Case39.禁止カード
どうやらフロイデンの親衛隊は、ぼくへの燃料としてだけでなく、メッセンジャーとしての役割も持っていたようだ。
「私は復帰後、フロイデンの直属の部隊に配置され、なんの疑問も持たずに戦っていた。世界を平和にするためだ」
しかし、プフィルはフロイデンから私的な話を聞かされるうちに、彼の人類に対する憎悪と悪意に気づいた。そして、個人的に調査を開始し、ヤツが禁止された遺伝子技術の研究をしていることをつかんだ。
「あの子たちは何も知らないんだ。フロイデンを父親や神のように思っている。魔物のような父親に生み出され、ひととしての幸せを知らずに同族殺しを……」
もちろん、すべてはフロイデンの筋書き通りだった。彼女はそうとも知らずにフロイデンに従う演技を続け、アンドロイド・アルツの抹殺命令を受け、ぼくへ希望を託した。
「きみがやられっぱなしになっていたときは不安でしょうがなかった」
「ゴリラさんはマゾヒストになったのかと思ったネ」
フージャオが何か言った。ふいに、リビングから廊下へと続くスライドドアの陰から吹き出す声が聞こえた。
笑ったのはノマドだ。彼女は「メカニックの洗礼」を受けて怯えてあっちに逃げていってしまっている。加害者はハイマー博士と研究室に引っこんでいったが、いまだにあのざまだ。
「ランプ女史から連絡を受けていたのなら、教えてくれればよかったのに。あの子たちも傷つけずに無事に保護できた。感謝する」
プフィルはにこにこしながらぼくの手を握った。
あいにくだが、打つ手がなくて放って帰ろうかと考えていた。
「みんなのことをもてあそんで。絶対に許せない!」
気炎をあげるのはルネだ。研究所はすっかり女子だらけになってしまった。
親衛隊の少女たちは監禁というかたちになっているが、ロマが食事を運んだりおしゃべりをして対応してくれているので平気だろう。
「私も、むざむざと従わさせられていたわけではない。フロイデンの野望を食い止めるに足る情報をつかんだんだ」
プフィルは、どさりと紙の資料をテーブルに置いた。
「これは、自律兵器のプラントの見取り図と座標だ」
恐らくは「つかまされた」ものだろうが……。
ノマドがおそるおそる(リビングには研究室へのドアがある)こちらにやってくると、資料をめくり、数秒フリーズしたのちに「本物ね」と言った。
「戦時下で実際にプラントとして使われていた施設の座標と一致してる。戦後の自然保護区指定の拡大に伴って、立ち入り禁止区域になった立地ね。レッド・ラインよりは内側だけど、こそこそ何かをやるにはもってこいよ」
「そこにフロイデンがいるのか?」
ぼくが疑問をのべると、ノマドは長い睫毛をぱちくりさせた。
「そんなわけないでしょう。あいつなら最終決戦は大々的にやるはずでしょ?」
「まあ、そうか。じゃあ、さっさと破壊してくればいいんだな?」
ぼくは立ち上がった。
プフィルも「私も行く」と席を立とうとしたが、ぼくは手で制する。
「あなただけじゃダメじゃない? プラントを破壊したことをみんなに広めないと。なるべくなら、人間とマイドの共闘のもとでやるべきだわ」
「中ボス相手にそれは面倒だ」
「面倒って。あなたらしくない」
ノマドに首をかしげられる。
「アルツはアニメやSFを卒業したんだって」
「言ってたわね。本気だとは思わなかった。趣味も無しに生きて楽しい?」
ルネとノマドは心配顔だ。
「大丈夫だ。筋トレは続けている」
「ゴリラなのは相変わらずネ」
フージャオが茶化し、ゴリラの物まねをした。とたんに我が妹は吹き出し、背を丸めて肩を引くつかせた。どうやらツボったらしい。
ゴリラ娘は調子に乗ってドラミングを披露したのち、ぼくが第一基地のトレーニングルームのチンニングスタンドにぶら下がったまま数時間も読書をしていたことや、プロテインはバナナ味が好みだということを暴露した。
ノマドはお腹をかかえ涙をこぼして笑った。
プフィルが「いい加減にやめないか」と注意していったんは静かになったが、ノマドはぼくの顔をじっと見ると、もう一度吹き出した。
「まったく、不真面目な奴らだ。ともかく、アルツが面倒だというのなら、私が声をかけてみよう。カミヤ少佐の隊は引っぱれると思うし、マイド側と繋がりのある将官も調べをつけている。きみたちがフロイデンの野望をくじき、人間とマイドが再び手を取りあえる世界にしたいというのなら、私はこの身はもちろん、こころやたましいも捧げる覚悟がある!」
まじめ中佐は身を乗り出し、熱っぽい視線でぼくを見上げている。
いつの間にやら手まで取られて。
彼女は何も知らない。これはあらかじめ勝敗の決められたフィクシング・ゲームだ。
『いつの間にかモテるようになったのね』
ノマドの声だ。だが、彼女は資料に目を通しており、話している様子はない。
『余計なこと、言っちゃダメよ』
頭の中に直接ささやきかけられるような感覚。
ぼくは意識を集中し、返答をこころみた。
『余計って何がだ?』
『やっと返事をしてくれたわね。まあ、わたしが禁止してたのだけど』
『これが通信機能なんだな』
『わたしたちだけの秘密のささやきあいよ』
『そうか。それで、何を言うなって?』
『……きみは疑問に思わないのか? とかそのあたりかしら? この資料のことや、フロイデンの緩みに緩んだ監視体制のこととかね』
『言わなくてもいずれ気づくだろう。まじめな彼女なら全部打ち明けたうえで出来レースに協力して貰ったほうがいい』
