Case22.おとぎの国の兵隊たち
ヨーロッパ都市軍第一部隊の男子部と女子部が統合された。
基地が男女別にされていたのには、いくつか理由がある。
休暇期間中以外は泊まりこみとなるため、生理的な活動に配慮が必要になること。知識はデータインストールで画一化されているが、ホルモン分泌の構造上、運動や思考上の得手不得手が男女でどうしても偏ること。
後者のほうはもとよりクセありのエリート部隊同士ということで大した意味はないが、前者は避けては通れない。
そして基地設備の都合上、合併するとしたらどうしてもやらなければならないことがある。
そう、お引っ越し作業と改修工事だ。
基地関係者がみずからこれをおこなうのだが、マッチョなぼくはここで大活躍をした。荷物運びに模様替え。女子部のかたがたに筋肉の有用さが伝わったようで何よりだ。
それから、別にする理由はもうひとつある。現場組は過酷な肉体労働でもあるため、若年層を中心としており、若い男女が一緒となると、「何か」が起こるのはお約束というものだからだ。
基礎訓練では汗を流すためべつべつだが、海馬体の強化訓練として設けられているプログラムにおいては男女混合だ。
そうすると事故が起こる。
空間認識トレーニングのために体感コンピューターゲームをプレイすれば身体が触れあい、ナビを使わず紙の地図を使って備品の買い出しに行けば目標タイムに届かなかったり、文脈の把握能力の強化のために図書室に行けば同じ本に手が伸びたり。
友人のクスティナは不健全だと怒っていた。
「特に、有事になれば生存本能が働くものだ。状況が悪化すればするほどおかしなことになりうる。これでは任務に支障が生じる」
……と、たびたびぼくのカウンセリングルームに愚痴を言いに現れた。
そのうちに彼は、「チップにインストールする軍規律に強制力を持たせるべきだ」とまで口にした。普段は落ち着いて知的な友人の姿はどこへやら。
だが、彼の心配はなかなか現実のものとならなかった。
逢い引きする隊員は増えた。自律兵器災害の発生件数や被害規模も増加した。
しかし、それに反して第一部隊の出動回数が減少傾向にあったからだ。
広報部のプロモーションのせいだ。
トレーニングシーンや基地内での活動や生活のインタビュー、回収した自律兵器を使っての「再現映像」の撮影などに時間が割かれていた。
実際に放送されたプロモーションは、誇張されていると言わざるを得なかった。
汗と血は美化され、海馬体強化プログラムでは男女仲睦まじいシーンが切り抜かれ、被災者役のスタッフにセリフを読ませて、自律兵器に対しての憎悪を煽る。
ご丁寧にBGMまで挿入し、有名声優のナレーションまで入れている。
まるでアニメか映画の世界。ファンタジーだ。
もちろん、一般へのウケは圧倒的によく、自律兵器災害の増加による不安や被害の事実をぼやかすのに見事に成功していた。
世間には軍隊ものの創作物が増え、ワイドショーでも特集がなされ、軍関係への転職希望者も現れ、来季の入隊希望者も増加すると推算されている。
第一部隊が出動しないぶん、ほかの部隊にしわ寄せがいった。
カミヤ隊長と、彼のアフター招集で集まる隊員たちは、この現状が気に入らないようだった。ぼくも同感だ。現場隊員はアイドルじゃなくて、災害を相手にする戦士だ。
プフィル中佐すらも同席し、チップへの安全基準値を上回るアルコールを摂取してクダを巻き隊長や店員に絡み、どこからともなく現れた格闘教官に「アチョー!」とチョップで気絶させられ、担がれて帰ったほどだ。
あるとき、プフィル中佐が隊長を引きずってカウンセリングルームに現れた。
「こいつの手を縛りつけておいてやってくれ!」
またセクハラをした? 合っているがその件じゃない。
隊長の右腕には無数の切り傷があった。いつものやり取りのさいに、中佐が気づいたらしい。中佐は隊長の自殺企図を疑っていたが、彼は否定していた。確かに、腕の傷は死に至るものじゃない。
カミヤいわく、死んだ部下の数だけ切った。
死者を忘れたくないのだという。
最初は目の前で死んだ同僚のためにやいばを立て、昇進し部下ができれば傷が増え、市民の犠牲者の分も刻み始め……、エスカレートして内報の特進欄に目を通すようにもなった。
