Case37.ガールズ
ダン・カミヤ少佐と和解し、フロイデンの企みと一連の事情を伝えたものの、事態は悪い方向へと動いた。
ぼくらにとってはもちろんのことだが、フロイデンにとっても予想外のことだろう。
宣戦布告の直後、各都市へ自律兵器による大規模な攻撃がおこなわれた。そのさい、人間の軍隊はもちろん、戦場にいたマイドも兵器の破壊に手を貸した。
しかし、それ以降は共闘はおろか、一時停戦すら実現しなかったのだ。
こちらの観測では地下組の本国もフォーエフによるレーザー攻撃の被害をこうむっているはずなのに、だ。
超音速、大地をえぐる高出力光線、監視システムをパスするステルス。そんな危険な兵器を目の当たりにしながらも、彼らは本丸であるフロイデンとの戦いよりも、自分たちの手による人間是正を優先し続けた。
「隊長がいうには、現場レベルでは独断で協力し合うこともあるらしいが……」
どうやら地下組も意見が割れ始めているらしい。
いっぽうで人間側にもフロイデンの支持を明言する者が現れた。
これにより、人間同士の戦闘も勃発している。
「まったく、人間は愚かだな」
「なんかそれ、フロイデンになっちゃってない?」
ルネが苦笑する。彼女はラボのリビングのソファに腰かけて針と糸を弄んでいる。
「マイドもマイドだわ。コンフリクトに囚われて、ずるずると被害を拡大させてる。コンコルド効果ってやつね。準備には何十年も費やしてきたみたいだから、気持ちは分からないでもないけど」
ノマドもテーブルを挟んでルネの対面に座り、鏡映しにお裁縫中だ。
彼女は糸を切って結ぶと、「いつもはこうやってるのだけど、端が汚くって」と、ぺたんこの製作物――ズボンをはいたゆで卵?――をルネに手渡した。
「ぬいぐるみを作りたかったら、裏返す前提で縫いあわせないとダメね」
「なるほど。検索も縛って人間並みの処理能力でやってるから、気づけなかったわ」
「そのあたりは解禁したらよくない? デザインのほうは一筋縄じゃいかないわよ」
「この“なるほど”がクセになるのよ」
「分かる。エンジョイしてるなら言うことは無いわね」
隊長とコンタクトを取って帰ってくると、ふたりはなぜか打ち解けた様子になっていた。なかなか迎えをよこしてもらえなくて、大西洋を泳いで帰ろうかと本気で考えていたあいだに、何があったのだろう?
訊いても「女の子同士の秘密」とシャットアウトされてしまうのだ。
「いやあ、第三文明人の科学力もなかなか捨てたものじゃないね」
ドアがスライドして、ハイマー博士が入ってきた。
彼は戦場で拾った黒いサイバースーツを着こんで、小脇にヘルメットをかかえている。
「是非とも設計者に会ってみたいねえ」
「ランプさん、元気にしてるかな……」
ルネの表情が沈む。
宣戦布告後、天才メカニックは消息不明となっていた。
部隊の再編もあったらしく、ほかの親しかった連中の大半も同様だ。
「でも、この機能だけよく分かんないんだよね。戦場では五感をフルに使わなきゃいけないだろうにさ」
博士がヘルメットのパネルを操作すると、メットの中から音楽が流れ始めた。ゲームのバトルミュージックを想像させる勇ましい曲調だ。
「その音楽!」
ルネが声を上げた。
「私が仕事で作曲したものだわ。フロイデンの演説のBGMにも使われてたのよね」
不服そうだ。
博士がパネルを操作すると、曲がつぎつぎと切り替わる。
「どれも“音の部屋”で作ったものだわ」
「“音の部屋”、脳科学科の音響部門か。……そういうことか!」
ふいに博士が、ばちんと手を打った。驚いたノマドが針で指を刺した。
「第一文明時代に研究されてたものの中に、音波で人間の脳を操るというものがあってね。おそらく、これは戦意高揚や集中力上昇、逃走の防止などに役立てられてるんだ。ふたりの脳髄は電脳だったし、ナマの脳の研究はあまり深堀りはしなかったけど、ノマドの催眠波と似た仕組みに違いない。フロイデンの演説やプロモーションにもサブリミナル映像が差しこまれてたし、きっとこの音楽も人間たちを戦争に駆り立てるために……」
ぼくは「博士!」とさえぎっていたが、彼は止まらなかった。
当の作曲者はすっかり色を失っている。
「ルネ、きみは利用されてただけで……」
慰めようとするも、ルネの隣にはすでにノマドが座っていた。しかも、肩を抱いて引き寄せ、「つらいわね」なんて言葉を掛けている。ルネはルネで、ノマドの胸に身を預けているし……。
ヘンな関係なんじゃないだろうな。そのうちぼくはお払い箱に……。
い、いやそんなわけないだろう。
「ありがとう、ノマド。でも平気よ。ショックだったぶん、チップが忘れさせてくれるだろうから」
「それでも今日一日はつらいでしょう? 何も考えないで、指先に集中して」
ノマドの白い指がルネの指に絡みついた。指先が滑り、ルネの指の腹を優しくつまむと、羽で撫でるようにこねくりかえす。
「ひとの手って神経が密集してて情報を多く受け取るから、誰かと触れ合うだけでも気がまぎれるわ」
「アルツともよくこうしてた。指って、本当はこうやって使うものなのかも」
……ホントにヘンな関係じゃないだろうな?
