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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
4章:ブランターヌ
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ここは龍神渓谷

 この世には人知の及ばぬ存在が居る。

 例えば霊峰に住まう大亀は鼾一つで地均しを起こす、と伝承に語られた。

 例えば大海を統べる未知の生命体は数多の腕のたったの一つで島を砕く、と吟遊詩人は歌い歩いた。

 例えば異国の大蛇はその一睨み一噛み一鳴きで国を殺す、と御伽噺に受け継がれた。

 例えば箱庭を創った全能の神は今も何処かで人々を見守っている、と古き聖典に刻まれた。

 今回の話はそんな世界の頂点に立つ、いや立っていた者達を中心としたある都市での出来事である。



「レインさん、見てください!!あれが龍神渓谷ですよ!!」


 馬車の窓から身を乗り出して、新人魔道具技師ロビーが大自然に広がる絶景を肌で感じていた。


「危ねえぞ。ちゃんと座っとけ。……にしても凄えもんだな。アウスレイなんか燕の涎みたいにちっぽけに感じるな。」


 独特の表現を使って景色の広大さを表すライガだったが、窓の外に広がる景色は箱入り虎人のライガだけでなく人生の半分以上を旅に費やしてきたレインも見惚れる程の絶景であった。

 木々で生い茂る山々、多くの命が鎖を紡ぐその山々の間を抜けて行くように流れる小川。そう、所謂渓谷と呼ばれる地形だ。

 それだけであればどこにでもある一般的なものでしか無いが、この龍神渓谷はその規模が違う。

 一つは山の規模。なんとこの渓谷を構成する山々は全てが霊峰クラス。標高は七千を超える山々が立ち並び、一般人は足を踏み入れる事さえ許されない禁足地。

 それらの山々に住まう獣達は、他の地であれば食物連鎖の頂点に軽々と昇り詰められるであろう怪獣ばかりである。

 山の天気は変わりやすいと言うが、山々が巨大すぎる余りこの渓谷では一度に幾つもの天候の移り変わりが発生する。大雨、暴風、落雷、雹霰、様々な天気が混ざり合いマーブル模様に山を彩る。

 そして何よりも異質、他の山と圧倒的に異なる点はその外観にある。山の頭から爪先まで緑に染まっているのだ。巨大な山は雪に埋もれるのが世の定だが、内包するエネルギーが常識を跳ね除けて緑に強さを与えているのだ。

 一つは川の規模。先程は小川と表現したが、それは飽くまで山に対する比率の話。

 山々の間を流れる川の幅は一つの町がすっぽりと埋まってしまう程広い。それでいてなだらかに流れるその清水の中で山の荒々しい生態系とは異なる静かな生命が息巻いている。

 この川は渓谷の奥深くの小さな水源から始まり、山の恵みを取り込んで流れとなり、やがて幾本にも分かれてこのフーガ大陸に命を運んでいるのだ。

 最後の規模の違いはこの渓谷が出来た背景にある。なんとこの渓谷は自然に発生したものでは無かった。

 大昔、このフーガ大陸を支配していた最強の種族ドラゴン。彼等は非常に巨大な種族だった。現存する陸上生物では圧倒的に敵わない体躯と内包する膨大な魔成素、ドラゴンと言う存在そのものがハイスケールの塊だった。

 そんなスケールの大きい彼等、もちろん住む場所もスケールが大きくなければいけない。更に彼らはその強大さを持ちながらなんと群れる生物だったと言う。一匹でも手狭なその辺の山や森では暮らしていく事がままならなかったのだ。

 その為彼等はある行動に出た。そう、創ったのだ。自分達が最も快適に暮らす事が出来る超規模の住処を。

 彼等の龍魔法は荒れた大地、小動物の楽園、知性ある者達の集落、只の平原、フーガ大陸の西側から南側の一直線に存在するありとあらゆるものを土くれや水へと完全に変化させた。

 地形を隆起させ、水を流し、手を加えた辺り一帯に龍脈の陣を刻む。そうして出来たのがこの龍神渓谷である。

 この光景を見ている君はこの龍神渓谷の風景に感動しているだろう。それとともに一つの疑問が浮かんだはずだ。ドラゴンの住処なのに姿が見当たらないと。

 残念な事に彼等はもうこの世に存在していない。今から七百年程前に一匹のドラゴンの姿が確認されたのを最後に、彼等はこの世界からいなくなってしまった。

 彼等が消えてしまった理由は現在も判明していない。未知の病による絶滅説や別の種へと進化した説などが挙げられているが最強種だった彼等の事だ、きっとこの世界を離れてより快適な新天地へと向かったのだろう。


