Case03.感情とセンス
休日、ぼくらはロマの要望に応えるためにチューブ・トレインの駅へとやってきた。
人口密度の高い地域での活動は、人間学習に有効だ。
とりわけ、この元気印の少年があいだに入れば良質な経験値を得られるに違いない。
それに何より、ぼくは「これ」が目当てだった。
ぼくとロマはホームに入ってきた列車の風を受けて歓声をあげた。
亜音速列車の流線形のボディは、いつみてもカッコイイ。
ところが、ノマドは「ほとんど真空チューブ内を走るのだから、外見なんて無意味よ」なんて言ってのけた。
「流体力学を考慮してるならともかく、出っ張った鼻は無駄よ。色もちかちかしてるし」
列車に採用されているカラーは赤、青、黄色のトリコロールカラーだ。
「きみにはファン心理というものが理解できないようだな」
「あなたの好むアニメのような? 巨大兵器が人間や動物の姿を模している合理的な理由も浮かばないのよね」
「カッコイイからだ。カッコイイとやる気が出る」
「それで負けたりしたら、カッコワルイじゃないの?」
ご理解いただけないようだ。悲しい。
ノマドのAIには感情的に未熟な部分が目立つのだ。
彼女は理屈でなければ納得しないことも多いが、ぼくはよく議論に負ける。
「おい、ロマ。あいつになんとか言ってやってくれ」
「ノマド姉ちゃんはもう少し話を合わせたほうがいいよ。話を合わせらんないと、おれたち子どものあいだでだって浮いちゃうよ?」
「そういうものなの?」
彼女が髪をかたむける。
同時に、『ひとはどうして個人を尊重なんて言いながら、その反対を行くのかしらね?』と通信で問いかけきた。
個体と集団のジレンマだ。ぼくは答えない。五千年どころか、きっと何万年も前から、抱え続けたままの問題だろうから。
「あと、ひとの趣味を無闇に否定しないこと。そういう性格は、センター暮らし向きだとは思うけどね」
「ふうん?」
ノマドは首をかしげっぱなしだ。
「センター暮らし向き」は遠回しに「つまらない奴」という意味になるのだが、分からなかったらしい。
「アルツも、もうちょっとおとなっぽい趣味を持ったほうがいいとは思うけどね」
「バカな。それもぼくが編んだものだ」
ぼくは反論とともにノマドの外套――幾何学模様のポンチョ――を指差した。
彼女の本日のコーディネイトは第一文明時代の中南米ルックだ。
「マジで!? アルツって、アニメ見ながら筋トレする以外に趣味があったんだ!」
「料理だってしてるだろう。あれも家事だが、趣味のひとつだ」
「昨日の夕食は失敗だったけどね」
ノマドが口を挟む。
レモンを多めに入れたことで不評を買ったのだ。
こちらとしては、すっぱいもの好きの彼女のための親切のつもりだったのだが、「わたしはパターン化されてるほうが安心するの」なんて怒られてしまった。
「ノマド姉ちゃんも趣味の一つや二つは持ったほうがいいと思うよ。美人だし、おしゃれなんだから、服や装飾品を作るってのはどう?」
生意気な少年の助言。
ノマドは返事をせず、表情をかげらせてしまった。衣装に関する会話にはナイーブだ。彼女はパブリックな場に出るときにどういった格好をすればいいか分からないという。
今朝も悩んでいたが、流行りの民族衣装のテンプレートから、ぼくが贈った外套に合わせたチョイスをしていた。
「ねえ、おれなんか地雷踏んだ?」
ロマが肘でつつく。おとななのやら子どもなのやら。
ぼくは小声で、彼女が趣味に関して悩んでいることを伝えておいた。
いっぽうで彼女へのフォローはしないでおく。
マイナスの感情体験だって、ぼくらにとっては貴重な学習材料だ。
いつも手助けをするわけにはいかない。
それに、衣装選びのときに「ぼくのセンス」を否定したことへの仕返しでもある。
ノマドはため息とともに懐中時計を取り出し、それを見つめた。
懐古趣味的なそれは世間でも流行している。
頭をネットワークと接続できるノマドがそれを持つのは、彼女自身の口癖の「ナンセンス」にほかならないのだが……。
微妙な空気を弄んでいると、反対側のホームに列車が到着した。
遠方の地区からノンストップでここまで来るイエローカラーの特急列車だ。
開いたドアがひとびとを吐き出し、ホームで待つひとを吸いあげる。
それぞれに挿話があるのだろうな。スーツ姿、流行の民族衣装、学生服……。
などと観察していたら、女の子が遅れて飛びだしてきて、ぼくに衝突した。
「うわっと! ごめんなさい! 居眠りしちゃってて!」
歳のころはモラトリアムから成人あたり。
瞳はくっきりしたブラウンで、切りそろえられた前髪もブラウン。
ぼくはマッチョ型なので、しっかりと彼女を受け止めてやった。
視線がクロスし、しばし見つめ合う。
だが、どこかで見たラブコメのようにはならない。
ぼくがアンドロイドだから?
いいや、感情はある。我がセンスに訊いても悪くない少女だと思う。
ときめかない理由がある。
それは、彼女の足が見事に両方ともぼくの足の上に乗っかっているから。
「謝罪はいいから、足をどけてもらえないか」
抗議をするともう一つ「ごめんなさい」。それから、彼女はなぜか飛ぶように踏み切ってぼくの足の甲からどいた。
痛覚センサーが警告し、うしろで編まれた大きな三つ編みがぼくの嗅覚センサーをくすぐり、シャンプーとフェロモンの分析をさせる。
それから、彼女の持ったシルバーのキャリーバッグが足へ追撃を加えた。
「痛ってえ!?」
「ああっ、ごめんなさい!」
足を押さえながら三度目の謝罪を聞く。
『ざまあみろだわ』
ノマドが何かささやいた。
『酷いな』
『さっきフォローしてくれなかったことへの仕返しよ。わたし、傷ついてたのに』
なんて奴だ。ぼくは立ち上がり、足踏み娘へと視線をやった。
すると、こともあろうかそいつは、ぼくのことを指差して大笑いを始めたのだ!
「あはははは! タンクトップにダメージジーンズの上下! いくらマージナルだからって、田舎くさすぎでしょ! 三千年前のヒッピーっていうやつかしら?」
「バカな。これはぼくの筋肉を強調するために導きだした最適な衣装で……」
「筋肉!」
少女は大爆笑だ。
つられてロマまでが「分かる、ダサいよね」と肩をすくめている。
『よかったわ。わたし、ファッションセンスはあなたよりマシみたい』
我が妹はわざわざ通信でささやきかけ、視線を合わせると口に手を当てて静かに笑った。
なんだってんだ……。
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