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Case04.不機嫌

 列車に乗り、出先でのプランを話し合いながら、ぼくは先ほど出逢った少女について考えていた。


 彼女はファッションセンスを笑ったのち、もう一度の謝罪をして慌ただしく退場していった。キャリーバッグを持っていたということは旅行だろうか、それとも引っ越してきたのだろうか。


 彼女はぼくの足を攻撃したバッグのほかにも、もういっぽうの手に黒いハードケースを持っていた。あの手のケースには楽器が入っていることが多い。音楽家なのだろうか。


 静かなマージナル地区を住まいにする者は、何も病気療養者ばかりじゃない。

 人工の緑の多い景色は、センスにもよい働きかけをすると聞く。

 芸術家が住まいをマージナルに移すのはよくあることなのだ。


 直感、センス。曖昧なものだ。

 ぼくは感覚的な性能には優れているつもりだが、そういった領域は、いまだに理解しきれない人間の概念のひとつとして課題になっている。


 さんざんな邂逅だったものの、彼女に対してなんとなく好意的な印象を受けた。

 こういうのもそのたぐいか?

 同じく理解しきっていない概念に「恋愛」というものがあるが、よもやあれが「ひとめぼれ」なんてものではないのか……?


『何を考えてるの?』

 ノマドからのささやきだ。


『さっきの少女について考えていた』

 ぼくはそれに加え、先ほどのセンスについての考察を送信した。


 人間の場合は女性のほうがその手の能力が高いと聞く。

 女性型のノマドはどう考えるだろうか。


 と、思ってのことだったのだが。


『ナンセンスだわ』


 ばっさりと切り捨てられてしまった。


 彼女いわく、センスや直感は、蓄積された体験データに無意識下でアクセスをおこない、計算過程や言語化を省略して出力する現象に過ぎないんだとか。


『削除された不快データへの誤アクセスで受けるストレスやPTSDに類似した現象よ』

『なんだか、とげのある言い草だな』

『じゃ、疑似相関とでも言っておくわ』

『理屈は分かるが、ロマンがないな』

『そのロマンも同じようなものでしょう』

『疑似相関なら交絡因子がどこかに潜んでいるはずだ』

『逆説的に証明できたら聞いてあげるわ』


 しばらく黙っていると、『不満?』と聞かれた。


『不満だ。さっきの少女に“ときめいた”気がしたんだが』


『…………』

 ブランクデータが送信されてきた。


「アルツ、黙りこんでるけどどうしたの?」

 ロマに訊ねられる。

 通信や思考に気を取られていて、会話がお留守になっていた。

 いっぽうでノマドはロマとの会話もこなしている。


「このひと、さっきの女の子について考えてたのよ」

 ノマドは「ジト目」でこちらを見た。

 我が妹は負の感情方面ばかりの学習スピードが速い気がする。


「やっぱりか。アルツの好きそうな子だったもんね」

「好きそうな? どうしてだ?」

「だって、あの三つ編みのお姉ちゃん、“ギガジャスティム”のネルネに似てるじゃん」


 電脳に衝撃が走った……気がした。


 視聴を楽しみにしているロボアニメ“熱血シリーズ”には必ずヒロインが登場する。

 現行シリーズの“熱血鳥獣ギガジャスティム”のヒロインであるネルネと、あの少女の髪型は同じだ。

 各シリーズのヒロインには類似点も多く、ぼくはどの子にも好感を持っている。


『どうやら、ただ単にアニメキャラに似ていただけだったようだ』

『言ったでしょう? だたの演算結果に過ぎないのよ。ひとめぼれなんてないわ』

 ノマドは鼻で笑った。



 ぼくは面白くない。理屈で丸めこまれても納得がいかない。 

 今回のケースが該当しなかったとしても、スピリチュアルな感覚そのものが否定されるわけじゃないと思う。

 もちろん、それに関して理解はしていないし、上手く説明もできないのだが……。

 ぼくはセンターのショッピングモールに着いても、なんとか妹を論破できないかと腕を組んで唸りに唸った。


 ところが、理解不能で不機嫌だったのは、ぼくだけじゃなかった。


「今日はロマの誕生祝いの名目で来てるんだぞ」

 ドレス、ブーツ、アクセサリー、ランジェリー……。

 ぼくの腕の中は女性ものの衣装の入った箱でいっぱいになり、視界の確保が厳しくなっている。


「おれ、ちゃんと謝ったんだけどなー」

 ロマはなぜかニヤついて、ぼくとノマドを見比べている。


「ロマは悪くないわ」

「だよね。アルツが悪い。ノマド姉ちゃん、ゲーセン行こ。ストレスの発散にはいいよ」

「乗ったわ。あと、観たい映画もあるのだけど」

