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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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別れと繋がり

「グリーニヤに何があった!?」


 プルディラの肩を掴むレイン。彼の問いかけにプルディラは答えられない。

 仕方が無い。彼女の祝福の代償は自己意思による行動権の剥奪。彼女がレインの言葉に対して自分で言葉を形作る事が出来ない事はレインも分かっていた。

 しかし、プルディラはレインの眼を必死に見つめる。それだけが彼女に許された意思疎通の方法であり、自己の存在を認められる唯一の行動であった。

 レインは見つめ合うプルディラの瞳の中に怯え、自責、喪失等の酷くネガティブな感情を確かに感じ取った。


「あったんだな。……プルディラ、俺達を運んでくれるか?いや、こういう時は“いいぞ”だったな。」


 レインの了承を受け取ったプルディラはかっと目を見開いて、自分よりも大きな男性二人を両肩に抱えた。


「プルディラ行こう!!」

「……!!」


 プルディラはしゃがみ込むと、空に向かって大きく跳躍した。

 巨大な砂骸の横を抜け、遠くの高台へ放物線を描くように飛び跳ねる。以前の様に空中を泳ぐのではなく、力任せに一足飛びで目的地へと向かう。

 パドの空中飛行とはまた違った感覚。高所から落ちる浮遊感がずっと続く奇妙な感覚をレインは覚えた。

 あっという間に三人の身体は高台の真上にあった。上から見下ろすだけでも分かる、毒の雨の影響がこの高台まで及んでいた事が。

 緑の庭園は穴だらけ。呪いの砂が溜まり、修復が困難そうに見えた。近隣の木々も幹の一部が砂に変わった事で、倒木と化しているものが多く見受けられる。パドと出会ったジョーホルターの建物も砂に塗れた瓦礫と為り果てていた。

 徐々に地面が近づいて来る。もうレインは慣れたものではあったが、如何にせんこれは落下だ。人に命を任せた落下というものはこんなにも怖いのかとレインは身震いした。

 それがプルディラにも伝わったのかプルディラは空中で一回転をすると、


 バギィッ!!


