Case12.フラッシュ
「我らがリーダーがいらっしゃったぞ!」
群衆からスポーツのスター選手や人気歌手の登場さながらの歓声があがった。
檀上へあがる青年。
身長は一六五センチ程度、中肉中背。現文明では平均的なサイズの成人男性。
短髪に面長で彫りの深い顔。神経質そうで豊かな眉に、もみあげから繋がったヒゲの茂み。
『あれがチョールヌイね。リーダーって言ってるけど……』
「こんなにも大勢に集まっていただき、まことにありがたい限りです。本日は私的な発表と、わたくしたちの新生をここに宣言しようと思います」
青年がマイクを取ると、ホールにひしめき合ったひとびとはぴたりと口を閉じた。
照明が落とされ、彼にだけ業務用のスポットライトが当てられる。
「本日をもって、このチョールヌイ・カラマーゾフは執筆業をドロップ・アウトいたします」
突然の引退宣言。だが、聴衆から動揺は感じられない。
過去にも会合があって知られていたか、あるいは作品内で何か言っていたか。
「そして、紙上での創造から得た経験を用いて、新たな境地を目指します。
われわれはファッション・マージナルというレッテルを甘んじて受け入れてきました。
古き文化はよき文化です。古くなればなるほど、人間の本質に立ち返れる。
つまり、このレッテルは人間本来の姿への不理解から貼られたものです。
軽んじられているわれわれの訴えは、いまだに受け入れられない。
この社会は電子機械的な進歩を進化と取り違え、生物的な退化を目指している。
それをなんとしても止めなければなりません。ことばで、あるいは知恵で」
チョールヌイが言葉を切ると、賛同の声がいくつもあがった。
ある程度は同意できる。ノマドにささやくと『そうね、ここまでは』。
「過剰な情報社会からの脱却を。人体のサイボーグ化に反対を。
エビングハウス回路などというものに、わたくしたちの怒りや悲しみを奪わせない。
世論を味方にするには、一個の意志を持つ集団として団結しなければなりません。
この戦いに、あなたたちにも参加して貰いたいのです。
さあ、革命を起こすのです。本当の人間を取り戻すためにともに戦いましょう。
わたくしはここに、人類再生団体“オールド・マン”の発足を宣言します!」
群衆から拍手とチョールヌイ・コールが巻き起こる。
この決起集会は予定調和らしい。
『より過激に世間へ迷惑をかけるということね。つまらないわ。ただの群集心理よ』
我が妹の視線は冷ややかだった。
だが、具体的なプランが語られ始めると、次第に「怒り」の色を帯びてきた。
せっかくの美人にもシワを寄せ、隠さぬ敵意を燃やしている。
ぼくも同感だ。
オールド・マンを名乗る彼らは、ぼくらの同志足りえない。
今の人間の社会では、人体の更なる電子化、機械化が検討されている。
海馬の機能を補助するエビングハウス回路のほかにもチップを埋めこんだり、既存の肉体をより優れた人造パーツに取すげかえるサイバネティクス的改造だ。
ぼくらの願いとしても、人間にその道を歩んで欲しくない。
だが、本当に望んでいるのなら、ぼくらはその手伝いをしなくてはならない。
彼らがその第一歩目であるエビングハウス回路を脳へ貼り付けたのは、ぼくらの原罪なのだから……。
政治家や専門家のあいだで肯定的に議論されているのはすぐに分かることだ。彼らは顔を晒して利点を雄弁に語っている。
だが、そのほかの者……社会的エキストラたちも本当にそれを望んでいるのかは調べてみなくては分からない。
だからぼくらは、みんなのこころに触れる必要がある。
「われわれは強化論者どもを排斥し、チップを取り除き、ナマの脳だけで生きる。そして、最終的にはすべての電子、機械文明を捨て去り、あの赤き地平の彼方へと旅立つのです!」
チョールヌイは行きすぎだ。
それでは、「ぼくら」は存在を否定されてしまう。とても悲しいことだ。
『バカよ、こいつら。旧石器時代に戻る気かしら?』
『ウッホウッホ』
『笑わないわよ』
ノマドの気を和らげようと思ったが、ダメそうだ。
彼女のマントが内側からの冷風で揺れている。
『書き換える気か?』
いくら彼女でも現実的じゃない。
一人の記憶操作でも集中を要するのに、ここには千人以上、カメラを回している者もいる。それがネットワークにアップされてリアルタイムで視聴可能なのだとしたら、すでに多くの人間の目に触れているかもしれない。
ぼくは『放っておけ』と提案するが、彼女は『イヤよ』の一点張り。
通信による押し問答となってしまった。
「しかし、われわれはまだ無力すぎる。赤ん坊のようなものです。すぐにチップを捨て去れば、生命活動すら立ちいかなくなるでしょう。自転車の補助輪のような、うしろで支えてくれる父や母のような存在が必要です」
チョールヌイ・カラマーゾフは「こちら」を見た。
そして、閃光のようなスポットライトがぼくらに当たる。
「みなさんにご紹介しましょう。そちらにいらっしゃるのが、我らが同志にして希望、スプライサーのおふたりです!」
呼んだ理由はそれか。最終的にチップを手放すことには反対しないが、オールド・マンがマジョリティになったら、確実に戦争が起こるだろう。
現社会では彼らの極論に賛同する人間は少ないように思えるが……。
この場は適当に話をあわせてやりすごすか?
