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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
94/119

力:砕け散る後悔 炎:焼き尽くす執念

反省!!!!

「遅れてすまん。……手遅れだったか。」


 遅れてやってきたパドがグリーニヤの最期の姿を目撃した。悔しそうに歯軋りを鳴らす。


「ああ……けれど、彼は至宝を俺に託してくれたよ。」


 レインは前を向いたままプルディラに目を向けるが、彼女はそっぽを向いてしまっていた。


「見ない間に嫌われたな。」

「はは、良いんだ。それより……あいつを殺し切る方法を思いついた。」

「本当か!?この短時間で何があった?」


 レインのこの発言に驚愕するパド。彼に向かってレインはこれを見てくれとパドを自分の方へと促した。

 パドがレインの前に向かうと、レインは両手で自分の刀を握りしめていた。


「遊んでいるのか?」


 その体勢のまま動かないレインはパドの目にはそう見えたようだ。


「いやいや、至って真面目だよ。あいつの動きを、こいつが教えてくれるんだ。」


 レインはついさっき感じた事、見た事、そして思いついたある作戦についてを話した。


「……俺にはお前の気が触れた様にしか見えん。妄信は身を滅ぼすぞ。」


 当然の様に信じてはくれないパド。彼の疑いに満ちた赤い瞳がレインの黒目を貫いた。


「俺達が触手を破壊し続ける限り、奴の力は消耗していく。やがて殺せるまでに弱体化した所で一気に叩く。そういう作戦だっただろう。現に今、順調に奴の力は削がれている。無理に動きを変更して自分の身までも危険にさらす必要がどれほどある?」

「だが、奴の弱体化は俺達の攻撃によるものだけでは無いだろう。」


 レインの反論にパドの言葉が詰まった。


「それは……。」

「奴が分体を解き放ち、死に至る水を自分の命から振り絞ったからこその弱体化が主じゃないのか?これ以上奴をぎりぎりまで追い込んで、奴がより大きな被害をもたらす凶行を行う可能性だってあるだろう。どんな時だって一番恐ろしいのは追い詰められたボーダマウス、何をしでかすか分からない奴だぞ。」


 レインは真剣に語る。その内容はこんな非日常の狂乱の中で酷く浮いて見える程冷静でまともだった。


「さっきの攻撃で被害を受けたのは無関係の住民だけか?違うだろ。彼等の避難に当たっていたお前の仲間達だって無事で済んでいる訳が無いだろう。俺だって……今友人が死んだよ。無関係じゃないんだ。もう様子見の時間は終わりだ。攻めるべきだよ。」


