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Case52.父と母はかく語りき

 こうして、ぼくらはフロイデンが用意していた最後のシーンをこなし、人類に平和が訪れた。


 平和といっても、フロイデンの台頭を許していた軍部の責任追及だとか、ヤツに与した者の処罰だとか、それら残党との散発的な戦闘は終わらない。マイドの国に関してもこれに近いことが起きており、王制や、ファンタジーにかぶれた軍備などの見直し論が新たな火種になりそうだとのことだ。


 ふたつの人種の融和はまだ始まったばかり。「平和」というよりは、いっときの「勝利」といったところだろうか。


 そのほか、小さいながらも大切な問題が山積していたが、それらは彼ら自身に任せるとしよう。


 人間の国とマイドの国のあいだでは政治レベルでの往来が活発になった。

 各種分野の専門家たちも出張を始めており、近く、一般市民も観光や移住で自由に行き来できるように、移動ルートの確保や、お互いの生理的な問題をこなすための設備、食事、充電、病院や修理ラボなどの課題のクリアを目指して奮闘中だ。


 こういった様子を数か月のあいだ見守り、フロイデンの追加シナリオが無いことを確信したのち、ぼくらは「真の黒幕」に会いに行くことにした。

 それは、ハイマー博士やフロイデンの作りぬしで、ありていに言えば、ぼくらの祖父母に当たる存在だ。


 アジア大陸のレッド・ラインの奥深く。人の手を加えようにも困難な標高八〇〇〇メートル級の険峻の連なる地に、賢者たちは隠れ住んでいる。


「これまた、お約束だな」


 どうやったのか、山をくり抜いた中にただっぴろい空間。

 それも、サイエンスフィクションが映像化されて間もない時代のシロモノ。

 天も果ても見えない闇の世界に、無機質な壁がえんえんと続き、その壁にはなんの意味があるのか分からない四角いパネルが上から下まで無数に光っていて摩天楼ごとし、それから下部ではパイプのように太いケーブルが無数に繋がり、床へ粗雑に垂れ流されていた。


「サイバーパンクってやつかしら? ナンセンスだわ」


 どこまで行ってもパネルの絶壁とケーブルの川が続く。

 推定二キロを移動したところで、壁がガラス張りに変わった。

 その中は蛍光グリーンにライトアップされた液体で満たされており、やはりお約束か、「人間の脳髄」が浮かんでいた。本来の人間の持つそれよりも、ふたまわりほど肥大化している。


「これがおじいちゃん? おばあちゃん?」


 ノマドがこぶしでガラスをこつこつとやる。返事をしたのか、ガラスの内側で泡のかたまりが浮き上がった。


『ハイマーの創った子らか……』


 どこかともなく響く声。それは老いた男のもののようだが、抑揚のない機械音声だった。声は『ハイマーの創造主を呼んでくる』と言って沈黙した。


 それから数分……。


「来ないわね」


 ノマドはお気に入りの懐中時計と睨めっこをしている。


『彼女が来るには、もう少し時間が必要なようだ。なにぶん、来訪が唐突だ。本来なら、ハイマーかフロイデンがわれわれに連絡を入れる約束だったのだ』


 声に合わせて、脳味噌を入れたケージのライトの明暗が揺らぎ、泡が音を立てる。

 ゲームマスターたちには苦情を入れに来たのだが、「何をもって“ひと”とするか」の論争の中にいたぼくらには、脳だけの存在というものが酷く憐れに思えた。


『きみたちが来たということは、恐らく私は敗者なのだろう』

「あなたが父なる存在か? フロイデンを創った?」

『その通りだ。我が子は、かつて私や先代たちが犯したものと同じ過ちを繰り返したようだ』


 声は無機質であったが、なんとなく「ため息」を感じる。


「彼は悪役だったが、それ抜きでは人類の再融和は叶わなかっただろう。できたにしても、もっともっと長い時間を掛けた遠回りが必要だったと思う」


『きみにそう言ってもらえると、気が楽になる』


 やはり彼も“ひと”らしい。


「あなたの名前を教えて欲しい」

 ぼくは自身の名を名乗り、ノマドもこれに続く。


『あいにく、私はおおやけには個を捨てた存在なのだ。当時の意志を保管するためのバケツに過ぎない』


「おしゃべりなバケツさんね」

 ノマドは暇を持て余したか、極太のケーブルの上に腰かけてあくびをしている。

 彼女はもともと、ここへ来るのに乗り気ではなかった。

 人類再融和の目的さえ果たせば必須でないこと……というか、本来その義務があるのはハイマー博士なのだ。


 だが、博士は「面倒くさいから任せたよ」と言った。

 彼はフロイデンとの勝負には勝ったには勝ったが、けっきょく互いを欠くことができない入れ子状態に陥ったことで、なかばヤケになってしまっていたのだ。

 なんだかんだ言っても、フロイデンの死が悲しいようだった。

 もっとも、それで「世界を滅ぼす」とか闇に染まった発言をするわけでもなく、マイドたちのボディデザイン(おもに特定年齢の女子の)に干渉すべく、あれこれ手を尽くしているところだ。


