Case24.魔女
マイドの娘ティーンはけっきょく、基地で匿われることとなった。
カミヤ隊長は「上にバレなきゃ問題ねえよ」とティーンを基地内限定で自由にした。プフィル中佐も黙認だ。
この基地の実権は、少佐に過ぎないカミヤ隊長にあると言っても過言ではない。
本来なら、第一部隊の基地長官はアドラー少将なのだが、彼がここへ来るのは本部や他軍からの視察があるときだけだ。
来たとしても、いないほうがマシ。
特に仕事をしないうえにケチばかりつける、隊長よりもねちっこく女性に絡む、抗議されると殴るか、権力をちらつかせる最低のハラスメントおじさんだ。
みんなは彼が居るときは協力して監視して、助けに入ったりし、忘れるような目に遭ったときには、何が起こったのかあとで教え合ったりしている。
この前の女子組の引っ越しのさいにも現れて、プフィル中佐にかなりの態度を見せていたが、男女両方から反発を受けて、謝罪させられていた。隊長が宴会を開いていたのは、これを見越してのことだったのかもしれない。
まあ、そんな無能将官に見つからなければ、大きな問題にはならないだろう。
ティーンはほとんど人間といえた。
食べたり出したりはしないものの、睡眠もとるし、ゲームを遊んだりもするし、本も読む。「保護を受けてるので」と雑用を引き受けたがったりもした。
監視の意味合いもあったが、常に誰かとおしゃべりをしている。
殺害よりも酷い目に遭わそうとしてきたメカニックとも打ち解けたようで、規格に合う充電器までこしらえてもらったそうだ(たまに身の危険を感じることはあるそうだが)。
彼女からは有用な情報が得られた。
マイドの国は階級制を用いており、チェスのコマをなぞらえ、ポーン・ナイト・ビショップ・ルーク・クイーン・キングと分類されるらしい。
「昔の人間の作ったおはなしをまねて考えたのよ。すてきでしょ?」
ポーンは一般市民の階級で、今回の戦争にも志願兵として参加している。おそろいで魔法使いや騎士の格好をしているのはポーンで、戦闘用のプログラムを使わず、「練習して」戦えるようにしたという。
「要するに、俺たちが撃ち殺してるのは向こうの一般市民ってことか」
隊長たちは出撃を繰り返していた。
続いてナイト、これは警察や軍隊のクラスを指し、ボディやプログラムも特別製だ。しかし、実際の戦争は初めてということで、実戦投入はポーンより遅れるそうだ。
「私たちポーンが尖兵になったのは、王様の意向なの。私たちのことを見て人間たちが思い出してくれたら、お互いに小さな被害で済むかもしれないからって」
次はビショップ。科学者や技術者を指す。「お祈り」の司教でもあるのだとか。
ルークはお城に詰める政治家で、クイーンとキングはその名の通り。
王国のある場所の詳細は「ごめんなさい」と言われてしまったが、やはり自然保護区の奥地の地下に設けられており、人口は一千万人弱らしい。
マイドたちは人間を模して、憧れるように作られているそうだが、ティーンから聞くぶんでは本当に人間のような暮らしをしているらしかった。
文字もぼくらと共通。言語はちょっとした用法やスラングの違いくらいだ。
職業があり、家族制度があり、両親が子を製造し、ペットを飼う。ペットには生身の動物もいて、そのために飼料の生産もおこなっている。法律と警察機関まであり、実際に違反するマイドがいて逮捕や刑罰まで存在する。
自分で見て考え、好き嫌いを語り、ケンカしたり、愛しあったりする……。
趣味は芸術関係がポピュラーらしいが、「人間にはかなわない」というのがお約束らしい。ティーンは職員が持ちこんだ音楽を聴いて感動し、自分もピアノをやっている(日曜礼拝の讃美歌の伴奏がどうだとか)と言い、娯楽室で披露してくれた。
演奏は下手ではなかったが、どこかぎこちなかった。
彼女は、指が人間ほど滑らかに動かないからだと残念そうだった。
それから、まっしろなキャンバスに家族を描いてみせた。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、私、それから犬のビンゴ!」
