Case28.痛むまぼろし
ぼくの日常がまた変わった。
「被験者」を癒し、復帰か退役かを決めさせる毎日。
あるときは戦士を再び立ち上がらせ、あるときは同じ衛生部の後輩を現場に送り返し、あるときは戦績ランカーを退役させた。
それがおこなわれるのは技研の一室だ。
同じ敷地に務めるルネも気にしないわけにはいかない。
彼女はぼくの任務については深く訊ねてはこなかった。
でも、ぼくは自分の選択が正しいかどうか分からず、すぐに頼ってしまった。
「いいんじゃない? やってることは前と同じなんだし。こころの声ではっきりと意見を聴いてるぶん、もっと正しいと思う。誰かの救いになる仕事」
彼女は続ける。
「私には、ヒーローに思えるな」
ヒーローか。
そういうのはもういいと考えていたが、やはり彼女に言われると嬉しくなる。
ぼくももっと、しゃっきりしなくてはな。
最近の日課は、筋トレをしながら“音の部屋から”を聞くことだ。
戦況や被害情報だけを聞けば陰鬱な気分になるが、ルネのコメントがあればそれもなくなる。どうもルネは、マイドたちへも同情を向けているようだった。ことばのはしばしからそういう気配を感じる。
定番コーナーには面白いものが多い。
発掘音楽の配信はもちろん、脳科学科が作曲した曲をルネを含めたバンドが演奏するコーナーは特に人気だ。
基地に顔を出したときにみんなで新作のリラックスミュージックを聞いたが、何名かが本当に寝てしまっていたのには驚いた。
『続いては、“今日のヒーロー”のコーナーです。本日は機械技術部所属、我ら人類が誇る大天才、私の友人でもあるヘレナ・ランプさんです!』
第一基地所属や、そこに関わるスタッフには有名人が多い。ぼくの知り合いもゲストとしてよく登場している。
ランプは自己紹介もそこそこに、新兵器の“サイバースーツ”の解説を始めた。薄い密着型のタイツで、運動能力の増幅機能や衝撃吸収などの防御機能があるんだとか。ちょっと着てみたい気もするが、ぼくの場合だと特注サイズになるから、現場隊員だったとしても渋られそうだ。
彼女は次第に早口になり、解説に専門用語を交え始めてしまった。ルネにツッコミを入れられるまでマシンガントークだ。まったく、これだからオタクは。
大脳新皮質ちゃんによってランプが追い出され、休憩代わりの音楽配信を挟んで、いくつかの小コーナーが続く。最後は『ルネちゃんのお悩み相談室』だ。市民から届いたおたよりを読み上げて、彼女がコメントをする。
こういうご時世だ。家族への心配や、消しきれない悲しみに類する相談も多い。ほかには恋愛相談が目立つ。多分これはルネのせいだ。彼女は何かにつけてぼくを引き合いに出してくるから。
『イタリア地区在住のロマくん十二歳からの相談です』
この相談者も記憶に関したトラブルを抱えているようだ。
彼は十歳で受けるべきデータインストールに失敗してしまったらしい。実生活には問題はないものの、学校生活で周りと差をつけられてしまうのだとか。復習することでなんとか授業についていっているが、そろそろ限界なんだそうだ。
『健康なのに国の補助を受けるのは面白くないです。ルネさん、勉強の大変なおれを応援してください。追伸。この前、アルツが出てたけど、そんなところで何やってるの……?』
ぼくの知り合い? ロマという名の知り合いはいない。
まあ、人違いだろう。
ルネも不思議がっている感じだ。『がんばれー?』と応援にもクエスチョンがついていた。
『えー、続いてのお便りは……』
ルネの読み上げが止まった。ほかのスタッフの声が聞こえる。
スタジオの映像も確認すると、何か書類のやり取りをしているようだ。大脳新皮質ちゃんが両手をばたばたさせて狭いスタジオ内をうろついている。
『臨時ニュースです。欧州第一部隊基地がマイドによる襲撃を受けたとの情報』
なんだって!?