 ノマドはこれが気に入らなかったらしい。

 博士の女性型ボディに対する偏執狂的な入れこみ具合は既知のところだったが、それがどうも「性癖」に分類されるもので、娘である自身のボディデザインにも投影されていると気づいたらしく、とうとう呼びかたを「お父様」から「博士」に格下げしてしまっていた。ま、父親離れというやつだな。


 さて、バケツは役者がそろうまで込みいった会話を保留としたため、ぼくらは所在無く待ちぼうけることとなった。

 「彼女」が現れるまでに待たされた時間は二時間。脳味噌バケツは、その間にきっちり一時間ごとに二度の謝罪をしていた。


「ふたりも来たわね? どちらも電子的存在」


 ノマドの言う通り、闇の中から現れたのは二名だった。

 片方は衣装はおろか貌すらも持たない、簡素でまっしろな人型ロボットで、マイドよりも遥かに原始的な機械体らしく、動作が固い。

 もう片方は、どう見ても人間の女の子だ。髪は切りそろえたボブで黒髪、スカート丈の長い白ドレスを身にまとっている。


「もしかして、来るのが遅れた理由はこれ?」


 そんなふたりだからか、ケーブルにつまづいて転ぶわ、パイプをよじ登るわ、ここまでやってくるのに難儀したようだ。ぼくは苦笑混じりに、ノマドは心底イヤそうにふたりを手伝った。


「お待たせしてごめんなさい。容姿をオリジナルに寄せるか創作イメージに寄せるかで一時間も悩んだの」


 女の子は言う。「黒髪ボブか、金髪青眼の水色ドレスにするか、それともドレスは黄色?」。


「なんだか頭が痛くなってきたから、単刀直入に聞くわ。どっちが誰で、どっちがなんなの? ハイマー博士を創りだしたのは? 博士がわたしたちをここに寄こしたということは、わたしたちにまだ何かやらせる気?」


 早口だ。


 女の子は「嫌われてるのかしら」と首をかしげた。造形はまったく人間のようだが、表情の変化にこわばりを感じる。何かの病気……というよりは、誕生直後のぼくらとの共通性を感じる。


「やはり、慣れないことをするものではありませんね」

 ロボットのほうが電子音声で答えた。こちらは女性的な声だ。

「私たちは、どちらも私です。この少女(アリス)は、ハイマーがくれた素体なんですよ」


「だろうと思ったわ」

 ノマドはこめかみを押さえている。


「私たちの名はアリス・リデル。当時のマイド住民登録ナンバー・ワンの存在です」

 女の子が会釈をする。ぼくは屈んで彼女と握手をしたが、ノマドは応じずに簡素なマネキンボディのほうを気怠そうに見ている。


 さて、“最初のマイド”であるアリスのおはなしが始まった。


 人類が科学技術の失態によって地球を砂嵐に沈め、ドーム社会を形成していた時代――第二文明時代――にマイドは誕生した。

 そのころ、彼らが所有して頼っていた大規模・超高速処理装置、いわゆるスーパーコンピューターがあった。

 それもすでに人格をみずから創作し身につけており、「彼女」に最初のマイドとしての「名誉登録」がなされた。

 彼女はその頭脳を使って社会を管理する立場にあった。

 それも当時、地球上に存在した大小無数のドーム都市に暮らす、人間とマイドの両方、そのすべてをたった一基で、何世代も見守ってきたのだ。


「いわゆる、マザーコンピューターというものですが、私が直接的に管理できたのは情報の段階までです」


 当時の人類も問題を抱えていた。砂嵐から逃れてドームに移り住んだ者と、ドームに入れてもらえなかった者たちとの対立だ。

 外にいた者たちはドーム社会……つまりは彼女に従わず、物質的な手段を用いておのれの権利を獲得しようとした。いわゆる、実力行使というやつだ。

 そうして、いくつかのドームが「外」に暮らす者たちに奪われ、世界は二分された。

 心身共に管理されてでも安全と安心に重きを置くグループと、つまはじきにされた怨みと管理社会への疑問がないまぜになった自由を愛する考えのグループのふたつだ。


「前者はアリスが、後者はバケツさんが率いていた。最終的にはアリスが勝ってバケツさんの考えも取り入れたか、両者は和解した。そういうことでしょ?」

 ノマドがつまらなさそうに言う。

 なんの皮肉か、主役が「アリス」の名作ファンタジー小説を読みながらだ。


 ごぼり、とガラスの中が音を立てた。


「正解だ。彼女に関しては一貫して同一の存在だが、当時の人類を率いていたのは私ではなく、別の人間だ。代表は死亡や失脚で交替を繰り返し、最後の代となった私が、生体コンピューターとして保存された」


