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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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ブラグドッグの最終兵器

「何が起こっているの!?」


 埠頭から逃げ出した三人は、船着き場から魚市場へと続く道幅の広い通りへと逃げ込んだ。ジェイルマンの落下地点からおよそ二百と言った所だろうか。

 それほど離れていてもなお視界に収まらない程の巨大な骸骨が夜空を塞ぐ。


「まさか……ジェイルマンか!?」


 面影など欠片も無かったが、先の白骨死体と姿が重なった。三人はこれから戦う敵の壮大さに身震いをした。


うぅううううぅううぅ……!!


 町中に赤いサイレンが鳴り響く。耳を劈くその音は町に災害を伝えるサイン。


「なんだなんだ!?」

「津波か!?」


 鳴り響いた警報に驚いた住人達が家々を飛び出した。

 こんな港町で災害が起きたとなれば嵐か津波を想像したのだろう。しかし、住人達は海から突き出た黄土色の骨格を目の当たりにした。

 皆、ぽかんと呆けた様子。何せこの町の何より、いや周辺町村の何よりも巨大な物体がゆっくりと動き続けているのだ。この光景はあまりにも現実味が無いのだから、危機感を直ぐに持てないのも無理も無い話だが。

 しかし、サイレンは一向に鳴り止まない。否が応でも目の前の光景が現実だと分からせられてしまう。


「ひっ!!うあああああ!!!!」


 誰かが恐れ、逃げ出した。それを筆頭に一人、また一人と走り出す。

 叫びは連鎖し、町に狂乱を呼び込む。


「まずいな……これからあいつと戦うってのに、住民達が町中に広がっちまった!!」


 三人は近くの民家の屋根へと避難していた為混乱に巻き込まれることは無かった。

 しかし、守るべき命が統率も取れずに町中の至る所へと散らばってしまった。

 これでは町全体を気にしながら戦うことになるが、これほどの巨体を相手にそんな余裕はあるのか、下手をすれば全滅も有り得る。

 三人が最悪の決断を下さなければならないと心に靄がかかったその時、


『あー、あー、皆さん聞こえますか?皆さん、聞こえますか?』


 どこからか女性の声が響いてきた。

 どこか落ち着くこの声色、レインとカリンは聞き覚えがあった。


「……アリアだ。とするとこれはブラグドッグの放送?」

『現在、町の北東、海辺より未知の生命体が強襲しています。平和な街に訪れた未曽有の危機に皆さまの恐怖、痛いほど理解しております。ですがご安心を。皆様の恐怖は我々ブラグドッグが責任をもって駆除いたします。皆様は落ち着いて近くの係員の指示に従って非難を始めてください。なお、この放送は順次繰り返します。我々はブラグドッグ。震える貴方の味方です。』


 です……です……

 アリアの声の残滓が響き、放送が終わった。


「あれ?静かになってる。」


 すると、放送の前には狂乱で騒がしかったデジットハーブの町に落ち着きが満ちていた。


「レイン、今の放送……」

「ああ、幻惑魔法による精神安定の術が掛けられていた。だから町の人達も平静を取り戻せたんだろう。」


 レインは眼下の町を見下ろす。そこには先程まで半狂乱だった住民達が冷静さを取り戻し、付近のブラグドッグ団員と思われる男性に付き従って行く光景があった。


「きっとパドが言っていた準備とはこの事だろうな。アナウンスと町中に配置された団員達、やっぱり手馴れている。」


 そう呟くレイン。その傍らに空から何かが飛来した。


「失望したか?」

「いや……それだけ人を想って行動してきたという証だろ。頼もしい限りだよ、パド。」


 そうか、と真顔で笑うパドだったが、空に目を向けて溜息をついた。


「で、あれがジェイルマンの本当の姿という奴か。……ちっ、反吐が出る。」


 urrr……と低い唸りを上げながら片腕を振り上げるジェイルマンの遺骸。圧倒的質量を兼ね備えたそれはまさに天を貫く聖槍であった。


「……これからの話をしよう。」


 パドが顔を下げ、真剣な顔でそう言った。


「奴はあの姿の通り、本体は骨そのものだ。しかし、奴らの性質上確実に強靭な再生能力が備わっている。その為、」

「待って。何であいつと初めて相対するアンタがそれを知ってるの?言ったっけ?」


 カリンがパドの話を中断する。

 確かに今のパドの話はリードやジェイルマンと近しい存在と出会った事が無ければ知り得ない情報だろう。仮に以前カリンがリードについて詳しく話していたとしても、ここまでの口ぶりは何かしらの確証が無ければ出来ないだろう。


