Case43.ひととひとのはざまで
友人クスティナ・アヤドが帰ってきた。
彼は、基地が襲撃されたさいに、ティーンの姉である敵方のソーサラーを爆発魔法の巻き添えからかばい、両脚を失った。
その後、当時中将で科学技術研究所の責任者を務めていたハンス・シュティールに目を付けられ、サイバネティクス手術の実験台に選ばれた。
そのさい、裏切りを危惧したシュティールは思想を調べるために脳科学科の“記憶の部屋”に彼を送りこみ、ぼくに調査をさせたのだ。
「てっきり、裏切者として処刑されたと思ったのだが」
「その点は指摘だけで警告も何もなかったよ。シュティール総司令官は、肉体の機械化を推進しているが、特にマイドに対して強い敵意を持っているわけじゃない。それどころか、彼らの技術が自分の方針に役立つと考えているくらいだ」
「だが、マイド側はエビングハウス回路すら手放してもらいたがっている。シュティールの狙いはどおりにはいかないぞ」
警告するとクスティナは、「場合によってはヤツの頭を蹴飛ばすさ」と笑った。
彼の義足はひとの領域を大きく超えており、磁力の操作により金属を磁化させ、それを利用して宙に浮いたり壁を走ったりも可能だという。
ぼくが思わず「羨ましい」と口にしたら「相変わらずだな」と笑われた。
それから、武器の破壊による停戦活動を褒めてもらった。
濃い霧の中を進むようだった活動に、ようやく光を見つけた思いだ。
「きみはしっかりときみの正義の道を歩んでいたんだな」
夕焼けの甲板。友が不敵にこぶしを突きだす。
ぼくの正義、か……。少しだけ戸惑いを覚えたが、友のこぶしに応じた。
ぼくらには共通の疑問が残された。
本人に聞くのが手っ取り早いだろう。
マイドの国の志願兵ティーン・ローリング。
彼女は第一基地で捕虜として暮らしていたのち、襲撃にさいして本国に連れ戻されていた。
「僕はきみの姉さんを救いきれなかったのか?」
クスティナは謝罪をした。ティーンは慌て、大仰に身振り手振りを交えて「あなたのせいじゃない」と否定し、事情を話した。
彼女の姉はクスティナと同様、ボディの大半を欠損する重傷を負った。さいわい、それで死に至ることはなかったものの、マイドの国にはマイドの国の法律があった。
「人間ならば死に至る程度の損傷を受けた場合、頭脳回路の維持に支障がなくとも死亡として扱い機能停止させる、またはその審議をおこなう」
ぼくはそれを言い当てた。マイドが人類として迎え入れられたさいに、みずから制定した古い法律だ。
「機械体のメリットを捨てているのか。矛盾している」
サイボーグの男が、にがにがしく言う。
「それで姉さんは死亡判定を受けたんだね」
ティーンはうなずく。だが、彼女の姉は正式な軍人であるうえに、非常時ということもあり、戦争が終結するまではボディの修復を受けて戦線に復帰することになったという。
「お姉ちゃん、もう人間とは戦いたくないって言ってた。クスティナお兄ちゃんに助けられて、私が基地でよくしてもらった話も教えちゃったから」
そして、再び戦場送り出され、何度もマイドや人間が死ぬさまを見せられた。彼女は帰ってくるたびに一歩、また一歩と狂気へと歩を進めている。死を約束されたままで……。
「こうなったのも、全部あいつのせいだって思って……」
ティーンは法を破って自国を抜けだし、単身でレッド・ラインを踏み越えた。そして、氷の魔女とマイドたちに恐れられたエンテへの復讐の機会をうかがっていた。
「誰かが助けてくれたの。私に便利な“魔法”と青い光線銃をくれて、この戦艦に乗ればいいって。なんだか、やれって言われてるみたいで気に入らなかったけど、それに飛びついちゃって……」
フロイデンの差し金だろう。
ティーンは再度ぼくに謝ったが、その声には心が籠っていないように感じられた。
思わずため息が出てしまう。事情を説明しないわけにはいかない。だが、彼女にはつらい話になるだろう。
ふたりにこちらの経緯と計画のすべてを打ち明けると、友人はフルスクラッチでクリエイトされた博士とフロイデンを激しく非難した。ぼくも乗っかり、創造主への愚痴をこぼす。