 パドが気づかないふりをしていた事に土足で踏み入り、正論で荒らす。

 レインの黒い瞳がパドの赤目を貫くと、パドの額に青筋が浮かぶ。


「……はぁ。」


 パドは大きく息を吐き出すと、強く目を瞑った。そして三秒後、目を見開いて一言。


「そうだな。」

「……。」

「全くその通りだよ、レイン。こういう時は早めに決め切らなければならん。日和っていた俺が馬鹿だった。」


 未だ青筋は浮かんでいるが、パドは意固地にならず丁寧に今やるべき事を決め切った。


「何から始めたら良い?」

「カリンとライガにもやって貰う事があるから……ん、丁度いいな。」


 レインの耳元に青い魔方陣が浮かび上がった。



「全員、準備良いか?」


 うん、応、良いぞと各々の声が聞こえてきた。二人の声は魔方陣による遠隔で、一人の声は真隣から直接聞こえてきた。


「機を見て俺が合図をする。そのタイミングでパドは奴に向けて魔法を、二人は射線上に入らないように退避をしてくれ。それまでは奴の足止めを頼む。」


 レインは隣で待機するパドへ目線を送った。

 分かっているとばかりに頷いて、パドは魔法の詠唱を始めた。


「【仮想魔成領域展開。過剰空想銀河……】」

「よし、三人の用意は大丈夫だな。後は……プルディラ。」


 状況を確認したレインがプルディラに声を掛けた。プルディラはなおも不満そうな顔をしているが、横目でしっかりとレインの顔を見ていた。


「聞いてただろ、今の話。……頼めるな?」


 プルディラの返事は当然無い。命令はしていないからだ。


「正直、君に一番危ない役は任せたくない。でも奴に終わりを与えるのは君の役目だ。だから俺達の為とは言わない。彼の為に君の怒りを振るってくれ。」


 プルディラは返事が出来ない。しかし……、


「……。」

「……任せた。」


レインはどこか理解できた。なめるな、やってやるとプルディラが息巻いているのを。

 レインのその意図していない命令をプルディラの従の紋が甘美なものと舐め取った。

 プルディラの力滾る祝福された魔成素が髪を逆立て、来る超爆の時を今か今かと待ち侘びる。

 認めたくは無いし、認める積りも毛頭無いが、主従の紋同士の深い繋がりが新たな主人との縁をより濃いものとして実感させる。恐ろしいものだ。

 そして……実感するのは太く濃い糸だけではない。切れてしまった赤い糸、細く薄くなってしまった死をプルディラに再度実感させた。

 怒りが湧いた。きっと悪気が無いのは分かっているが、デリカシーの無く契約を果たす新たな主人にムカつきがある。大事な人を殺してくれた標的に正当な憎悪がある。そして、大事な守るべきものに命を救われた自分への物悲しくも切ない怒りが力に満ちる。

 握る拳に籠るのは怒り十割。その全部に覆い被さる八つ当たりの十割が空間に小さなどす黒い亀裂を生じさせた。


「下、下、右、上、左、左……。」


 そんなプルディラをレインは知らないまま、刀が揺れる方向を声に出す。


(二人が体表に出た触手を上手く潰してくれるお陰で、奴に危機感が生まれる筈だ。きっと逃走と迎撃の両方を満たす為にもう一度あの場所で、あの行動に出る筈だ。)


 レインの思惑通り、反応は徐々に上へ上へと昇っていく。


「左、上、上、右、左、上、上……。」


 絶好のチャンスは一瞬だけ。触手が昇り切ってから事に及ぶまでの十秒にも満たないその一瞬を見逃さないように、レインは瞬きを忘れた。



 レインが没頭に沈んだその裏側で、実は一つの事故が起こっていた。

 ぶすんっ!!


「きゃっ!!」


 突如身に纏っていた炎が音と共に掻き消え、黒い煙を上げながらカリンの身体が上空に投げ出された。


「きゃあああ!!!!」


 体勢が崩れて上手く羽ばたけないのか、カリンが砂の海へと真っ逆さまに落ちていく。


「ぐっ、出ろっ!!炎出ろっ!!!!」


 魔法を出そうと力むが、噴出する黒煙の量が増すだけで炎は一向に現れない。

 このままではカリンは砂の海に飲まれて骨の一つも見つからなくなってしまう。カリンの脳裏に最悪のシナリオが浮かんだその時、蒼い稲妻が駆け抜け、カリンの身体を攫っていった。


「大丈夫か!?」

「いきなり魔法が出なくなったの。何かが詰まったみたいに。」


 カリンは体中から炎が噴き出るイメージを創り出したが、何時もの様に即座に魔法が発現する事は無かった。


「このタイミングでそれは不味いよな。レインは何て言ってる?」


 カリンは耳元の魔方陣に意識を向けるが、レインからの発信は聞こえなかった。


「それがこっちの声は聞こえてないみたい。」

「集中してるんだろうな。無理に連絡を続けてタイミングを逃すのも良くねえだろうし……しょうがねえ、いざとなったら俺がやるよ。限界まで振り絞ればやってやれない筈は無えからな。」


 後に控えるカリンの仕事は彼女の破壊力ありきのもの。しかし、魔法が上手く出ないとなると彼女の居た席に穴が開いてしまう。

 自分の魔法の属性が砂に対して相性的に不利と分かっているライガだったが、いざとなって動けない位ならと大魔法発動の用意を始めた。


「くそっ!!何でこんな時に……何時もなら簡単に……出た。」


 カリンは日課の魔法特訓の様に小さな炎が指先からぽわっと浮き出るようなイメージを描いた。すると炎は小さな蠟燭の様に指先に灯った。


「何で?……いや、そっか。これは飽くまで魔法を身体に慣らせる為。今のあたしの身体はきっと弱い魔法に慣れきって、魔法の精密さと豪快さを忘れて蓋をしてしまっているのね。迂闊だった……。」


