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Case51.Birth

 垂直離着陸にて空へ。モニターに広がる緑と灰色の都市は、張りめぐらされたチューブトレイン網のせいでクモの巣のようだ。

 糸に絡めとられたひとびとへ想いを馳せる間もなく、超音速機はソニックウェーブの爆発音を響かせて世界をスライドさせた。


 身体のすべてをくまなく押しこめられる感覚に震え、電脳からの警告を感じ、なんとか頭部を損傷しないで耐えきること七分強。

 大西洋を越え、北米東部群島を越え、別のクモの巣に到達。


 大都市の空に浮かぶは、不気味なシルバーフルムーン。


『自動操縦はここまでだ。あとはあんたの好きにやりな』


 ランプからの通信。好きにやりなとは言われたが、着陸できる場所もなければ、したところで銀の月はずっと上空だ。


「つまるところ、突っこむしかないのか!?」


 操縦桿を引き、機首を上へと向ける。手動操縦になったせいか、何かのバランサーを欠いたようで、機体は左右によろよろと揺れながらの飛行となってしまった。


『頼む、ノマド! ぼくを導いてくれ!』


 声よ届けと、ささやきを叫ぶ。

 銀の膜の向こうに届いたか、あるいは奇跡か。

 空を泳ぐぼくは球体の膜を突きぬけ、機体ごと中へと入りこんだ。


 一瞬にして機体が機能停止し、分解熱か何かか、機内温度が上昇。ぼくはみずから機体をぶち破って飛びだした。


 ナノマシンだけで構成された空間。淡く銀色に光るそれらは無数の波紋を生んでおり、ぼくの皮膚をくすぐった。着地をすると地面がたゆんだが一瞬で硬化し、足元を確かにする。

 振り返れば胃に落ちこんだ食物のごとく、超音速機が溶けていく光景があった。ぼくも長居はできないだろうが……。


「アルツ、どうして来たの!?」


 見上げると粘液状のシルバーに絡めとられたノマドの姿があった。

 彼女は泣き笑いの表情を見せていた。


「どうして来たのよ……」


 繰り返される愚問。


「愛しているからだ!」


 ぼくは跳躍し、彼女の身体へ腕を回し、銀の粘膜から引きずり出し、床面へ向かって必殺のこぶしをお見舞いする。


「カロリック・インパクト!」


 熱い技名とともに銀の床に波紋が生まれてしりぞき、中心が開いて眼下にひとの暮らす世界が広がった。


「ありがとう。来てくれると思ってた」


 照れたようにほほえむ恋人。


「お約束というものだ。それで、ヤツを止める方法は?」


 ぼくらは落ちながら作戦を練る。

 ノマドいわく、あれは特定のプログラムを持った群体であり、群体として一つの形状を構成している。そして、自身をコアに制御をこころみたさいに、ナノマシンたちに「進化を望む意思」を感じたという。


「あれは今、生物でたとえると原始生命体に近い存在といえるわ。まずは、ひとつひとつを細胞として、より上位の存在となる、いち個体に統率しなおしてやるの」

「それで?」

「進化を促す。最後まで進化すれば、人に似た形状を取って、自我を芽生えさせるはず。そのうえで自己矛盾を与え、存在理由を支えるアイデンティティを破壊する」

「自己崩壊を誘うわけだな」

「ええ」

 うなずくノマドは少し寂しげだ。


 そのためには情報(えさ)が必要だ。単なるデータはもちろん、進化を選択するに足るだけの経験値も。


 ぼくらは高層ビルの屋上に着地し、機械の細胞たちを見上げる。排除すべき妨害者だと認識したか、それはあとを追ってゆっくりとこちらへと降りてきている。


止まりなさい!(フリーズ)


