VS砂骸
「さあレイン、堕とすぞ!!」
そう言ってパドは笑いながらレインを肩に背負った。滴る血液がレインの服に付着した。
「その傷治さなくていいのか?」
レインが傷を気にすると、パドは何でも無いような素振りを見せる。
「これでもマシになった方だ。どうせ戦えば傷は増えていく。気にしていたら戦いが終わらんぞ。……ただ、お前がどうしても見苦しいと思った時はこれでも振りかけろ。」
パドは胸ポケットから三本の小瓶を取り出した。以前レインもよく見ていたあの治療薬の小瓶だ。
「分かった。俺はパドの回復とサポートが仕事と言う事でいいんだな?」
「それとデコイだ。さ、飛ぶぞ。口は閉めておいた方が身のためだ。」
囮扱いは少々不満だったが、こういう忠告は素直に聞くが吉と身に染みていたのでレインが素直に口を閉じた直後、二人の身体……と言うよりかはパドの身体が上空に落ちていった。
「……どうやってるんだ?空を飛べるような魔法では無いと思っていたけれど。」
空を滑るように、曲線を描き飛行していくパドの魔法に関心を示すレイン。
「昼よりは余裕がありそうだな。……そうだな。教えてやっても良いが、目の前の脅威を取り払ってからだ。来るぞ!!」
urr……と底冷えするような重低音の唸りを上げて、形満足の砂の手が飛び回る蠅を潰そうと大きく迫る。
はぁと息を吐き、パドの左手に魔槍が宿る。滴り落ちる血の跡がその見えぬ形を浮かばせた。
「【ディビル・ワンス】【ピュラネリタ】」
詠唱が続き、滴る跡が宙に浮かぶ。
パドの手を離れた不視の槍はまるで箱庭世界を廻る月の様にパドの周りを飛び回る。
付着した血滴はその速度で早々に散り消え、もう只の目視では確認できない。
しかし、迫り来る砂の手を際際で避けた時に露出する、その黄土色の肌に刻まれた薙ぎの痕跡が槍の存在を明確にする。
「……随分と鈍間だな。この調子なら直ぐに発掘が終わるぞ。」
「だと良いけどな。パド、あれを。」
レインは指差す。片手が消し飛んでいた筈の砂の片手が徐々にその形を取り戻している光景へと。
「ちっ、あれが再生か。あの速度、厄介なものだな。」
多少余裕を持っていたパドの額に汗が滲む。見れば今しがた腕に与えた傷跡すらも塞がる動きを見せている。
「パド、移動しながら聞いてくれ。」
下や砂の腕を見ながらレインがそう切り出した。
「何だ?」
「あいつの再生の様子、リードの時と様子が違う。あいつの時はもっと禍々しい触手の様な物体が蠢いていた。」
レインの記憶ではリードの身体に赤黒い触手が住み着いていた。それが奴の身体を再生しているものだと思っていたが、ジェイルマンの腕にそれは見当たらない。
「個体差は?リードとジェイルマンの行動パターンが違う以上、それも考えられるのでは?」
ジェイルマンの愚鈍な攻撃を躱しながらも具体的な案を提示するパド。
「その可能性もある。寧ろそちらの方が可能性が高いだろう。俺の理由は只の直感だからな。でも、人間体のジェイルマンから感じたリードと共通する恐怖感が今の一連の回復行動からは感じられなかった。何かしらの違いはあると思うんだ。」
それに対するレインの答えは曖昧だった。
「取り合えず頭には入れて置くとっ……しよう。どちらにせよあの砂の再生を攻略しなければ俺達に勝機はっ……訪れないからな。」
攻撃を避けつつ話をするパド。敵を翻弄する素早い飛行に愚鈍なジェイルマンは対応出来ない……筈だった。
「パド……なんか……」
「ああ。奴め、段々と速度を上げている!!」
初めは飛び回り槍の軌道を被せる事など容易に出来る位には余裕があったのだが、ほんの数分飛び回ったそれだけでジェイルマンの大振りが理知的な小回りのあるものへと変化していた。
様子見をしていたと言わんばかりの一連の行動の変化は、パドの脳が速度の変化を錯覚し攻撃の機会を見失い始める程。
「あっという間に……防戦一方だな。」
「パド、ここは一旦離れよう。海か森側にうおっ!!」
レインが戦況の立て直しを図ろうとしたその時パド達の真下、視覚外からの突き上げが襲った。
世界の中心、神話に描かれた神塔の様に高く突き抜けた砂の柱が二人の際を登っていく。
予想外の一撃。想定外の速度を間一髪で直撃を免れた二人だったが、
「パド大丈夫か!?」
「……レイン。さっきの薬を。」
反応が遅れたパドの足が砂の腕に掠っていた。
掠ったとは言え相手は全長二百を超える化け物。多少の怪我で済む事は無く、パドの足は膝関節から下が弾き飛ばされ海の藻屑となってしまった。
「!?口を開けろ。」