 カリンはどうすれば元に戻るのか悩みたい所だったが、生憎時間が無い。心の許容が限界を迎えたカリンは服の裾を……


「あれ……なにこれ?」


 カリンは服のポケットに何やら異物の存在を感じた。取り出してよく見ると、それは指で摘まめるほどの小さな筒状の物体だった。


「何だっけこれ?いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃな……あ。」


 ふと脳裏に浮かぶ物体の正体。


「これアウスレイで買った発光の魔道具じゃない。何でここに?」


 カリンが筒の一部をくるくると回すと、筒の先から光が大きく小さく収縮する様に明かりの点を残した。


「多分あたしのずぼらね。この服久々に着たし。……そうだ!!これよ!!!!」


 カリンは何か妙案を思いついた様だ。

 カリンはしゃがみ込むと、体中に散らばった魔成素を指や翼の末端へと集中させ始めた。



 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイィッ!!!!!!

 ははぁああああ!!!!ざまあねえなカス共!!能の無い奴が煽りになんか乗るから、余計に力を使いまくってこんな苦しみを味わうんだよぉ!!さっさとくたばっちまえよ!!


 燃える苦しみ、貫かれる苦しみ、力の欠乏による苦しみを癒す力すら出すことが出来ない苦しみをその身に受けて、数少ない残りの意識達はばらばらに引き裂け、各々の呪詛を吐き散らす。


 イヤダ……シニタクナイ……

 ああ?死にたくないだぁ?手前等の何処に命があるってんだよ。只の亡霊風情が生にしがみ付いてんじゃねえよ!!

 イヤダァ……イヤダァ……

 泣くなよ。ほら見ろ、もうすぐそこまで終わりの刻は迫ってる。楽しもうぜ。俺達の為に用意された幸福の地獄へと至る絶華の道をさ。



「今だあああ!!!!」


 レインの声が木霊する。

 剣先が上に上に、微かな揺れを見極めてレインは今だと合図を飛ばした。


「【天煌地創。全世我跪。月に唸れ、吠えろ、牙を剥け!!嚙み千切る、ドゥリ・ディビル・ミディドゥリラ・ワンスピュラネリタ】あああああ!!!!」


 合図を受けたパドの詠唱、魔法の幻影が星空を移すその瞳に浮かんだ。

 パドの両手から放たれたのは不可視の物体。彼の魔法によって形成された二本の夜を貫く流星の槍。

 感知するにも速すぎる。誰も捕捉が出来ないその槍の軌道は横に弧を描き、猛獣の様に聳えるジェイルマンの双腕へと向かって行くのをパドの両目はしっかりと捉えていた。

 ごうんっ!!!!


「--------!!!!」


 嵐を思わせる程の風切り音が響くと、砂の両腕が肘から先、手首を通過して手の平から指の先に至るまで、全てが穴に消えるように消失した。

 巨体から放たれた轟音が辺りを震わすが、その声にもはや恐怖を与えようとする強者の面影はない。あるのは弾丸を撃ち尽くし嘆く弱者か、あるいは母親に抱かれなければその日を超える事すらままならない赤子の様な無力さだけ。


「おおおおおおおお!!!!」


 そしてパドは咽び泣く砂の巨人へと新たに創り出した最後の槍を撃ち放った。

 その槍はパドが全身全霊で身に残る魔成素を絞り出し、治療薬を飲んで回復してなお足りないと思う程の膨大な魔成素を注ぎ込み、腕の肉が割け破れて貧血と魔成素の欠乏で倒れそうになる程の労力を掛けて創り出した魔王の槍。

 その命の抽出体をパドは骨が割れ、砕ける最大の力をもってジェイルマンの頭骨……ではなく、がら空きの胸に向かって投擲したのだった。

 これには砂の中に潜む呪いの核達も反応する事が出来なかった。

 結果、奴の胸には大きな風穴が開いた。まるで間のページが抜けた伝奇小説の様に過程など無く突如シーンが切り替わった。

 穴は首の根元から肋骨全てを巻き込むように開けられ、胴体という最大の支えを失った砂の頭部は内部に自らの核の全てを内包したまま空中に取り残された。

 落下する頭部を掴もうと腕を上げるジェイルマンだったが、腕は先程打ち砕かれている。もしもここで腕がこの頭部を掴んでいたなら、そこから核達は残る胴体部分へ逃げ出すことが出来ていただろう。しかし、逃げ道は絶たれている。落下する頭部はさしずめ罪人を乗せた地獄行きの空中監獄。