 虚空を踏みつけた。

 空に割れ目が生じ、けたたましい爆音が鳴り響いた。


「「ううっ!!」」


 爆音で呻く二人だったが、その音とは裏腹に身に掛かる衝撃は少なく、一瞬時が止まったかの様に三人の体は安全に地上に降り立った。きっとプルディラなりの気遣いだろう。


「助かった!!プルディラ、案内してくれ。」


 レインの言葉に反応したわけでは無かったが、プルディラは素早い身のこなしで遠くに倒れた人影へと向かって行く。


「レイン、先に行け。」


 パドがその場に座り込んだので、彼の言う通りレインは穴だらけの庭園を踏みしめながらプルディラの元へと向かって行った。

 そうしてレインが辿り着いたのは高台の端、町を一望出来る場所。以前感動した景色は砂の怪物によって塗り潰されてしまっていた。


「んー!!んー!!」


 プルディラが意思とは無関係の涙を流し、倒れ込んだグリーニヤを揺すっている。


「……おや、レインさん……来てくれましたか……。えらいですね……プルディラは。」


 倒れたグリーニヤは息も絶え絶えに声を振り絞った。

 その姿は何とも無惨であり、腰から下、左の肘から先、そして右眼球から右頬が砂と変わって千切れ落ちていた。

 もはや生きているのが不思議な程の状態になりつつも、残った右手で何かを必死に書き留めていた。


「グリーニヤ!!そ、そんな……!!待ってろ、直ぐに医療班を、」

「はは……無駄ですよレインさん。擦り傷とは……違いますから。今にでもこの命……手放せる程辛いのです。ですから、どうか、どうか私の為と思って聞いてください。」


 レインにも分かっていた。グリーニヤが助かる可能性は万が一にも残っていないことを。

 そんな死の間際でも発狂せずに自分を保ち、未来に事を託そうとするグリーニヤの黄金の意思にレインの熱く震える心が揺さぶられた。


「……分かった。話してくれ。」

「!!」


 レインの言葉に驚愕の視線を向けるプルディラ。何故助けを呼んでくれないのかと言わんばかりの視線を向けるが、当のグリーニヤ本人はそれで良いと笑顔を見せた。


「……以前私がこの町に……来る事になった理由をお話ししましたが……実はお話していなかった理由がもう一つ御座いました。」

「それは何だ?」

「……旅の占い師から……お前の最期はデジットハーブだと……言われていたのです。」

「じゃあ、あんたは死ぬのが分かっててこの町に来たってのか?」


 グリーニヤは力無く笑った。


「占いなんて……信じる方では無かったんですけどね。でもその時は……それが私の死に時だと何故か素直に受け入れられたんです。」


 そう言ってグリーニヤは血管の青が見える程白く色抜けた手で、レインに三枚の封筒を差し出した。


「それから……いつ死んでも良いように遺書を持ち歩く事にしたんです。……まあ死の間際に伝えておきたいことが増えてしまいましたがね。……これをレイン様、貴方に託します。」


 グリーニヤが差し出した封筒を受け取ったレイン。よく見ると一番上の封筒に自分の名前が書いてあることに気づく。


「これ……俺宛?」


 今書いたばかりなのか文字は指で多少擦れ、他の封筒に比べて妙に分厚い。


「貴方とプルディラです。意味は中身を……読めば分かりますよ。残りの二つは……私の死後に祷る思いが芽生えたのなら……どうか届けて欲しいのです。」

「必ず届ける。必ず……!!」


 グリーニヤは悲しく笑うと、彼方へ向けて手を伸ばした。


「プルディラ……そこに居るのかい?」


 プルディラは返事が出来ない。故にグリーニヤの言葉に誰の声も返らない。

 こんな最期にグリーニヤがそれを忘れるだろうか。いや、そんな事は無い筈だ。きっとプルディラが自分に縛られないように、とのグリーニヤの優しさだろう。


「……貴女に出会って四年位ですね。私は……貴女に何もしてやれなかった。人並みの暮らしをさせてやりたかった。」


 グリーニヤの言葉にそんな事は無いと視線で訴えるが、既にグリーニヤの眼は開いてはいない。そんな体力も無いのだろう。


「私には……金を掛ける事以外の愛情が……分かりませんでした。貴女に私から遺してやれるのも……結局財産しかないと思っていました。でも……貴女には金に生きた私の様にはなって欲しくないのです。貴方は愛を知ってください。生まれも忘れ、過去も忘れ、その身を縛る祝福という名の呪いも忘れて愛に生きてください。」


 プルディラの目から涙が零れ落ちた。口から声が漏れた。それはグリーニヤが心の底から聞きたかった彼女の真の心。


「……プルディラ……貴女は……幸せに成るべきです。」


 プルディラの心に最期の言葉を遺して、グリーニヤの手が地面に落ちる。そしてその体はもう二度と動かなかった。

 グリーニヤ・フォレスト。彼の六百と二十五年に渡る永く険しい人生の幕が下りたのであった。


「うう……うぅううう……!!」


 プルディラの悲しき唸り声がデジットハーブに木霊する。

 唯一家族と呼べる者を失った彼女の悲しみは直ぐに怒りへと変わった。

 内なる野獣が暴れ廻り、仇敵を食い千切らんと牙を剥いたが、彼女の体は世界に鎖を繋がれた悲しき愛玩動物。怒りを吐き出せないジレンマに悶え、口の端から泡が漏れ出た。

 プルディラが心と肉体の乖離に苦しむ最中、レインはグリーニヤに託された封筒の中身を見ていた。

 中身は森のマークがあしらわれた小さな文字盤、硬く畳まれた羊皮紙、そしてレインに充てられた一通の手紙だけだった。


「……」


 レインは手紙に目を通す。上から下へ、左から右へ流し読む。


「……なんだ。」


 レインは手紙を畳みしまうと、羊皮紙を閉じる紐を解いた。


「俺宛とか言いつつ、プルディラへの愛情に満ちているじゃないか。」


 羊皮紙を開き、そこに描かれた小さな魔方陣に向けて手の甲を押し付けた。


「ぐっ!!うう……ああぅ……!!」


 悶え苦しむレイン。身体の隅々に流れた紫色の濁流がレインの精神に変化の兆しを与えた。


「!!!!」


 プルディラも何かに勘づいた様で、レインに強い眼差しを向けていた。


「ぐぐうううううっ!!!!うあっ!!ああああああ!!!!」


 身体と精神が割ける、そう思う程の激痛に襲われるレインの身体、服の内側に隠れた彼の背中に刻まれる新たなる印がプルディラとの運命の繋がりを指し示し、プルディラも本能で新たなる飼い主の存在を感知していた。


