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Case50.飛翔

 ぼくはルネに「帰ったら抱いてやる!」と叫ぶと、筋力全開で廊下を駆けぬけた。


 お茶菓子とコーヒーセットを乗せたカートを押す基地詰めのコック、パーシモンとすれ違う。彼はいつものように柔和なにこにこ顔をしており、「レモンケーキ、用意しておくね」と、ノマドの好物のひとつを口にした。もちろん、ぼくは「必ず食べに戻る!」と約束をする。


 こうして基地の廊下を走っていると、お気に入りのアニメのワンシーンを思いだす。


 カウンセラーとして詰めていた時代、「自分も現場隊員で緊急召集を受けてこの廊下を駆ける」という妄想をよくやった。ついでに、格納庫に自分用の巨大ロボットだとか戦闘機があればいいなんてオマケもつけて。


 どこかノスタルジーな気持ちに笑みを漏らし、吸い寄せられるように格納庫へ。


 さすがにヨーロッパからアメリカまでダッシュと水泳で行くわけにはいかないからだ。別に、ロボットが用意されていたら、なんて本気で思ったわけじゃないぞ。


 だが、そこにはぼくを待っていたものがちゃんとあった。


 派手なラベンダーカラーに染まったポニーテールとオイルまみれのツナギ。両手を腰に当て、威風堂々たる笑みを浮かべて立ちはだかる大天才。

 彼女の背後には黒い翼を持った機体がある。フォーエフに似ていたが、機首には小さな窓があり、中の座席が透けて見える。


「それはフォーエフか?」

「さて、どうだろうね?」

 メカニックは白い歯を見せて胸を張った。

「航空機の開発は頭のチップが制限してたはずだろう?」

「撃墜されたフォーエフを分解しながら、修理ついでにひとつひとつ自作部品に置き換えをさせてもらったんだ。だから、開発したわけじゃないさ」


 覚えたけどね、と付け加えるランプ。ナイスな発想の転換だが、しっかりと目の下にはくまを作って、頬はやつれている。彼女が手にしたスイッチを押すと、機体の腹の下が開いた。


「もちろん、テストはしてない。対G装備もナシに音速機の重力加速度に耐えられるのは、あんたくらいだろうね」

「操縦はアニメや映画でしか習っていない。壊してしまってもいいか?」

「いちおう、オートと手動の両方で動くよ。月までは送るさ。万が一、あんたもばらばらになったら解析して、あたしの作ったアンドロイドが第三の人類として量産されるのでよろしく」


 スパナが突きだされる。ぼくはそれにこぶしを当てて、「それはそれで面白そうな世界だ」と言ってやった。



「これ以上話をややこしくするな!」



 しつこい友人だ。彼ならそうするだろうと思い、ぼくは音速機の機首を護るために飛んだ。サイボーグの正確無比な蹴撃を受け止め、ぼくらは再び対峙する。

 横でメカニックが「あんたの脚もバラすぞ!」と吠えている。


「迷っていただろう? 追ってくるとは思わなかったな」

 相手にするのは彼だけでいいらしい。彼の背後の通路に靴音は響いていない。

「隊長たちはぼくを認めたようだが」


「……全人類のためにならない。きみの独断専行は、ひとのためにならない!」

「悪いが、ハナからひとのためじゃない。ぼくのためだ」


 友人は「勝手なヤツめ!」と叫ぶと垂直に飛び、そこから宙で方向転換、こちらの胸へと流星のごとくのキックをお見舞いする。だが、パンプアップさせた大胸筋が衝撃を返し、こちらは踏みとどまり、蹴りを放ったほうが吹き飛ばされた。


「ノマドの消えた世界に意味を感じない。きみもそうなんじゃないか? このままマイドたちの計画に乗ればティーンを失い、その脚を機械化した意味まで失くすぞ」


「人類が滅亡すれば同じことだ」

「滅亡はさせない。ぼくが救ってきてやる。ノマドも生きのびるつもりでああしたんだ。死んで観測できなくなれば、世界を救っても無意味だからな」

「ノマド、ノマドと! ルネさんはどうなんだ!?」

「彼女もノマドなしの世界に納得などしない。ぼくたち三人は互いの存在無くしては成立しないんだ」


 青年は目を固く閉じ、頭を振る。


「やはり、きみとは平行線だ。まじりあうことはない!」


 再び脚部にシーク音。

 サイボーグ男の姿が消え、またたきののちに生身のこぶしを突きこむ友人の姿が現れる。


「友よ! それは同じ方向に進んでいるということだろう!」


 そのこぶしに向かってパンチ。彼の右腕は大きく弾かれ、こちらはすかさず左手をつかんで全力で投げ飛ばした。半分生身の男が格納庫の天井近くまで放り投げあげられ、重力に引かれて自由落下を始める。


 ……しまった、やりすぎたか。


 ところが、ぼよよん。クスティナは硬い床ではなく、ピンク色の何かにバウンドしてから地面に転がった。


「大脳新皮質ちゃん!」


 脳味噌の着ぐるみはぶつけた頭(?)を抱えるしぐさをしたあと、こちらへ小走りに向かってきた。

 床に転がり天井を見上げる友人は、「失敗したら承知しないぞ!」と元気そうだ。


「ありがとう。きみのおかげで助かった」

「いえいえ、お助けできて光栄です」


 しゃべった……! てっきり、会話をしないタイプのマスコットキャラクターだと思っていた。それに、この声は最近どこかで聞いたような……。


「お礼代わりに、こちらをお持ちいただけないでしょうか?」


 脳味噌がぼくへと手渡してきたのは、ガラスの筒状のカプセル。

 その中の液体に浮かんでいるのは、タツノオトシゴのような物体。


「これは、ビエールイの海馬体? きみはもしかして……」


 思わず彼の顔を見る。着ぐるみにくっついた目玉は、それぞれ別の方向を向いていてクレイジーだ。


「本当なら、わたくしもついていきたいのですが、あの飛行機はひとり乗りのようですしね。代わりに兄を連れて行ってください」


「承知した。特等席で世界が救われるさまを見せてやる」

 海馬体を受け取り、音速機のリフトへと駆けこむ。


 開く格納庫。閉じる視界。真新しい合皮のにおいに、握り心地のいい操縦桿。

 モニターではピンク色の脳味噌が手を振り、エンジニアの科学と過去への挑戦を宿した不遜なまでの笑みが映る。


 機体が起動し、エンジン音が全ての音をもぎ取った。


 砂嵐のような激しいノイズの中、通信スピーカーから吐き出された脳髄の叫びがぼくの電脳を震わせる。


『創造を再びわたくしたちの手へ! (くろがね)のツバサは今羽ばたかん!』


* * * * *

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