Case20.デリケート
あぐらに収まった恋人と発掘映画を批評し、お肉マシマシビーフシチューを堪能し、夜が訪れる。
「で、お疲れのところ悪いのだけど……」
ルネの「いつもの」だ。ルネというか、ぼくらの。
彼女は薄暗い寝室を指差している。
繰り返すたびに粗雑になっていく誘い。なぜなら、答えはいつも同じだから。
「どうして? いつになったら私を大人にしてくれるの?」
ぼくは答えない。答えられない。
黙ってソファに座り、端末のアニメーションを見つめている。
ルネのことは好きだ。
自律兵器災害のときに彼女を助けたのが馴れ初めで、ひと目見たらビビッと来て、思わずこちらから食事に誘ってしまった。
それから付き合いが始まり、彼女のほうが熱をあげるようになって同棲。もう二年近くが経つが、いまだに身体の関係を持っていない。
「あなたがおとなになるのが先かしらね」
ルネが端末を覗きこんだ。
画面内では学生服姿のヒロインが主人公をひっぱたいてる。
「別におとながアニメを観てもいいだろう」
我ながらそっけない返事。
だがルネは怒ることもなく、ぼくの隣に腰かけた。
「それって前も観てなかったっけ?」
「リメイク版だ。最近は続編も出たし、要チェックだぞ」
「古いものも観て、リメイクも観て、新しいのも追いかけるの?」
ため息が聞こえる。だが、ファンとしてはこれは……。
「義務だ」
「義務? 趣味なのに?」
「つぎつぎと新しいのが出て追いつかないんだ。きっちり消化していかねば」
「消化って。無理に観なくてもいいのに。ナンセンスってカンジ」
ナンセンス……?
前もどこかで似たやり取りをした気がする。
「同じ義務なら、恋人同士の義務を果たして欲しいのだけど」
「それこそ、義務の話じゃないだろう」
「デリケートな問題かもだし、理由はしつこくは聞きたくない。私に魅力を感じないとか、そういうことじゃないなら我慢する」
「話せるものなら話したい。きみのことはちゃんと愛してる」
「ちゃんとじゃないと思うけど。そっち方面でチップが忘れさせるほどつらいことがあったなら、ずっとプラトニックでも構わないわ」
困ったことに、そうじゃないのだ。
なんらかトラウマがあってエビングハウス回路の不快感消去が働いていても、関連事象に触れれば多少は思い出したり、心身に異常を発するものだ。
基地で何人もの隊員のカウンセリングをおこなってきたから、それが普通なのだと知っている。
ぼくの場合は、本当に理由が無かった。
抱きあいもするし、くちびるを重ねることもある。
だが、そこから先に進もうと思うと、なぜだか立ち止まってしまう。
まるで、誰かに禁止されているかのように。
「若くして勃たないわけじゃないと思うのよね。朝、確かめたら元気だったし」
ルネが何か言っている。
まあ、彼女の言うとおりだ。男性機能の不能でもない。
ルネに対して性的魅力も感じている。だが、ダメだ。普通じゃない。
やはり、ぼくが冷たい人間だからなのだろうか。
ルネはぼくの端末を再度覗きこむと、「分かった!」と言って手を打った。
それから隣の部屋へと消え、何やらごそごそ始めた。
「じゃじゃーん!」
戻ってきたのは学生服姿のルネだ。
ワインカラーのスカートにミッドナイトのジャケット。
「もうじきハタチだけど、まだいけるでしょ?」
「いけるとは思うが、どうしたらそうなったのか聞きたい」
「あなたが見てたアニメに制服の子が出てたから。ヒロインよね、今の子?」
ルネは、にやりと笑うと「こーいうのが好きなんでしょ?」と言った。
ぼくは口をつむぐ。確かにそのキャラクターはヒロインのひとりだ。このアニメは再視聴で、結末を知っている。主人公は最終的に別のヒロインと結ばれ、この制服の子は舞台から退場する。
「なんで黙るの? ま、想定内。ここでクイズです。今のルネちゃんには足りないものがあります。それはなんでしょーか?」
へこたれない娘は腰に手を当てポージングを決めた。
フローリングの床へ伸びた脚は寒げだ。
「タイツを履いてない。きみは夏でも絶対にタイツ、冬でもスカートにタイツだ」
「正解。それはなぜでしょう?」
「好きだからだ。履いてると安心すると言っていた。それに、ぼくも好みだ」
恋人は、もう一度「正解」と言うと退室し、欠けたパーツを埋めてぼくの膝の上に乗っかった。腕を回され視界を奪われたので端末を置く。
「ね、これでもダメ?」
くちびるが離れる。ぼくは返事をしない。
「ま、いいや」「いいわけない」
彼女は泣いていた。当たり前だ。胸が痛む。
ぼくが彼女に酷い仕打ちをしているからだろう。
「婚約を切りだしたのはあなたのほうなのに。私に悪いところがあるなら言って」
「無い。ぼくが悪いんだ」
こんなやり取りを繰り返せるのは、ぼくが冷血だからだ。
ときおり、これでルネが大泣きをしたり激怒をすることもある。
だけど、それはチップが忘れさせてしまう。
いっぽうで、ぼくにとっても不快なことのはずなのに、ぼくは忘れない。
「忘れないコツ」というものがあるらしい。
それは、ネガティブなできごとをポジティブなできごとに繋げること。
肉体関係の拒否をルネが記憶した日、彼女は「別れる」とまで言っていた。