 落下する頭部を見つめながらレインはプルディラの背を叩き、大きく息を吸い込んで、胸を膨らし、喉から血が出る大声で、


「プルディラああああ!!!!あいつを、力の限り粉々に打ち砕けええええええ!!!!」


怒りの力に満ち満ちたプルディラへと主人として一つの命令を下した。


「うおおおおおおあああああああ!!!!」


 言葉はプルディラの血脈を流れ、細胞の一つ一つで待機する爆発寸前の寒気がする程煮え滾る力の魔成素へと命令を飛ばしていった。

 どくんと心臓が跳ね、身体の各部に血管が浮き出始めた。人知を超えた速度で血流が動き、流れる力は全身を最高のクオリティへと高める。

 紫色の熱気がプルディラの輪郭を歪ませ、その身を留める空間を脆弱に曲げて行く。やがて空間はみしみしと音を鳴らして割れ始めた。

 プルディラの素足を覆う無骨なデザインの靴が大気の罅割れに沿って割けた。

 足に張り付いた靴の切れ端を振り払って落とすと、プルディラは地面を踏みしめた。地面が大きく割れ目が出来、不安定な足場に変わってしまったがプルディラは全く意に介さず砂の巨人に向けて強く、大きく、真っ直ぐ、光の様に飛び出した。

 プルディラは自らの身体から漏れ出たオーラで出来た空間の罅を掴み、空中で己の身体を捻り高速のきりもみ回転を始めた。破壊の罅割れが彼女の身体を覆い隠す。罅割れの鎧を纏いながら破壊の痕跡を空気に残し突き進む、その姿は弾丸。もう誰にも彼女を止められない。


 ババキィィッ!!!!


 弾丸と成ったプルディラが落ちる砂の巨頭骨に直撃した。


 ……いや、していない。砂にプルディラの腕が触れる瞬間、罅割れが砂粒を砕いたのだ。塊だった砂は罅割れに飲み込まれ、修復しようとする世界の強制力によって塵と化す。それは言うなれば防御不能の絶対攻撃であった。


 プルディラの身体は弾丸の様に砂に突き刺さると、ドリルの様に砂を掘り進めていく。小さな砂粒は目視出来ない程に粉々に砕けていき、蟻の巣状のトンネルが砂の頭骨内に作り出されていく。


「ああああああああ!!!!」


 辺りから救いを懇願する視線の気配を感じつつも、プルディラは雄叫びを上げながら旋回を始めた。向かうは暗球の中心、この砂の塊を視界全部に納められる最適の真上空へ。

 ばぎばぎ、がりがりと砂が割れ砕ける乾いた粉砕音を拳で弾き飛ばしながら、プルディラは月が全てを照らす銀の世界に飛び出した。

 下方に砂の塊が見える。自身の通ってきた穴のなんと小さな事か。しかし、プルディラにはサイズもストレングスも一切合切が意味を為さない。彼女には圧倒的なパワーがあった。


「はぁぁぁぁ……」


 熱気で膨れる蒸気を吐き出しながら、プルディラは空間の罅割れを掴んだ。浮き上がる勢いでプルディラの身体は天地逆転、真下に見えていた砂の塊が頭上に見える。


「すぅ……があああああああああああ!!!!」


 プルディラは力任せに罅割れを掴み、逆さのまま体勢を整えると再び回転を始めた。掴んだ罅割れが大きく広がる様に強く握り潰し、その反動で身体を動かしているのだ。

 プルディラの回転が強まっていく毎に罅割れはどんどんと広がっていく。その浸食具合は凄まじいもので、瞬く間に砂の塊を両断していった。

 しかしプルディラの回転はどんどんと強まっていく、砂の塊を罅割れが飲み込んでなお。罅割れが次から次に発生し、都度砂の塊を通り抜けていく。

 やがて、砂の塊が数多の罅割れに飲み込まれ切った。罅割れの向こう側に薄っすらと塊の輪郭が浮かび、その姿が遠くのレインには確認出来なくなる。


「らああああああ!!!!」


 そして止めの一撃とばかりにプルディラは、拳から繋がる罅割れの原点をその小さな拳で思いっきり、力任せに砕き潰した。

 それは刹那の事だった。砕かれた空間の破片がプルディラを中心に飛び散った瞬間、砂の塊を覆う罅割れが濃い白に染まり、強く鮮明な光を放出した。

 プルディラの完成された肉体が起こした空間破壊の奇跡。それに抗う様に世界が秩序に伴って起こした修復の意思。これらの鬩ぎ合いが起こしたエネルギーが光となって辺りに広がったのだ。


