Case29.友よ!
クスティナに治療が必要?
納得がいかない。憎悪とも呼べる炎ではあったが、彼のたましいは燃え尽きちゃいなかったはずだ。
彼は眠らされた状態で記憶の部屋へと運びこまれていた。
伴って現れたのは、アドラー基地長官と、ハンス・シュティール中将だ。
ハラスメントな元上官は額に汗を浮かべており、久し振りに会ったのに挨拶もしなかった。いっぽうで中将は握手を求めてきた。
何度も繰り返したエビングハウス回路へのアクセス。
記憶の世界の作られかたや、夢に似た展開の紐解きかたにも法則性が見いだされてきた。
ナビも最近はぼくを茶化すくらいで、被験者との対話を軽視したり、無闇なデリートを推したりはしなくなっている。
クスティナに何か問題があったのなら、必ず助ける。
助けられるだろう。ぼくにはその力がある。
だが……。
『スキップだ』
クスティナのトラウマ。
はぐれ自律兵器“キャンサー”の群れが、移設中東アジア都市を襲った災害。
キャンサーはカニを模した車両程度の工作兵器で、ハサミ型の作業アームによる溶断と、クラス・レッドのレーザーに五分間耐える装甲を持つ。装甲を展開することで防御面積を増やし、「仲間」を守る特性も持つ。破壊対象は構造物のみ。
それが、人間に向かってハサミを振るっていた。
逃げ遅れる黒髪の少女。叫ぶクスティナ。
『スキップだと言っただろう』
シュティール中将の声。女性所員のナビゲーターがうわずった声で返事をする。
世界が造り替わり、ハイスクール時代のクスティナが……。
『飛ばせ』
続いて溶断機やレーザー銃をかかえたまま走るオールドな迷彩服たち。
『訓練か。最近のところまで一気に飛ばせんのか?』
『システム上の限界です。被験体の印象の強いデータを追うようになっています』
ぼくは何もさせてもらえない。スキップ、スキップ、スキップ。
『止めろ』
比較的最近の映像。これはパーシモンが文化料理のアメリカン・クラブケーキの試食会を開いたときのものだ。このときは珍しくクスティナが大食いを披露していたのでよく憶えている。
『アヤド軍曹は何を食っとるんだ?』
中将の疑問はもっともだ。映像の中のクスティナはクラブケーキではなく、キャンサーのミニチュアをばりばりとやっていた。
『記憶の世界では本人の認識が影響して反映されます。ですので、事実と食い違うこともあります』
『思想はどうだ?』
『思想も世界に反映されます。ことばよりも雄弁なケースもあります』
なんの話をしている? クスティナを治療するためのアクセスじゃないのか?
ナビにはこの思考が聞こえているはずだ。だが、彼女は何も言わなかった。
『止めろ』
『動画ではないので停止という概念はありません』
ナビの声は反発を孕んでいた。
『まあいい、そいつはなんだ?』
そいつ。マズいものが現れた。
「お兄さん、さっきはありがとうございました」
マネキンのような顔。ブロンドの擬似頭髪。マイドの娘ティーン。
『マイドの捕虜は指定された収容倉庫にて一律保管のルールだ』
「か、彼にはマイドのように見えていた人物がいたというだけです」
ぼくはしどろもどろに口を挟んだ。
聞こえてないのか無視したのか、ナビもシュティール中将も何も言わなかった。
アドラー長官とシュティール中将がくっついてきた理由が分かった気がする。クスティナは叛逆を疑われているんだ。
なんとかしてアクセスをやめさせないと、彼がどんな目に遭うか分からない。
いや、記憶を覗いているんだ。尋問も拷問も不要。
軍規では敵性勢力への加担は処刑とされている。大戦時代にできた極端なルールだが、戦後長らく自律兵器以外に敵なんていなかったから、誰も異を唱えなかった。
『ほう、これがマイドというものか。おもしろい』
洗濯した衣類を届けに寮を訪ねるティーン。彼女はクスティナの衣類だけは特別に手渡しをした。
