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Case48.幕間と感想

 西暦五五五七年。人類は再び出逢った。

 人間の国とマイドの国のあいだに戦争が起こり、そして停戦協定が結ばれた。


 ぼくらが夢見た再融和のための第一歩が踏みだされたのは、フロイデンの作ったシナリオの賜物などではない。

 かといって、ぼくが劇を破壊したからでもなく、まして、ルネたちが世界に温かく語りかけたからでもない。


 ひとびとがもとより、そうありたかったからだろう。


 感情上の問題は、皮肉なことにエビングハウス回路がクリアーにしてくれる。マイドは元より「人間のため」。殺しあいの悲劇も、早くも単なる歴史的事実へと変わりつつあった。

 必要なのは「言いわけ」だ。共通の敵だとか、集団心理だとか……とにかく、責任を他者に押しつけられる条件だ。


「世界は融和に向かってるわ。人間の人体の改造の是非や、マイドの古い法律についても議論が活発になってる」


 リビングからノマドの声。

 その「言いわけ」は彼女が支度してくれた。


 両国のネットワークに侵入し、融和に肯定的なフェイクの意見を流す。その素材として、ルネやノマド、ティーン、ロマたちがマイドの集落でよろしくやっているプライベートビデオ、それからフロイデン撃破後の共同軍事作戦の映像も活用された。

 世論が大きく傾けば、権力者たちもどうどうとその道を歩めるというわけだ。

 これで上手くいくのも、彼らの中に、もともとそうしたかった気持ちがあったからに違いない。きっと……。


「世の中が平和になったのはいいけど、誰かさんはすっきりしてないみたい」

 こちらはルネの声だ。半笑いときてる。


 世論操作は最後のダメ押しの策だったというか、本当なら使いたくなかった手だ。かといって、感動だとか正義だとか、まして恐怖や悲しみによるものだとか、そういった手段もお断りだった。


「あとから映像を見たけど、私も横っ面を張られた気になったわね」

「わたしたちの勝負までうやむやにされちゃうし」

「以前のあなたなら、あのおっさんの顔をバーンとやるにしても、セリフくらいは聞いてあげたでしょうに」

「そのほうが盛り上がったわ。なんなら、あそこでわたしたちのどっちかに愛してるって叫んでくれてもよかったのに」

「イスを増やすとか言ってたけど、別にふたつだけ(・・・・・)でもよかったのよ」

「そうそう。ルネとわたしが座るだけよね」


 女子どもは勝手なことを言って笑っている。


 ぼくだってやりたかったさ。

 正義と人間愛を唱え、必殺技を叫んで巨悪にパンチ。

 だが、それは人類に強いインパクトを与えすぎる。ある意味では「強制」に等しい。


 世界に平和が戻っても、導き手による操作が加わった時点で「真」とは呼べない。

 本来なら、干渉どころか観測すらもすべきじゃなかったのかもしれない。演劇のていになった瞬間から、ひとびとの振る舞いがゆがみ始めたのではないだろうか。

 どこかで結果に気づいたからこそ、反対の道に誘われて犠牲が増えた。そんな気すらもしてくる。


 今になって本音を言えば、フロイデンにはこちら側に計画をいっさい感づかせないで本物の悪に徹して欲しかった。それならば、望み通りのヒーローを演じただろう。


 だが、白けてしまった。それでも役目がある。

 ならばせめて、答えを与えるのではなく、提示された選択肢の中から、人類に自分たちで選んでもらおうと思ったんだ。

 ぼくが決戦の場で見せた姿も、その無数の選択や意見のひとつに過ぎない。


「お父様は大喜びだったけどね。目的を達成したうえに、フロイデンの計画も否定できたんだから僕の勝ちだって」

「でも、最後までゲーム感覚だったわね。ロマまで賭けに勝ったとか言ってたし」

「なんの賭け? 人類の融和は約束されていたのに、何に賭けていたのかしら?」

「さあ? 教えてもらえなかったし」


 ノマドとルネは相変わらずぼくのそばにいる。

 席をふたつ用意したことへのはっきりした返事は受けていないが、現在はぼくらが最初に出逢ったマージナル地区に居を移し、ひとつ屋根の下での生活中だ。

 ルネはラジオと音楽家の掛け持ち、ノマドはフリーでいろいろな職業を楽しんでいるようだ。ふたりは和解したのか、ただの休戦なのかは分からないが、表立ってケンカをすることはない。