「あれ?」


 光は辺りの者達に何も影響は与えなかった。何せ光が発生したことを感知できる筈も無い極々微小な時間の煌めきだったからだ。現にレインも光が発した事には気づけず、身体は只の瞬きだと判断して何時も通り意識する事さえしなかった。


「あの罅割れはどこに行った!?」


 変化があったのは光が発して直ぐの事。砂の塊を飲み込んでいた罅割れが見る影も無く消え去っていたのだ。瞬きの間に何があったのかと事態を飲み込めないレインは砂の塊を注視していた。


 ぴしっ!!


 すると突然、砂の塊に大きな亀裂が走った。


 ぴしっ、ぴしっぴしっ!!!!


 亀裂はどんどんと増えていく。まるで数秒前の焼き直し。


 ぴしぴしぴしぴしぴしぴしぴしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしみしばきばきばきばきばきばきばきばき!!!!!!!!


 亀裂が広がり、割れ目となった。もはや無事な箇所を見つける方が難しく思える程に、砂の塊の表面は崩壊で満ちていた。


「……崩壊する。」


 脂汗を滲ませながらもプルディラの雄姿を見守っていたパドがそう呟いた直後、


 ゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!!!


砂の塊、砂の巨頭、呪いを監するジェイルマンの頭部が凄まじい音を鳴らしながら粉々に粉砕されたのだった。


「なっ、何だこりゃあ!!?」


 レイン達とは正反対、下から見上げるライガはその規模感に思わず驚愕の叫びを上げた。


「こんな馬鹿な話が……いや、現実だなこりゃ。この揺れる大気は夢じゃ味わえねえもんな。……あの中に奴の本体が居るんだったな。この衝撃、流石にまだ息があるなんて奇妙な話は無え……よな?なら、」

「まだよ。」


 油断するライガに向けてカリンが一言。


「ん?どういう事だ?」


 カリンは何かを警戒してか身構えたまま。身体の先端が赤い光を発している。


「まだ終わってないわ。もしアイツの言ってる事が本当なら、アイツがリードよりも力が有るというのなら、必ず立ち上がってくる筈!!レインもそれは分かってるでしょう。だからあたしに殿を任せた!!……もう油断はしない。ライガ、アンタもしっかりプルディラを見てなさい。必ず出番はやってくるから!!」

「……!!」


 カリンの言葉をライガは、理性的な所で言えば信じてはいなかった。しかし、カリンの言葉の奥底から感じた宝石の様な輝きがライガの本能を刺激した。


「……分かった。プルディラだな。俺が彼女を拾い上げれば良いんだろ。」

「そ。目離すんじゃないわよ。」


 二人が見上げる上空では、砕かれた砂の礫に混じったジェイルマンの骨の破片が残る力を振り絞っていた。


 ユ……ルサナ……イィィィ……


 そんな切れ切れな怨嗟を吐きながら、骨の破片は元に戻ろうとどどめ色の物体を繋ぎ合わせて一つの塊に戻ろうとする。


 グ……ウウ……モド……レナイ……


 しかし、力が足りない。もう彼等には元の形に直し、呪として生き残る力も残っていなかった。


 グウウ……アア……ナラ……セメテコイツダケワアアアアアア!!!!!!


 それならばせめて自分達がこうなった原因、近くを落下するプルディラだけは道連れにしてやるとどどめ色の物体を彼女に向けて射出した。

 物体の速度は遅い。それ程までに限界が近いのだろう。プルディラであれば空中という枷はあれど簡単に躱せる攻撃だった。

 しかし、プルディラは動く様子が無い。逆さのままぴくりとも動かず落下していく。どうやら力の限りを出し尽くしてしまったようだ。

 迫り来るどどめ色の物体を見ながらプルディラは考えていた。このまま死ねば彼と同じ道を歩めるだろうかと。きっと自分は……何という名前だったか忘れたが、悪い事をした人間が行く恐ろしい場所に向かうだろう。彼は良い人間だ。道は違えてしまうだろうが、同じ空の下で暮らせればそれで良いのだ。