彼女の描く絵は上手なものだったが、どこか色彩に欠けていた。
芸術通を自負する隊員がそれを指摘してしまい、「フルカラーで見えてるけど、私たちの国って、ここほど鮮やかじゃないから……」としょんぼりさせてしまった。
ぼくはマイドの娘のことをルネに話した。
今後、この件で処罰を受けたり……考えたくはないが、ティーンがじつはスパイで破壊活動をおこなったりすれば、私生活にも影響が出る恐れがあるからだ。
ちなみに、このような事態になったのは、ぼくらだけじゃない。
民間でもマイドと戦闘を伴わない接触をおこなった者が現れはじめたのだ。対話が始まるとマイドの騎士や魔法使いは破壊活動をやめたという。
マイドに対する否定と肯定の議論が巻き起こり、人間社会は二分されつつある。
「ルネはどう思う?」
「気持ち悪い……。今、それどころじゃない……」
話したタイミングが悪かった。ルネはテーブルに突っ伏してしまっている。
彼女はランプのコネで本当に軍の技術研究所に入ってしまったのだ。
その職能データをチップに挿入され、インストール酔いの最中だった。
「生体チップが肥大化して脳や神経が圧迫されて起こるらしいな」
「イメージさせないでよ。うう、私も機械の身体になりたい……」
「マイドに神経そのものはないが、衝撃や特定のデータパターンを痛みとして認知すると言っていたな。頭痛もあるらしいぞ」
「じゃあ、人間でいい……」
ぼくは彼女の頭を撫でてやった。
「ずっとやってて」と甘えられたが、もう基地に行かねばならない。
今日は泊まりになる予定だ。
深夜に広報部の作るプロモーションの放送があるため、それをわざわざ作戦会議室で視聴しろという命令が出ていた。
「きみも調子がよかったら観ておいてくれ」
「あなたも出るの? 前は筋トレ自慢を始めてハズかったんだけど」
「新兵器のお披露目らしい。新兵器と聞くとわくわくするな」
「……ティーンさんの前でそういうこと言わないでね」
どうやら、話はちゃんと聞いてくれていたらしい。
通常の業務を終え、作戦会議室に集まり、大型ディスプレイを前に全員が着席した。今回は「広報部の推奨」でポップコーンやポテト、ドリンクが用意されている。どうせまた志願増加や戦意高揚狙いの映画もどきだろう。
ティーンも視聴を許可されている。彼女は「声」以外の通信機能を積んでいないとメカニックが保証している。
照明が落とされ、自然と雑談はひそひそ話へとシフトする。
一応は仕事だ。指定時刻になると会議室はぴたりと無音になった。
画面いっぱいに映されたのは、戦地の映像だった。
現場の隊員にカメラを持たせているのか、間近でレーザーや魔法もどきが飛び交っている。
「リアルタイムだね。夜中を指定したのはあっちが昼だからか」
分析するランプは自前のグラスで視聴している。
彼女の解説も不要だった。これはリアル。一般にも放送する内容じゃない。
映像が激しく揺れ、スピーカーからは絶叫が聞こえ、隊長が右腕の袖をしわくちゃになるほどに握る。
交戦は郊外の自然保護地区に近い位置でおこなわれているらしく、人家は見当たらない。
「俺たちが戦ってた連中とは少し違うな。レベルアップしてるカンジだ」
最初の侵攻ではそろいの鎧と魔法使い衣装だったのが、個々で鎧の形状が違ったり、魔法使いの衣装がアニメチックになっていて、おのおの色の違う鮮やかなものを身に着けている。
「ナイトクラスが出てきたんだ。私たちの中でも、戦いに特化したひとたち……」
赤色レーザーを騎士の持つ鏡のような盾が反射した。鎧も溶断に掛かる時間が伸びているらしく、カッターで挑んだ隊員が反撃を受け斬り伏せられている。踏みこみにも躊躇が無く、落馬するマヌケや野良ネコはいない。
魔法使いの使う魔法も派手で強力になっている。
小さな火球が急に大爆発を起こして据え置きの防壁を吹き飛ばし、プラズマ球を撒いて重火器つき車両を破壊し大炎上させる。カメラの映像もそのたびに乱れた。