「うう……うううっ!!!!」


 強制的に繋がれた縁の糸に強い拒否を示すプルディラ。何故感傷に浸らせてくれないのかと唸り睨みつける。


(許せプルディラ。)


 レインの手の甲には魔方陣が刻み込まれ、はらりと落ちた羊皮紙は新品の様にまっさらだった。

 胸の内でプルディラに申し訳なく思いつつも、生きる為には仕方の無い事だったと手紙の内容を思い出して言い訳をした。


『レイン様、貴方がこれを読んでいると言う事は、どんな事情であれ私の命は失われてしまったのでしょう。それは良いのですが、きっと動かない私の傍らにプルディラが居る事でしょう。知っての通り、彼女は自分で事を為す事が出来ません。そのままでは彼女も私の傍らで朽ち果ててしまうでしょう。このようなことを一介のお客様であるレイン様に託すのは私も心苦しいのですが、どうか貴方にプルディラの新たな主人となって欲しいのです。何を突然と思うかもしれませんが、私は貴方がたの部屋にお呼ばれされたあの日から託すお方を決めていました。ただこれだけははっきりと言わせて貰いますが、貴方の優しさがなどと薄っぺらい話をするつもりはありません。貴方の摩訶不思議な構築の魔法がプルディラの為になると、そう思ったからこそです。こんな打算有りきの提案で心苦しいのですが、どうか貴方の優しさに付け込ませては貰えませんか。』


 レインはそれを読んだ時、即座にプルディラの主人となる事を心に決めた。

 最悪のタイミングであることは分かっていたが、彼女の意思を尊重する為と銘打って彼女の意思も無いままに縛りを加えた。


「プルディラ。」

「!!?」


 レインの、主人の言葉に否が応でも身体が動く。プルディラはまだグリーニヤを主人と認めている。犯罪奴隷だというのにこんなに緩い縛りで済ませている、その事にレインはグリーニヤの優しさを感じたが今は感傷に浸っていられない。


「悲しむのは戦いが終わってからだ。前を向け。」


 プルディラは立ち上がり前を向いた。遠くには砂の巨人と炎と雷の猛襲が見えるが、それはプルディラが望んで見ていた景色ではない。


「うう……ううううう!!!!」


 それでもあの骸骨を見た瞬間に湧き上がる怒りの炎がある。主人を殺した存在への憎しみで肺に熱が籠る。初めてで、とても嫌な感覚だった、


「落ち着け。深呼吸をしろ。……でもその怒りだけは吐き出すな。それはお前の力になるから。」


 そのレインの言葉に反応して深呼吸をするプルディラ。不本意の行動ではあったが、悔しくも頭が冷静になるのを感じた。

 しかし、命じられたのはただ頭を冷やすためだけの深呼吸。胸の内に残した怒りが拳に力を込める。


「……とは言え、あいつをどう打ち倒すべきか。多分、中に蠢いているんだよな、本体が。」


 先の放水の直前にレインは目撃していた。触手の根元に存在する白い物体を。

 てっきりレインは触手そのものが砂の中を動き回っているものだとばかり思っていた。

 しかし、一瞬見えたその白い物体から生えているものだとしたら。触手が奴の力の源で間違いないのならその大本となるあの物体は恐らく本体。


「きっとあれは奴の骨格だ。海に落ちた奴の生身の部分だろう。……でも、中で動き回っている物体をどう対処すれば……。」


 かちんっ


 金属音が響いた。

 熟考していたレインはその音で我に返った。敵襲かと辺りを見渡したが、近くには睨みつけるプルディラの姿しかない。


「……?まあいいや。プルディラ、君はどれ位なら出来る?……今は答えてくれ、いや答えろ。」


 睨みつけながらも口を開くプルディラ。


「あたま、こなごな。」

「あいつのだよな?……と言うか、力魔法でそんな事まで出来るのか。ただ、パドの魔法とカリンの魔法で広範囲を吹き飛ばして無力化出来たとしても胴体全ては難しいだろうし……奴の本体を炙り出す良い方法は無いだろうか。」


