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Case49.ありがとうと銀の月

『幸せをくれて、ありがとう』


 ぼくとルネにだけじゃない。知り合い全員へ送られたことば。

 あるいは、全人類へ向けられたものだったかもしれない。


 限りなく人間に近づいた機械体の女、ノマド・リデル。

 彼女は北米都市中央特区の上空にとつじょ現れた銀の月の中へ消えていった。


 なんの相談も無しに、たったひとりで。


 ヒロイックじゃないか。いっぽうでぼくはこの体たらくだ。

 あのとき、悪を語るフロイデンを殴るべきじゃなかった。やはり、おのれのこころを信じて、正義を演じきるべきだったのだ。


 本当の最後を飾るものは、フロイデンなんかじゃない。ラスボスという役柄は、矮小な一個体に相応しいものではないんだ。それもまたお約束だったはずだ。


 彼が遺した最後の仕掛け。銀色のナノマシンの群体。それは量子コンピューターの集合体としてひとつの銀河のようなネットワークを構築し、無数の電子の波紋を作り出し、人類をある結末へ導こうとしていた。


 それは地球上にあるすべての電子機器の破壊だ。そうなれば文明はもちろん、人間の記憶のほとんどや、マイドの生命が消し去られてしまうだろう。


 しかし、ノマドが突入してからしばらくして、球体から発せられるオーロラ色の波動のパターンが中途半端な点でループするようになっていた。


「今のところはノマドが食い止めてくれてるから影響は限定的だけど……」


 ハイマー博士が欧州第一基地の作戦モニターに映しだされた月を見て唸る。


「フロイデンの奴め。僕よりも科学ができるなんてね。あれは第三量子力学理論の域を脱しているよ」


「破壊することはできないのか?」

 訊ねたのはカミヤ隊長だ。博士は「おすすめはしないね」と返す。


 電子的に最強であるその球体は、ナノマシンによる特殊なコーディングを受けており、電子も光子も通さず、多少の損傷は修復してしまう防御機能付きだ。

 生半可な破壊をすればそれが降り注ぎ、都市を材料に自己増殖を始めてしまう。

 一気に消滅させようにも、核爆弾でも使って都市ごと消さなければ不可能だろう。


 しかし、その議論はすぐに投げられてしまった。構造物を惜しんでのことでも、避難が間に合うかどうかでもない。単純に、そんな数字の大きい手札は人類に残されていなかったというだけの話だ。


 繰り返さないと誓った人類は、負の遺産であるバンネットテクノロジーや大量破壊兵器の永久廃棄をそうそうに済ませていた。

 もっと間の悪いことに、ぼくらも役目を終えて「一個体のひと」として暮らすために、バックアップとして用意されていた素体の処分も済ませてしてしまっていた。博士が泣いて止めたのに、ノマドはぼくらの電脳のコピーと設計図をデリートしたのだ。


「ノマドは責任を取ろうとしているんだよ。あの子が余計なことをしなかったら、この問題はあっさり解決していたのだからね」


 博士は不満げだった。だが、ぼくはそれに対して「違う」と声をあげた。


「責任なんかじゃない。彼女はひとびとを守りたかったから自主的にそうしたんだ。博士にだって、メッセージが届いていたはずだ」


 ハイマー博士は返事をしなかった。ただ肩をすくめただけだ。


 会議室の扉が開き、プフィルが現れた。

 彼女は「朗報」を持ってきたというが、表情は深く沈んでいる。


「ランプ女史の分析ではあの球体は安定化に向かっているそうだ。発せられている波動もひとつに統合しつつあると」


「波動? 昔のケンポーの技ネ?」

 フージャオが首をかしげる。


「詳しい話ははしょるけど、ノマドはあれと一体化することで電子の大破壊を防ぐつもりかもしれないね。あるいは、たんに負けて取り込まれそうになってるだけかもしれないけど」

 博士は鼻で笑う。敗者の顔だ。


「ノマドからのメッセージを受け取っている。制御できる確率は五割程度で、成功すれば球体は自壊し、増殖することなく消滅するとのことだ。なるべく衝撃を与えるなとの指示も貰っている。アルツにもよろしく言っておいてくれとのことだ」


「そうか」

 ぼくは短く返事して席を立つ。


「きみが行っても足しにならないよ。電脳に仕込んである量子の累乗数がケタ違いだ。はっきり言って、きみはあの子のボディデザインを考える片手間に作った程度の存在なんだから」