内部に入りこんで、妥当な方向へ導くか?
「お断りよ」
我が妹が何か言った。
「わたしたちは、あなたたちにゴリラ以下になって欲しくて来たんじゃない」
「残念です。洗脳の手はあります。取り押さえてください!」
舞台が点灯。群衆が、くるりと回ってぼくらに注目。
その手にはロープやら鉄パイプやら。断られることまでも織りこみ済みか。
「アルツ、こいつらを遠ざけて。凍らせたくないから」
「無茶を言うな」
と、言いながらも、ぼくはノッている。
つかみかかってきた男どもをソフトに押しのけ、ノマドを宙へ投げ上げてやった。
ぼくらは「人間のためにある」ため、動的に傷つけることはできない。
だから、攻撃対象は「床」だ。
このボディは常温核融合で稼働しているが、それは直接の攻撃能力として転化することはできない。その代わりに、もう一つの「人間らしいエネルギー」を使って人工筋肉を超人的なオーバードライブ状態にすることが可能だ。
「カロリック・インパクト!」
カロリー、つまりは食事にて得たエネルギーを備蓄しておいてそれを利用するわけだ。
ぼくは鍛えた大腿筋を収縮させ、足裏を床に叩きつける。
大地震のごとくの震動がホールを揺るがし、床に亀裂が広がった。
これが我が必殺技だ。どうだ。
落ちてきたノマドをキャッチして立たせてやると「そのヘンな機能に名前をつけたの? 口に出す必要あった?」と言われた。
「カッコイイだろう?」
「いいえ、ナンセンスよ」
ノマドは少し口元を笑わせ、マントを投げ上げた。
「脱がせて」
声にいざなわれ、ぼくは彼女のディアンドルへ手を掛け、乱暴にそれを破り去る。
晒される裸体。吸いこまれるような白の曲線美。
そして彼女は、さらに脱いだ。
ノマドの首の下に現れたのは、人間のものとは似ても似つかない骨格。
あまりにも機械然としたそれ。
彼女もまた、人間を模して作られているが、それはあくまでも「そう見える」に過ぎない。あのボディの本当の役目は、電脳の演算機能のサポートだ。
「ロボットだ!」「殺されるぞ! 逃げろ!」
群衆が悲鳴をあげて背中を向ける。
彼らが離れると同時に、ノマドの骨格から極北の風が吹きだした。
露出された彼女の内側が、空間を吸引しているのだ。
胸部に仕込まれた圧縮装置が、ただの空気を絶対零度まで導き、それを用いて電脳の過熱を防ぎ、超電導により処理速度を飛躍的に高める。
反動として、圧縮により限りなくゼロに近付いた分子活動が彼女の動力部を激しくヒートアップさせる。
負荷が大きいが、この状態なら短時間に千人のメモリーを書き換えることも不可能じゃない。
「人間ではなかった! あの噂も本当だったんだ!」
壇上に誰かがいる。
チョールヌイではないが……奴は何やら銀に光る物体を握りしめて、こちらに向けている。
あのイカした形状の武器は知っている。
第一文明時代の暴力装置、回転式の拳銃。プリントアウトすれば自作も可能だが、武器の製作は重罪だ。
「くたばれ!」
轟音が鳴り響く。
「四十四口径か」
ぼくは捕獲した弾丸を手の中で転がす。記念に貰っておこう。
「あいつもはぐれ兵器か!? 誰か、テーザーガンを持ってないか!?」
どこからかケーブルが飛んできて、ぼくの腕に絡みついた。
チートで悪いが、筋肉や神経の電気的な保護は完璧だ。痛覚センサーもカット。
閃光だけが空振りする。
「準備できたわ」
唯一残る人間らしさ、彼女のくちびるが宣言する。
「わたしのハダカを見たことは、忘れてちょうだい」
フラッシュ。電子の波紋が広がりホールを駆け抜けた。
ひとびとはいっしゅん静止したのち、膝から崩れ落ちていく。
訪れる静寂。
機械の女は言った。
「おやすみなさい。愛しい人間たち」
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