『そうかしら? プフィルさん、あなたと同じタイプに思えるけど』
『同じならいいだろう』
『今のじゃなくて、前のあなたとよ』
……あなたは、ヒーローやお約束の展開が大好きだったのに。
『ひとは成長するものだ。きみが言わないほうがいいというのなら控えておくが』
『そう……。わたし、あの頃のあなた、とても好きだったのだけど』
……。
『そう言うのなら、記憶を返してくれ』
『やっぱりキライよ』
脳裏にしかめつらをして舌を出すノマドの顔が浮かんだ。
なんだか夢を見せられてるようだが、便利な機能だ。
「アルツ? 聞いてるか? 殴られすぎて故障したんじゃないだろうな?」
プフィルが不安げにぼくを揺さぶる。
はたと我に返り、通信相手のほうを見るも、資料を見続けている。
代わりにルネがこちらを睨んでいた。「なーんか怪しい」。
「ご、誤解なんだ!」
言ったのはぼくじゃない。プフィルだ。
彼女は「これは友人や同志としての信頼であり、きみの恋人を横取りしようなどという意図はない。そもそも、まじめ一貫で通してきた私にはそういう経験もなく……」と、まくしたてた。誰もそこまで疑っちゃいないと思うが……。
だが、言いわけを聞く最中にルネが盗み見たのはプフィルではなく、ノマドだ。
ルネは必死な繕いを聞き終えると、「ま、いいけど」とちょっと笑ってみせた。
そこからまたフージャオが「ジニーいじり」を始めてしまい、打ち合わせが進まなくなってしまった。
なし崩し的に会話は雑談にシフトし、ロマが友達のマイドが作ったというお菓子とお茶を持って現れ、完全にお茶会にすり替わってしまった。
話が進展したのは全員が打ち解けたころで、それはふたりの科学者がもたらした。
「ランプくんの頭脳は僕に匹敵するね。熱意で負けてるから、いつか追い抜かれてしまうかもしれない」
「いやいや、博士の発想と知識量には勝てないよ。チップの増設手術でもしたいくらいさ」
こちらもすっかり意気投合したようだ。
ところが、博士はいつになく……というか、初めて見る深い懸念の表情となった。
「困ったことになったんだ。どうやら、フロイデンは禁止カードを切っているんだよ」
「禁止カード? 核爆弾とか?」
ロマが首をかしげる。
「いや、人間側には知られてない技術だ。親衛隊が着ていた銀のスーツが問題さ」
ハイマー博士いわく、あのスーツは形状変化や自己増殖をおこなうことのできる特殊なナノマシン製だ。
高性能ナノマシンは、ぼくやノマドの「血液」の素材のひとつでもある。
「そこまでは僕も解禁してたんだけど……」
博士は透明なカプセルに封じられた水銀のような液体をテーブルに置いた。
「意思を持ってると言ったらいいのかな。通常は特定のプログラムを実行させるだけなんだけど、これの場合は学習や自己判断の機能をそなえているんだ。ひとつひとつは大したものじゃないが、群体となることで連携して高度な演算をすることができる」
博士はカプセルをノマドへと差し出した。高速処理の女はそれに少しだけ触れると「厄介ね」と眉をひそめる。
「フロイデンの演出は段階を追って派手になっていくと考えられるわ。もしも、このどろどろの人工知能がたっぷりとあったら、わたしでもクラックしきれないかも。最悪、思想を持った存在になって、人類の皆殺しでも始めるかもね」
映画じゃないんだからと誰かが言ったが、場には明らかな不安が広まった。
「たっぷりってどれくらいだ?」
「一〇〇万立方メートル程度ね。スポーツのスタジアムいっぱいくらい」
ノマドの回答に周囲から安堵の声があがる。
だが、博士たちは表情を崩していない。
ぼくもこれはマズいことになったと直感した。
「……自己増殖って言ってましたよね?」
「その通り。こいつは自己の存在に危機を感じると、仲間を増やす性質を持っている。条件さえそろえば、別の無機物を同族に作り替えてしまえるんだ。例を挙げると、マイドのボディや自律兵器、日用家電はもちろん、非効率ながらコンクリートも対象だ。アルツとノマドも内部に入られるとマズい」
「どろどろに溶かされちゃうネー?」
「絵面的にはそんな感じだね。まさかあいつがこれを持ち出してくるなんて」
博士はお手上げというふうに肩をすくめた。
「なんでそんな危ない物を作ったアルか?」
「事故だったんだよ。これはもともと、マイドが人間をまねて風邪を引くために開発されたウイルスでね。ばかばかしいから取りやめになったことになってるけど、事実としては“進化”してしまったから封印した、といったところだ」
「そんなもの、捨ててしまえばよかったのに」
プフィルが歯噛みする。
「博士に教えてもらったけど、大戦前の技術はもちろん、第一、第二文明で発明された技術は、全部保管されてるんだ。ひとってのは、捨てられない性分なのさ」
ランプも珍しく感傷的な表情を見せている。
「これの制御に失敗すれば、この星が銀色になってもなんの不思議もないよ」
「予定変更ね。少数精鋭で行きましょう。これが出てくるとマズいわ」
ノマドは立ち上がり、「食い止められるのは、わたしだけね」。
それから、ルネを見下ろして「帰ってきたら、編み物も教えてくれない?」と続けた。
「そういうセリフ、言うものじゃないわ」
これもお約束。
その言葉は白布に落とされた血のようにぼくの胸に広がり、黒い染みへと変わっていった。
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