見れば、さっきまで猿のものだった尾が堅い鱗のは虫類のものに変わっている。あれが、少女のロングソードを受け止め、弾いたのだ。

 怪物は吠える。そして、そこに転がっていた市長像の砕けた頭部を握りしめて少女に投げつけた。巨大な初老の男の頭部が少女に迫る。

「うわっと!!」

 少女はすかさずそれをぶった切って防いだ。像の頭部は真っ二つになり後のパン屋の店内をメチャクチャにする。

「あ、まずい。今のなんか言われるのか? いや、もうぶっ壊れてるし大丈夫だろ」

 それからキメラはその辺の瓦礫を次々と少女に向かって投げ続ける。

 少女はそれを全て切り払い、はじき返し防ぐ。

 年端もいかない少女には、いやそもそも人間には出来るはずのない芸当だった。

 そして少女が弾いた破片は全て後の商店街のどこかを破壊していく。

「いい加減にしやがれ!!!!」

 業を煮やした少女は瓦礫の砲撃の合間を縫って再び怪物に斬りかかる。懐に入りロングソードを振るう。

 すると、怪物の4本の腕、今まで類人猿のものだった腕が甲羅のように硬質化し少女の剣を受け止めた。それらが少女の剣を弾く。少女の攻撃が届かない。

「鬱陶しいんだよ!!!!!」

 しかし、叫びと共に少女が渾身の一撃を見舞った。それは怪物の硬質化した表皮さえ貫きその腕の一本を跳ね飛ばした。

 怪物は苦悶の雄叫びを上げた。

「そら! とどめだ!!!」

 少女が今度こそ怪物の喉にその切っ先を合わせる、しかし、

「おろ?」

 その視界がぐるりと動く。ぐん、と持ち上げられる。見れば少女の足に蛇が巻き付いていた。チロチロと舌を出す蛇が。それはさっきまで怪物の尻尾だったものだった。

「やべっ!!」

 空中につり上げられ身動きの出来ない少女、そこに、怪物が鋭い爪を伸ばした残った三本の腕を構えていた。

 そして、その爪がそのまま少女に襲いかかった。

「祈りを聞き届けよ。私は許し、私は贖う。護法陣の二『タグリエル』」

 しかし、その爪が少女に届くことはなかった。

 怪物の動きは止まっていた。その手足に光の枷が施されていたのだ。

 怪物は動くに動けなくなっていた。

「んだよ、せっかくここからどう抜け出そうかって考えてたのによ」

「勝手すぎるんですよあなたは。ひとりで動いているわけじゃないでしょう」

 広場の向こう、そこから歩いてきたのはまた少女だった。修道女の服を纏い、ブロンドの長い髪をあらわにしていた。手には聖典。その表情は非常に不機嫌なものだった。

「お前が遅ぇんだよ。俺一人で終わっちまうところだったぞ」

「死にかけてた人が良く言う」

 その時、怪物が吠えた。ミシミシと音を立て光の枷を砕こうとする。そして、実際、枷には亀裂が入り始めていた。

「おいおい、自慢の拘束術が効いてねぇぞ」

「これでも四階梯の枷なんですけど。思ったより大物だったみたいですね」

「だが、まぁこれでしまいだ化け物!」

 少女が自分を拘束する尻尾を絶ち切り地面に下りる。そしてその勢いのままに怪物の首を跳ね飛ばした。

 血しぶきが噴き出し、少女はそれを浴びながら怪物から離れた。

「いっちょ上がりだ」

 懐から紙巻き煙草を取り出し、口にくわえた。

「あ、今の血でマッチがダメになっちまった。エリザ、火ないか?」

「ありませんよ。仮にも教会の関係者なんですから控えるようにいつも言ってるでしょう」

「んだとこのとんちき。生きるか死ぬかの仕事させられてんだぞ。煙草吸う自由ぐらい多めに見ろってんだ」

 そして、ずずん、と二人の後の怪物は音を立てて倒れた。

 それと同時だった。広場の路地から何人もの人々が現れたのだ。一様に聖職者の服装だった。彼らは倒れた怪我人たちと、パニックで動けなくなった人々の救助を始めた。

「今日もよく働くなぁ、連中は」

「それが彼らの役割ですからね。しかし、これだけものを壊して、怪我人を出して、いったい何を言われるやら。ついでに市長像真っ二つにしましたよねあなた」

「真っ二つにしたのはあのバケモンだ。俺は飛んできた頭を切っただけだ。切らねぇと死ぬんだから仕方ねぇだろ」

「まぁ、正当防衛ですけど、あのねちっこい市長はなにか言うかも知れませんね」

「俺は知らねぇ」

 そんな二人の前にそそくさと人々の救助にあたった集団の内の一人が歩いてくる。

「騎士団の方ですね? 手続きが必要になるので所属とお名前をよろしいでしょうか」

 その女性は2人に言った。

「ああ、第四師団所属のシリル・デイヴィス、騎士だ」

「同じく第四師団所属のエリザベス・ヘンリットです、祈祷士です」

 2人は応えた。

 広場は崩壊していて、聖職者の人々が人々の救助にあたっていて、崩れた家屋は当分元には戻りそうになかった。

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