 というか、ぼくを巡っての駆け引きすらもしていない気がする。


「今からセンターへショッピングに行くのだけど……」

 すぐ背後でルネの声。


「ぼくはパスだ。どうせ配達してもらうんだし」

 部屋のすみっこでダンベルを眺めるのに忙しいんだ。最近は我が筋肉すらも何も言ってくれない。


「そりゃ、いくらアルツでも人混みの中をベッドを持って帰れはしないけど……」


 背中に感じる視線は消えない。


「きみたちふたりで選んできてくれていい。家具は使えればそれで充分だ」

「ねえ、ノマド。アルツが拗ねてるんだけど」

「放っておきなさいよ。ベッドを担いでなくても、ただでさえ身体が大きくて邪魔くさいんだから。そういうわけで、お昼は勝手に食べてね。作る気力もないんだったら、テーブルにバナナを置いておくから」


 ノマドは自分でゴリラネタをやって笑っている。冷たい。


「……そうそう。ティーンが今、特使のルークたちといっしょに第一基地に来てるわよ。カミヤさんたちもあなたに会いたがっていたし、気分転換に行ってきたら?」


「あ、アルツがティーンに会うのなら、ひとつ忠告しておいていい?」

 ルネが割りこんだ。

「ティーンには世論操作をしたことを教えないでね。あの子は、私たちの音楽や配信が世界平和の役に立ったって信じてるんだから」


 ぼくは「分かってるよ」と生返事を返す。

 ルネのラジオ番組は人間側よりも、マイド側のほうにより強く効いていた。マイドの娘のティーン・ローリングは現在、ほとんどアイドルのような扱いになっているらしい。

 彼女の姉の死亡判定に関しても城門前で反対のデモ活動がおこなわれたのだが、外交で頭をかかえていたキングの代わりに王妃と王女が勝手に門を開けて、デモ隊を政治家たちに引き合わせたらしい。


 だが、誰しもがお祭りさわぎというわけじゃない。

 戦争があったのは事実だ。死んでしまった者は帰らないし、生き残った者同士や遺族には多少の遺恨が残るだろう。

 マイド側は機械体で存在意義からして割り切りもきくだろうが、人間側はそうはいかない。サイボーグ化はやめれても、記憶の詰まったチップを引っぺがすことはできないし、「今の争い」に使われているのも、ことばだけではない。