画面の中のルネは、またスタッフと会話をしている。
『ナイトクラスによる襲撃。基地内で待機していた隊員が応戦し撃退。隊員数名に負傷者は出たものの、隊員及びスタッフに死者はナシとのことです』
ルネは飾りのない『よかった』を漏らした。
ぼくも深いため息をつく。
さすがはカミヤ隊長たちだ。ちょうどさっきランプが解説していたサイバースーツの試験運用も始まっていたのもさいわいしたのかもしれない。
一般の配信ニュースでは、基地とレッド・ラインのあいだの地区のインフラに被害が出ていることが報告されているが、そちらはラジオでは伏せられたようだ。
戦いはどんどんと深みにはまっていく。互いに決定力を持たない戦争。
こちらの秘密兵器として登場したエンテも、当初ははなばなしい戦果をあげ、戦闘配信でも「魅せる戦い」をしていたようだが、最近は露出が減っている。
いくら圧倒的な性能を持っていても、単騎では限界があるのだろう。
だが、防戦一方で終わる気はないようだ。最近になってようやくマイドたちの本拠地の捜索がおこなわれ始めた。だが、首尾は悪い。航空機を封じられているから、森ひとつを踏破するのも大変だろう。
少し悩んだが、基地の所員にコールを入れてみる。
当たり前だが応答は無い。
連絡があったのは翌日だ。
カミヤ隊長の個人端末からの呼び出し。
ぼくがそれに出ると、病院の部屋番号を告げられた。
「負傷したんですか?」「俺じゃない」
隊長はそれだけ言うと、通信を切ってしまった。
欧州都市中央特区、軍立医療研究センター。通称、軍病院。
その三〇四号室にぼくの友人クスティナはいた。
「きみが無茶をして死ぬ想像はしたことはあったが、僕のほうが見舞われる立場になるのは考えてなかったよ。確率的に言って、こちらのほうがありえたのにな」
友人は軽い調子で話す。ぼくは返事ができない。
「痛む、という話を聞いたことがあるが、本当なんだな」
ぼくはやっとのことで「幻肢痛と呼ばれるものだ」と絞りだした。
「カウンセラーのほうがへこんでたら世話がないな」
看護師に頼んで上体を起こすクスティナ。下半身を隠すシーツは平坦だ。
「きみとはよく議論を交わし合ったな」
クスティナは看護師が退室するのを待ってから続けた。
「僕は今の世界都市連合軍は、いや、人間は間違っていると思う」
彼はマイドの国との関係を憂いていた。それから、自律兵器をマイド側が利用しているという軍の見解を強く否定した。
ぼくもそれに関しては同意だ。
「戦争をしたがっている者がいる。そいつは僕らを煽っている」
「上層部か?」
「将官連中はもちろん絡んでいるだろうが、広報部はとりわけにおう。戦争を長引かせ、憎しみと悲しみをばらまこうとしている悪がいる」
「考えすぎだろう。戦争をするメリットが誰かにあるのは否定しないが、負の感情をばらまいても無意味だ。ぼくたちにはチップがあるのだし、目的も見えない」
彼は「チップ反対派の連中だ」と言った。それから、反対派の活動団体オールド・マンや、その支持層のファッション・マージナルへの非難を並べる。
「確かに、その思想の持ち主ならマイドを認めないのは分かるが……」
議論よりも、彼の脚に目が行ってしまう。
「きみは変わってしまったな」
友人が睨んでいた。
「僕が知ってるアルツ・リデルは、もっと暑苦しい男だった。それからアニメ好きで、幼稚で、筋トレマニアで……」
悪口だ。言わせてやろう。
「……悪を許さない正義のこころの持ち主だ。きみの恋人がラジオで言っていたが、自律兵器に素手で立ち向かったことがあるそうだな」
……。
「友人になる前に聞いていたら、ただのアホだと思っただろうが、この前聞いて僕は笑ったよ。いい意味でね。議論を重ねているうちに、いつか戦場に飛びだしてくるんじゃないかと疑うようになっていたからな」
彼は顔をゆがめた。シーツが握られる。
「だが、最近のアルツは水を掛けられた焚き火のようだ」
ぼくは深く息を吐き、恋人の顔を思い浮かべる。
「それは少し前までのことだ。今は、戦うべき場所で戦っている」
「ほう?」
ぼくは友人に任務の内容を話した。
「今は衛生部の人間として、しっかりと役目を果たしている。できることとすべきことは一致している。現在の任務にも、誇りと正義を感じることができている」
友人は苦悶の表情のままこちらを見て、「本当だろうな?」と言った。
ぼくは返答代わりにこぶしを突きだす。
だが、彼は応えなかった。
「僕を憐れむなよ。まだ諦めちゃいない。必ず裏にいる人間を見つけだす」
クスティナは消えた脚ではなく、後頭部を押さえていた。
「痛むのか?」
「ああ、痛むさ。だが、吹き飛んだ脚じゃない。頭の中だ。“幻憶痛”とでも呼ぶべきか。これまでずっと、忘れていたことがあった」
「忘れていたこと?」
「僕が入隊を志願した理由だ……!」
クスティナは語る。幼少時に暮らしていた故郷が自律兵器災害に遭い、家族のひとりを失った挿話を。
「妹だ。あの子は死んだ。忘れ去られた戦争の道具に殺された。だが、僕も忘れていた! 思い出しきれないんだ! あの子が笑っていたことも、泣いていたことも!」
それから、彼はにくにくしげに言った。
「マイドたちは戦争の道具じゃない。絶対に、裏がある。……それからアルツ!」
睨視。
「僕たち人間も、戦争の道具じゃない」
「そうだな。だが、立ち直った兵士が軍を去るか武器を取るかを決めるのは、ぼくじゃない」
「無責任な奴め! 僕は絶対に諦めないぞ。必ずこの無意味な戦いを終わりにさせてやる。本当に戦うべき相手をあぶりだしてやる!」
荒げられる声に、廊下から看護師が駆けつけた。
ぼくらは物別れに終わった。
そして、その数日後。記憶の部屋の被験者としてクスティナ・アヤドはやってきた。
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