 そうしてプルディラは目を瞑った。彼女の十年にも満たない短い生涯が脳裏を駆け抜けていく。


 思い残すことは無い。


 そうプルディラが思った時、灰色の光景が浮かんだ。落ちる水滴から身を挺して守ってくれた彼の身体が崩れ落ちる光景が。

 不甲斐ない自分に彼は生きろと、幸せに成るべきと言った。それは命令ではなく只の一つの言葉。仮に命令だったとしても既に主人は変わってしまった、プルディラにとって何の効力も無い。

 しかし、勇気が湧いた。全てを失ったと決めつけていたプルディラの中で急速に膨らんでいく強い熱意。

 死ぬわけにはいかない。

 グリーニヤが求めていたのは共に歩む奴隷の姿ではなく、一人で歩む事が出来る子供の姿。彼が夢見た自分になる為に今死ぬわけにはいかないとプルディラの拳に力が宿る。


「うううう……ああああああああ!!!!」


 プルディラの渇望の雄叫びの最中、彼女の自分の意志では動かない筈の右腕が震えた。


「--------!!!!」


 どどめ色の塊がプルディラの顔面を狙い迫り来る。力を使い果たした同士の空中の攻防、一体どちらに運命の神は微笑むのか。


「ああああああああ!!!!!!!!!」


 ばっちぃぃぃぃぃんんん!!!!

 理を超えて動き出したプルディラの右拳がどどめ色の塊を弾き飛ばした。


「はあっ!!はあっ!!はあっ!!」


 限界を超えたプルディラは今度こそ本当に動く事が出来なくなった。一方、弾き飛ばされた塊は軌道を変えて再び襲い来る。

 負けた。そう彼女は覚悟した。涙が勝手に顔を出した。


「【アープズ・ドゥリ】!!」


 その時、誰かの呪文が木霊した。聞き覚えのある優しい声。

 その呪文に反応してか、プルディラの服の背中から透明な光を発する魔方陣が浮かび上がった。

 魔方陣から生まれた魔法は疑似力魔法。対象に弾く力を与える、レインが二番目に愛用する魔法の行使がそこにはあった。

 プルディラの身体は塊から逃げるように大きく、強く弾かれた。塊はそれでもプルディラを執拗に狙うが、どれだけ塊を伸ばしても離れてしまったプルディラに届かない。既に射程外だ。


「よっと。本当にチャンスが来たな。大丈夫か?」


 弾かれたまま落ちていくプルディラをライガがしっかりと受け止めた。プルディラは自身の無事に安堵したのか眠りについてしまう。

 ともあれプルディラは助かった。最後の最後に見せた彼女の限界を超えた勇気が結果的に自分自身を救ったのだった。

 残るは空中に取り残された呪われしジェイルマンの骨片。どどめ色の塊になったそれを見つめる炎の視線。


「さあ、後はあたしだけ。あたしが全部を終わらせる。」


 カリンはまるでこれから走り出すかの如く両指、翼を地に付けている。指や羽の先は真っ赤な光に染まり、触れた石畳が熱で熔解していた。


「見てなさい。これが生まれ変わったあたしの超・火力!!!!」


 カリンの指先から白くて細い炎がふっと湧き出した。羽先からも同様に白い炎が発生した。

 今までのカリンが使用していた炎魔法は荒々しい赤色で、広範囲を焼き尽くす暴力性が強かった。

 しかし、この白い炎はそれとは真逆だ。暗闇を照らす優しい白色に最低限の範囲。同じ術者が発した魔法だとは誰も気が付けないだろう。

 それでも白い炎の熱量は膨大だった。触れたものを完全に焼き尽くす絶対神域の白い炎が今、デジットハーブの空を突き抜ける!!