パドの口へ小瓶の入口を向けるレイン。パドが先端を齧り器用に内容物を飲み干すと、無くした片足が膨れ、再生を始めた。
「ぷっ!!不味い。奴め、やはり力を隠していたか。
パドが吐き出した小瓶が埠頭を埋め尽くす砂の海へと沈んでいく。
「パド、やっぱり一旦退こう。俺を狙っているとはいえ、奴が対応し始めた今接近戦は分が悪い!!」
レインはそう言ってパドの首元を引っ張った。
言葉が無くても下がれと伝わるその仕草にパドの首は物理的に傾げ、下を向いた。
「レイン、苦しいから引っ張……影?」
パドが何かを呟いた。
「影?影がどうし……はっ!!ジェイルマン!?」
手を突き上げたきりジェイルマンのアクションが無い。急ぎ上を見上げたレインは空いた口が塞がらなかった。
「おい……何やる積りだよ!!」
ジェイルマンは天高く突き上げた腕をそのまま、振り上げたまま真っ直ぐ振り下ろす。
「なるほど。これならレインと町を天秤に掛けられる訳か。どうやら俺達は巨大なものの戦い方が分かっていなかったようだな。」
関心したように語るパドだったが、その顔には怒りの模様が浮かぶ。きっと犠牲を増やしたがるその戦い方が気に喰わないのだろう。
パドは迎撃を試みる。体から溢れた魔成素が再び体内に取り込まれると、パドの瞳に魔方陣が浮かんだ。
パドの身体に触れるレインは先程よりもパドの体内の魔成素の流れをよく理解する事が出来た。
魔槍は程ほどの魔成素のみで構成されており、魔成素の大半を利用しているのはパドの体内のどこかで発動している超規模の魔法だった。
(一発の攻撃を決めるために持てる魔成素のほぼ全てを利用する気か……あの規模の破壊力を出すためには仕方ないとは言え……)
不用心。
ジェイルマンの本気が見えてこない段階で守りを捨てるのは幾ら何でも早すぎる。
しかし、そうしている間にもジェイルマンの天を切り裂く大断頭は大地に向かって落ち続けている。
パドは既に構えを見せ、迎撃の準備を進めている。
(……いや、俺ではあれは止められない。もしもを考えてパドが守りに徹する必要なんかないだろう。パドが動くというのなら俺は……)
迫る腕を、その奥の天幕に天体を映し出すパドの目が光る。
「【天煌地創、唸れ。ディビル・ミディ……】」
パドの詠唱が始まった。
天体を映し出す大魔の法はその術者だけに姿を見せた。
「【ドゥリラ……】」
握る槍がその力を受け始めた。耐えられない程の引力を気合一つで抑え込む。
それが発散された時、無垢の槍は星の一撃となる。
「【ワンス、】」
しかし、先に手を打ったのはジェイルマンだった。
urrr……と唸りを上げると、ジェルマンの砂の手に突如亀裂が走った。
「やばい!!」
レインの腕が天に伸びるのが早いか、ジェイルマンの砂の腕が亀裂から赤黒い光を放ちながら瞬く間に崩壊した。
拳大の砂塊がまるで雨霰、光の粒の様に降り注ぐ。
その速度は異常。腕を振るう速さよりも遥かに速い。
「ぐ……」
冷や汗を流すパドの視点の状況は最悪だった。
砂塊が自分達に辿りつく前に詠唱は終わらない。イメージだけで創り出すには難解すぎる魔法な為に、詠唱が終わらなければ発動も出来ない。
しかし、魔成素の大半を攻撃に使用してしまっていた。防御に回すには更なる変換を行わなければいけないが、その手間が今は煩わしかった。
絶体絶命。急いては事を仕損じるとはまさにこの事。案外パドも余裕が無かった事の現れである。
せめて少しでもとパドは魔法を崩しに掛かる。瞳に映る魔方陣が薄れていく。
「待て、パド。その魔法はそのままに!!」
その時、レインの言葉が一人きりのパドの心に響いた。パドの瞳の魔方陣が光を取り戻してゆく。
「守れ!!」
レインの手の平から光の壁が飛び出し、降り注ぐ砂塊をほんの数秒防ぎきる。
「パド!!高度を下げてくれ!!」
レインは砕かれた魔法の壁を間髪入れずに張りなおす。それが二、三秒毎に繰り返されて徐々に壁との距離が迫る。
「パド!!落下した後の事はいい!!頼む!!」
魔法が張り切れなくなる前にと懇願するレイン。
「……分かった。」
二人を吊るしていた糸が切れ、眼下の砂地獄へと落ちていく。
百メートルの落下の道中、レインは魔法壁をこれでもかと張り巡らせた。
もうレインの目は上を見ていない。七十、六十、四十と迫る地面にタイミングを合わせる。
三十、十五、七、五……レインが小さな球を一つ放った。
「【アープズ・ウォートア】!!」
二人の身が地面に激突するその瞬間にレインの放った魔道具が砕け、中から魔方陣の大輪が花開いた。
魔方陣に光の線が満ちると、二人の身体がほんの少しだけ浮き上がった。
