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Case41.Moment

「わはははは! よくぞここまでたどり着いた!」


 ミサイルの制御ルームでぼくらを待ち受けていたのは、ぼくやゴリラよりも肥大化した巨体を有した怪人だった。その造形は左右非対称、顔面や腕部がいびつに膨張しており、正しいトレーニングや神の奇跡たる自然の美を微塵も感じさせないものだ。


「てめえ、ひょっとしてアドラーか!?」

 カミヤ少佐が驚愕の声をあげた。


そう、その男は我らが第一部隊基地の嫌われ者アドラー元基地長官だった!


「上官を呼び捨てにするとはいい度胸だな少佐! 筋肉ダルマに女どももそろっているようだな。おお、我が部下たちよ。どつもこいつもフロイデン閣下の叛逆者になってしまったようで、私は悲しいぞ!」


 彼の声が響く。今からでも遅くない!


「フロイデン閣下に忠誠を誓うのだ。さすれば、私のように最高の肉体と永遠の命を与えていただけるだろう!」


 元上官は目玉をぎょろぎょろさせ、口からとめどなく泡を吐きながら言った。

 肥大化した筋肉や浮き出た血管は一部がはちきれており、流血している。

 当時の長官は、出っ張った腹と脂ぎった額をしていたくせに手鏡とヘアブラシ、それから過剰な香水を欠かさなかったのだが、今や見る影もない。

 この手のお約束として、「身体が肥大化しても股間部だけは露出をしない」というものがあるが、彼もボロボロになった軍の制服のズボンが頑張っているようだ。


「哀れだなアドラー。てめえはクズだったが、ある意味では人間らしい人間だった。元部下として俺が引導を渡してやる!」


 少佐が電磁カッターを構えた。格闘娘も「ホアチャー!」。盛り上がってきたようだ。


 ……何やら、ぼくの肩をつつく者がいる。


「すまん、アルツ。私には覚えがないのだが、あいつは誰だ?」

「誰って、基地長官だが……」


 ひそひそ声で訊ねたのはプフィルだ。彼女は後頭部に手を当て、なんとか思い出そうとしている。プフィルは着任時に隊員たちの前で、部隊を失った失態をこねくり回されつつ、ボディタッチをされるという屈辱をアドラーより受けていた。

 不快感消去プログラムが人物の存在まで消すのはやりすぎだと思うが、これに関してはいい仕事をしてるといえるだろう。どうせ、彼はこの場で斬り伏せられてしまうだろうし。


 ところが、怪人アドラーはタフだった。

 背後に核ミサイルが控えているため、火器やレーザー兵器は使用不可。

 ぼくも相手が人間であるため、倫理プログラムに攻撃の不認可を出された。


 戦いは次第に劣勢となった。


「ぐわあっ!」


 腫れ上がったアドラーの手に腕をつかまれ持ち上げられるカミヤ少佐。

 彼は床に叩きつけられ、腕をあらぬ方向へ曲げるも、立ち上がった。


「無様だな少佐。貴様が私のいないあいだに基地でデカい顔をしていたことは知っておるのだ。部下どもを煽動し、私の悪口を言っていたようだな。貴様は苦しめてから殺してやろう」