「覚悟しなさい!!!!【白陽炎・極楽鳥アルヴォイア・ボードヘイヴェン】んんんん!!!!!!!!」


 白い炎が一瞬途切れた。それは失敗ではなく嵐の前の静けさだった。

 ごうっと膨れ上がった白炎が身体の先端から噴き出した。白炎はその勢いでカリンの炎の噴出口である精神体の詰まりを吹きとばした。

 カリンのポテンシャルが魔法に慣れた身体に馴染み、その過程で生まれた手加減というリミッターを消し炭にした事でカリンの身体は真に完成したと言っても過言では無いだろう。

 そして白炎は吹きとばした勢いそのままに、カリンの身体を目標物に向けて突き動かした。

 凝縮した炎の威力で空を駆ける今のカリンには、音も衝撃も欠伸が出る程のろまだった。唯一白光の軌跡だけが戦いを見守る者達の眼に焼き付いた。

 白炎は指先から、翼の先からカリンの身体を伝って行き、翼から伝った炎と指先から伝った炎がカリンの腕で交わった。赤く輝いていた彼女の翼は聖なる白炎に包まれ、その姿を目撃した者が居たのならきっと太陽の御子と勘違いする程に美しかった。

 だが、そんな者はいない。音を超えたカリンの姿を見切れる者など存在しない。そう、どどめ色の塊と化した邪な者達すらも今のカリンを止められはしないのだ。

 カリンは白炎を纏ったその両腕でどどめ色の塊をしっかりと握りしめ、その速度のまま彼らを上空へと連れ去った。その光の痕跡は白い渦として人々の目に届いたことだろう。

 どどめ色の物体は本来触れているだけで身も心も蝕む猛毒であった。それを握りしめるカリンは本来であれば発狂寸前の筈だが、腕に纏う白炎が逆に物体の表面を焼き尽くし、カリンが発狂するどころか崩壊寸前の呪達がその身を焼かれて致命傷を負っている。

 その事に呪達が気が付いたのは辺りの空気が薄れた頃。カリンの内部に膨れた炎が爆発し、闇夜の太陽が生まれた瞬間だった。


 ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!アツイ!!!!アツイ!!!!アツイイイイイイイイイ!!!!!!!!


 呪達はこの戦いの中で受けた何よりも辛い苦しみに悶えるが、どどめ色の塊は表面を完全に焼け焦がされ、彼等が自由に動かせる状態では無かった。


「アンタ……随分好き勝手やってくれたじゃない。皆の命の落とし前……その腐った命で償え!!!!」


 コ……コノ、クソアマァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!


 カリンの炎が火を噴いた。向かうは地表、大気圏から広大な砂の海に向かって落ちて行くその姿は宙の厄災。

 雫の様に落ちる白の光は時間にしてたったの三秒。たったの三秒にして炎は……






 視界を埋め尽くす巨大な純白の閃光と大地が割れると錯覚する程凄まじい衝撃をもたらしながら、砂の海に衝突したのだった。


「ううっ!!目がっ!!」


 遠くから見ていたレインも思わず危険を感じて目を塞ぐ程の光量が辺りを埋め尽くした。


「何だ!?振動か?……立っていられない!!」


 そして遅れてやって来た地響きが震源地から遠く離れた台地を揺らし、レインは堪らず膝をついた。


(今、何が起こっている?光はどうなったんだ!?)


 レインはそっと目を開いた。光はとうに過ぎ去っており、振動もペンが転がる程の弱いものとなっていた。


「見える……カリンはどうなった?カリ……ン?」


 目を開いたレインは不思議な光景を目撃した。


「炎が……広がっていない……!?」


 カリンが落ちた爆心地周辺の砂海が膨大な熱量によって形を変え、ガラス化した赤い大地に変貌していた。

 そんな異常な熱が放出されたというのに自分の下へその一端すらも到達していない事実を不可解に思ったレイン。


「パド、ちょっと行ってくる。」

「ああ、こっちは……気にするな。」


 パドに一言伝えてから、レインは疑似風魔法で市街に降り立った。爆心の中央へ向かって走り出すレイン。


「酷い被害だが、やっぱり炎の被害が無いな。」


 辺りは砂化して崩れた家屋が散乱しているが、焼け焦げた跡は見当たらない


「この先は……そうかここから、うわっ!!」


 走り続けるレインだったが、先の景色に気を取られて足元を何かに取られて転んでしまった。


「ぺっぺっ!!砂塗れだ。地面も家も、見える景色全部が砂になっている。こんな所まで浸食していたのか。」


 レインは身体に付いた砂を掃った。どうやら砂に足を取られてしまったらしい。

 レインの呟きの通り、ジェイルマンの浸食は既に市街にまで及んでいた。海から始まった浸食はたったの数十分で美しい海も、賑わう港も、平和な港町を完全に砂へと変えてしまったのだ。上から見ていたレインはその被害について理解しているつもりだったが、実際に現場をその目で見るとより大きな感情が湧いてきた。


