Case38.戯れ
今の声はプフィル中佐だ。このタイミングに知り合いを敵としてぼくに送りこんでくるあたり、フロイデンの親衛隊というのは自称ではないだろう。
要するに、これもヤツの演出だ。
個人的見解では中佐はフロイデンに肩入れするたちじゃない。おおかた、操られているとか、ノマドのときのように何かを人質に取られているというところだろうな。
「さっさとふんじばってやるか」
ひとをオモチャにしている。怒りを通り越して呆れてしまう。
まあ、たまには普段と違う女性陣と絡むのも悪くはないだろう。
親衛隊の五人は、わざわざ徒手格闘や電磁カッターなどの手段を用いて攻撃してきた。このあたりにも「台本」を感じてイヤになる。
ぼくはカッターを弾き、こぶしをいなし、押しのけ、数人がかりで羽交い絞めにされて、殴られ、蹴られ、ビンタをされ、すっかり取り押さえられてしまった。
「……!?」
ぼこぼこだ。相手が強いんじゃない。確かに練度は高い。一名はオールドのカンフー映画顔負けの格闘スキル持ちだ。「アチョー」とか言ってるから誰だか分かる。
だが、鍛えこんだ人工筋肉と常温核融合炉を持ったぼくが手も足も出ない。
防御や回避にまつわる行動が可能でも、「人間への危害」を主体としたアクションを取ろうとすると、思考が停止してしまうようだ。
自分もマイドで、そういう「倫理」があるのだと、ようやく実感する。
武器を取りあげても暴れるし、取り押さえるにしても腕の数の都合でふたりが限度。さて、どうしたことやら……。
「無能なアンドロイドめ。貴様は閣下の理想郷に相応しくない存在のようだな」
プフィル中佐のセリフは棒読みだ。
彼女はバイザー越しに目配せをしてきている。おおかた「助けてくれ」と言ってるのだろうが、あいにく打つ手がない。自分を人間だと思いこんでいた時期なら、話は別だったのだろうが。
「隊長、このようなデク人形に手間取っているヒマはありません。閣下のために早く無能どもの掃討作戦に移らなければ」
ほかの隊員が進言する。洗脳だろうか、こちらからは本気のオーラをひしひしと感じる。ぼくを拘束してるうちのひとりが、脇腹をつんつんとつついてくるのだが、たぶんそいつはフージャオだ。
フロイデンはぼくを怒らせたいのだろう。正義の炎を燃やした人間とマイドの中間的存在が悪をくじく構図。だが、残念ながら腹は立つものの、たましいが燃える気配はない。面倒なのはごめんだという気持ちが先だってしまう。
「ぼくはきみたち人間へ手出しをできないんだ。大義名分があれば倫理プログラムをすり抜けられるという話だから、洗脳されてる者は挙手して欲しい」
女子たちはくちぐちに「洗脳などされていない」とか「こころから閣下を尊敬している」とか声を荒げ、ぼくに暴行を加えた。痛いは痛いが破壊には程遠い。
プフィルは「どうしよう」という困惑が、表情だけでなく態度にまで現れている。
フージャオは笑い含みで「ゴリラさん役立たずネー」なんて言いつつも暴行に加わった。
「推測するに、中佐は洗脳された彼女たちを人質に取られているとか、そういうところなんだろう? 事情をはっきりと話してくれないと、ぼくとしても……」
カッターが風切りの音を立てた。
だが、それを向けられていたのは、ぼくではない。
「やはり、天然の遺伝子者には隊長は務まらなかったようだな」
女子隊員のひとりがプフィルへ向かってやいばを構えている。
「閣下が心配なさっていたんだ。ヴァージニア・プフィルは情にほだされやすいと」
仲間割れだ。連中はぼくを解放して距離を取り、プフィルに相対する。
フージャオもカンフーっぽい構えをしているが、誰もいないほうを向いている。タイトなスーツごしに大腿四頭筋の見事な造形が見える。今もしっかり鍛えているようで感心だ。