 ぼくはクズ親を無視して出口へと足を向ける。


「どこに行く気だ?」

 立ちふさがるカミヤ隊長。


「ノマドはぼくによろしくと言っていた」

「邪魔をするなという意味だろう」

「違う。助けてという意味だ。ぼくが加わって五〇パーセントということだろう」


 隊長はどかない。さらに背後から機械的なシーク音。


「その解釈には異議を唱えさせてもらう」


 振り向き、サイボーグの蹴りを受け止め、名うてのスナイパーが抜いた光線銃を叩き落とす。


「すまない、アルツ!」

 プフィルもぼくの腕をロックするが、構わず投げ飛ばす。彼女はテーブルに身体を打ちつけ、床に転がった。


 立て続けに格闘娘も仕掛けてくるが、ぼくは人外の力を行使して一撃のもとに叩き伏せた。

 同時に、強烈な衝撃を胸に受け吹きとばされてしまう。

 蹴りを振り抜いたクスティナの姿。


「戦友に対して容赦がないな。僕たちをフロイデンと同じひとでなしに見るか? 悪いが、僕らからすれば今のきみのほうが人類の敵だ」

「止めるというのなら、きみの脚を破壊させてもらう」

「やれるものならやるがいい。僕も手加減をするつもりはない」


 サイボーグ男の足元から磁場の歪みと気温の上昇を感じる。


「おい、博士! この筋肉バカを止めるための緊急スイッチとかねえのかよ!?」

 カミヤが博士を揺さぶっているが、博士は「ないね」。


 あいにく、ぼくは別のスイッチが入っている。

 ノマドをあの銀の月から引きずり出さなくてはならない。五割だろうと失敗だろうと関係ない。このままでは彼女がいなくなるのは同じだ。


「ふたりとも、やめて!」


 割りこむ声。現れたのはブロンドのマイド娘。


「でかしたぞ、ティーン! そんなものを隠し持ってたなんてな!」

 隊長が褒めるのも無理もない。ティーンはとっくに廃棄されたはずのクラス・ブルーのレーザーライフルをかかえていた。あれならば、ぼくも殺せるだろう。


 しかし、その銃口は固定されず、ぼくとクスティナのあいだを往復した。


「ふたりとも動かないでください。つい先ほど、私たちの王様が決定を下しました。あれは人間だけの問題じゃない。地球全部の問題だから」


「何か手があるのか?」

 クスティナが訊ねる。


 ティーンは一拍置くと、「ノマドさんほどの性能じゃないけど、たくさんの電脳が用意できます」と言った。


「ははあ。マイドたちの頭を繋いであれに対抗しようっていうのかい?」

 博士が声をあげた。だが、あくび混じりだ。

 それから、「地下組の人口なんて、一千万人がいいところだろう?」と続けた。

 

 ティーンは変わらずライフルを揺らし続けている。

 いっぽうで、クスティナからは殺気が消えた。


「全人口で全処理能力を回せば対抗できるかもしれません。やらないよりはやったほうがいい。みんなもすでに移動を開始しています」


「無茶だね。それで上手くいっても、きみたちは全員スクラップさ」

 鼻で笑う技術者。

 マイドを恋人に持つ男は「やはりか!」と声をあげ、王への撤回と説得を望んだ。


「もう一度いっしょになれるという、すてきな夢を見させてもらったお礼です」

「だが、それじゃきみはどうなる!? 僕たちが戦争までした意味は!?」

「ごめんね。あなたのことが大切だから、聞き入れられない」


 マネキン顔の娘はほほえんだ。私たちは、あなたたちのためにあるのだから。


「どちらにせよ、誰も行かせないことには変わりはない……!」

 クスティナは恋人から目を逸らした。明らかな迷いと焦燥。

 くちびるも噛み切っていたが、その視線は再びぼくを焼き殺さんとし始めた。

 退けたはずのほかの隊員たちも同様に、こちらへと意識を向けている。


 こうなったら、負傷者を出す覚悟で基地を破壊して突破するしかないだろう。


「バナナいっぽんぶんのカロリーで充分だ……!」

 ぼくはつぶやき、脚部の筋肉たちに語りかける。


 銃口と敵意が集まる。



 そこへさらなる増援。



 出入り口に現れたのは、ぼくが決して傷つけられない人物。

 ブラウンの大きなみつあみと瞳、黄金に輝くラッパ。

 もうひとりの恋人、ルネ・セシュエだ。


「四面楚歌ってやつだ。おまえにはノマドがいなくなっても、彼女がいる」


 隊長は息をつくが構えを解かない。ほかの隊員たちも同様。

 ルネはそんなつるぎのような空気と視線の中を涼しい顔をして歩いた。


 そして、ぼくの前で立ち止まると、自身の得物を持ち上げてくちづけ……。



 ぷっぷーーーーーーっ!



 と一発かました。


 その爆音に全員が怯み、ぼくはその隙を突いて部屋を飛び出した。


 背後から聞こえるのは、我が恋人の声援。



「行ってきなさい、マイ・ヒーロー!」



* * * * *

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