Case45.大舞台
豪州列島中央都市、その南にある自然保護地区タスマニア島が最終決戦の場に選ばれた。
ここはレッド・ラインこそ引かれていないものの、第一文明時代より環境を守る努力がなされてきた島だ。フロイデンが指定したわけじゃない。空母を迎え撃つのに、ひとびとがみずから選んだのだ。
豪州都市軍からは八割、他都市軍からも四割程度の戦力が投入される予定だと聞かされた。
『これだけでも多すぎるのに、まだ来るっていうの?』
ノマドから空撮映像が送られてきた。お菓子にたかるアリのように、艦隊がタスマニアに集結しつつある。すでに島には自律兵器の上陸に備えた隊員たちや、海へ照準を定めた実弾兵器が並び、少数だが有志の魔術師部隊や騎士隊も見える。
『想像力に欠けるどころか、基本的な戦争のセオリーも忘れたのかしら。やってくるのは空母よ? 頭の上をフォーエフの群れが飛べば、こんなの数分で壊滅するわ』
『ぼくやきみを中心とした作戦の連勝で感覚がマヒしているとしか思えない』
『ストレートには勝たせてもらえないわよ。これで勝っても、人類が思い上がるだけなのはわたしにだって分かる。どころか、痛い目を見なきゃダメだとすら思える』
嘆きの通信。見上げて目を凝らすと、額を押さえて頭を振っている姿が見えた。
『……旅に出たくなってきたわ』
嘆声が重ねられる。ノマドが各都市から集めた情報では、このタイミングに合わせて自律兵器はもちろん、マイドの国からも人間へ向けての大規模な攻撃が開始されたという。
『追加オーダーが来なくなるのはありがたいけど、稼げる時間が短くなるわね』
この最終決戦では、都市防衛をしつつ、フロイデンみずからが乗艦する巨大空母“モーセ”を撃沈しなければならない。
航空戦力の注意をタスマニアの部隊に引きつけているあいだに、少数精鋭で艦へ突入し、フロイデンを討つ。
突入はぼくのほか、シュティールの編成した秘密部隊に加え、有志のナイトクラスのマイド兵たちがおこなう。ノマドには豪州列島についてもらい、ぼくらのステルス性の向上と、集まりすぎた戦力の防衛に努めてもらう。
単純に「倒す」だけなら、ノマドが空母に突っこみ、焼き切るなり搭載機をクラックするなりして海底に沈んでもらえば終わりだ。だが、それだけでは人間とマイドの対立は続くために、この舞台を和解のための装置として活用しなければならない。
『平和のためとはいえ、殺人ゲームに加担してるという気がして面白くないな』
『ほとんど強制参加よ。わたしたちがそれを選ぶように仕向けてた』
最終決戦の告知が済んだのち、フロイデンは各地に用意していた自律兵器のプラントやミサイル基地の情報をリークした。それぞれはこれまでどおり破壊や兵器のクラッキングで完全無力化が可能なシロモノだが、ノマドのチート級能力でも間に合わないタイミングでの開示だ。
しかも、タスマニアに戦力を集中させると、人間側はこれらに対しては防衛で手一杯になるようになっている。
要するに、殺しあってる人間とマイドの部隊が共闘してプラントの破壊をおこなわなければ世界を守れないわけだ。
『情報は来てないけど、地下組の本国にも襲撃があるのでしょうね』
『そっちはそっちに任せよう。手は打てるだけ打った。ぼくはヤツの顔を殴るだけだ』
『フロイデンは人間だけど。倫理プログラムの回避方法に気づいたの?』
『まあ、そんなところだ。ヤツ以外の顔は殴らないから安心しろ』
と言うか、ヤツが倫理の外に出ただけだというのが正しいだろうが。
「最近のあなた、ちょっと怖いわね」
ノマドが甲板に降りてきた。
頭を冷やせということか、彼女の冷却ガスが額に掛かって冷たい。
「ずっと怒ってるわ。なんだか……黒幕以外へも怒ってない?」
ぼくは「そうか?」と短く答えた。図星だが、原因のひとりに言われたくない。
今も多くのいのちが散っていっている最中だが、ぼくの頭の天秤には、全人類のいのちではなく、ふたりの女性が乗っかっている。
不真面目? 不謹慎? うるさいな。どうせ預言書通りにことは進むんだから、どうだっていいじゃないか。
「リラックスさせてあげましょうか?」