「今はそれ所では……いや、一応話しておく方が良いか。カリンの言う通り、俺は最初からジェイルマンの事は知っていた。とは言っても元の名と大まかな能力位だ。それ以外は知らん。」


 以前なら語らずに不満を呼び起こす男パドだったが、レイン達との出会いで考えも多少変化していたようだ。


「そしてなぜ俺が知っているかだが……詳しい話は後で戦いが終わった後にしたい。今は端的に話す。俺の父が奴らの同僚だったからだ。」


 三人はその告白に驚きはしたものの、パドの言い振り、動きぶりにやましさを感じなかった。故に、


「つまり、父親から奴らの悪行を聞かされて居ても立っても居られなくなったお前は、屋敷毎この町にやって来たって事だな?」

「大体似たようなものではあるが……なんかむかつく言い方だな。」


彼の信頼は揺るがなかった。


「さて、話の続きを、時間が無いから簡潔に。奴の足元、背骨の生え際を見てくれ。」


 彼らは言われたとおりにそちらに目を向けた。


「……ん?海から生えている筈なのに背骨の周りに何か見える。」


 レインの言う通り、ジェイルマンの背骨付近の水、及び埠頭の一部が何やら別素材の陸地の様に浮いて見える。


「あれが奴の能力の一つ、砂化だ。触れているものを徐々に砂へと変化させることで、最終的に自分のフィールド、砂漠を作り出す。放って置いたら町毎砂漠と化す。つまりあれが時間制限だ。」


 よく見ると確かに砂だ。埠頭の一部が砂の繋ぎ止めの弱さに負けて崩れ落ちている。

 そして徐々に範囲が広がっている。今はまだ埠頭のみで済んでいるが、後一時間もすれば海辺の町が砂に沈んでしまうだろう。


「そして奴は不死身にも思える再生能力を持っているが、何も本当に不死身な訳ではない。真なる姿を見せた時、高火力の魔法で再生力の源ごと核である骨を破壊し尽せば奴を殺すことが出来る……らしい。」


 最後の最後で何故かパドの勢いが薄れ、どうにも曖昧な言葉が出てきた。


「ちょっと、一番重要な所が曖昧でどうするのよ。」

「仕方が無いだろう。理論的には可能というだけだ。実際、今までそれを実行できたのは一人だけ……カリン、お前だ。」

「え!?あたし!?」


 急に話の風向きが自分に向いたため動揺を見せるカリン。


「確かに……!!リードはあの時変貌を見せた。カリンの最後の攻撃は意図せずにその条件を満たしていたのか。」


 レインは納得したようにうんうんと頷いている。


「ジェイルマンの今の姿はその変貌状態に当たる。だから俺とカリンとライガ、三人の祝福者が全力の魔法を撃てばやってやれない事は無いだろう。基本的にはそれで良い、戦いは俺達に任せてレインはこの場を離れていて貰いたい……のだが、」