二メートル程度先にいるふたりが、なんだか地球の裏に行ってしまったように感じる。博士の止まらない科学うんちくだけが虚しくぼくの耳を通りすぎた。
ひとつの悩みが消えて別のことで悩むようになってしまったが、戦場ではもんもんとやっている余裕がなくなりつつあった。
自律兵器は見かけたら破壊。マイド兵や人間は説得するのだが、以前のように武器を破壊する手が使いづらくなった。
マイドは本国が攻撃を受けてか、人間の領域への遠征が減少しつつあったし、人間側は内輪もめで装備の供給が怪しくなりつつある。
直前に解禁されていたクラス・ブルーのレーザーライフルは貴重品だ。フォーエフに対して決定打となりうる唯一の武装で、敵機の進行方向に「レーザーを置く」だけで撃墜が可能だ。もっとも、これができるほどの腕前と度胸を持った隊員はそう多くないようだ。カミヤ少佐のいる部隊だけが高い撃墜率を誇っている。
フロイデンはあれ以来、情報発信をおこなっていない。
声明を出したりしているのはフロイデン派を自称する連中ばかりだ。
ヤツの行動を待っていられないし、ハイマー博士とノマドに頼んで居場所をサーチしてもらっているが、今のところ突き止められていない。
それでも草の根的に停戦と平和の活動は続行。
本日は成果があがった。
北米の戦場に介入したさい、北米部隊の隊長がマイドのナイト級の部隊との共演を果たしたのだ。
敵は地雷原や難所地形の突破に特化した自律兵器「アナコンダ」の群れ。AIに改良を施されたそれは変幻自在な移動軌道を持っており、咬合から咽頭部に仕込まれた高出力レッド・レーザーをゼロ距離で放出し、瞬間的に対象の破壊を達成する凶悪なものだった。
敵の殲滅後、双方に被害が出ていたが、お互いの負傷者を救出する場面が発生した。その後は誰も武器を向けずに撤退。百点とは言えないが、一歩前進だ。
うちの女子たちのように一足飛びに仲良くなってくれないかと思いつつも、同じく共闘していたぼくは両者の背中を気持ちよく見送った。
「ん? なんだあれは……」
空に機影。フォーエフではない。創作物でお目にかかったことがあるカーゴタイプの航空機だ。
ずんぐりした輸送機はぼくの頭上で五つの丸い影を吐き出した。
ふわふわと降りてくるのはパラシュートだった。
落下傘が切り離され、くっついていた人影たちがぼくを取り囲むように着地する。
シルバーのスーツに同色のヘルメット。色違いか新型か、見覚えのない装備だ。肌に密着するスーツは、人間を大別する特定の属性のラインを描いていた。
「女子部隊か」
いやな予感がする。アンドロイドが「予感」なんていうのもなんだが、彼女たちからは明らかな緊張と殺気を感じた。
「我らはシャーダ・フロイデン閣下親衛隊“処女のやいば”! 劣等人種の肩を持つ機械人形よ、正義の裁きを受けるがいい!」
「また、わけの分からないのがでてきたな。それに、聞き覚えのある声」
ぼくは啖呵を切ったシルバーづくめの女子隊員を見てため息をついた。
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