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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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お誘い

「ジェイルマン、何故貴様がここに居る!?外の者共は何をやっている!!」


 立ち上がり声を張るグリーニヤ。とても冷静な彼とは思えない程の取り乱し方だった。


「中に自然発生することは、考慮に入れて無かったのか?グリーニヤぁ……」


 下卑た笑みを顔に張り付けたジェイルマンの目は笑っていない。故にどこまで真実を話しているのか掴みづらいが、少なくとも彼らが把握出来ていない新たな異能を持っている事は明らかだった。

 ジェイルマンの重苦しい威圧に耐えきれず、店の照明が派手な破壊音と共に弾け飛んだ。きいきいと鎖の揺れる音がする。

 窓から入る日の光では店全体を照らし切れない。仄暗い中に揺れる入れ墨の黒が面々に動くなと命令している様だった。


「お前達っ!!何をしているっ!!早くこの男を潰せっ!!」


 グリーニヤはその重圧を跳ね除け、店内に控えていた精鋭五十余りに叱咤の命令を飛ばした。

 しかし、薄闇の中で誰一人として動こうとしない。その気配を感じなかった。


「ど、どうした……早く、」

「う、動けません!!何かが我々の身体を締め上げっ……」


 そこで声が途絶える。

 グリーニヤが辺りを確認すると、座席に腰かけている精鋭の身体に何かが巻き付いていた。

 樹木の様に太く長い物体の様にも見えたが、この薄暗い空気の中では特定するのも容易ではない。

 しかし、一つ確実に分かるのは、精鋭達が既に地獄に堕ちた後だと言う事だけだった。


「糞っ!!」

「落ち着けよ。今はお前等と争う気なんかねえんだ。」


 そう言ってジェイルマンが足を一歩踏み出した、その瞬間だった。


「……ああ?」


 白色混じりの深紅の炎がジェイルマンの首を焼き、刎ね飛ばした。

 血の一滴も零さずにジェイルマンの首が宙を飛ぶ。非常に不気味で不可解なその光景は何故だかきらきらと光っていた。


「おおっと、吃驚しちまった。」


 ジェイルマンは首の無い亡者の様な肉体で、驚きの表情を浮かべる己の首を空中で器用にキャッチした。


「やっぱり死なないか。」


 軽い口調だったが、そう吐き捨てるカリンの顔は殺意に満ち溢れている。


「良い殺気だ。ゾクゾクするよ。」


 そう言ってジェイルマンは首を断面へと押し付けた。


「……ん?付かねえな。まあ良いか。」


 無い首を傾げたジェイルマンだったが、直ぐに首をまるでボールのように手遊びし始めた。


「この化け物がっ!!」

「止めてくれよ。俺で化け物なんて言ってたらこの先持たねえぞ。」


 ジェイルマンはカリンの物言いに不快な笑顔で軽口を、本音を混じらせながら。


「……おっと、忘れてた。お前達を招待してやろうと思ってたんだった。」


 ジェイルマンは唐突にそんな話を切り出した。それでも自分の頭を放るのを止めないので、声が彼方此方と揺れて聞き取り辛い。


「招待?」

「ああ、お前等がこの町に来てから一月は超えただろ?もういい加減我慢の限界でよ……」


 さらりと放ったこの台詞、暗にお前等の動向など把握しているぞと言われているのと同義だった。レインは肩に置かれたその手が直接心臓を握っているような、そんな強迫観念に迫られた。


「だから直接場を設けようと思ってな。題して……ジェイルマンを殺そうの会だ。ぴゅーう、ほら拍手しろよ。」


 ジェイルマンの一人拍手が店内に響く。

 腹が立つほど高いテンション。しかし、それを言葉に出来る胆力の有る者はこの場には立っていない。


「なんだぁ、ノリの悪い奴らだな。場所は……何処が良いかなぁ。灯台の辺りにするか。開催日は何と……今日の夜九時だ。最高の時間だろ?」


 今日だと!?その場の誰もが心の中でそう突っ込みをした。


「もちろん来るよな?な?レイン?」


 レインの肩に置かれた手の力が強まった。小さな町一つ、そんな魂の重量が自分の肩の上で牙を研ぎ始めたような感覚をレインは強制的に味わわされていた。


「いいだろ?な?殺したいだろ?俺の事をよ?来てくれるよな?な?な?な?来てくれなきゃ、俺あ何しちまうか分かんねえよ!!」


 耳元で奴の声が囁き迫る。ジェイルマンの悪意を一心に受けるレインは恐怖で動けない。


「レインから手を放せ!!」


 ライガが剣を抜いた。弾ける閃光が辺り蒼色に染める。

 ジェイルマンのそのしたり顔に突きつけた刃は、彼を引かせるに値しない。怯えは無く、呆れと諦めの含むその眼でレインを睨んだジェイルマンは一言、


「なあレイン、お前だけが頼りなんだよ。……待ってるぜ。」


そう言って爆散。奴の入れ墨まみれの巨体は散らばる無数の粒子と化した。


「きゃあ!!なにこれ!?」

「前が見えねえ!!」


 細かく煌めく粒子は擦れ合う高音をばら撒きながら彼らの体中に突き刺さり、五感を奪い去っていく。

 極悪な敵を前に呻くことしか出来ない一同。

 隙だらけのこの肉体にジェイルマンの凶撃が襲う、パドはこの時そう思い、仲間たちの周囲に空気の壁を作った。

 パドの体調がいくらかマシになったとはいえ、魔法を使うと傷が生まれる。噴き出した血液の温もりが肌に触れ、奪われていた触感が息を吹き返した。


(……来ない。)