「……と言う事だそうです。」


「冊子を読んでいるくせに自慢げな顔をするな。」


 レインはロビーの手から観光冊子を取り上げると、彼が見ていた頁に目を落とした。


「『伝説の跡地、龍神渓谷 木々で生い茂る……』って本当に一字一句そのまま読んでいるだけじゃないか。」


「あはは、ばれましたか!!」


 朗らかに笑うロビーとレイン、カリン、ライガの三人はまるで旧知の仲の様だ。まさか隣に座る旅行者もロビーがほんの数日前に旅に同行し、目的地をただ同じとするだけの一時的な同行者だとは夢にも思わないだろう。



 デジットハーブ出発直前、レイン達の前に現れたロビーはこう言った。


「連れて行ってください!!魔導学園都市ブランターヌへ!!!!」


 急な出来事に困惑した一行だったが、落ち着いてロビーの話を聞く事にした。

 ロビーが話した内容を要約するとこうだ。


1:レインの作業を見ていて自分の力量の無さを痛感していた為、祖父が亡くなってから休学していたブランターヌの魔導学校へ近々復学しようと考えていた。

2:デジットハーブの町が崩壊し、自分の店も崩れてしまった。事前にレインから忠告を受けていた事で大事なものは店から持ち出していた為、復学に当たってのお金や証明書などは問題が無い。

3:ブラグドッグの復興班から町は出来る限り元に戻すと説明を受けた(どうやって元の形を知るのかは不明)為、唯一の懸念点である祖父の遺した店を気にしなくて良くなった。

4:いよいよ出発の意思が固まって来た時、変な話し方の双子がレイン達の話をしているのを聞く。無事を安堵しつつ話しかけると、どうやらレイン達もブランターヌへ向かうらしい。

5:これは運命だと思い、一緒にブランターヌへ向かうべく急いでレイン達の下へ走って来た。


「そうだな……まあ断る理由も無いし良いぞ。」



 とまあこんな感じに軽く了承をしたレインだったが、


「ちょっと雰囲気を出せば頭が良く見えるかと思ったんですけど、やっぱり無理でした!!」


笑うロビーにつられて皆が笑い、未だに落ち込む雰囲気が一気に明るくなったことで、彼を旅に同行させて良かったと心の底から感じたのだった。


「ははは、調子いい奴だ。……さて、明日にはキルイルに着く。ブランターヌまでの予定はそこで決めるとして、今は大まかにキルイルに着いてからの各々の動きでも決めないか?」


 レイン達は現在ブランターヌへ直通の便があるキルイルと言う名の町へ向かっていた。


「あ、じゃああたし宿探しするわ!!」


 真っ先に名乗りを上げるカリン。


「とか言いつつ、町を好きに見て回りたいんだろ?」


「あら?あたしもばれちゃった。」


 恥ずかしそうに舌を出すカリン。


「あはは!!僕と同じですね!!じゃあ僕も宿探し手伝いますよ。二手に分かれた方が良い宿も見つかりますからね!!」


「よし、じゃあ二人は宿探しで決定だな。ライガはどうする?」


 話を振られたライガは上に視線を向けた。


「あぁ……どうすっかな。レインは馬車の予約に行くだろ?」


「ああ、俺は……」


 レインは隣へ視線を移した。そこにはレインへそっぽを向いたプルディラの姿があった。


「プルディラを連れて馬車の予約に行くよ。カリン達に任せる訳にも行かないからな。それで良いかプルディラ?」


 プルディラの反応は無い。彼女は祝福の影響で返事が出来ないが、見つめる等の最低限の行動は取れていた筈だ。しかし、今の彼女は恐らく意図的に反応をしていない。


「アンタ、随分嫌われてるわね。」


「はは……仕方ない。取り合えずこの子は連れて行くよ。」


「そうなると、俺はどうすっかな。……明確に思いつか無えから、どこか息抜き出来るような所でも探してみるよ。」


「ん、いいな。子供二人も入れる所で頼むよ。」


「ちょっとレインさん!!誰が子供ですか!!」


 かたかたと馬車は大自然を駆けて行く。まだ見ぬ新天地へ思いを馳せる旅人達を乗せて。

 向かうはキルイル、その先はブランターヌ。

 この馬車は一体何処へ向かうのか。それは傍観者だけが知っている。

 誰にも平等に訪れて、誰もが恐れ、誰も抗えない生命の事象……死。

 笑いあう彼等の一人に此度死が舞い降りる。運命の神がそう決めたのだから物語はもう覆らない。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

こんな年もぎりぎりの更新を見に来て下さった方には感謝しかありません。

来年も頑張りますので応援よろしくお願いします!!


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