Case47.おりぬカーテン
すべきことは分かっている。
各陣営のキャスト全員で演じてきたシナリオ。
ここが正念場。最後を締めくくるのは英雄とかたき役の決闘だ。
巨大空母モーセの大半が制圧完了となった。
ブリッジまで押さえたが、肝心の黒幕が見当たらない。
艦内を駆けまわっていたクスティナから、「入れない空間がある」との情報を貰う。
空母の中央に位置するデッドスペース。
入り口を探すまでもないだろう。ぼくはその壁のひとつにカロリーを乗せたこぶしを叩きこみ、穴を開けた。
「……ここはどこだ?」
思わず口にしてしまった。艦内には違いないが、ひろびろとした空間は一面の緑色だった。踏んだ感触ですぐに分かったが、人工芝が敷き詰められているようだ。
加えて、天井や壁面はスカイブルーで塗られており、不自然なほどに情緒的な雲が描かれている。
丘があった。にせものの緑の丘陵だ。ふもとには丘を囲うように赤いライトが高い天井へ向かって伸びている。
その淡いレッド・カーテンの向こう、丘の天辺に人影。
『書き割りと遠見かしら? 作られた舞台ってカンジね』
ノマドのささやき。
『見えているのか?』
『視覚はハックしてないわ。プライバシーだから。カメラを忍ばせてるだけ。ここからさきは、わたしのチャンネルをあなたに譲るから、ラスボスとの決闘シーンを演出してちょうだい』
ぼくは立ち止まる。フロイデンは待っている。ヤツはこちらを向いて、鞘入りのサーベルを地について静かにたたずんでいる。
オールドなコンピューターゲームのイベントフラグのように、話し掛けるか、一定の距離まで近づかなければ、決して動かないつもりのだろう。
『思いっきり頼むわね恋人さん。わたしたちが見ていてあげるから』
ルネの演奏も続いている。新曲お披露目は終わり、勇ましい曲を演っているようだ。これをBGMに決戦に挑めということか。
ぼくは一歩踏み出す。芝生に紛れて埋めこまれたライトのガラスの硬さを感じ、赤いフィルターをくぐり最後の舞台へ。
「よくぞここまでたどり着いたな。ヒーロー気取りの青二才よ」
ヤツは不敵に笑う。つけすぎの整髪料で髪を整え、細部まで気をつかったであろう口ひげの周りは入念に脱毛処理までしてある。
こちらのほうこそ笑い飛ばしてやりたくなるが、お望みのセリフを吐いてやる。
「おまえの野望もここまでだ。人類をおまえの好きにはさせないぞ」
「ひとびとは選別されねばならぬのだ。これ以上間違った歴史を繰り返さぬためにも、劣悪なる人種を切り捨て、新たなるステージへと至らなければならぬ」
なんて返してやればいい?
おまえは間違ってる? どれだけのひとが犠牲になった?
