Case42.浮かれ
ちょうど、操り人形の糸が切れるのに似ていた。
左胸の下部あたりから右肩までが焼き切れ、上下に分かれた彼女が床に崩れ落ちる。切断面に露出した機械部分が床にぶつかった音だけがいやにはっきりと聞こえ、彼女のお気に入りだったドレスが焦げるにおいが鼻を衝く。
そして、少し笑ったくちびるはそのままに、黒い瞳からは色が立ち去った。
「あはははは! やった! やったわ! お姉ちゃんの仇を討ってやった!」
けたたましい少女の笑い声。
クラス・ブルーの襲った方角を見るも、廊下の先に壁があるだけだ。
『迂闊だった……』
ノマドからのささやき。少しの胸部を残して首から上だけになった彼女の声ははっきりと聞こえた。
『生きていたか。よかった』
ぼくは彼女の残骸をかばいつつ抱きあげ、敵の居どころを探る。
『“光学迷彩”で入り口に立ってる。撃ったのはティーンって子?』
声だけの少女はいまだに哄笑を続けている。
『多分そうだが……。接近に気づけなかったのか?』
『浮かれてたのよ。あのときと同じね』
『あのとき?』
『フロイデンに診療所を襲われたときのことよ。あの頃のわたしたちって、恋人ごっこに忙しかったから』
フロイデンがぼくらに気づいたことを示す情報はビエールイの海馬に貼りついたチップの中にあったはずだ。浮かれていたのは、ぼくも同じだった。
『ごっこ遊びで終わりにしたくない……』
そう言った彼女のささやき声は小さく、よわよわしくなっていた。
『死ぬな! きみを失うのは御免だ!』
『迫真ね。動力部はまるごと持っていかれたけど、電脳は内臓バッテリーが働いてるから、節約すれば一週間は持つ。けど、これじゃ銀の海とやりあうのは無理ね』
彼女はくすくす笑いをくっつけたささやきをよこした。
『驚かせるな』
『記憶が戻ったのだから、わたしがこの程度で死なないことも理解してるでしょ?』
『それはそうだが……』
その機械的な理解よりもさきに「人間」が前に来てしまっていたのは否定できない。正直、死んでないことが分かって鼻の奥が、つんとなった。
『ちなみに、ここに来る前に電脳のバックアップも取ってあるわよ』
……。
『それは本当にきみと言えるのか?』
『きっと違うわね。さっきのシーンも捨てがたいから、わたしを死なせないでね』
ふいにビープ音が鳴り、部屋の入り口がゆがみ、肩からライフルを提げた魔女姿のマイドが浮かび上がった。彼女は笑うのをやめ、膝から崩れ落ちた。
同時に、室内のランプが赤い警告灯に切り替わり、施設の自爆を知らせる無機質なアナウンスが鳴りひびく。
――自爆開始まであと二時間。職員は速やかに脱出してください。
『テンプレートなアナウンスね』
『……時間に余裕があるようだが?』
途中からノマドの「演出」に乗せられてたんじゃないのか? ぼくはため息をつく。 だが、『船が逃げるにはこのくらいは必要でしょ……』と、ため息返しをされた。
それから、彼女は何やら楽しげに、背後を見るようにささやいた。
レーザーの開けた穴の向こうにミサイルの頭があり、そのとなりの空間のさらに奥の壁までが貫かれている。
『もう少しズレてたら爆発してたんじゃ……』
『しないわよ。臨界させないとただの核廃棄物』
『だったら破壊すれば終わりじゃないか』
そう言うと、ノマドから『バカ!』と、わざわざ怒鳴りの通信が送られた。
この施設の地下に眠る自律式のナノマシンの群れは消滅させなければならない。万が一流出したら、海中に漂う砂や自律兵器を取りこんで増殖を始める可能性がある。それこそ、銀の海になってしまう。つまり核爆発はクリアに必須なのよ。だ、そうだ。
『ぼくをからかってないか? 捨てて帰ってバックアップの妹と暮らすことにするぞ』
土下座をするノマドの映像が送られてくる。……と見せかけてそれは「お辞儀」で、正座に戻ってお茶を立てはじめた。わざわざキモノ姿だし。
浮かれすぎだ。もう突っこまないぞ。
それよりも、「こっちの妹」が気がかりだ。
