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逍遙樹ノ國

 玄冬(ふゆ)から青春(はる)へ、季節は(めぐ)り、異文化で言うところのバレンタインデーが訪れた。

 舞台は現パロとも言うべきか、近代的なビルディングの街並みに三華コンテンツのキャラクターがいる。

 幕張メッセの庭園に彼らはいる。

「で、兄さんもらえたの? 薙瑠(ちる)殿から」

 蕾をつけた(さくら)の街路樹が遠くに見える。芝生(しばふ)に腰を下ろし凛とした冬の空気に身を委ねている子元に子上が話しかける。

「何をだ」

 子元の灰色の髪からわずかに(こう)の匂いがする。

「チョコレートの話だよ」

「……まだ、だが」

 魏と呉との戦を前に、二千年後の異国日本から軍事支援の打診を受けた。が、子元と薙瑠、ひいては魏國(ぎのくに)は、その選択肢を拒否した。

「しかし日本も妙なこと言うよね、兄さんと薙瑠殿のふたりで日本に転生しろなんて言うとか」

「ああ、馬鹿げている。断ったがな」

 整理する時間が欲しい、と薙瑠は言った。今、彼女はいない。日本からとんでもない提案をされて、混乱しているのだろう。


 子上はやおら立ち上がり、子元がもたれかかる桜の樹に足ドン。


 ばさり、と幾ばくかの木の葉が舞い散る。

 びくり、と子元の肩が震える。 

 自分より力の勝る鬼に上から見下ろされるこの状況に、怯えない鬼などいないだろう。

「安心しろ、薙瑠殿へのアプローチが下手なぐらいで誰も怒らない」

 そう言いたい子上の気持ちとは裏腹に、紡がれた言葉は、

 


「お前、俺の嫁に──」



「いい加減にしろ!」

「うっ!」

 何度見たくだりだろう。

子元(しげん)殿、お取り込み中悪いが」 

洋介(ようすけ)か」

 話しかけてきたのは黒髪短髪に赤い瞳の洋介なる男。

「すっかり持ちネタだな、俺の嫁になれ、のくだり」

「持ちネタだと……」

 子元がジト目になる。

 子元をいじるのは東城洋介(とうじょうようすけ)。海上自衛隊幹部自衛官。そして三華コンテンツの読者でもある。いわゆる、うちの子という存在だ。

 洋介は制帽を被り、威儀(いぎ)を正す。


「上の決定を伝える。日本国政府は三國から正式に手を引く。もう歴史介入はしない」


 金色の装飾が施された漆黒の軍服が台詞と相まって物々しく映った。

「そうか」

「ただし!」

「なんだ?」

 洋介が子元に耳打ち。


「何──手を引く条件として薙瑠とデートをしろだと?」









 《 三國ノ華◆偽リノ陽ノ物語 二次創作企画 「逍遙樹ノ國」 》

 








  

 ……桜薙瑠(さくらちる)は包みをめくり、肉まんを取り出す。

 まだ温かさが残っている。

 はむ、と小鳥のようについばむ。

 ぽた、ぽた、と塩辛い雫が丸い頬にこぼれて流れ落ちる。

 この二千年後の異国は簡単に自分の存在意義(しめい)を否定してきたではないか。

 肉まんと涙がまじりあい、しょっぱくなる。

「薙瑠ちゃん! 迎えに来たよ」

 東城美咲(とうじょうみさき)。洋介の妻である。

 視線を合わせるためにしゃがみこんだ美咲の蜂蜜色のセミロングが動作でなびく。

「薙瑠ちゃん、ごめんなさい。薙瑠ちゃんには文字通り命がけの使命があるのに、安っぽい同情で簡単に現代に転生させようとして、助けられないのに助けるなんて言って、本当にごめんなさい」