だが、どうしても彼女を手放したくなくて、「きみが見習いから正奏者になったら結婚しよう」と約束していた。ルネは泣いて喜んだ。かねてから彼女には結婚をほのめかされていたが、ぼくが仕事や彼女の若さを理由に逃げていたからだ。
拒否があったからこそ、婚約にこぎつけた。
だから、ルネは夜を拒まれたことを忘れられず、次に傷つけばそれを忘れて、何度でも繰り返しぼくを求め続ける。
ぼくがまともな神経をしていたら、こんな半端なところで右往左往させることはなかっただろう。結ばれるにしても、破局するにしても。
「悩みがあるなら言って」
「最近、増えたな」
「私のこと?」
「それはずっとだ。きみを抱けないことはずっと悩んでいる」
「じゃあ、何?」
ぼくは「自分が冷たいのではないか」ということを打ち明けた。
今回の休暇の少し前、欧州第一部隊に戦闘を伴う出動命令が下りた。
東欧地区で大規模な自律兵器災害が発生し、応援要請が来たからだ。
ぼくは軍属とはいえ、心理カウンセラーとして勤めている。
仲間たちのことは見送るだけだ。帰ってきた彼らのこころをケアするのが仕事。
だが、今回はケアしなければならない隊員が多く、同時に、少なくもなっていた。
死者多数。第一部隊は上層部と広報部推しのエリート部隊で、これまで死者は出してこなかったのに。
「親しかった隊員もふたり死んだ」
彼らは食事仲間でもあった。現場隊長に呼びつけられて飲むのは第一部隊基地ではお約束の行事だ。衛生部のぼくも気に入られていて、よく同席をしていた。
仲間たちが死んだその日、誰しもが喪に服した。
そして、次の日には……。
「みんな何も無かったかのようにケロッとしている」
もちろん、死んだ事実は忘れない。チップから消されるのは感情。そして、時が経てば、彼らにまつわる思い出もゆっくりと上書きされていってしまう。
「そんなことを気にしてるの? あたりまえでしょ?」
「違うんだ、ルネ。ぼくは忘れないんだよ」
「忘れない……」
ルネはなんて答えればいいか分からないようだった。
ひとによって、悲しみの深度が違うのは当然だ。
不快に思うのがなんなのかも、千差万別。
それで会話に齟齬が生まれ、空気を読んで黙っててやるというのはありがちだ。
「ぼくからしたら、大したことがないということなんだろう」
親しくしていたはずの人間の死であっても。
「……」
腕の中のルネが見上げている。
その瞳は憐憫だろうか、侮蔑だろうか。
むにっ。頬がつままれた。
「そんなわけないでしょ」
ルネは言う。出逢った日のことを思い出して。
あの日のあなたは、みんなのために怒っていたじゃない。
出逢いの日も惨劇のさなかだった。
自律兵器が街に破壊と殺戮をばらまいた。今思い出してもにくにくしい。ぼくは瓦礫から人を救いだし、逃げ遅れた者を担ぎ、警察関係者などに混じって避難誘導をしていた。そんな中、置き忘れたコルネットケースを探す少女がロックオンされるのを見つけ……。
鉄の塊をぶん殴った。
もともと数世紀前の骨董品だったからか、運よく自律兵器は停止。
そして、ぼくたちは見つめあった。
「そんな無茶ができる人のハートが冷えてるなんて、ぜっっっっ絶対にない!」
ルネがぼくのシャツに手を入れ、左胸を押す。
「絶対にない。あなたのこころが、頭がおかしいなんてこと、ありえない。あのときのあなたは、本当に正義のヒーローってカンジだったもの」
正義のヒーロー……。頭がちくりとする。
「チップのほうがバグってるのよ。忘れないのも、私を抱けないのもそのせい」
恋人はくちづけをくれ「可哀想なひと」と言った。
続いて、「慰めてあげる」とジャケットを脱ぎ、スカートの中へと手を差し入れた。
タイツにしわが寄り、どこからともかく熱がやってくる。
ことばや態度での誘いには拒絶を繰り返した。
こちらから手を伸ばすことはない。
けれども、彼女のほうから強引にことに及ぼうとすれば、どうなるのだろうか。
ぼくは怖くなった。
このうえルネを拒絶すれば、彼女はきっとそれを忘れることになるだろう。
けれども、ぼくはずっとその仕打ちを忘れられないのだ。
下着とまとめて脱がれたタイツ、解放されたシャツのボタン。
細い指がぼくの胸をそっと進み、下へ、下へと。
無抵抗だ。無抵抗に努めろアルツ。
巨大ロボだって合体するんだ。恋人が合体して何が悪い。
ぼくは“熱血シリーズ”の合体プログラムコードを叫ぶナビをイメージする。もしも、拒絶させようとするプログラムがあるのなら、そんなものは強制シャットアウトだ。
……なんだか、いける気がしてきたぞ。
ベルトを外そうとする恋人の指をぼくの指が手伝う。
ルネが、はっと目を見開き、何か言おうとしたが、構わずその口を塞いでやった。
……が、軍用の携帯端末が割って入った。
ぼくはどうしたかったのだろうか。
ルネよりも早く端末に手を伸ばし、それに出てしまった。
同僚からだ。部隊長が「筋肉カウンセラーも呼べ」と言ってきかないらしい。
バックの音からして、いつもの文化料亭だろう。
ため息ひとつ。
それから、耳を塞いでおく。
ルネが放送禁止用語の連呼とともにコルネットケースを開けたからだ。
ぷっぷーーーーっ!
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