そのあと、彼女は「文化映画が観たい」とせがんで、ふたりだけで鑑賞室にしけこみ、第一文明時代の映画鑑賞をおこなった。
『彼は機械体の存在を一個の個人として認識しているのだな』
中将の声は本当に愉快そうだった。遠くでアドラー長官がごちゃごちゃ言葉を並べ立てるのが聞こえる。
ティーンがクスティナに何か手料理を振る舞っている。
彼女がパーシモンに料理を習っていたのもこれが関係していたようだ。
アクセスしているぼくにまで「ヤバい味」が伝わってきて、むせこんだ。
マイドの娘は、次第に「人間」になっていった。
ふるまい上だけのことじゃない。映像を追うごとにその容姿まで変えていった。
髪がクスティナと同じ黒に変わり、顔立ちはより一層人間らしく。
きっと亡くした妹を重ねていたのだろう。
ぼくはナビに向かって切断を求めていた。友人のこころを土足で踏み荒らす行為。
ダメです、処罰されますから。彼女のささやきも悲しそうだった。
『もうひと押し欲しいな』
その声はオールドな処刑器具のやいばを想起させる。
恐らくは、最後となるであろうシーン。
フェードインではなく、鋭いカットとともに現れる戦闘場面。
ブラックのサイバースーツにフルフェイス・ヘルメットを装着した隊員たちが、クラス・レッドのアサルトライフルと電磁カッターを手に、機械仕掛けのナイトやソーサラーと交戦している。
『ほう、さすが我が軍のエース部隊。勇猛果敢とはまさにこのことだ』
全員似た装備だが、体格と動作でだいたい誰が誰か分かる。
無駄のない射撃動作で、つぎつぎと敵を撃破するのはカミヤ隊長だろう。
彼は敵が倒れるたびにカウントをつぶやいていた。
「あの女を呼べ!」
ソーサラーのマイドが叫び、科学魔法の火炎放射を浴びせる。
隊員たちは怯みはしたものの、スーツの性能を称賛した。
「エンテなんぞ居なくても、俺たちだけで充分だ!」
隊長が騎士のひとりを射殺する。背後に別の騎士。つるぎを振り下ろすが、隊長はいつの間にかカッターを機械の手首へと食いこませていた。
戦いは優勢。クスティナも割り切ってマイドと戦っているようだ。
だが、彼はこの戦いで両脚を失うことになる。
「みんな、やめて!」
少女の声。
「ティーン! 出てきちゃいけない!」
「戦いなんてやめよう! 私たち、仲良くできるんだよ!」
そういえば、この戦いで彼女はどうなったんだ?
「ティーン!?」
声をあげたのはソーサラーだ。
彼女は光を湛えていたメカニカルロッドを下ろした。
「お姉ちゃん!? 生きてたの……!?」
マイドの少女は姉へと駆け寄り、抱きついた。それから、この基地の人間は自分によくしてくれたことをまくしたてる。
「で、でも……」
「惑わされるなローリング! あの氷の魔女は俺たちを操って同士討ちをさせたんだぞ! おまえの妹だって、操られている可能性がある!」
警告する騎士。しかし彼の額に赤い点。融ける兜。
赤きさだめを結ぶのはスコアランカー。彼はカウントを加算した。
「隊長さん、やめて!」
ティーンが彼にすがりつくも振りほどかれる。
クスティナも武器を下ろし和解を叫んだ。
次の瞬間、上空がまばゆい無色へと変じた。
別の魔導士のシルエット。高くかかげられたロッドの先で、光が収束する。
「危ない、逃げろ!」
光の中に消えていくクスティナが突き飛ばしたのは……ティーンの姉だった。
『充分だ。リデルくんにご苦労だったと伝えておいてくれ』
……。
ぼくが目覚めたときには、親友も上官たちも姿を消していた。
中将は上機嫌だったそうだが、基地長官は泡を吹いて気絶したらしい。
……はっ、これが運命ってやつか?
完全に弄ばれている。
友よ! ぼくを赦してくれ!
謝罪にそぐわぬ感情。黒い何かが身体を焼き尽くす。
もしも、もしも神というものがいるのなら……。
「誰か彼を取り押さえて!」
ナビが叫ぶ。
まっしろな部屋の壁に、大きな穴が開いた。
* * * * *