「え……」

 肉まんを食べるのをやめ、顔を上げる。美咲の台詞は要領を得ないが、謝りにきたのはわかる。

 美咲は続ける。

「生まれた世界も違うのに、見た目や言葉も違うのに、薙瑠ちゃんの気持ちもわからないのに、子元様と添い遂げろなんて無責任なこと言って、本当にごめんなさい」

「……私と子元様を現代日本に転生させる計画は、やめるのですか?」

「三國の皆を魏國に返す準備を自衛隊と始めるね」

 なんだ、

 その程度の覚悟か、

 涙を拭いた薙瑠は立ち上がり、荷物を背負う。


存在意義(しめい)を否定した埋め合わせに子元様と添い遂げさせてやろうなんて、本当に親切で優しくてありがとうございました」


「!」

 きつい一言だが、美咲は薙瑠に何も言い返せなかった。

 薙瑠は美咲が思っているより、ずっと強い……


     *    *


 子上は腕を頭の後ろで組んで芝生に寝転がる。

「きっと日本政府は難しいことを言っていたけど、結局は兄さんと薙瑠殿に一緒になってほしかったんだよ」

 高空を流れゆく雲を眺めながる司馬兄弟。

「ご明察だな。司馬昭(しばしょう)殿」

「洋介殿」

「“ぽっきり―“ありますよ、どうですお二人さん」

 現代日本に似た商標があったとしても、それはたまたまである。

 で、カップルがこれを食べる時のお約束が……まあ、そういうことである。

 洋介と美咲は夫婦なので今更恥ずかしがることもない。

 ぽっきりーを両端から器用に嚙んでいき、美咲から熱い接吻をかます。

「異性とそうやって食べるものなのか?」

 子元様ますますジト目。

「そうですよ──痛て!」

 美咲がヒールの先端で洋介のつま先を踏みつける。

「(洋介はんなかなか面白いこと言うとりはりますなあ)」

「(いいじゃないか、思い出作りだ)」

「(芝桜が洋介の推しCPなだけでしょ)」

「洋介、お前嫁の尻に敷かれているのか?」

「おっとパパの悪口はそこまでだ」

「俺の父上の話はしていないが……」


 そんな彼らをよそに薙瑠が頬を紅潮させ、さっそくスタンバイ。

「チョコどうぞ」

「(駄目だ、可愛すぎる……!)」

 子元が素早く嚙んでいき、途中で折れた。雰囲気ぶち壊しもいいところだ。

 薙瑠が物足りなさそうに立ちすくんでいる。

 子元は洋介から言われたことを思い出す──


「俺とデヱトしてくれ──命令(めいれい)だ」


 風が子元の灰色の髪を吹き上げる。風が収まり髪が元通りになると、その頬は赤らんでいた。

 対等な異性としての関係より武官と側近の上下関係に彼は頼った。

「め、命令ですか?」

 薙瑠がわずかにおののく。

「いけないか?」

 彼女ははにかんで、前髪をいじっている。

「子元様、こういうのは(めい)じるものではなく、(さそ)うものだと思いますが……」

 彼は頭ごなしに命令したことを恥じた。確かに彼女の言うとおり、誘うものだ。

「わかった、デヱトに行こう」

 子元の頼もしい手が薙瑠のちっちゃな手に伸びる。彼女はちょっと遠慮がちに握り返す。

 弱くても、握り返してくれたこと自体が嬉しかった……


「どこへ行きますか?」

「まずは服だろう」


     *    *


 渋谷のあの有名なブティックに二人はいた。


「支度できました」

「ああ」

「……お待たせしてしまいましたか?」

「……俺も今済んだところだ」

 こういうやりとりは万国共通らしい。


 子元は鎖骨の見える濃紺のシャツに漆黒のスーツに革靴。長髪も相まってちょっとワイルドな感じ。

 

 試着室から出てきた薙瑠はパステルカラーでコーデをまとめていて、水色のカーディガンに清楚な襟つきのまっさらなシャツにスキニージーンズ、白のスニーカーだ。

 おおよそ魏國での装いを現代版にアレンジした感じ。よく似合っている。

「どうですか?」

 薙瑠はくるんと可愛く回って、カーディガンの裾が可憐に揺れる。

 紅桜の瞳と青空の瞳、オッドアイが可愛らしい。

「……眼帯は?」

「たまには外しても、と思いました。現代日本ではそこまで異質ではないようですし」

 確かに都会を歩けばカラコンでのオッドアイはちらほらいるし、髪がレインボーな若者もいる。

 現代日本というお膳立てはこのためにあった。

 薙瑠のコンプレックスはチャームポイントに変わったのだ。


 ──薙瑠は強くなった。


 ぽん、と子元の手が薙瑠の頭を優しく撫でる。

「?」

 なで、なで、と子元の細い指が彼女の青碼蝋(あおめのろう)の髪をすいていく。

「な、なんですか」

「悪いな、だが、可愛かった」

 僅かに羞恥を覚えた薙瑠だったが、子元の顔のほうがまっピンクだ。


 脱いだ服を神流(かんな)に預け、現代人のカップルの装いで芝桜は意気揚々と出かける。


 渋谷センター街を通り過ぎるとき、


「子元さまプリクラ撮りませんか?」

「プリクラ……だと」

「あ、嫌ならいいんです。」

「嫌とは言っていない」


『はいとるよー!』

 