「いいね。おれは付きあうよ」


 どういうことだろうか。

 我が妹はずっと不機嫌。主役の座を奪われたはずの少年は楽しげだ。


 ノマドは普段、ショッピングに出かけても必要なものしか購入しない。

 目的のものの売り場へ一直線に向かい、すぐに会計を済ませる。

 映画やゲームセンターも未経験ではないが、あくまで人間理解の材料としてだったし、ネットワークのアクセスやクラックができる彼女は「不要だ」と切って捨てていた。


 問いただそうと通信で訊ねるも、スルーされてしまった。


 けっきょく、ぼくは荷物持ちで、ロマ少年が不機嫌女をエスコート。

 彼女のチョイスしたコンテンツはどれもが「依頼人の記憶」よりも劣るシロモノだ。

 映画は「ゾンビもの」で、ゾンビの存在や病原体の管理からして非常識で、ノマドの論理的思考パターンが好みそうにないものだった。

 それなのに、仮想の敵を射殺したり、クレーンゲームで景品を根こそぎ取ったり、ホラーとしては三流なビックリ演出に肩を弾ませたりする彼女は、「楽しそう」に見えた。


「いったい、今日の彼女はどうしたっていうんだ?」

 文化的フードショップ「ラーメン屋」のテーブル席でつれあいの少年に訊ねる。

 ちなみにノマドは化粧室だ。

 彼女も化粧をするし、ぼくらは常温核融合炉で稼働するものの、人間を模した生理機能も有している。


「分かんないの? 焼きもちをやいてるんだよ」

「は? 焼きもち?」

「アルツがあの女のひとに好意的だったからね」


 少年は肩をすくめ鼻から息を吐いた。


「ナンセンスってやつだぞ。ぼくらは兄妹だ」

 反論するも、ロマはお冷を口にして「水うめー」とだけ言った。


 まったく、これだから子どもは。

 まあ、社会的なデータをインストールされれば理解するだろう。


 とはいえ、膨大なデータにさらされる前の子どもの意見は貴重だ。

 スピリチュアルな問題となればなおさら。



 だからぼくは、ノマドに『焼きもちをやいているのか?』と通信を送った。



『ぶっ殺すわよ』

 故障だろうか。不穏な言葉が聞こえた気がする。


『そのリアクションはマンガで見たことがあるぞ。やはり焼きもちか。ぼくらは兄妹という設定のもとでやっているだろう? 生産されたラボも開発者も同じだし、ロールアウト順としてもその通りだ。人間社会の倫理に照らし合わせて、焼きもちは不適切だと思う』


『不適切はあなたのほうよ』

『なぜだ?』


『ルネ・セシュエ。出生地は中央ヨーロッパ都市スイス地区。五五三八年生まれの十七歳。モラトリアム期の範疇、つまりは未成年。同じ屋根の下に暮らす兄が小児性愛者だったら、不機嫌にもなるわ』


『個人情報を調べたのか。不適切なのはきみのほうだろう』


『不適切とも言いきれない』

 ノマドのささやきの口調が変わった。

『心療内科の受診経歴があるの。それから、彼女の端末にはスプライサーについて検索したログもあった』


 スプライサーの情報は意図的にネット上に流している。

 そうでなければ依頼人は来ないし、不確かな噂に頼ってまで改善を求める者のほうが有意なデータが獲得できる可能性が高いからだ。


『ぼくらを訪ねるために越して来たって言いたいのか? 時期的に就職のためかもしれないぞ。それにスプライサーの情報はアングラではなく都市伝説的だ。彼女くらいの年齢の子が興味を持って触れても不思議じゃない』


 あくまでウソっぽい噂として流布している。そのほうが警察や政府、軍に疑われないで済むからだ。


『そうね。彼女は塗装工として就職する予定になっているわ』

『ほらみろ』


 というか、それの何が問題だというのだろうか。


『でも彼女、音楽で実績を残してるのよね。スキーマ・ネットワークにも表彰履歴と顔写真が残ってるし、スクールバンドの世界大会でも、彼女の所属するチームは入賞してるわ』


 そこまでできて塗装工は少し悲しい気もするな。

 塗装工をバカにするわけじゃないが、彼女の塗るのが好みの色であればいいと願う。


『……珍しくないさ。現実を見たというだけのことだろう』

『今、何を考えてたの? 送信に間があったけど』

『別に』

『心療内科や精神科は経過観察を紙の上にしか残さないのが厄介だわ』

『本当に彼女が来ると思ってるのか? 確率的には捨て置ける話だろう?』


 今度はノマドのほうが通信に間を開けた。


 それから、

 『あなた流に言えば女のカン。きっと彼女は、クライエントになる』とささやいた。


* * * * *


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