ノマドが手を繋いでくるが、ぼくはそれを乱暴に振りほどいた。
「ルネがまじめにやっている裏での抜け駆けは感心しないな」
「そのルネに対しても怒ってるように見えるけど?」
何が面白いのか、ノマドは口に手を当て、こちらを見上げてくすくす笑った。
今回の作戦のかなめはルネ・セシュエその人だ。
というか、ふたつの人類の調和のためのシナリオも彼女が書いたものを使う。
「怒ってても放送は必ず聞いてあげてね。いやだと言っても、わたしがあなたの頭に送りつけるけど」
ノマドはそう言うと、勝手にキスをして飛び立っていった。
彼女と入れ違いに、電脳の中に「ラジオスタジオ」の様子が映しだされる。
いつかの“音の部屋から”のように、ルネがマイクの前に座って台本の確認をしている。
これから、地下の国と戦場を含んだ全世界の端末をジャックして、ルネたちによる番組配信と戦場の中継がおこなわれる。
番組は通例通り、ルネの語りと音楽配信、コメントの読み上げとその返信が中心だ。その中で彼女は人類の再融和をうながし、ことばと音楽でひとびとのこころに訴えかける……というわけだ。
これにはロマやティーンも加担しており、彼らのコーナーもあるのだとか。
発信元は森組の暮らすアマゾンの奥地にあるが、ピンク色のマスコットキャラクター、大脳新皮質ちゃんの姿もあった。そんな小道具までわざわざ用意したらしい。
ぼくは鼻で笑う。
こんなお気持ち表明のお涙ちょうだい展開で戦争が止められたら、世界が救えたら世話がない。これは映画やアニメじゃないのだから。
かといって、代案は口にはできなかったし、それはそれでやらせておいたらいいだろう。支度を進めていたときの彼女たちは、本当に楽しそうだったから。
「アルツには秘密」は正解だったろう。
知ればきっとぼくはケチをつけたくなったろうから。
だが、この計画は必ず上手くいく。
人間もマイドもこの手のやり口が大好物だし、フロイデンも恐らく、これを解答とするのを前提で計画を進めている。
誰もがその意思を持っていれば、遅かれ早かれひとつの結末に収束する。あとは切っ掛けだけだ。
全人類の気持ちが昂ったところで、ぼくがヤツをぶちのめして、めでたしめでたし。ってわけだ。
もう一度鼻で笑う。笑ってやる。
「思い通りにいくと思うなよ、おまえたち」
……はるか南で青い光がまたたいた。
隠密艦が航行する数キロ横で大口径の青き熱線とすれ違ったのだ。正面から直撃すれば戦艦がまるまるひとつチリとなる。あれが海を割るモーセの切り札というわけだ。
ノマドから極大レーザーがタスマニアを縦断したことをノイズ交じりに伝えられる。
島に配置された戦力数のカウンターがごっそりと四ケタで減算された。
それらにも家族があり、友人がいて、恋人もあったかもしれない。
だが、ぼくの胸はもう、ちくりとも痛まなくなっていた。
蒼の立ち去った空に、立て続けのソニックウェーブ。無数の黒鳥がぼくの頭上を駆け抜けていく。あれも殺すのだろう。多くのひとを。
『大所帯ね。相手にしきれるかしら。早くそっちを済ませてくれないと、わたしも死んじゃうかも』
冗談や心配を媚びるような声ではなかった。でもぼくは、ただ黙ってはるか南を睨み続ける。
つまらないことだ。ぼくらは作戦の直前に電脳のバックアップを取らされている。仮に死んだとしても、「彼ら」が引き継ぐだろう。
『今、そちらは何時ですか?』
ルネの声だ。
『こちらは……えっと、何時かな。空は見えますか? お日様は? お月様は? 怖くて見上げられないかな? 少しだけお久しぶりです。“音の部屋から”のメインパーソナリティのルネです』
番組配信が始まった。
ロマやティーンの紹介がなされ、さっそくコメントがひとつ拾い上げられる。
そのコメントは、ぼくの気持ちを代弁しているかのようだった。
『そうですよね。こんな配信をしたからって、戦いが止まるわけがない、まして、死んでしまったひとたちが戻ってくるわけじゃない』
読み上げる恋人は酷く悲しげだ。
彼女は自分の大切なひとたちも戦場に出ているということを話した。ロマが家族を残して自分だけ安全なところに避難しているということや、ティーンの姉が強制的に戦闘を続けさせられていることなども話された。