 みたいなテンションの高い機械音声の案内に従って、画像データにタッチペンで絵文字などを描き足していく。

 機械からプリントアウトされたものを、薙瑠が顔を綻ばせながら大事に持っている。


「腹が減ったな、茶でも飲んでいくか」


     *    *


 カモミールティーの水面(みなも)に子元の顔が映る。

 カチャリ、とソーサーからカップが離れる。

 彼の男性らしい喉仏がうまそうに鳴る。

「意外でした。子元様が花のお茶を飲むなんて」

「カモミール……カミツレともいうが、一年草(いちねんそう)で、季節が一廻りしたら枯れてしまう」

「よくご存じですね」

「お前と花の話がしたくて、調べた」

 薙瑠は桜があしらわれたフラペチーノ。

 カミツレと桜。どちらも短命だ。


「……お前に似ているな」


     *    *


 幻華譚(げんかたん)に記されているのは桜の鬼の残酷な運命。

 保守党衆議院議員の東城美咲(とうじょうみさき)と海上自衛隊護衛艦艦長の東城洋介(とうじょうようすけ)は当然それを知っている。


 護衛艦やまとの艦長室で、遥は今、その事実を知る。


 遥の幼い瞳から、涙がぽろぽろとあふれて、止まらない。

「……お父さん、お母さん、知ってたの!? 知ってて子元お兄ちゃんと薙瑠お姉ちゃんをデートさせようとしてたの!?」

 遥の糾弾に洋介と美咲は口ごもる。

 いきり立つ遥の肩に、子上(しじょう)の手が乗せられる。

「それで救われた心もある。たとえ一日でも、命尽きる前に恋人と思い出を作れて、それだけで二人は幸せなんだ」

「その通りです子上殿」

 洋介は拱手(きょうしゅ)の仕草。

「僕にそんなに畏まらなくていいのに」

「あなたは(しん)の皇帝となるお方です。司馬昭(しばしょう)殿」

 子上は気づいた。

「そうか、そのために君たちは三國の歴史を変えることをやめたのか」

「かつて司馬昭殿は、子細を言えないけど謀略のために利用させてくださいなんて通ると思ってる? と仰った」

「そうだね。僕たちにも譲れないものはあるからね」

「だが、俺たちにも譲れないものはある。たとえ歴史介入がよくないものだとしても、せっかく魏國と日本国の間に開かれた時空の門を閉ざすつもりはない!」

 洋介の言葉に美咲も想いを紡ぐ。

「魏國ではどうだか知らない、でも現代日本では、自分の息子や娘を愛してくれた人は家族(かぞく)になるんです……! うちの子を愛してくれたのなら、よその子のあなたもまたうちの子ということになる」

 遥が子の服の裾をつまむ。

「私は三國世界の皆と会えたことを忘れたくない、子上お兄ちゃん!」

 子上の目が見開かれ、目頭に熱い雫が溜まった。


     *    *


 いよいよ司馬一族と桜薙瑠、そして魏の人々を魏國(ぎのくに)に送り届ける時がやってきた。


『全艦に達する! これよりヤマト艦隊は時空の歪みに突入、三國世界に魏國の人たちを送り届ける』


 紫電(しでん)ほとばしる渦に、護衛艦やまと、ちょうかい、まや、むらさめ、くあまが突入する。

 時空のゆがみの中でやまと艦長の洋介の声がこだまする。


『俺たちが帰るのは複雑で息苦しい現代だ。仕事や勉強、あるいは趣味や恋愛でも厳しい競争にさらされるだろう。だが薙瑠ちゃんの辛さに比べれば何のことはない。どんな切なく儚い境遇にあっても桜のように美しく咲き誇る気高き魂を忘れまいとする人の強さの象徴だ。なにがあろうと屈するな、抗え、自分の夢を諦めるな!』


     







 《 三國ノ華◆偽リノ陽ノ物語 二次創作企画「逍遙樹ノ國」 ──完── 》









 ……洛陽(らくよう)に咲く桜もそろそろ(つぼみ)をつけるころ。


 桜の木の下で薙瑠は祈る。何を祈る?

「子元様」

 薙瑠は後ろを振り返り、カミツレみたいに可愛らしい豊かな笑みを浮かべる。

 カミツレの花言葉は、苦難の中の力。薙瑠にもとてもよく似合う花だ。

 

「──生まれ変われたら、私の旦那様になってくださいな」


「何だと」

「ふふ、お返しです」

「お返し、か」

「ふふふ」

「ははは」

 子元と薙瑠の手元には、ふたりで撮ったプリクラが大切に握られている。

 薙瑠の思い出がまた一頁(いちページ)増えたのだった。


 (いのち)というのは、たかが数十年で使い果たしてしまうようなちっぽけなものではないはずだ。

 輪廻転生を繰り返し、この時間(せかい)いっぱいに広がって、花を咲かせるもののはずだ。

 そのような悲壮な決意を固めた者でもたまには等身大の幸せをかみしめることがあっていい。

 

「行こう薙瑠(ちる)、俺たちの戦いはこれからだ!」

「はい子元様(しげんさま)! どこまでも!」



 子元と薙瑠は逍遙樹ノ國で、桜の花になって結ばれるのだ……





 CAST


 桜薙瑠

 司馬子元

 司馬子上

 鷺草神流

 東城洋介

 東城美咲

 東城遥


 企画、執筆

 松


 Thanks to 言詠紅華 様



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