明らかな劣勢。ぽんこつばかりを相手にしていたんだ。場数を踏めばかえってナメてかかるだろう。隊員たちは背を向け逃げ始めた。
ジェノサイド。ナイトやソーサラーたちは逃げる背を攻撃していた。
静まり返った会議室に、「ごめんなさい」のつぶやきがリフレインする。
「面白いけど、マジカルじゃないね。ケミカルでサイエンティフィックだ。あんなもん、私も作れるよ」
「ランプ!」
隊長が怒鳴った。
「うるさい。あたしは技術屋だ。仕組みが分かれば対策が取れる。あんたの腕を見てると胸糞が悪いんだよ」
カメラマンは逃げずに頑張っていた。マイド側も戦闘員なのかどうか判断できなかったのか、直接攻撃を向けることはしなかった。だが、何が原因かは分からないが、そのうちにカメラは傾いた地面と血だまりを映すだけとなった。
終わりだろうか? いや、違う。しばらくして映像が一変した。
小高い丘。緑の草原だ。だが戦場には近いらしく、空には煙があり、赤いラインの点滅がうつりこんでいる。
カメラがパンをすると、ひとりの若い女性の姿が画角に入った。
ローズアッシュカラーのショートボブ。
髪はゆるくウェーブしており、同じように彼女の表情もだるげだ。
まっしろなマントをまとい、首から下はすっかり覆われている。
『彼女の名はエンテ。我ら科学の子の作りだした電子の妖精だ』
この言葉を発した男はエンテの隣にいた。
彼を見た誰しもが息をのみ、ぼくは思わず席を立って敬礼をしてしまっていた。
「シャーダ・フロイデン大将……!」
この初老の男性は、中央ヨーロッパ都市軍の総司令官だ。
総司令を超える役職は無い。各地区の総司令が平等に権利を有し、“均衡と協力”により世界都市連合軍は運営される。
『行ってきなさい』
指令を受け、白マントの女は彼から離れた。
それから、マントの中から「リンゴを持った機械の腕」を出し、赤い実をひとかじりすると吐き捨てた。
「ロボット!?」
ランプが声をあげる。マイドの娘は「あんな綺麗な顔、見たことがない」と言う。
だが、ぼくはどこかで……。
頭が痛い。割れそうだ。
「飛んだ!?」
揺れる頭を押さえ画面を見ると、エンテがマントの中から何かを噴射して上昇していく様子が映されていた。
「軌跡が光ってる。反射からして超圧縮の冷凍ガス? 浮いただけじゃない、飛行してる。航空機は作れないんじゃなかったの!?」
メカニックの分析と苦情が続く。
「見えた。ボディも機械仕掛けか。ティーンと違ってむき出しだ。待って、カメラはどうやってあいつを追ってるんだ? どうやって作った? マイドを解析したとしても、早過ぎる」
疑問の代弁も終わらぬうちに、白マントの女は戦場へと到達していた。
それから……凄惨なリベンジが始まった。
彼女の手のひらにはレーザーが仕込まれていた。
クラス・ブルー。終戦後の協定にて封印されてたはずの超高出力型。
だが、彼女はそれを自在に操り、つるぎを持つ腕を落とし、ウマに乗った騎士の首を刎ね、魔法使いを縦にまっぷたつにした。本来ならあれを使うと、付近の構造物や地形にも影響が出るのだが、正確にターゲットだけが斬られていた。
「照射時間も角度もパーフェクト。なんて演算能力だ」
鏡の盾に青いラインが反射された。それは白い女ではなく、ほかのマイドを討った。
「お姉ちゃんがいる!」
ティーンが何か言った。お姉ちゃん、逃げて。
金髪を流したマネキン魔導士。彼女はすでに呪文の詠唱を終えており、メカニカルな杖から金属のボールをみっつ射出していた。
ボールは正三角形に隊列を組んで回転しながらエンテへと高速で迫った。
そのトライアングルの中は電流地獄になっている。
エンテは立ち向かい、それをくぐってしまった。
いにしえのサーカスのライオンよりもためらわずに。
自殺? いや、無傷だ。次の詠唱は間に合わない。ふたりの距離が縮まる。
「殺さないで!」
ティーンが叫ぶ。しかし、エンテはレーザーではなく、魔導士の額を指で軽くタッチし、冷却ガスの噴射をもって上空へと逃れた。
何をしたんだ?