ティーンはというと、ノマドが姉の隊にてかげんをして死を回避させていたことや、自分のおこなったことがほとんど八つ当たりだったことだということを知り、酷くうろたえた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
泣きじゃくる機械の少女。
だが、ぼくは赦すことも責めることもできなかった。
彼女の姉は生き地獄に落とされたいっぽうで、ぼくは片腕を失い機能停止に陥ったくせに蘇生され、頭だけとなったノマドもラボへ帰れば、博士の支度した予備によってすぐに元通りだ。
……何も言えやしない。
目の前にいるマイドの娘が、酷く恐ろしいもののように思えた。
人間という存在に近づき再融和を目指すにしては、ぼくとノマドは罪で汚れすぎているといえるだろう。
「その様子だと、きみの浮気相手は修理される予定らしいな」
代わりにクスティナが言った。同じ責められるのなら友人の手に掛かったほうがマシだが、彼だって新たな両脚を得ている。
泣いていた娘は顔をあげ、何かを言いかけたが口を閉じ、白とも黒ともつかない表情になった。
「ふたりとも、難しく考えなくていい。間違っているのはつまらない法律だ。生きるチャンスにしがみつくのは悪ではない。提示されたものを選ぶことができるのは意思ある僕らの権利であり、義務だ。僕はこの肉体になったことを恥じていない」
友人はぼくの腕と少女の肩を力強く叩いた。
少女は「だったら私、ノマドさんに謝りたい」とぽつり。
「ありがとう。言い出せなかった。きみのおかげで気が楽になった」
ぼくは礼を言ったのだが、クスティナは首を振った。
「そこじゃない。友人の不運にはいち男子として同情するが、個人的に二股は感心しないと言っているんだ」
冗談なのか本気なのか、彼は笑う。それから、ぼくの腕をもう一度叩くと、マイドの少女の額の髪をかきあげ、くちづけた。
「平和になったら迎えに行くから」
こうしてサイボーグの色男は任務へと戻り、マイドの娘はこちらの預かりとなった。
そして現在、研究所のリビングルーム。
ノマドの生首を見て気絶してソファに寝かされたルネを見守りながら修理を待つ。
ティーンは静かに両手を握り合わせ、ずっと祈り続けている。
マイドの国には教会や聖書があり日曜日には誰もが教会へ礼拝に訪れるという。
ぼくはハイマー博士が修理に失敗する心配などしてない。それよりもノマドに聞きたいことが山ほどあって、そちらでそわそわしている。
ロマも多少の心配を見せたものの、どちらかというと地下組の住民の話を聞きたくて退屈を殺して頑張っている様子だ。
ちなみにルネは、ノマドの名を呼んで、がばりと身を起こすと、さめざめと泣きはじめてしまった。説明をして落ち着かせると彼女は恥入り、別の心配をしはじめた。
「私の一発目はビンタだったのよね」
ノマドが撃たれた当時は、ぼくらはさまざまな感情に翻弄されており、ある意味で正気ではなかった。だが、冷静になった今、ノマドが自身を殺そうとした相手に対してどういうリアクションを取るのか想像がつかない。
まして、ノマドからすれば姉を見逃してやった貸しがあるうえに、基地にいたぼくのようにある程度の友好を築いていたわけでもないのだし……。
彼女が涼しい顔をして研究所からいつもの姿で現れたときのリビングの緊張といったら、戦場さながらだった。
ぼくは彼女を止めるために筋肉に待機を命じ、ロマは「ビンタかな? パンチかな?」と好奇心を隠さず、ルネはもう諦めていた。
そして、マイドの娘は勇気を振り絞り、逃げることなくすぐにノマドと対峙し、おのれの罪を懺悔した。
「かなわないなあ……」
そうつぶやいたのはルネだ。ぼくも彼女に同意する。
なぜなら、謝罪を受けたアンドロイドの女は、いっさい何も言わずに相手を抱きしめてやったのだから。
「あら、驚くことはないわ。これはあなたたちから教わったことよ」
当人はすまし顔だ。
彼女は少女を腕に抱き、静かに、踊るように身体を揺らし続けていた。
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