 かちんっ


「さっきからなんだこの音?」


 レインが再び熟考に入った時、先程と同じ金属音がどこかから鳴り響いた。

 しかし、見回してもそれと言った異常は見当たらない。


「なあプルディラ、この音が何か、」


 プルディラの目線がレインの腰元、愛用の荷物袋に向かっている。


「何だ?何か気になるのか?」


 中で眠り呆けているフーコの存在でも察知したのだろうか。そう思いレインが袋の口を開けたその瞬間、


「あ痛っ!!」


 凄い勢いで飛び出た何かがレインの額に打ち当たった。

 いきなりの事にレインはよろけて額を摩り、プルディラは警戒の視線をそれから外さなかった。


「おいフーコ!!出てくる時は注意しろとあれだけ……ん?」


 フーコの仕業だと思い怒るレインだったが、地面に落ちた物体を見てその考えを改める事となった。


「刀?何でこれが?」


 袋から飛び出たのはアウスレイでレインが手に入れた業物、名も知らない刀だった。

 刀は硬い地面の上でかちかちと震え、金属を鳴らしている。音の正体はこの刀だったとレインはそこで気が付いた。


「うううっ!!!!」

「ああ、驚かせてごめん。これは只の俺の武器だよ。」


 警戒を強めたプルディラを宥めながら落ちた刀を拾おうと鞘を掴んだレイン。


「ん?」


 その時レインは刀に異様な力を感じた。


「あれ?引っ張られる……?」


 そう。刀が何者かによって引っ張られるような、そんな腕力的な力を感じたのだ。

 次第に力が強まり、レインは片手では抑えきれなくなって両手でしっかりと握りしめた。


「おっ、落ち着けっ!!!!」


 両手で持ったことで力が拮抗したのか、刀がそれ以上前に進むことは無かった。


「何なんだ一体。この剣、レンディルの時もそうだ。刺さらない者に刺さるわ、勝手に動き出すわ、曰くでも付いてるんじゃないか?」


 あの戦いの時からレインはこの刀に疑問を持っていた。それは何故レンディルに刺さったのかと言う事だ。

 魔法以外を飲み込むレンディルの腹を何故かこの刀の刃だけは抵抗なく貫いたのだ。

 この一件から、レインはこの刀が何か曰くを持った妖刀なのではないかと睨んでいたのだが、その辺りの話はまた別の機会に。

 今重要なのはこの刀に不思議な能力が恐らく、いや間違いなく備わっていると言う事。


「……あれ?この刀、ちょっとずつ動いてる?」


 レインは更に気が付いた。鞘に納められた刀の先端がゆっくりと、ゆっくりと上下に動いているのだ。その動く先には炎と雷に翻弄される砂の巨人の姿があった。

 巨人は纏わりつく炎を振り払おうと腕を振るうがその力は弱く、炎にしてみれば只のでかぶつがゆっくりと動いているに過ぎない。

 簡単に躱される現状に嫌気がさしたのか、巨人はその口から不気味な触手を……


「お!?」


 触手は簡単に炎によって切り裂かれたが、レインはその様子を見ていなかった。

 何故なら触手が現れた瞬間、刀の先端が微かに上へと動いたからだった。


「今の……いや、もしかして……」


 この一連の流れにレインは一つの答えに辿り着いた。


「プルディラ。」


 その呼びかけにプルディラは疎ましそうな眼付きで返す。


「喜べ。あの死にたがりを殺す方法を思いついたぞ。」


 レインが確信めいた顔つきでそう言い放つ横で、不機嫌顔のプルディラがばんざいを始めたのだった。


「……。」

「……悪かったよ。」

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は9月17日12時頃です。

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