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Case10.ゲーム・プレイヤー

「頼む、もう一回やらせてくれないか?」


 ぼくは気怠そうな妹に向かって合掌スタイルで頼みこんだ。


「そろそろ起きないと誰か訪ねてくるわ。クライエントとの約束だってあるのよ」


 懇願するも、ベッドのバネが負荷を解放する。

 腕を伸ばして彼女をつかまえようとすると、手をひっぱたかれた。


「いいじゃないか。減るもんじゃないんだし」

「伝達信号のシステムがバグってるんじゃないの?」


 ノマドは逃げるようにキッチンへと去っていった。


「残念。刺激的だったんだがな」


 ぼくたちは先ほどまで、とあるクライエントの書き出しデータのバックアップを使ったスプライスの復習をおこなっていた。


 世界連合国軍ヨーロッパ都市部軍少佐、ダン・カミヤ。二十九歳。軍人だ。

 さまざまな職業、何人もの患者を取り扱ってきたが、軍人は彼一人だけ。

 戦争がなくとも、はぐれ兵器や天災への派遣でPTSDを発症する軍人は多い。

 だが、現場隊員にはかかりつけの軍医がいるものだし、軍隊の職能インストールデータの都合で、逮捕しにくるならまだしも、闇医者を頼ろうなどとすることはあり得ない。


 こちらとしても、記憶操作をおこなって追い返す気でいた。

 秘密裏に人間の国に潜りこんでいるぼくらにとって、彼は危険過ぎだ。


 けれども、スプライスの依頼を受ることにした。導入のカウンセリングにて、ノマドがリスクよりもメリットが大きいと計算をし、ぼくがカミヤ少佐に好意を持ったからだ。


 カミヤ少佐は自律兵器の群れが町を襲った事件に派遣され、多くの民間人や同僚の死を見た。そのためにPTSDを発症し休職となった。


 ここまではありがち。だが、彼の腕には「たくさんの傷痕」があったのだ。

 任務でついたものじゃない。自分でつけたものだ。

 気を違えておこなった自傷行為か? それも違う。


「チップが消しても忘れないように、目の前で死んだ数だけ切った」


 ともにいのちを預け合った仲間や、救えなかったいのちを忘れるつもりはない。

 ぼくはそう語った彼の男らしさに惚れた。もしも軍人だったら、彼とともに戦いたい。


 個人的感想はおいて、スプライサーとしても興味深い現象が確認された。


 なんと、カミヤ少佐は死んだ人間の負のエピソードや、死亡時の詳細を語ったのだ。


『脳の生身の部分が消去プログラムに抗ってるの? ありえないわ』


 ありえないと言いつつも、あのときのノマドのささやきは確かに興奮していた。

 もちろん、エピソードには抜け落ちた部分もあった。

 そう、カミヤ少佐は零れた悲しみを全て拾い集めるためにぼくらを訪ねたのだ。


 そして、その記憶の世界とゲーム化された書き出しデータの出来栄えときたら!


 カミヤ少佐はプライベートでは電子ゲームや体感ゲームのマニアだった。

 そこに軍隊のシミュレーションと過酷な現場体験が加わったために、ぼくは彼の記憶の世界でロボに乗って敵性宇宙人と対決したり、ファンタジー世界の王者であるドラゴンと戦うことができたのだ。


 というわけで、「最近の経験も加えた今の状態で再チェックをする」といういいわけを引っぱり出し、ノマドにおねだりをしていたのだ。


 さて、我が妹の生んだ焦げパンケーキをいただいていると、インターホンが鳴った。


「追い返してくる」

 ぼくは立ち上がる。ノマドは黙ってケーキにレモン汁を掛けている。


 どうせまたあの子だろう。

 ルネは毎日のように訪ねて、ぼくを食事に誘っていた。

 予後観察なら、予約のうえ、カウンセリングルームですべきことだが、ノマドが「新しい記憶が定着するまでわたしとは関わらないほうがいい」と言ったために、何度か誘いに乗っていた。

 たんに顔をあわせたくないことへの口実だろうが、ぼくもふたりを衝突させて得られる経験値に興味は湧かなかった。


 それから、ルネは先日ついにコルネット奏者の試験にパスし、来月からのプロの仲間入りが決まった。


 彼女は報告のあと、ぼくに何か言いだそうとしていた。

 それが何かは、分からないふりをした。

 合格を見届ければスプライサーとしての役目は終わりだ。

 ビジネスライクに対応して、彼女が話を切り出す前に席を立った。その後も一度訪ねてきたが、インターホン越しに断った。

 コルネットをくちびるに当てたまま「さよなら……」とつぶやかれた音声データは、ぼくの保護記憶領域の最奥にしまっておいてある。


 せっかく感傷的な別れをしたというのに、ずるずると関係を続けようというのか。

 絵的に美しくない。ぼくはいらだちを感じながらインターホンに出た。


 ところが、訪ねてきたのは子どもは子どもでも、ジッピーな少年のほうだった。


「やあ、おはようアルツ」

「どうした? また忘れ物か?」


 ロマはたまに忘れ物をする。通信端末をどこかに置き忘れることが多い。

 しかも、それを必要になるまで放っておいても平気なのだ。

 たいていの人間は気づくと不安になると思うのだが。


「忘れ物の反対。お届け物だよ」

 少年が差しだしたのは「封筒」だった……が、現人類には手紙を書く習慣はない。

「渡してくれって頼まれたんだ。んじゃ、おれは学校があるから!」


 ロマは手紙を渡すとダッシュで去っていった。


 誰からの手紙だろうか。

 まあ、思い当たるのは一人しかいない。


 文通は使われていないコミュニケーション手段ではあるが、創作物の中ではたびたび登場する。恋文を渡すシーンはぼくも嫌いじゃない。


 ルネにつけようとしていた減点を取り消し、ほんの少し彼女を惜しむ気持ちを弄びながら手紙を開封。


 だが、そこに書かれていたのは、少女からの別れの言葉でも感謝の言葉でも、まして愛の言葉でもなかった。


『初めまして、“繋ぐ者”。わたくしはチョールヌイ・カラマーゾフという者です。

 あなたがた兄妹を、わたくしの講演に招待したくぞんじあげます。

 わたくしは、あなたがたが記憶を繋いでいる真の目的を知っています。

 違法行為を咎め、脅そうというわけではありません。賛同しているのです。

 同じゲームをプレイする同志として、人類の未来について語り合いませんか?』


 チョールヌイ? どこかで聞いた名前だ。だが、知り合いやクライエントではない。

 スプライサーの噂を聞いて訪ねてくる者は、この近辺にそれらしいクリニックがここ一件だけだからたどり着くことができる。

 スプライスの話を実際に耳にして確信できるのも、診察が始まってからのことだ。

 しかし、チョールヌイはすでにぼくらのことを知っている。

 ほかのクライエントから漏れる可能性は無くはないが……。


 ともかく、この手紙をノマドへと持っていった。

 彼女はぼくと同じ連想をしたらしく、「自慢? それとも決闘状?」と嫌な顔をした。


 それから手紙を読むと、もっとうんざりした顔になり、「旅に出たくなったわ」などとらしくないことを言った。


* * * * *

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