「……行こう。カリンの所へ。」


 再びレインは走り出した。目元の砂粒が湿って気持ち悪いので、指で掃ったその後で。

 足元が悪い中、レインは砂海の中央に向かって走っていく。すると見えて来た。ガラス化した大地が。

 急いで近寄ってガラスの状態を観察するレイン。


「ガラスだ。と言う事はここまで炎は広がっていた筈。でももう赤熱していない。冷えたのか?この短時間で?」


 それを確かめるためにレインは一枚の薄い紙切れをガラスの上に落とした。少しでも熱が残っているのなら何か反応が見られると考えての行動だった。


「……何も起こらないな。冷え……てるのか?」


 レインは恐る恐るガラスの上に立った。熱は感じない。どうやら本当に冷え切っているようだ。

 かなり奇妙だが都合は良い。再度レインはガラスの上を走り出した。


「ん?あれは……靄?」


 そうして一分程。レインは遠くに靄の様なぼやけを目にした。そこはこのガラスの大地の中心部分、大地が最も深く抉れている。

 謎の靄を警戒しながら近寄っていくレインはやがてその正体に気が付いた。


「いや、あれは靄じゃない。カゲロウだ。それも靄に見える程圧縮された高温のカゲロウ。間違いない。間違いなくあそこにカリンは居る!!」


 レインはそう確信してカゲロウに近づいて行った。

 抉れた大地は熱を中心に抉れている為、一歩足を踏み外せば高熱に焼かれる地獄坂となっている。その為レインはゆっくりと確実に坂を下って行く。

 その時、カゲロウの中から声が聞こえた。


「ま、アンタの命じゃ人一人分すら償えないだろうけどね。」


 カリンの声だ。


「カリン!!そこに居るのか!?」


 レインは反射的に声を上げた。すると熱の揺らめきが一気に収縮を始めた。


「レイン、終わったわよ。全部。」


 中から姿を現したのはやはりカリンだった。


「あれ?白……?」

「白?」

「いや、気のせいか。兎も角、無事でよかった。」


 彼女が姿を現す一瞬、レインは彼女の赤い髪と翼が純白に染まっている光景を目にしたが、瞬きの後には真っ赤なカリンがそこには居たので自分は幻想を見ていたらしいと考えた。


「うおん!!!!」


 突然レインの腰元から小さな物体が飛び出した。


「わっ!!どうしたのフーコ?心配してくれたの?」

「うおんっ!!!!」


 カリンに抱えられたフーコはそうだとばかりに一鳴きすると、カリンの腕から飛び出して黒ずみ酷く歪んだガラスの一部を興味深そうに見つめた。


「カリン、もしかしてそこは……。」

「……戻りましょ。」

「……ああ。」


 レインは何も聞かず、歩いてゆくカリンの背中を追いかけた。一夜の戦いはこの瞬間、幕を閉じたのだった。



 ギュ……キュ……ビィィ……


 意識無き、命無き生命体が居た。


 ピュ……ギュア……


 百年の時を経て生命体はようやく死に辿り着く。


 ギョ……ギョギ……


 このまま生命体は現世を離れて待ち侘びた楽園の地獄へ向かう。それを嬉しく思う意識も肉体も無かったが、百年の妄執が世界のレイヤーに貼りついた幻影となってゆらゆらと揺らめいていた。


 ギュ……?


 その時生命体は気が付いた。自分を見つめるナニカが居ると。

 その目は今の生命体には大きく映り、開いた口は宙の穴の様に黒かった。


 ギュ……ギュ……


 生命体は理解した。こいつは駄目だと。

 口の中に見えた渦巻く悠久の生存力、生存エネルギーが真なる意味でこのナニカが次元の違う存在だと示していた。


 ギュ……ギュピ……ピ……


 嫌だ、地獄に行きたいんだ、そう命を乞うがナニカは大きく広げた口でそのまま……



「フーコ、行くぞ。」

「うおんっ!!」

長すぎた!!!!反省!!!!

ご閲覧いただきありがとうございます。いや、本当に。

次回の更新は9月19日の12時頃です。多分長くない。

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