「ティーン、なぜこんなことをしたんだ」
問いかけると座りこんだマイドの少女は、びくんと肩を弾ませた。
「仇」と言っていたが、彼女の姉はノマドに同士討ちをさせられたものの、その場では生きのびていたし、基地を襲撃したさいの巻き添えでもクスティナが命懸けでかばっていたはずだ。
「ごめんなさい。そのひと、アルツさんの恋人だったんだよね」
『あら、覗かれてたのね』
……。
「とりあえず、ここから脱出するぞ」
ぼくはノマドの残骸を小脇にかかえ、魔法使いへと手を伸ばした。
ティーンが手を差しだした。しかし、「来ないで!」。
彼女の手には「魔法少女アニメっぽいステッキ」が握られていた。ナイトクラスのソーサラーが持たされている最後の魔法――自爆――を発動するキー。
「もう、何もかもおしまいなんだよ! 人間とは戦争になっちゃうし! お姉ちゃんは死ぬことになったし! お兄ちゃんも死んじゃったし! 黒い飛行機がみんなを殺すし!」
嗚咽混じりにわめき散らす少女。マネキン顔の作る表情はリアル。
その人工的な節のある指は、今にもスイッチを押しそうだ。
ノマドいわく、あのステッキは単純な化学反応による爆発を起こすもので、威力もこの部屋を吹き飛ばす程度らしいが……。
「ヤケになるな。戦争は止められる。クスティナだって、生きてるかもしれない!」
「ウソだ! アルツさん、頑張ってるけど全然止めれてないじゃない! それに私が、そのひとを殺しちゃった!」
止められなくて悪かったな。まったく、なんて面倒な子なんだ。
だが、一から説明している暇はない。
「もう、何もかも滅茶苦茶! 夢なら醒めて!」
叫びとともにスイッチを押さんとした腕が捻り上げられ、ステッキがもぎ取られる。
誰だ?
それをおこなった人物の姿を見て、ぼくは驚きと喜びで思考が停止した。
「クスティナ、生きてたのか!?」
ティーンの自爆を防いだのは、叛逆の疑惑を掛けられたはずの友人だった。彼は確かに二本の脚で立っており、有無を言わさず魔法少女を抱きあげた。
「遅れてすまない。隊員は全員乗艦済みだ」
彼はそれだけ言うとぼくに笑いかけ、脚から「シーク音」をさせたのちに跳躍し、天井の穴へと消えた。
……驚いた。だが、「彼の目」は死んでいなかった。ならば、細かいことはどうでもいい。
『ねえ、見た? アレ』
『機械仕掛けの義足だったな。シュティールにサイボーグ化の実験台にされたか』
『そっちじゃないわ。ティーンの顔よ』
『見てなかったが、どうかしたのか?』
聞えよがしの大音量のため息を受信する。
『あの子、まだ夢を見続けてるのね』
どういうことか訊ねるも、はぐらかされてしまう。ノマドはひとりで納得してしまった。
それから、『ほら、あっちの王子様に負けちゃうわよ』と脱出を促される。行こうとしたらしたで、落とした懐中時計の回収を頼まれた。
まったく。ぼくは振り回されっぱなしだ。
だが、今日だけは許しておいてやろう。
フロイデンの用意したステージはクリアされた。ぼくらは艦上から巨大な水柱へと変わる島を見送り、作戦の成功と友人との再会を喜び合う。
戻ってきたのは友人だけじゃない。ぼくの記憶もだ。
ノマドにはいろいろと言いたいことや聞きたいことがある。
彼女は『直したあと、ふたりきりでね』と言ってスリープモードに入ってしまった。
バッテリー的に会話くらいはできたはずだが、まあいい。
ほんの少しだけノッてきた気がする。
フロイデンの用意したシナリオも捨てたものじゃないかもしれない。
事態が好転した勢いで、このままヤツの野望を打ち砕こう。
そして、人間とマイドが再びともに暮らせる平和な世の実現を!
……別に、恋人がふたりいるという問題から目を逸らしているわけじゃないぞ。
ちなみにその片割れは、首だけになって帰ってきたライバルを見て気絶をした。
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