ぼくは焦れ、ただ前を見続けた。
早くフロイデンに会いたかった。あいつを殴れば、何もかもが赦されるような気がしていたから。
記憶を封じられていた期間は仕方がなかっただろう。だが、それ以前ではヤツの存在も、ヤツがハイマー博士と競争して、その一環として軍の上層部に食いこんでいたことも、ぼくは知っていたのだ。
もっと真剣にノマドとディスカッションしていれば、早期にヤツの計画に気づけていたかもしれない。そうすれば、もっとスマートに、犠牲も少なくことは運んだだろう。
博士やフロイデンも、さらにその創造主たちも同罪だろう。
ぼくらもけっきょく、繰り返してしまっている。
この苦難を現実の死といつわりのファンタジーで乗り越えても、きっと人類は繰り返すだろう。そうと分かっていてもぼくが萎え切らないのは、せめて自分が生きているあいだだけでもマシにしたいという思いがあるからだ。
刹那的で自分勝手かもしれない。
でも、ひとはおのれの生以上に気長なことを考えるのは苦手なものだ。
目の前のもの、それ以上に強い力を持つものはない。
それを示すように、番組につくコメントの質も次第に変化してくる。
この状況でもマイペースに楽しむロマに引っぱられ、ルネの台本通りのボケに突っこみが入り、マイド国民ティーンへの質問や、好意的なコメントが寄せられる。
『これでコメントできてる?』や、『人間のみなさん初めまして!』というメッセージが現れた。どういう手を使ったは知らないが、マイドの国からもコメントが届き始めたようだ。
『ノマド、タスマニアの戦況はどうだ?』
『ようやく返事をしてくれたわね。死んだふりをしようかと思ったわ。今のところ、フォーエフはさばき切れてる。あまり死なせないように努力してるけど、残りはレーザー六割、ガス動力八割、羽が半分といったところね』
光の羽毛をまき散らすノマドが黒い機体から発せられる赤レーザーを跳ね返し、カウンターの青で焼き切る様子が脳裏に浮かぶ。メンタルの消耗はまだ遠いらしく、青や赤の反射軌道はどこか幾何学でマジカルに映えていた。
地上からの攻撃も多少は役立っているようで、ときおりクラス・ブルーのラインや科学魔法が空へと伸び、黒い翼に一矢報いている。
『海底からもカニやイルカが遊びに来てるけど、海上部隊もそれなりに上手くやってるみたい。最悪、クラックでどうにかできるから、こっちの心配は無用よ』
『こちらもモーセが目視できる距離まで来た』
『いよいよサビの部分というわけね。盛り上げていきましょう』
ラジオ配信のほうもメインコーナーへと突入したようだ。
ルネが席を立ち、音楽スタジオのほうに映像が切り替わっている。
奏者はルネだけじゃない。
ロマがマラカスやらタンバリンやらを乗せた台の前にスタンバイしており、ピンクの脳味噌は頭にオールドなラジカセを乗せ、すでに踊っていた。
それから、マネキン顔の少女がグランドピアノの前に座っている。いつもの軍服代わりの魔女姿ではなく、涼しげな青のワンピースドレスに身を包み、ルネが髪を結ってやっている。ブロンドの髪には鮮やかなレッドのリボン。人工的な節を持つその手は少し震えて、こすりあわされていた。
『まずは演奏コーナーのお約束で、私の愛用するコルネットの定番曲。“繰り返されるオールド・カルチャー”をお送りします』
ルネが金のラッパに口をつけ、演奏を始めた。
相変わらず上手だ。ぼくの中で猛る黒い炎も、ほんのわずか宥められる気がする。
『ちょっと待って、こんなの聞いてないわ』
ノマドが何か言った。通信に混じる感情は、酷く乱れた数値をつけていた。
『戦況に変化が? フロイデンが何かやったか?』
ぼくが訊ねるも『そうじゃない!』と乱暴に返される。
さらにノイズ。それは戦場からではなかった。
――金属の何かが落ちる。――咳きこむ音。――心配するロマとティーンの声。
ルネのオールドの演奏は、ちょうどサビの部分で中断されていた。
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