 四人の足元に巨大な影が広がった。


「奴の狙いはレインだろう。それなら市街に逃げてもらう訳にもいかない。……提案なんだが、レインの事とこの場は俺に任せてくれ。」


 上空からジェイルマンの腕が迫る。それは一見只の巨大隕石。落ちれば一帯が吹き飛ぶ暴力を超えた大災害であった。


「一応聞くわ。何であたし達じゃ駄目なの?」

「俺の方が守りに向いているからだ。攻撃に特化したカリンは戦いに専念、疾さに特化したライガは市街の様子を見ながら動いて欲しい。」


 パドの提案にカリンとライガは顔を見合わせた。ほんの一秒、結論が出た。


「「任せた!!」」


 そう言って二人は飛び立っていった。紅い流星と、蒼い電が夜を駆けて行く。


「俺達も動くとするか。」


 影がより広がっていく。月明かりも埋め尽くし、光の届かない闇の世界がデジットハーブの町に満ちていく。


「どうする?流石に俺の防護壁では防ぎきれないぞ。」


 レインは魔法の展開を視野に入れたが、二十メートルを超えるような砂の落とし物を防ぎきれる程強固では無いと知っていた。


「案ずるなレイン。お前に俺の戦い方を教えてやる。」


 そう言って笑うパド。途端に溢れ出す魔成素の波。

 レインが何度も経験した祝福者特有の現象。パドの魔法行使が始まる、レインがそう思ったその時、レインの肌が感じていたぴりぴりと痺れる触感が色褪せた。


「魔成素が引いていく!?パド、これは一体!?」


 辺りに溢れた魔成素がどんどんとパドの身体へと逆流を始めた。不可思議な現象、知らない魔成素の動きに困惑を魅せるレイン。


「知ってるか?魔法は他者に影響を与えようとする程、その行使に必要な魔成素量が跳ね上がる。大半の者は意識したことすら無いだろうが、俺は知っている。」


 辺りの魔成素が全てパドの体内に回帰し、残ったのは目には見えない魔法槍のみ。


「効率的なやり方が身に染みて離れないんだ。まあ、こういう場合にはうってつけだろう。」


 そうしてパドは目を閉じた。

 レインはパドの魔法の気配を感じ取ることが出来なかった。今の口ぶりからパドは魔法を創り出しているのだろうが、身から漏れる魔成素のなんと微量な事か。

 レインは上空から迫る危機に焦燥感を駆られずには居られなかった。

 一方、パドは瞼の裏、身に映る銀河を見ていた。


(【仮想魔成領域展開。過剰空想銀河切除。新規空想天体生成……乙真上六十、位置固定。寸法……二十、決定。対象、名無しの槍、決定。】)


 パドの頭の中に銀河が完成した。

 広大な空間に超巨大天体が一つ。イメージの宇宙にしても特に酷い。

 しかし、今この場を抜けるのにこれ以上の重さは要らなかった。

 パドが体勢を変えた。左手にもった無視の槍を振りかぶる、まさに勇猛なる戦士の構え。


「【天煌地創、唸れ!!】」


 パドの瞼が開かれた。眼球に浮かぶ無知の魔方陣。

 振りかぶった無視の槍を己の真上、上空の砂の手へと狙い定めた。


「【ディビル・ミディドゥリラ・ワンスピュラネリタ】!!!!」


 ピュラネリタ:意味、天体・惑星

 詠唱は天体を創り出す大魔術の意が込められた!!

 パドの目には映る。己の世界が現実と、箱庭と重なるその時を。

 迎撃は瞬く間に過ぎ去る。

 パドが腕を、無視の槍を上空へと撃ち放った。

 その時、レインの瞳に一粒の砂粒が落ちた。

 異物感に襲われてつい、大きな理由も無くレインは瞬きをした。

 上瞼と下瞼が引っ付き、離れる。その一秒にも満たない人体の働きは時に大事なもの、ショーの目玉や流れ落ちる星々等を見過ごさせる事がある。今で言うならそう……戦況の移り変わりだろうか。


「……あれ?月が……」


 月が見えた。砂の骸が隠していた筈の真白の月がその姿を露わに……


「……待て、嘘だろ!?」


 レインは気が付いた。月の光に充てられて輝き落ちる粒子の存在に、ジェイルマンの凡そ五十メートルに達するだろう巨大な掌に……風穴と呼ぶには大きすぎる果てしない空の孔が出現した事に。


「さあレイン、堕とすぞ!!」


 孔を抜ける月の明かりは遠い。舞い散る白の粒子と笑うパドの鮮血が対照的な芸術を魅せた。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は9月7日の12時頃です。

評価と感想をお待ちしております。

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