 電子の娘が手をかざすと、銀の瞳は急停止し、皮膜を波打たせた。


「データを送信するわ。でも、わたしのぶんだけじゃ足りない」


 手の甲に何かが触れる。ぼくはそれを受け入れ、指と指をからめあう。


「ぼくらの経験が人間に至るかどうか、試す時が来たわけだな」


 電脳の処理能力を解放した恋人がゼロケルビンの風を放ち始め、不可視の情報を持った量子の波が銀の球体へと衝突し、オーロラのような光を生み出した。


 極寒の風の中、繋ぎ合った手だけは確かに「温かだ」と感じた。


 次の瞬間、球体が真ん中からくぼんで割れ、ふたつの球体を繋げたような形へと分離した。


 それから、よっつ、やっつ……と細胞分裂が繰り返される。


 胚はどこか海馬に似た形状をとり、脊椎を手に入れた。それから鼻先を尖らせたような頭を作り出し、魚類のようなフォルムに腕らしき突起が生まれ、イモリやトカゲに似たビジュアルを経て足を得る。頭蓋が膨らみ始め、前方を見るための位置に双眸が現れた。


「いいぞ、上手くいっている」


 だが、パートナーは「違う!」と声をあげた。


 生まれたのは人間にあらず。その形はひとに限りなく近かったが、「失くすべきもの」を持ったままだった。


「尻尾があるわ」


 誕生した物体は狭いビルの屋上へと窮屈そうに着陸し、隣のビルに手を掛けてへし折り、金切り声をあげた。


「あれじゃサルよ!」

「もっと情報を送るか?」

「データ切れよ。あなたの筋トレ知識以外はだいたい送信したもの」

「なぜそれは送らなかった?」

「自己研鑽を教えるとコントロールが難しくなるからよ!」


 銀色の巨大猿は木から木へ移るようにコンクリートジャングルを飛びまわり、壁を砕き、ガラスを割り、奇声をあげている。

 あれに筋トレ知識を教えてもサルからゴリラになるだけだろう。


「あのまま倒すのは?」

「個体になってもまだ自我が弱いわ。外傷で殺しても、銀の海に戻って地上を食い始める。確かな自我のもとで存在を矛盾させないと自壊は誘発できない」

「だったらどうすればいいんだ?」


「お手上げよ」

 ノマドは、さも屈辱といったふうにローズアッシュの髪を振り乱す。

「わたしたちじゃ、人間に至れなかったのだから」


「何か手段はないのか? あんなものが暴れていたら、人間やマイドの軍が退治してしまう」

「データだけで足りないなら、“もっと確かなもの”が必要よ。やっぱり、わたしたちがコアになって制御するしかない!」

「確率は五〇パーセントだったか? それに賭けてやるしかないか」

「五〇はみんなを引き止めるためのウソよ! あんな量の高度なナノマシン、制御が完了する前に電脳が焼き切れるわ! あなたが来るのを待つために、ぎりぎりで均衡させて時間を稼ぐのが精いっぱいだったのよ!」