 少佐を握りつぶさんと腕が伸びる。

 女子隊員たちがカットに入るが、振り払われ、容易く壁へ叩きつけられてしまった。


 ぼくは飛びだし、敵の前に立ちふさがる。

 昏倒狙いの攻撃や死なない程度の四肢の破壊を電脳内で提案するも、倫理プログラムに却下されてしまう。


 腹立たしい。身内のいのちや世界が懸かっているのに、悪玉ひとつのいのちも天秤に乗せられないとは。

 そんなものは人情でもなければ、倫理ですらないと思う。


「ははは。貴様はアンドロイドだったそうだな?」


 巨大なこぶしがぼくを叩く。ガードはできるものの想定よりも力が入らず、電脳に害のある震動を感知する。連打だ。一発一発に爆弾クラスの威力を感じる。


 ぼくは背後で少佐が救助される気配を感じつつ、枷となるプログラムへと抗議を続ける。……人間への攻撃、却下。


『ノマド、倫理プログラムのすり抜け方法はないのか?』

『あるけれど教えられないわ。あなたにはひと殺しになって欲しくない』

『このままだと、結果的に多くのひとを殺してしまう。一時的で構わない。こいつ限定で構わない』


 返事はサイレント。


「フロイデン閣下の邪魔をする愚か者が作った人形ども! ひとの心を知り、融和を図る? 人間も所詮は獣だ。鎖に繋がれて初めて“ひと”と成れるのだ!」


 怪物はぼくへの攻撃をやめると「ほおら、鎖で繋いでおらぬから、逃げてしまったではないか」と笑った。隊長たちは室外に退避したようだ。


『ほかの隊員にも脱出を伝えたわ。どのみちここから先は、わたしの仕事だから』


 背後から青い光とチャージ音。ノマドなら調節して敵を倒すことも可能だろう。「最後の仕掛け」のために体力を温存して貰っていたが、やむを得ないか。


「エンテよ。閣下に贈られたあの赤いドレスはどうした?」

「似合わないから捨てたわ」

「私も似合わぬと思っていたのだ。おまえに一番似合っていたのは確か……」


 アドラーは血ぶくれた顔を傾けると一寸考え、口の端が切れるほどに笑った。



「閣下のベッドに鎖で繋がれていた姿だったかな?」



 瞬間、青い光が消えた。

 振り返ると、ノマドはうつむき、腕を下ろしていた。


「おまえは人間に似せて作られているだけあって……」


 アドラーは「続き」を話していたようだったが、ぼくは憶えていない。

 というか、ヤツはろくに話してはいられなかっただろう。


 これ(・・)は、ぼくの電脳が勝手に推理して導きだしたに過ぎない。


「そういうことをされていたのか?」


 殺し終えて振り返ると、彼女はわずかにくちびるを開いてこちらを見ていた。

 しかし、ふいに我に返ると質問には答えず、血の池を踏みこえ制御パネルへと向かった。


「こんなところまでお約束。アドラーが死んだらオートで作動するようになってたのね。自爆するわよ、ここ」

「フロイデンたちに何かされたのか? 身内として放っておけないんだ。答えてくれ」


「前の肉体でされたことよ」

 ノマドはわざわざパネルのインタフェースを使って手動で操作を続けている。

 片手間に懐中時計を忙しなく確かめ、こちらは見ない。


「だが、こころは同一だ」

 ぼくは彼女の腕をつかみ仕事を妨害する。

 目が合う。見つめ合う。彼女はなぜか、少し笑ったようだった。


「装置は電子と原始だけじゃないわ。例のアレも使われてる。ここのさらに下に“銀色の海”があるみたい」


「話を聞け」


「残念だけど、わたしの演算スピードでも力づくじゃ制御できない。意思を持ってるだけあって、初見じゃパターンをつかむのにかなり時間が掛かるわ」


 手動ではなく無線になったようだが、彼女は仕事をやめない。時計の針がこちこちと音を刻む。


「発射は止められたけど、自爆は別口だから遅らせるのが精いっぱい」

「だったらすぐに逃げるぞ」

「ダメよ。距離を離せば通信効率が落ちる。余裕は十分程度ってところね」


「いい加減にしろ!」


 ぼくは彼女の両肩をつかんで揺さぶった。

 懐中時計が落ち、床で弾んで音を響かせる。


「きみは何も話さない。頭の中で勝手に決めてしまう。人間を知り、人間に近づくために生みだされたというのに、酷いことをされても平気なふりをする!」


 こんなことを話している場合じゃない。そんなのは分かっていた。

 だけど止められなかった。


「ぼくは知っているんだぞ。本当はきみとは兄妹ではなく、もっと親密な関係が設定がされていたことを。ロマの話を信じるなら、じっさいにそれに沿って行動していたはずだ。それなのに、きみはぼくの記憶を操作してルネと……」


 ぼくのくちびるに細い人差し指が押しつけられる。



「だったら、四十五秒間だけあの子のことを忘れて」



 指がどけられたのち、代わりにくちびるをくちびるが塞いだ。



 それから、ささやき声。



『あいつらのことを、あなたで上書きして』



 ぼくの腕が応じ、彼女の身体を包みこむ。



 ……温かい。



 そう思った瞬間、無数の「時」が記憶のくさはらを駿馬のごとく駆けめぐったのを感じた。


 博士に送り出されて、ふたりで初めてレッド・ラインの内側に降り立った日のこと。

 フィーリングで活動場所を決め、じっくりと田舎町に慣れ親しんでいった日々。

 食事のことや、クライエントの治療法について意見をぶつけあったりもした。


 それから、最初の記憶操作。ぼくとの設定を変更し、やり直しを図ったこと。

 ジッピーな少年とあいさつをし、コルネットの少女にヴィランを演じ、ひげづらの再筆家と出逢い……。


 ビエールイの海馬体が、ごぼりと泡を吹く光景が浮かんだ。


「記憶、返してくれたんだな」

「ロックを解除したのはわたしじゃないわ。あなたよ」


 ノマドは満面の笑みを見せた。

 閉じたまつ毛の隙間から星がこぼれる。


 それから言った。返してくれたのはあなたのほうなの。


「どういうことだ?」

「解除のキーは、“あなたがわたしにファンタジーを返してくれること”。ロマンチックだったわよ、今の」


 彼女はそう言うと、部屋の真ん中まで歩くと右腕をあげて、レーザーで天井をぶち抜いた。


「さあ、さっさと帰って宣戦布告をしなくっちゃ」


 ……。


 ぼくとノマドは恋人同士だった。はっきりと思い出した。

 だが、両方の記憶がある以上、ぼくとしてはルネを忘れてノマドに乗り換えるという気はない。四十五秒と言ったし。だが、別れた記憶もない……。

 つまるところ、ぼくは両者に挟まれて、今まで以上に頭を悩ますということになるのか……。


「帰らないの? 浮気者さん」


 恋人の片割れが何か言っている。


「ほらほら早く。わたしをウサギの穴から連れ出して。お姫様抱っこがいいわ」


 頭が痛い。


 ぼくはこころの中でルネに謝ると、わがままなお姫様を抱えあげんと一歩を踏み出した。



 それから、青き光がまたたいて、流星のごとく現れた熱線が彼女の胸部のあたりを横に一閃した。


* * * * *

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