「クセになるんだよ。この痛みが。繰り返すうちに忘れなくなってきやがった」
ぼくはカウンセラーだ。彼の行為を止めるべきだし、本来は聴く立場だ。
だが、話さずにはいられなかった。
「ぼくも消去プログラムがうまく働いてないようなんです」
彼は言った。それが当たり前なんだよ。本当の人間なんだよ。
何かがあったら、ずるずると引きずる。
旧文明じゃ、それが普通の倫理観だったんだ。
こんなチップなんざ、ホントはいらねえんだ。
「おまえみたいなのが上層部にいればいいのによ」
カミヤ隊長はぼくの背を叩いた。
それから、「いや、身体は現場向きだな」と言って笑った。
でも、流れに任せてルネとの問題も相談したのは失敗だった。
思いっ切りからかわれたうえに、ファッション・マージナルから流して貰ったという「元気になる薬」を押しつけられたから。
彼の好意はありがたいが、ぼくは薬の効きが悪い体質だ。
相変わらずぼくはルネを抱けないでいた。
けれど、ふたりの距離そのものは目に見えて近くなっていた。
あの夜以降、ルネはやたらと心配性になり、そばにいたがるようになった。
ぼくは出勤時間のロスを無視してまで基地詰めから通いに変更させられた。
彼女自身も職場や友人との付き合いを減らし、部屋にいることが増えた。
ぼくが遅い時間に戻っても絶対に起きて待っていたし、自律兵器災害のニュースがあるたびに「無茶はしないでね」と言った。
みんな、病んできている。街でも後頭部を押さえる人が目立ってきた。
ゆっくりと、何かが世界をむしばんできている。
……そして、そんなぼくらを足元からひっくり返すような事件が起きた。
自宅でルネと第一文明時代の発掘作品、『星間戦争』を視聴していたときのことだ。
「あれ、急に画面が変わった? リモコン利かないし」
ルネが壁掛けモニターの側面を叩く。
「別の作品の誤植じゃないのか?」
先ほどまでSFをやっていた画面が映しているのは、西洋のお城の玉座の間らしきセットだった。玉座には王らしき者が座っている。
しばらくすると、割れ気味な音声が話を始めた。
『人間の諸君、ごきげんよう。われわれは“マイド”。きみたちが第二文明と呼ぶ時代に作られた第二の人類の末裔だ。われわれは赤き地平の向こう、緑深き大地の昏き地下にて時を数えてきた』
話しているのは「ロボット」だ。さっきまで見ていた『星間戦争』よりはリアル志向、というか精巧な意匠だ。リアルなマネキンに似ている。
だが、彼はロボットの癖におとぎ話に出てくるような王様の格好をして玉座に座っていた。赤い法衣と金ぴか王冠、それから豊かなつけひげ……。
ご丁寧に、隣には王妃様らしきマイドやお姫様らしきマイドもいる。
『きみたちが母を裏切り、われわれを捨ててからおよそ千年。われわれはひそかにきみたち人間のことを見守ってきた』
顔には顔面筋群代わりのモーターが仕込んであるらしく、音声に合わせて口や表情が滑らかに動いていた。
顔だけ別に作って撮影したわけではないようだし、コンピューターグラフィックスだろうか。
「これって、いつの作品? アルツ知ってる?」
ルネはモニターから離れ、ぼくのあぐらの中にひょいと収まった。
「観たことはないな。赤き地平ってレッド・ラインのことか?」
「じゃあ、最近の作品ってこと?」
『しかし、きみたちは道を誤った。自律兵器を戦争の道具とし、頭に埋めこんだエビングハウス回路に頼るだけでは飽き足らず、美しき肉の身体までも捨て去る算段をしている。われわれを忘れても、再び我らを求めることを期待していたのに……』
ぼくたちは顔を見合わせた。
『今のきみたちは、きみたちのためにならない。よって、われわれはきみたちに宣戦布告をし、支配下に置き、ひとのなんたるかを思い出させることに決めた』
機械の王様たちから映像が引いていく。赤じゅうたんのロードを挟んで並ぶのは、鎧で身を包んだ騎士や、三角帽子をかぶった魔法使いたちだ。
彼らもまた、マネキンのような顔をしていた。
『人間のために!』
王がこぶしをあげると、騎士がつるぎを立て、魔法使いが杖を掲げ、同じく『人間のために!』と合唱した。