……まあいい、乗ってやろう。
「そのために自律兵器を仕掛けたというのか!? おまえこそが戦争を煽り、繰り返しを望んでいる悪だろう!」
バカげている。
おまえが何もしなくても、マイドたちは戦争を仕掛けてきて殺しあっただろうさ。それがなくったって、そのうちに人間同士でも戦争をまたやったさ。いつかは赤い線を越えて、マイドを見つけだして侵略でも始めたかもしれないぞ。
……言ったつもりはなかった。思考に留めたつもりだった。
だが、ぼくの口は滑らかにそのセリフをつむぎだしていた。
完璧にクリエイトされたはずの男が口を半開きにし、硬直した。
「き、貴様はひとを否定するのか? ひとを悪だと? 悪なのは劣等なる……」
先ほどの失言は、あとから人間やマイドをフォローしてやれば、白にも黒にもなるセリフだっただろう。いくらでも繕えたはずだ。フロイデンのこのセリフも、そのとっかかりにしてくれという意味だったろう。
何より、ヤツの震える瞳の奥がそう言っていたし。
だが、もうダメだ。
劇はめちゃめちゃになってしまった。
なぜなら、大根役者のこぶしがすでにヤツの顎にめりこみ、気味のいい音を立てていたのだから。
悪役はふっとび、丘を転げ落ちた。
「悪だの正義だの、どうでもいい! ぼくは怒ってるんだ!」
「貴様、倫理プログラムを……」
フロイデンは慌てて身を起こすと頭を振り、いっしゅん忘我の表情を見せる。
「そ、そうだ! そのいかりこそが人類を愚かなる道より是正する力なのだ!」
気丈に配役に戻る彼は痛みで顔にいっぱいのしわを作り、ゆがんだ顎を押しこんで治した。
「おまえのせいでさんざんな目に遭ったんだぞ! せっかくご近所さんとも仲良くやっていたのに、診療所は更地になったし、記憶まで書き換えられた!」
ぼくは丘をずんずんと踏みしめてくだっていく。
ヤツは口をぱくぱくさせ、二の句を継げないようだったが、とぼけさせはしない。
「知らないはずがないだろう! 幼稚な自作自演に巻きこんで、ぼくの友人や恋人を傷つけやがって! それに、おまえのせいで、アニメがつまらなくなったんだぞ。せっかくの趣味を台無しにしやがって!」
フロイデンは何か言おうと口を開けたと思う。ぼくが二発目を思い切りやったから、何を言おうとしたのか分からないが。
彼は転がったサーベルに手を伸ばしたが、ぼくはそれを蹴飛ばし、ついでに彼も蹴り上げて転がしてやった。「このひとでなしめ!」と叫びながら。
倫理プログラムをすり抜けるのは簡単だった。相手をひとと思わないこと。ケダモノは人間じゃない。だったら殴ってヨシ。
「き、貴様。さっきから分からぬことを。人間の姿をした機械体の貴様は、ひとびとの英雄として……」
「うるさい! 何が英雄だ! 英雄どころか、ぼくは今、最低の二股野郎なんだぞ!」
鼻血づらに指をさしてやる。
頭の中へ「誰かが吹きだす声」がささやかれたが、おまえのせいでもあるんだぞ。
「最近は、ルネとノマドのどちらの愛に応えればいいのか、ずっと悩みっぱなしだった。どちらも好きだ。だが、片方を選べば、もういっぽうが傷つくんだ。傷つけるのが怖い。悲しむ姿を見てしまえば、かえってそっちを深く愛してしまうかもしれない!」
フロイデンがまたも何か言った気がするが、構わず続ける。
「かといって、両方から離れることもできない。ひとりぼっちは寂しいからだ! 寂しいといえば、ふたりが妙に仲良くなってしまって、ぼくが放っておかれることすらある! 冷めた食事を前にして、空席を眺めるぼくの気持ちがおまえに分かるか!?」
「個人的なことだろう!? おまえは、ハイマーの意思を受けて人類を救いに……」
「人類を救えなどしない! 救ってやる気なんて、ハナからない!」
「おまっ……」
「いいから聞け! それで、空席を見ていて思いついたんだ。彼女たちがぼくの恋人の席を取り合っているのなら、イスを増やせばいいんだってな」
『えっ』
ノマドが声をあげた。ルネは演奏中だが、視聴者にはこちらの配信もチェックしてる連中がいるようで、困惑とチクりのコメントが投稿されている。