 取り乱す電子の娘。

 ぼくは彼女の背に手を回し、「落ち着け」と言ってくちびるを塞いでやる。


『可能性を引き上げる方法は?』

『もっとデータと経験値をやるしかない。できれば人間のDNAを含むような高度な細胞と、人間まるまるひとりぶんの記憶が』

『その辺からつかまえて誰かを放りこむ、なんてのは却下だな』


 ぼくがそうささやくと、ノマドは力いっぱいぼくの胸を押して、くちづけから逃れた。


「却下? これはわたしたちのためだけじゃない。ひとのためでもあるのよ?」

「これ以上罪を被るのは勘弁だ。ぼくは悪役よりもヒーローがいいんだ」

「何よいまさら! あなたがしないっていうのなら、わたしがまた汚れ役をやるわ!」


 激高したノマドは、黒いドレスを激しくはためかせて宙へと浮かび上がる。

 ぼくは腕を伸ばして彼女をつかまえると、邪魔だと思いながらもずっと握っていた物体を彼女に見せた。


「そのカプセルは……ビエールイ・カラマーゾフの海馬体?」

「これをあのサルに食わせたらいいんじゃないのか?」


 問いかけると彼女は涼しげな顔に戻り、くちびるに指を当てて、たっぷり三秒間フリーズした。


 それから指を離し、口元を静かに笑わせると「パーフェクトだわ」と言った。



 ノマドが抱きつき、冷却ガスで飛翔しツバサを務める。

 ぼくは海馬のボトルを握り、ヤツが口を開けるタイミングを待ちかまえた。

 銀のサルは相変わらず野蛮で原始的。トチ狂ったかのように暴れ続けており、こちらには気づいていないようだ。


「おい、エサの時間だぞ!」


 サルの頭上で力いっぱい叫ぶと、ヤツは見上げ、しわを顔じゅうに作り、牙をむいた。ぼくらへと向けられたそれは怒りだろうか、笑いだろうか。


「知恵の実だ! 食らえっ!」


 鍛え抜いた人工筋肉を連動させた投擲が引力と合わさり、ビエールイの脳の一部とエビングハウス回路の入ったカプセルをシルバーの口腔内へと導いた。



 サルは口を閉じ、目をまんまるに見開いた。



 それから、全身をサイケな虹色に変色させ、身体のあちらこちらに変容をきたし始める。


「あれ……?」


 目玉がマンガのように巨大に、鼻も大きく、くちびるが厚みを増して突きだし、そのあいだから腫れぼったい舌が押し出される。パーツを肥大化させた頭も当然、それに応じて膨らみ、ニ、三頭身ほどのアンバランスな体型へと変じていく。それだけじゃない。手首から先も不気味に巨大化していき、頭と同じ大きさになってしまった。


「失敗したか?」

「……違う。あれはペンフィールドのホムンクルス、脳の中の小人と呼ばれるものだわ。脳の利用比率を人体各部位の大きさへ反映した神経の地図のようなものね」


 と、いうことは人間に至ったのか?


 銀色のホムンクルスは自身の両手を交互に見つめている。

 それから、地球のどこへ行っても聞こえそうな笑い声をこだまさせた。


「ははははは! 私の研究は間違っていなかった! この身体は、究極の機械体だ! これで病にも煩わされず、永久に老いることなく生きることができる。鍛錬も不要、損傷はパーツの取り換え、必要とあらばおのれを重機にでも兵器にでも!」


「私の、と言ったわ」

「自我が芽生えたのか」


 恐らくはエビングハウス回路の技術者だったビエールイ・カラマーゾフの記憶をもとにした人格だろう。


「彼はチップ強化論者だったわね。夢が叶ったそのさきは?」


 銀のビエールイはひとしきり笑うと腕をショベルにしたり銃にしたりして見せた。

 そして、元の大きな手のひらに戻すと顔よりも大きなそれを使って顔面を覆った。


「だがこれは、ひとではない。私は知りたかったのだ、どこまでゆけば、ひとでなくなるのか。ひとがひとたる境界がなんなのか。エビングハウス回路に頼るようになった私たちは、まだひとなのかを……!」


 そして彼は続ける。


「間違っていなかったのだ。正しかったのだ。ゆえに、私たちの歩んでいる道は、間違っていたのだ! ああ、見えぬ! 境界が見えぬ! だが私は、確かにその向こう側へと来てしまった!」


 地の底へ、海の底へと引きずりこむような悲嘆。

 ぼくは思わず動力部のある胸の上をつかんだ。


 悲しみに暮れるホムンクルスは、その身を再び虹色に輝かせ始めた。



 それから……。



 彼は新たな形を取ることはなく、量子のオーロラとなって煙のように流れ、無へと還っていった。



 やはりぼくらは、罪を背負ったのかもしれない。

 パートナーのつぶやいた、いのちと呼べるか定かでない者への謝罪が、ぼくの脳と胸にしっかりと焼きついた。


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