「宣戦布告されちゃったね。新作映画の宣伝にしては、ちょっとやりすぎかな。星間戦争、敵の正体が分かりそうだったのに」
ルネはまたもリモコンを操作する。
「やっぱり利かない」
声には不安が籠っていた。
『われわれの決意が虚構でないことを示すために、侵攻の様子をお届けしよう』
キングの声。それから、画面が切り替わり、人工緑地に土地に余裕のある住居、畑や牧場……つまりは、都市のはじっこであるマージナル地区の風景が現れた。
「ここってこの前、保護区に遊びに行ったときに列車で通過したところ?」
あの建設中の建物がショッピングセンターかホームセンターかと予想しあったのを憶えている。ホームセンターと予想したぼくの勝ちらしいが……。
ナンセンスだった。シュールだった。ファンタジーだった。
騎士と魔法使いのコスチュームを身にまとったロボットたちが、現実の田舎町に現れて、剣と魔法を使った破壊活動をしているのだ。
「アルツさん、コメントをどうぞ」
「コンピューターグラフィックスではないように見える」
「これは現実?」
「そう思う。だが、ロボットがいたとしても、なんでこんなローテクな攻撃を?」
「しかも、けっこう弱くない?」
騎士マイドとやらは車道に出てトラックにはねられてしまい、動かなくなった。
ルネが「野良ネコじゃないんだから」と笑う。
彼らは剣を抜き盾を構えてはいるが、人を斬る様子がない。盾で押さえこんで制圧しようとしている。
魔法使いも魔法(?)で車両や施設を攻撃しているようだが、『ファイアーボールを詠唱します。避難がまだのかたがいらっしゃる場合はお急ぎを』だなんて言っている。そのファイアーボールも火炎瓶かといった程度だ。
その横をウマ(どうやら本物のようだ)にまたがった騎士が駆けぬけたが、ウマが燃える車に怯えていななき前身を高く持ち上げたので、騎士は振り落とされてしまった。
「はあ、コメディ映画。ねえ、ベッド行ってセックスしよ」
ルネが壊れてしまった。ぼくも頭がおかしくなりそうだ。
ふたりでバカにみたいに口を開けて画面を見ていると、軍用端末の呼び出し音が鳴り響いた。
『全基地の隊員に出動命令が出たよ。あたしもバックアップに駆り出される』
メカニックのランプ女史からだ。
『はぐれ兵器が出たのか?』
『何言ってるんだよ。番組配信サイトがジャックされてるんだ。すぐに観ろ!』
彼女もこのファンタジーが現実だと言う。
『魔法使いが映ってるこれか?』
『そうだよ。でも、本物のわけがないさ! それっぽく見せた科学に決まってる! ああ、早く捕まえてこないかな!? 連中をばらばらにして解析してやりたいよ!』
……通信が切れた。
現場組に出動命令があっても、カウンセラーのぼくには関係ない。
っていうか、ランプはそれを言うために通信を入れたのか。
「この映像は本物で現場は出動するらしい。わけが分からない」
ぼくはルネに助けを求めるつもりで彼女を見た。
しかし彼女は、先ほどまでのまぬけづらをやめて、ルナティックでもセクシャルでもなく、じつに大真面目な顔をしていた。
「ねえアルツ、私決めた」
「おう?」
「コルネット奏者になるの、やめる」
「なんでまた!?」
頭が追いつかない。
「やめるというか、お預け。これ、本物なんでしょ? だから、みんなが出動した」
「それはそうだが」
「この“ひと”たちが何を目的にしてるか分からないけど、きっと殺し合いになる。みんなの、私たちの世界が壊されちゃう」
ルネは言った。私たちが音楽を、娯楽をやれているのは、生きているからなのよ。誰かがいのちを賭けて危険に立ち向かっていてくれているから、できること。
「今の連絡、ランプさんだったでしょ?」
ルネは個人的にもランプと連絡を取るようになっていたらしい。
彼女から、「技術研究所に音響の専門家が欲しい」という話を聞いて誘われていたのだという。
「アルツが基地でみんなのこころを支えてるんだから、私も何か役に立ちたい」
そして少女はぎこちなく笑う。
「これは現実なんだよ。だから、夢も結婚も、お預けだね」
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