「なんとか言ったらどうだ。アンドロイドの破壊は容易だと言ったのは貴様だぞ!」
味方に責められるプフィルは黙りこくっている。
そして、わななき、肩をいからせると地面を踏んで、ぼくに向かって怒鳴りだした。
「彼女たちはフロイデンからの遺伝子移植を受けて育てられた人間だ! このスーツには仕掛けが施してあって、私が裏切ると彼女たちを含めて全員死ぬようになってるんだ!」
それから「アルツ・リデル! 失望したぞ!」と平手打ちをかましてきた。
どうやらほかの者はスーツについて知らなかったらしく、天を仰いでフロイデンに対して慈悲を求めたり、泣きだしたりした。たぶん仕掛けられてはいるだろうが、あっさり信じすぎだ。
ぼくはため息をつく。
フロイデンはヴィランとして詰めが甘い。各サイドの反応も甘く見ていたようだし、ぼくがこの手のノリから卒業したことにも気づいていない。
攻撃の仕方も半端だ。人類を駆逐するというのなら、自律兵器にちまちまやらせずに、大量破壊兵器でも持ってきたほうがいい。制空権を握っているにも関わらず、フォーエフに散発的な攻撃しかさせていないことに、誰も疑問を持たないのだろうか。
あと、正義のこころに火を点けたいのなら、この親衛隊とやらを一人くらいは見せしめに殺したり、凌辱してみせたりしたほうがいい。
遊びでやってるんじゃないんだ。
「悪」へじゃなく、単純に「フロイデン個人」に腹が立つ。
「聞いてるのか!? 私はきみのことを信頼して! きみなら助けてくれると思って!」
プフィルが何か言っている。オーダーメイドの少女たちは「ヘルメットが外れない!」と錯乱気味になっている。フージャオは「アイヤー! 首チョンパネー!」。
いかんともしがたい状況だが、どうやら助け舟が来たようだ。
「騒ぐ必要はなさそうだぞ」
先ほどの輸送機が着陸してきたのだが、そのパイロットも知人だった。
こちらとしてはラッキーだが、彼女ならシナリオの邪魔をしかねない。それも誤算だったのかもしれないな。
「そのとーり! スーツの起爆プログラムは解除済みだよ!」
降りてきたのは作業ツナギと紫に染めたポニーテール。天才メカニックのヘレナ・ランプ女史だ。彼女は赤くて丸いボタンがひとつだけついたコントローラーらしき物体を握っている。
「ぽちっとな」
お約束のセリフとともに赤丸が押しこまれると、周囲から悲鳴があがった。親衛隊たちの着ていた銀色のスーツが、急に液状になって溶け落ちたのだ。
プフィルも腕で豊満な身体を隠して座りこみ、今押されたのが自爆スイッチだったかのように顔を爆発寸前にしている。
親衛隊は全裸になった。こういった特定性別を食い物にする展開は好ましくない……が、それは三文芝居の台本書きよりも、こっちの性別メカニックに苦情を言うべきだろうな。
「あんた冷静だったね。どこから気づいてた?」
「輸送機が下りてくるまで気づかなかった。手も足も出ないで困ってた」
「マジで? まあ、いいや」
まあ、いいやときたか。ランプも少々、ひとの気持ちに無頓着なところがある。
「そんなことより。あたしはあんたに会いたかったんだよ」
ぴとりと身体を寄せてくる若きメカニック。オイル臭に混じって甘酸っぱいにおい。
「ちょっとだけ頼むよ。ルネには内緒でさ……」
ランプの指が鍛え上げたボディを滑る。熱っぽい視線。心なしか呼吸も荒い。
彼女がぼくに恋情を? フロイデンが何か仕掛けた? まさか。
「あんたのこと、解体させてくれない?」
だろうな。
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