第壱話 電話
EXCELでややこしいデータをつくっていたら、内線で呼び出しを受けた。
外からの電話だと言う。聞き覚えのある苗字だが思い描いた担当者とはもう随分仕事をしていない。そもそもその頃とは別の部署に異動してだいぶ経つし、過去の仕事にしたって完全に終了した案件だ。ということは、別人か。
代表電話に掛かってきたというのも解せない。念のため取次ぎをしてくれている総務のひとに特徴を尋ねたところ、相手は女性で、社名の提示はなく同窓だと言われたらしい。昔の担当者の線は消えた。
まあ取って食われるわけでもないし、断る理由も見つからない。待たせるのもなんなので、繋いでもらうことにした。
「お待たせしました。***です」
受話器の先で息を吞む気配がした。
「こんにちは」
これっぽっちも予感はなかった。
こんな風にして人生はターンしていくのか。ここがどこなのか、今がいつなのか。その瞬間、僕は自分の座標を見失った。
十年分の時間を飛び越える懐かしいイントネーション。彼女の声が耳に届く。
変りはありませんか?
「久しぶり。変りなんか、あるようないような」
我ながら芸のない答え。動揺は隠せない。こんな日を夢見ていたことさえ忘れていたというのに。
まだ憶えていたオフィスの番号は引越し前のものだったから直通番号が判らず、同窓会の連絡と偽って代表番号にかけたのだという。まあ、同窓会といっても嘘にはなるまい。
かけちゃいけないとは思ってたんですけど、男のひとはどういうふうに考えるのかって相談したくて。と彼女の言葉は続いた。
「帰ってたのよ、五年くらい前にね。だけど、電話しちゃね、やっぱりいけないかなって。でも駅の近く行くたびに、この辺で仕事してるのかなって思い出してたりしてたのよ」
最初こそ他人行儀だった彼女の声も、ほんの少しのやりとりで歳月を無視した口調に変わる。いや、戻る。
「子どものこととか家の中のこととかいろいろ忙しくって、ぜんぜん外にも出てなくて……」
以前には有り得なかった話題。だが僕の耳は彼女の声を捉えることに忙しく、正直内容などどうでもよかった。言葉の合間に意味の薄い相槌を挟むのが精一杯。
「なにしろ長いことこっちにいなかったから、相談したりできるお友だちもいなくって」
話される内容への理解に多少のリソースを回す余裕はでてきた。が、意図は見えていない。
いや、たぶん言葉どおりなのだろう。僕の反応を探る駆け引きとかいうのじゃなくて、きっと、相当逡巡した上で選んだ最後の手段として、常識的判断からほんの一歩踏み出した旧知に対する甘えなんだろう。
どっちにしたって、声を聞いてしまった僕は、彼女の望みを無碍にできるはずもない。
オフィスの電話ということもあったので、必ずあとからかけると約束して僕は早々に通話を終わらせた。
いや正直に言おう。もっともっと長く話していたかったと。だが、それ以上に今は、狼狽えきった自分の足場を建て直し、青天の霹靂である彼女、祥子との新しいスタンスを模索する必要があると感じたのだ。これが大人の狡さというヤツなのか。
夕方、自分のスマートフォンで、教えられた番号に電話した。これで少なくとも互いのチャンネルが開いたことになる。
通話に出た祥子の声は元気だった。僕にはそう聞こえた、だが、話す相手もいない日常で、自分がこんなにも暗かったのかと気づかされた、と祥子は言う。電話が通じたんで元気が出たのかも、とも。そういえばこんな関係のときもあった気がする。
近いうちに自分からランチに誘うからそのときにゆっくり話したい、と言ってきた。僕の裡が忘れていた多幸感で満ちる。また、あの振幅の激しい時間が始まるのだろうか。できるだけ意識しないようにとは思ってみるが、そんな余裕が見せられる自信など、微塵も持ち合わせない。
果たして僕は、この十年でいくらかでも成長できたのだろうか?
考える時間が必要だ。
最寄りよりもひと駅先までの道を歩きながら、僕は今の自分を可能な限り冷静に分析しようと思っていた。
心は未だに、シェイカーの中の氷のように掻き乱されている。昼のあの電話で彼女の息遣いを聴いたときから。
聴覚に刷り込まれているあの息遣いが落下する隕石のように鼓膜を襲った瞬間に、僕という惑星の様相は書き換えられた。十年かけて積み上げられてきた僕の日常は、あの息遣いとともに意味を剥ぎ取られ、十年前の地層が剥き出しになったのだ。
僕は通話での祥子の言葉を反芻していた。
かけちゃいけないとは思ってたんだけど、と前置きしながら、彼女は僕に相談を持ち掛けてきたのだ。『男のひとはどういうふうに考えるのかを聞きたい』と。
想像してみる。
こちらでの人間関係をすべてリセットして結婚し、そのままの流れでなんの縁も存在しないご主人の赴任先、米国に渡った。
五年間の海外赴任を主婦として過ごし、その間に二人の子を出産。帰国後も、やはり地縁の無い公団に住まい、おそらくはお子さんの学校関係の知り合いしかいない生活をしているのだろう。
それは二十代前半の僕と同じだった。はじめての街で丸四年かけて積み上げたさまざまな周囲との関係の一切を清算し、再びこの街に戻ってきたあのときの僕と。
連続性が途切れた時間はひととひととを疎遠にしていく。まして彼女は二人の子どもを持つ家庭の主婦。黙っていてもやってくる雑事は生活をルーティンの円環に閉じ込め、自ら思考し行動するという外に向かっての強い気力を萎えさせる。新たな関係をゼロから築きあげるのは至難の業かもしれない。
だからこそ、僕なのだ。新たな関係ではないが、そのぶん無駄になるかもしれない努力をする必要はない。そのくらいはよく知っているはず。僕のこと。僕の自分への想いのこと。そして僕が自分に示すであろう対応も、その表現の仕方も。
彼女がこの十年、もしくはこの街に帰ってきてからの五年間、僕のことを片時も忘れなかった、なんてことは有り得ない。僕だって、むろんそうだ。そんなことばかり考えていたら日々の生活なんて出来やしない。少なくとも、子どもなんて育てられない。絶対に。
だから、そんなことはもういいのだ。問題は、いま彼女がひとり背負い込むにはちょっとばかりつらい屈託を抱えてるということなのだから。そして、その荷物をほんのちょっとの間支えてもらうための相手に僕を選んだのだから。
いいじゃないか。
そういうの昔から得意だし。なにひとつ疑問もなく永遠に仲良しでいられると思っていた頃のように、気楽に受け答えをしてやれば。