見下ろす戦場。これは彼女の視点か?
ティーンの姉がデルタの雷撃を味方へとお見舞いした。
誤射か? いや、立て続けに爆発魔法を撒いた。
「クラックしたんだ。あのサイズにどんなコンピューターが入ってるの? 動力は?」
ランプのいらだつ声。
「なんで? どうしてお姉ちゃんがみんなを攻撃してるの?」
ティーンの悲痛な問いかけ。
視点が変わる。女は宙で「静止」していた。白い風が巻き起こり、白いマントが激しく暴れ、光り輝く塵のようなものが宙を舞う。
ランプが叫んだ。「クソ、壊された!」。彼女は自慢の眼鏡を床へ叩きつけた。
エンテがおこなったのは、大規模なクラッキングだったらしい。
地上では憐れなグラン・ギニョールが始まっていた。
「圧倒的だが……胸糞が悪いぜ」
隊長が唾を吐く。
「遠隔でコントロールを奪えるのなら、先制で機能停止させればよかっただけだ」
クスティナの意見ももっともだ。
映像はまだ終わりじゃない。これは録画ではなく、生放送なのだから。
宙に立つ女の髪が揺れる。彼女はちらと下を見たあと、遠方を睨んだ。
黒い瞳が見つめる先、同じ色をしたくろがねの鳥が現れた。はぐれ兵器の中でも最悪のヤツ。それは無慈悲にも、女に向かって五十センチ口径のレッド・レーザーを発射した。
何かが散った。羽毛のようなものだった。
羽毛まくらに戯れでパンチをして破ってしまったときを思いだす光景。
エンテに向けられた光線は彼女の手前で折れて空の彼方へと伸びていた。
羽毛は何も無い空間であるはずの屈折点から飛び散っていた。
それから黒い鳥が通りすぎ、反転したかと思うと青色レーザーでなぞられまっぷたつになり、山のほうへと墜落した。
「どっちが魔法か、分かったもんじゃない!」
メカニックは涙声で言い捨て、出ていってしまった。
さすが大将まで出張っての広報部入魂のプロモーションだ。圧倒的戦力を誇示し、これまで一番の脅威だった黒い戦闘機まで雑魚あつかい。陰鬱とした世の中へ、魔法のような効き目をあらわすだろう。
だが、副作用がある。ここにいるぼくらにとっては黒魔術だった。
ティーンはずっと画面を見つめて泣いていた。彼女の口は繰り返しつぶやいていたが、流れる音声は機械ばった「ドウシテ」だけ。
カミヤ隊長は、ナイトクラスと衝突した隊員を斬り捨てる上層部のやりかたにキレてデスクを蹴飛ばし、プフィル中佐は黒鳥を見た途端に後頭部を押さえて、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし続けていた。
クスティナは機械の娘のほうを見ながら「和平もあり得たはずなのに」とむしり取らんばかりにおのれの髪を握りしめていた。
阿鼻叫喚。だが、ぼくはあまりにも酷い頭痛とめまいで、何もかもがどうでもよくなり、無断で基地をあとにした。
……それから、端末の「お気に入り」からアニメに関したものを全て削除した。
もう、こんなものはいらない。
帰ろう。今はただ、ルネの温かな身体が欲しい。
ぼくはふらふらになりながら帰宅した。
けれど、恋人は床に倒れ伏しており、その鼓動を止めていたのだった。
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