 時世を読み間違えてフロイデン派を名乗ってしまった連中は、ほかの派閥はもちろん、すべての人間から敵としてみなされ、今やテロリストやA級戦犯扱いだ。

 逃げている者や籠城している者もいるが、彼らの人権はほとんど無視されいる。フロイデンに加担したことが悪だとしても、彼らも同じ“ひと”であるはずなのに……。

 まあ、ヤツ自身が空母とともに海に沈んでしまった以上、仕方のないことだろう。社会には「責任の矛先」が必要なのだ。


 フルスクラッチの人間シャーダ・フロイデンは死亡した。

 これはのちに死体が揚がり、ハイマー博士や森組のマイドたちの確認もある。偽の死体だとか、彼のクローンがいるということもないらしい。


「これで一件落着のハッピーエンドというわけだ。それでもすっきりしないというのなら、筋力トレーニングを処方しよう」


 ひとり寂しくなった部屋でつぶやき、立ち上がって軽いストレッチを始める。

 だが、たった五十キロの鉄のかたまりに手を伸ばす気すら起きない。


 ……インターホンが鳴った。


 同じ気晴らしのおしゃべりなら、無言の筋肉よりも人間相手のほうがいいだろう。ロマだろうか、クスティナだろうか、今日ならフージャオくらい賑やかでも歓迎だ。


 ところが、モニターに映しだされたのは、眼鏡を掛けたひげづらだった。


「チョールヌイ・カラマーゾフ……!」


『お久しぶりです。先に申し上げておきますが、厄介ごとは持って来ておりませんし、ここのアドレスもノマドさんから正式にお教えいただいて知ったものですよ』


 余計な問答はしなくていいらしい。彼のことは忘れていたわけではない。彼がどうなったかは知りたかったし、同時に今、聞きたいこともできた。


 ぼくは彼を招きいれ、茶の仕度をする。


「ふんふん。よい香りがしますねえ」

 ひげづらが鼻を鳴らす。

「まだ茶葉も出してないぞ」

「いえいえ、ふたりぶんの女性の香りがするということです」

「ハラスメントに来ただけなら帰ってもらうが」

「冗談ですよ! 嗅ぎまわるのはわたくしのクセでして」

「悪いが、遠回しに言われても疲れるだけだ。ルネとノマドの両方と同居してるのは公然たる事実だ」

「つれないですねえ」

「両方とも愛してるし、両方に愛されてる」

「ノロケですか……」


 ひげづらは再び鼻を鳴らし、シャンプーの銘柄をみっつ並べた。

 ぼくは好みの違いのせいでやたらめったらと並んだケア用品のボトルたちをイメージした。


「正解だ。再筆家をやめてケア用品の仕事でも始めたのか?」

「鼻が利くというだけですよ。確かに再筆家はやめましたが。今は自作品一本でやるためにアイディアを練ってるところなんです」


 チョールヌイが訪ねてきたのは、「取材と許可取り」が目的だった。

 いつか、ぼくらを題材に小説を書くようなことを言っていたが、それを実現する気になったらしい。


「勝手にやればいい。だが、女性陣の許可はそっちで取ってくれよ」

「レディたちの承認は得てますよ。あなたが最後だったんです。ですが、お蔵入りになりそうですね」

「なぜだ? ぼくは興味がない。どう書かれても、訴訟を起こしたりはしないぞ」


 チョールヌイはため息をついた。


「だからですよ。わたくしはあなたの描写や設定に口出しをされたかったのに」

「そういうのは卒業した。でかい芝居に付きあわされて疲れたんだ」

「あらら、ノマドさんのおっしゃっていたことは本当だったんですねえ……」


 ひげづらは紅茶のカップを傾けながら、上目遣いでこちらを眺めた。


「質問がある。きみはスプライス治療を受けたのちに、不自然な記憶喪失を起こしたりはしていないか?」

「自覚はしていませんねえ」


 含みのある言葉。ノマドの書き換えを回避したか、あるいはこいつもグルか……。

 彼はこちらの思索を読んだようで、「ま、いくつかのポイントではそばで観させていただきましたよ。それがわたくしの願いでしたから」と言って笑った。喰えない男だ。


「きみを神輿に活動してるファッション・マージナルの活動家やオールド・マンはどうなった?」

「意見表明をしようと思ってまして。再筆業をやめても影響力は残りますから」


 チョールヌイは活動家たちへ宛てて「一足飛びに捨てるのはやめて、まずは第二文明時代を目指しましょう」と宣言するらしい。

 最終的なチップの廃絶は目指すが、段階を経てことを進めるとし、機械体の存在は否定せずに、まずは二者が調和していた時代に戻るのを目的とするということだ。


「その次の段階に行くまでに何世紀掛かるか分らないぞ」

「存じてますとも。大切なのは()ることです。生身の人間と機械体であるマイドたちがお互いを見つめあうことで、お互いがみずからを再認識できればよいのです。そうすれば、無闇に捨てることを考えなくても済むでしょう」


 ですが。チョールヌイは続ける。


「意見表明もやめようかと思います」

「なぜだ? 多数派ではないにしろ、きみたちが加わってくれれば、今のいい流れを加速することができるだろう」

「まあ、そうなんですけどねえ……」


 眼鏡の下の瞳が、ちらちらとこちらに向けられる。


「何が気に入らない? ぼくに何をやらせたい?」

「何も。単に“不合格”とだけ申し上げておきましょう。もっとも、幕はもうおりましたし、いまさら、われわれがどうこうできる話ではないのですけどね」


 彼はそう言うと紅茶を飲み干し、「ヒーローものはやめて、少女小説でも書くとしましょうか」と膝を打って立ち上がり、帰っていった。


 影の理解者にも見放されたらしい。

 からっぽになったカップをひとりぼんやりと眺める。


 フロイデンの作った芝居だが、チョールヌイからすれば非難されるべきはヤツよりもぼくなのだろう。ドラマツルギーへの皮肉と英雄の否定。ぼくが観客でも、彼と同じ感想を持っただろうな。


 だが、あれはゲームなんかじゃない。

 ひとびとのいのちが懸かった真剣なものだったはずだ。

 

 それを分かってくれるひとたち……。

 ぼくはノマドが基地のことを言っていたのを思いだし、急に戦友たちに焦がれて立ち上がった。



 ふいに端末からアラートが鳴り響く。



 フロイデンの残党か今や本物の災害となった自律兵器が暴れたかと思い、端末を手にするも、何やら操作が効かない。


 勝手に映し出されたのは、北米都市の中央特区の風景だった。

 どこの都市でもさして変わらないビルの森。見慣れた風景。だが、異物がひとつ。


 ビル群の頭上には、巨大な銀色の球体がぽっかりと浮かんでいた。


 そして、ぼくがその正体と目的を感じ取るよりも早く、端末に別れと感謝のメッセージが届いた。


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