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Case07.好意と悪意

 まっすぐな瞳。

 “熱血シリーズ”のヒロインがときおりやる、決意のシーンに似たそれ。


『止めないわよ。廃人を出すと今後の人間調査に支障をきたすかもしれないけど』

『ルネに関する記録や記憶をいじってくれればいいだろう』

『そういうことじゃない。あなたの失敗体験になるかもってハナシよ』

『それはきみも同じだろう』

『あら、わたしは平気よ?』

『都合よくメモリーを削除しようって気か』

『違うわ』


 ノマドが笑った。


 ――だってわたし、この子のことキライだもの。


「また黙って見つめあってる。……やっぱり出まかせだった?」

「失礼した。ここで引き返すクライアントが多いものでね」


 ルネにスプライスのリスクと手順を説明する。


 まずはトラウマの正体のあたりをつけるために、問診によるごく普通のカウンセリングをおこなう。

 通常は心身の負担を考慮して、週に一回で一、二時間づつが定石なのだが……ルネが日記を叩いて急かしたために簡単な質問ですまし、さっそくスプライス作業にはいることとなった。


 施術そのもので彼女にしてもらうことは、単に眠ってもらうだけだ。

 睡眠導入剤と催眠術の選択制だ。


 前者には「いやらしい」と非難を、後者には再度の詐欺の疑いを頂戴した。


 催眠術といっても、オカルティックなものではない。ノマドの無線通信機能の応用で、人間の睡眠時の脳波に似せた信号を送りこみ眠らせるものだ。

 もっとも、クライエントたちはこちらを「人間」だと思っているから、無意味な電極を貼りつけたり、偽のプログラムを走らせたノート端末を置いたり、催眠術用の穴あきコインを支度する必要はあるが。


 準備段階でひとつ問題が生じた。

 話を聞いても、日記を読んでもトラウマの正体がつかめなかったのだ。

 実際にダイブしてから探すパターンも珍しくはないが、記憶の世界の台本を予測しておけないのは不安要因だ。


「ノマド、きみはどう思う?」

「わたしはおおよその推測ができてる。でも、確実じゃないし、ここで口にしたら、あなたもルネもそれに引っぱられる可能性がある」

「あなたの妹さん、イジワルね。苦労するでしょ?」

「あら、好意のつもりだったけど?」


 ルネは軽口を叩いてはいたが、コルネットを握りしめて床へ視線をそらしていた。最初こそは勢いがよかったものの、説明を受けているうちに不安の色が濃くなってきているようだ。


「イジワルついでに言うけど、引き返すならこれがラストよ」

「冗談じゃないわ。でも、少し落ち着かせて。何か一曲吹いてもいい?」

「吹き納めになるかもしれないしね」


「本当にイジワル!」

 ルネは腰を浮かせて声をあげる。

 通信でノマドをたしなめるも、『キライだから』の一点張りだ。

 どういう学習の結果なのだろうか。あとで問いただしてみよう。


「ね、アルツ。何かリクエストはない?」

 ルネは着席せずに立ち上がり、コルネットを構えてこちらを見た。


 なんでもいいのかと訊ねると、なんでもいいと言われた。

 期待はしていなかったが、ぼくは“熱血シリーズ”に共通して使われる“夕陽のテーマ”をリクエストした。感傷的なシーンで流れる曲だ。


『バカじゃないの』


 うるさいな、言ってみただけだろ。


 ところが、ルネは特にコメントもせず“夕陽のテーマ”を吹き始めたのだ。

 携帯端末のケチくさいスピーカーから出る音じゃない。ナマの演奏だ!


 ああ、第一シリーズの“熱血勇者ザンブレイバー”の名シーンが目に浮かぶ。


 ザンブレイバーはライバルである敵組織の幹部ドルヴィランとの決闘に敗北してしまう。だが、ドルヴィランは手柄を欲した参謀に裏切られてしまって背後から撃たれるんだ。怒れる主人公のもとに、おりよく開発された追加パーツが届けられて、瀕死のライバルの協力のもとパーツとの合体を果たし、ザンブレイバーはザンブレイオーとして復活をするが、ドルヴィランは……。


「どう? 本当はこの曲、トランペットの曲だけど」

「か、感動した……」

 感情学習プログラムがフル稼働しているのを感じる。


「でしょ?」

 得意げなコルネット少女。

 彼女はノマドを見て何やら鼻で笑ったが、ぼくはそれどこじゃなくなっていた。


「ギ、ギガジャスティムのオープニングテーマも吹けたりはしないか?」

 ダメだろうか。

 コルネットはおろか、トランペットなども使われてなかった気がするし。


 しかし、ルネは「おまかせ」と言うと、それを見事に()ってみせた。

 歌詞のメロディー部分だけだが、完璧だった。


 ぼくは調子に乗ってほかのシリーズの曲もリクエストをした。

 ルネはそのほとんどに応えてくれた。

 リクエストのたびに妹から苦情が通信や口伝で発せられたが、無視だ。


「喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょーっと鼻息が荒いわね」

 苦笑された。

「きみも熱血シリーズのファンだったとは……」


「残念だけど、違うわ。作曲者のファンなのよ。コルネットとは縁遠い作家だけど、小さいころから練習に使わせてもらってたの」

「そうか……。でも、すごいな。是非ともきみをコルネット奏者にしてやらなければ」


 ぼくは興奮していた。

 ルネもまた頬を染めて居心地が悪そうにしている。


『安請け合いして。知らないからね』

『やりとげるさ。絶対に』


「こんなふうに喜んでもらえると、やっぱりコルネットが好きなんだなって思える。必ず乗り越えてみせるね。詐欺だとか、ムダな筋肉だなんて言ったこと、謝るわ」


 少女がにっこりとほほえみ、手を差しだしてきた。

 筋肉については聞いた覚えはないが、ぼくらは握手を交わす。


 これは下心だとか、幼稚な興奮のすえのことじゃない。

 クライエントとの信頼関係は、記憶の世界でのぼくらの扱いにも直結する。

 信頼が足りないと、ジェムソン氏のときのように彼女の世界が牙をむくだろう。

 仮想世界でもぼくの電脳が「死」を認識すれば、リアルのぼくも死ぬこととなる。


 少女は夢へと落ち、ベッドに横たわる。

 ぼくはその横のチェアに深く腰掛け、あいだに立つ黒ドレスの女が、ふたりの額に指を突き立て「アダプト開始」とつぶやいた。


 さあ、ルネ・セシュエの世界に正義のヒーローが登場だ。

 夢見る少女を狙う魔物は、ぼくが許さない。


* * * * *

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