魔方陣は辺りに降り注ぐ砂粒をも取り込み、その速度を減少させていく。
多すぎず少な過ぎない、最適な分量の力を受けた二人は何事も無く砂の海に着地した。
「……飲み込まれるぞ!!」
しかし、ゆっくりと降り注いだ砂の粒は砂の海となり、更には流砂となってパドの足を飲み込み始めた。
「分かった!!【ブレムズ】!!」
疑似風属性魔法陣がレインの身体から出現し、二人を大きく吹き飛ばした。
砂の礫を躱して二人が降り立ったのは近隣の宅の屋根。奇しくもそこはジェイルマンとの邂逅を果たした酒場の屋根であった。
「……ふぅ、何とか間に合った。」
魔法の発動がスムーズに迅速に行えたと安堵の溜息を漏らすレイン。しかし、状況は山の天気の様に簡単に移り変わるのだった。
「レイン!!まだだ、来るぞ!!」
パドが指差す先には大きな砂煙が舞い上がっている。何がそれを起こしているのか、目を凝らさなくても良く理解かる。
「ジェイルマン!!そうまでして俺を殺りたいか!!」
ジェイルマンの腕が海辺の町を根こそぎ削りながら自分を仕留めんと迫り来るその光景に、レインは思わず声を上げる。
「町の人達は……」
いちいち範囲が大規模なジェイルマンの攻撃。住民たちの避難は追いついただろうか。もしも残されている人々が居てしまったら……
ザー……ザー……
ノイズが走る。レインは耳元に指を当てた。
「……パド、魔法の準備を。目標は上で。」
「おいレイン!!あいつをこのまま放置は出来んぞ!!」
急なレインの指示にパドは怒りを見せるが、レインは余裕そうに笑う。
「大丈夫。ライガから連絡があった。住民の避難は完了済み。あの手には既に、」
「はああああああ!!!!」
砂煙が炎に包まれた。
燃え栄える炎の中で砂の腕は溶け落ちてガラスと化した。これで暫くは腕としての機能は果たせないだろう。
「カリンが対処済み。パド、狙えるぞ。あいつの無防備な顔面を。」
「……承知した。」
状況は山の天気の様に簡単に移り変わる。
ジェイルマンの腕は両方とも瓦解。直ぐに再生を始めるだろうが、それを待つ程のお人好しはこの場には存在しない。
一方先程まで絶体絶命の状況だったパドはレインの機転によって、直ぐにでも魔法を放てる最高の状態を保っていた。
吹くのは追い風。詠唱は今、形となった。
「【天煌地創、唸れ!!ディビル・ミディドゥリラ・ワンスピュラネリタ】!!!!」
不可視の槍が放たれた。狙うはジェイルマン……いや、その背後に現れた二つ目の月。
朧なその月は大地に生きる者に何かを与える存在ではない。闇に巣くう悪を滅する浄化の月。
月の引力は只の槍一つを、昇る隕石へと昇華させた!!
「urrrrrrr!!!!」
見えない何かを感じ取り、唸りを上げる砂の獣。しかし、気づいてしまっては遅いのだ。
「------!!!!」
声にならない叫びを上げながらジェイルマンの顔面が瓦解していく。その崩壊の中心は彼の顔面に突如として生まれた小さな孔だった。
その巨体に対して小さすぎるその孔は一瞬の内に過ぎ去った槍の印。そこから生まれた衝撃波は辺りを吹き飛ばした。
「--- -- - ……」
孔から崩壊が起こり、ジェイルマンの唸りが掻き消えていく。
やがて残された景色は一種の芸術の様。
見上げる程巨大な砂の化け物の首に真の月が重なった。
ナンデ……ナンデウマクイカナイノォォォォ!!!!
煮え滾る意識達が発狂する。
コンナニ……コンナニウマクヤッテルノニィィィィ!!!!
気の向くままに暴れる。それだけで全部が思いのままになる筈なのに。それなのに目の前の屑蠅共はいつまでもいつまでも鬱陶しく飛び続けるばかりか、反撃までする始末。そんなもの意味を為さないというのに。
……俺の言うようにやってみろよ……
ウルサイッ!!!!オマエワダマッテクエバイインダ!!!!
余計な囁きを一蹴するが、百年も付き合っているから諦めない事位理解していた。
……でも分からないんだろ?お前らは馬鹿だから真正面に突っ込む事ばかり考える。卑怯なやり方は俺の専門だろ?……
ググッ……オマエナラドウヤル……
……そうだな……せっかく町中に砂撒いたんだから有効的に使おう……
こうして戦いはフェーズツー、第二段階へと移行する。
デジットハーブに降るのは雨か槍か砂か……結末は決まっている。この世の誰かがそう決めたから……
ご閲覧いただきありがとうございます!!
次回の更新は9月9日の12時頃です。
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