どうやらルネも横目でコメントのチェックをしていたようで、半笑いになってブレスをしくじった。
「つまりだ。ぼくは両方を選ぶことにした。これがぼくの出した答えだ!」
フロイデンが声を震わせつぶやく。「さ、最低じゃないか……」。
「何基準で最低だ? 確かに現人類は人間もマイドも一夫一妻でやってるさ。だが長い歴史やあまたの文化、ほかの生物を見れば珍しい話じゃない」
「お、女たちが承知せぬぞ」
「両方の機嫌を取ってみせるさ。大事なのはバランスだ。ふたりとも、ぼく無しではいられないようにしてやる! ルネがさっき配信で言っていただろう? 腕は二本しかないって。違う、二本あるんだ。両方と手を繋ぐことは不可能じゃない!」
ぼくは自身の両手を見つめ、笑った。肩が震えて痙攣する。
「き、気が狂ったか? おのれハイマーめ、欠陥品をよこしおって!」
「狂ってなどいない! ぼくはひとだ、ひとに欠陥も何もない! おまえの言う完璧な存在もありはしない!」
ぼくはうっすらと気配を感じるほうを睨んだ。
恐らく、そこにナノマシンのカメラがあるのだろう。
「おい、聞け人類! ぼくはこのバカげた芝居を降りる! 恋人たちと両手を繋いで買い物に出かけて、鍛えた筋肉で荷物持ちをして、帰って手料理を振る舞わなきゃならない。それで味付けに文句を言われたり、喉を詰まらせた恋人の背をさすったりしてやるんだ。だから、おまえたちを救ってやるヒマはない! 戦争がしたければ好きなだけしていろ! さいわい、フロイデンが作った自律兵器もまだ残っているし、青色レーザーに核ミサイル、人造モンスターもたっぷりだ。サイボーグ人間やコスプレナイトにはちょうどいい相手だろう!」
「そ、そうだ。まだこれで終わりではない、最後の仕掛けが……」
「何が仕掛けだ! もう茶番は終わりだ! ついでだから教えておいてやる。フロイデンが人類に失望して優秀な者だけ残そうとしているというのは、ウソだ。おまえたち愚かなふたつの人類に手を取りあわせるために悪役を気取ってただけだ! マイドの建軍も、チップ強化やサイボーグ化の論争も、こいつのシナリオに利用されたのさ。この戦争は観客なんて誰一人もいやしないアングラ劇だ! ぼくらは英雄を押しつけられ、名前付きは悲劇のシナリオを渡されて、脇役は脇役らしく死んだのさ!」
ぼくは正面切って台本を破り終えると、監督兼メインキャストの男から背を向けた。
「き、貴様ぁ……。アルツ・リデル! わしの、私の人生を懸けた計画をふいにしおって! このために何十年の下準備をしたと思ってるのだ? 何人の人間やマイドが犠牲になったと!?」
短く答えてやる。「知るか!」。
「い、今からでも遅くはない。私を殺せ! 正義を叫び、人間愛を唱えて悪をくじくのだ! ノマドよ、見ておるのだろう? 配信を操作しろ。エビングハウス回路と電脳を書き換えてリセットだ! 今のシーンは撮り直しだ!」
ノマドがささやきかける。『どうするの?』。『ノーだ』。
「行くな! まだすべては終わっておらぬのだ! 人類に答えを与えてやらねば! 私の、私の計画はまだ……!」
ぼくは引き返して丘を登る。壁を殴ればどこからでも出られるだろうが、疲れた。
フロイデンが叫ぶ。計画が、計画が、私の計画が!
彼は不意に黙りこむと、けたたましく笑いだした。
「私の計画!? 私のための? ……ははは! 違う、違うぞ! ひとびとのための! ひとのため! ひとのためだったのに! クソ、私もまた、私のために……!」
「ふん、おまえもひとだったってことだろ」
「ひとでなしと言ったのは、おまえじゃないか……」
どさり。ちらと振り返れば、フロイデンは両手足を投げ打って天井を見上げていた。
下方で爆発の気配。それから艦内放送が沈没の危機を告げる。
悪の野望が艦といっしょに沈んでいくフィナーレを予定していたらしい。
残念だが、幕は下りない。この劇にはカーテンコールもアンコールもない。
ぼくはもう演じ飽きたのさ。
「あばよフロイデン。ファンタジーは終わりだ。ぼくは現実に帰らせてもらう」
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