 体温で冷えた頭が状況を飲み込んだ。直ぐに襲い始めると思っていたジェイルマンがその様子を見せない。

 もしや、と思った矢先に奪われていた視界が急にクリアになった。

 パドが辺りを見回すと、既に店内にジェイルマンの姿は無く、あるのは困惑するように見回す仲間の姿と座席に座りこむ精鋭たちの屍の姿だけだった。


「あ、あの状況で逃げたっていうの?」

「逃げた?……とんでもありません。あれは見逃したって言うんですよ。」


 そう言って座り込み、震えるグリーニヤ。ジェイルマンと対峙していた時は果敢にも立ち向かっていたが、やはり内心は恐怖の連続の様だった。

 他の面子も半ば放心状態で席に着く。汗を拭う者、溜息を付く者、ジェイルマンの最も近くに居た者は顔から滝の様に体液を……


「時間が無くなった。さあ、さっさと話の続きをしろ。」


 皆の心が落ち着く前にパドはそう言い放った。当然四人の視線が集まる。


「……少し落ち着いてからでもいいのでは?」

「駄目だ。聞いていなかったのか?奴は最後に脅し文句を一つ吐いて行った。来なければ殺す、そう言う類のな。」


 嫌な事実から目を背けていた一同に現実を突きつけるパド。


「どれだけ粘っても決戦は今夜。悠長にしている時間など無い。奴に少しでも有利に立つ為にはな。」


 パドの発言は正論ばかりであった。しかし、人間はそれを素直に受け入れられるようには設計されては……


「……そうだな。」


 いや、一人肯定する者がいた。


「レイン……!!」


 ジェイルマンの最も近たる位置でその気狂いじみた執念を受け続けたレインだけがパドの正論の暴力に同意するのだった。


「意外ね。アンタが真っ先に応えるなんて。」


 カリンのその言葉へのレインの答えはこうだった。


「皆を守るには……それが一番正しいだろ。」


 これから戦おうとする者とは思えないほど青黒い表情のまま、レインは勇ましくそう言った。

 そんなレインの様子に感化されてか、カリン、ライガと順に意思を固めていく。


「……皆様がやる気と言うのならば仕方ありませんね。では続きを話すと致しましょう。」


 少し眩しそうに目を細めたグリーニヤはジェイルマンに遮られた話の続きを語り出した。


「新たに発見された二人のジェイルマン。片方は先のジェイルマンと同様に町を巡回しながら、違法な薬物を売り捌くという所謂反社会勢力でしかありませんでした。問題があったのはもう一人、最後に発見されたジェイルマンでした。」


 そう言ってグリーニヤは再度地図に目を向けるように促した。


「……あ!!この線だけ一周しないで、最後は尻切れになってる!!」


 カリンが声を上げ、指差したそこには、郊外へ出たきり立ち消えた動きの線が描かれていたのだった。


「本当だ。町の外に出てからの動きが描かれていない。これは?」

「真夜中彼は町の外に出ると、近くの岩場に隠してあった船へと向かいました。推定五十トンを超える巨大な貨物船だったそうです。正直、隠して置ける大きさではありませんがね。」


 これも奴の情報改竄の能力の一端でしょうか、そう呟くグリーニヤ。


「そして夜の海に漕ぎ出した貨物船は大海原の真ん中で突如、崩れるように溶け、その後貨物船は間諜が気付かぬうちに元の位置に戻っていたそうです。三人のジェイルマンも変わらず町を巡回し、夜にはそれぞれ決まった行動を取り始める。」

「不可解な要素が多いな。船が消えた事も、同じ行動を取り続ける事も、そもそも何の目的があって一度船を出したんだろうか。」


 グリーニヤの報告の中から気になった点を描き出していくライガ。


「不可解なものは多いですが、一度船を出した理由位なら想像が付きます。」


 そんなライガの疑問の一つにグリーニヤが触れる。


「……なんだ?」

「確実ではありませんが、きっと集めた奴隷を海外に流すルーチンがジェイルマンの一人に備わっているのでしょう。私は貨物船の話を聞いた際にまず間違いなくそれ用の船だと察しました。この町に大勢を運べるような船は一つもありませんからね。」

「なるほど。俺達の最初の目的に帰って来たな。」


 話が繋がった。怪しい人物と巨大な船、奴隷貿易の発端である町、それらに繋がりが無いと思えず皆納得した。

 そうして話が一段落した時、パドが徐に立ち上がった。


「兎も角、どちらにせよ俺達は奴と戦う運命にあったと言う事だな。レイン、奴はお前に異常な執着を見せていた。お前は自分の身を守る為の準備でもしておけ。他の事は俺達がやっておく。」

「お、おい!!他の事って……もういない。」


 言うだけ言って店を出て行ったパドを追いかけたレインだったが、店の外にパドの姿は無く、ただ深い血溜まりが残されているだけだった。


「悪い、もう行っちゃったみたいだ。」

「いえ、大丈夫ですよ。話も終わりましたし。戦い以外の事、町の皆様の安全などは彼に任せましょう。」


 グリーニヤはジェイルマンの動向が描かれた地図を仕舞うと、新たにまっさらな地図を広げて見せる。


「さて、我々は奴とどう戦うかを真剣に考えましょうか。時間は待ってはくれませんのでね。」


……残された四半日程の猶予は一瞬の間に費やされた。

 時間は飛んで午後九時に差し掛かる頃、レインとカリンとライガはデジットハーブの埠頭に立つ一灯の灯台の下に立っていた。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は9月3日の12時頃です。

ぜひ感想をお待ちしております。

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