 ふたつのグループの関係は外側からのテロ行為から始まり、いくつかの抗争や和解を経て、とうとう融和を果たした。そして両者の技術と知識により、砂嵐にケリがつけられ、再び太陽のもとへ帰るべく地球環境の再生がこころみられた。


「過酷な環境からの復活には、マイドたち機械体の存在が必要不可欠でした。しかし、人間はマイドに依存し過ぎたのです。そのうえ、みずからもその機械体のアドバンテージを手に入れようとして、肉体や脳の改造を考え始めました。そのとき、私は自身の管理体制に持っていた疑問を確信へと変えたのです」


 アリスは言った。


 私たちはいないほうがいい。

 ……また、必要とされるときまで。


 そうしてマイドたちは辺境の森や地下へ去り、自然保護という偽りの名目の赤きラインを引いた。


「当初は、マイドが人間の悪い手本となってしまったのだと考えていました。だから、距離を置けば是正できるはずだと。ところが、それは……」


 ノマドが割って入る。「憧れ、だったわけね」。

 少女アリスは静かにうなずく。無表情だったが、頬には雫が光っていた。


「そのまま憧れ続ければ、人間は人間でなくなってしまう。せっかく、地球環境が蘇っても、人間が人間でなくなってしまえば、私たちがやったことも無意味になる」


 だから、彼女たちは立ち去る前に、人間の記憶を補助する生体チップ、“エビングハウス回路”を開発し、「マイドたちとの決別」をうながすための仕掛けをした。


 焦がれた相手を失う悲しみを忘れさせるプログラムと、マイドの住まう赤き境界の向こうへ踏み入ることを禁じる移動制限。


「いつか人間たちは、正しい形で私たちを求め、探してくれるものだと信じていました。ところが、私たちを抜きにチップの強化や肉体の機械化を議論し始めたのです。あまつさえ、当のマイドたちの一部も“身を引いた”ことを“捨てられた”ことへとすり替え、道を誤りました。そこで、私とそこの“バケツ”のふたりで演繹(えんえき)を重ね、もとの関係性へと戻すための策を練りました」


 脳味噌が「バケツ……」と、なんぞつぶやいた。機械音声だが、ちゃんと悲しげだ。


「しかし、前提として“ひとのこころ”という普遍的ではない要素がある限り、思考実験だけでは結論は出せない。その“ひとのこころ”という変数を確定するために、われわれは使者を送ることにしたのだ」


「かつて、私が“母親”を体験したくて研究をしていた、人間をゼロからクリエイトする手段を採用しました。当時の私の娘も、私に人間社会への知見と管理社会への疑問を与えてくれたので、今回もきっと導いてくれると思っていたのですが……」


 それがハイマー博士だ。だが、彼は自分では行かずに、ぼくらアンドロイドを創って行かせた。


「万全を期すために、この“バケツ”も別の個体を作ったのだが……」


 そちらはフロイデン。お察しだ。彼は努力はしたが、残した爪痕は深いものだった。


 意地悪な孫娘がまたも言う。「けっきょく、あなたたちは、ずっと子離れができていないのね」。

 少女アリスは叱られた子どものように首を縮めた。今度は表情がしっかりしている。悲しみが八割に、怒りと困惑がそれぞれ一割とみた。

 ぼくはふたりを見比べ、顔に出さずに笑った。ネガティブなアクションの上達が早いところは、やはりこの「血筋」か。


「で、あなたたちは何が言いたいわけ? 博士から聞かされていた以上のことは聞けていないわ」


 ノマドの問いに、ふたつの管理者たちは声をそろえた。

 彼女たちが望むもの、それは「人間とマイドたちへの謝罪の代弁」。


「……ふーっ」


 ノマドは本を閉じて立ち上がった。それから、こちらを見て、「帰りましょ。日をまたいでしまったら、ルネに一日多く譲らなきゃいけないし」。

 ぼくも「新作の配信をリアルタイムで観たいしな」と返事をし、アリスたちとバケツから背を向けた。


「あ、あのっ!」

 少女が声をあげる。


「お断りよ。あなたたちの尻拭いをする気はないの」

「同感だ。ぼくらは自分を()るのに忙しいんだ」


 返事はガラスの中の泡だけだったが、ケーブルにつまづいて少女が小さく悲鳴をあげるのが聞こえた。


 ノマドが立ち止まり、振りかえる。


「謝罪や告白は、顔を見て直接するべきものよ。そっちのバケツさんも、身体を培養するなり“逆アンドロイド”になるなりしたらどうかしら?」


「ちかぢか、レッド・ラインが撤廃されるらしい。今の人類なら、きみたちのこともかろうじて思い出せるかもしれない。のんびりしていると忘れられてしまうぞ」


 ぼくが煽ると、ノマドに肘で小突かれた。

 それから、いたずらっぽく笑みを見せあい、この楽屋をあとにした。


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